カンボジアの民主主義は死んだのか?

カンボジアで民主化に逆行する流れが止まらない。カンボジアでは1991年の「カンボジア紛争の包括的な政治解決に関する協定」(通称、パリ和平協定)や1993年の国連カンボジア暫定機構(UNTAC)主導の選挙以降、国際社会の協力を得て、人権保護政策や多党制議会主義が進められてきた。その流れが、一気に失われつつある。

 

2017年11月には最大野党・救国党は解党され、「カンボジアの民主主義は死んだ」と評する人もいれば、「そもそもカンボジアに民主主義は根づいておらず、実態が表面化しただけ」と評する人もいる。33年在職中のフン・セン首相は、「パリ和平協定は亡霊だ」と発言し、あと10年、2期2028年まで首相を続けると話している。

 

2018年3月上旬、10日間のカンボジア訪問を終えた国連特別報告者・人権特使ロナ・スミス氏は、カンボジアは重要な岐路に立たされているとし、7月の選挙に向けた政治参加、表現の自由、メディアへの制限に深刻な懸念を表明した。これに伴い、カンボジア政府に基本的自由を復元することを呼びかけている。

 

2017年、Economist Intelligence Unitによる民主主義指標で、カンボジアの順位は167か国中124位へと12位下がり、政権は権威主義的、と評された。ヒューマンライツウォッチも90か国以上の人権状況を載せた『世界報告』で、カンボジアの民主主義は2017年に消滅したと述べた。

 

カンボジアは2017年も6.9%の経済成長を記録している。首都プノンペンは建設ラッシュ、アンコールワット遺跡群などへ外国人観光客も2017年前半10か月で430万人と、前年から10%増えた。表面的には順調に見えるカンボジアでいったい何が起きているのだろうか。

 

本稿では、カンボジアで民主化に逆行する政策がとられる現状、なぜ民主化に逆行する政策がとられているのか、それが人々にどのような影響を与えるのか、逆境の中でも希望を捨てずに独立系の政党活動を続ける人々、打開に向けた日本の役割について、概説する。

 

 

民主化に逆行する政策

 

1993年の憲法制定議会選挙以降、カンボジアでは国会議員を選ぶ総選挙が5年ごとに実施されてきた。また2007年からは地方選挙であるコミューン評議会選挙が始まり、5年ごとに実施されている。この5年ごとの選挙のたびに、カンボジアでは政治的緊張が高まるが、今回の民主化に逆行する一連の政策は、2017年6月4日のコミューン選挙前後から次々と打ち出された。

 

具体的には、野党に対する弾圧が強まった。最大野党救国党党首サム・ランシー氏に逮捕状が出され、2015年11月に同氏は海外に亡命せざるをえなくなった。2016年5月には救国党副党首ケム・ソカー氏にも逮捕状が出され、同氏は党本部から外出できなくなり、12月に恩赦されるまで軟禁状態となった。2017年2月には救国党党首サム・ランシー氏は辞任し、ケム・ソカー氏が党首に就任した。有罪判決を受けたサム・ランシー氏が党首であることで救国党が解党させられるという危機を避けるためだった。

 

2017年6月のコミューン選挙では救国党が全投票数の44%、300万票を得票し、躍進する。しかし9月にケム・ソカー氏が「国家反逆罪」容疑で逮捕された。救国党国会議員の半数は海外に亡命したという。11月にはカンボジア最高裁が、救国党の解党と同党幹部118名に5年間の政治活動禁止を命じた。さらに、救国党の国会55議席とコミューン評議会の5007議席、489の議長席は与党人民党と人民党系の弱小政党に分配されてしまった。コミューン評議会の議席の95%以上は与党人民党が占めるようになった。2018年2月の上院議員選挙はコミューン評議会議員などによる間接選挙のため、上院議会も与党人民党圧勝となった。

 

元救国党・元党首サム・ランシー氏は海外亡命中の元救国党支持者と救国運動を始めた。投獄されている元救国党・前党首ケム・ソカー氏は、救国運動には参加しない、と同党幹部でもあるケム・ソカー氏の娘さんは話している。サム・ランシー氏所有の救国党本部建物は、同氏の名誉棄損罪の罰金の代わりとして当局に押収された。

 

報道の自由、独立系メディアへの弾圧も強まった。24年間、発行されていた日刊英字新聞カンボジア・デイリー紙が急に根拠もなく7億円弱(630万米ドル)を課税され、払うことができず、2017年9月4日に閉鎖された。さらに、ヴォイス・オヴ・アメリカ、ヴォイス・オヴ・デモクラシー、ラジオ・フリー・アジアなど、もっとも独立的・中立的とされていたラジオ局と、そこから放送していた15のラジオ局が閉鎖ないし停止された。

 

「国境なき報道者」がとりまとめる世界自由報道指標では、2017年、カンボジアは180か国中132位と2016年から4つ順位を落とした。フリーダムハウスは、カンボジアの報道はアジア太平洋地域の40か国中33位で、自由とはいえないとする。カンボジア独立メディアセンター(CCIM)の調査によれば、カンボジア人ジャーナリストの83%が2017年にメディアの自由は悪化したと話したという。

 

2016年7月には、著名な政治アナリストのカエム・ライ氏がプノンペン市内で射殺された。フン・セン首相の家族が保有する114社と資本2億ドルなどに関する報告書についてコメントを述べた直後であった。報告書は、商務省の企業登録を元にGlobal Witnessが発表した報告書であった。殺害犯はすぐに逮捕され、殺害理由はカエム・ライ氏が借金を返さなかったためと発表されたが、政治的な理由で殺害されたというのが一般的な見方である。カエム・ライ氏の葬儀には数十万人が参列したと言われ、同氏の妻子はタイに避難し、難民認定され、2018年にオーストラリアに定住を認められている。

 

市民団体に対する弾圧も強まっている。2016年4月末、救国党副党首ケム・ソカー氏の容疑に関連し、カンボジア人権NGO・ADHOCのスタッフと元スタッフ計5名(ADHOC5)が逮捕された。ADHOCは、1980年代の社会主義政権後、1991年に設立された初のカンボジアNGOである。一般のカンボジア人だけでなく、軍・警察・軍警察向けにも人権保護・教育活動を行い、中立を保ち、カンボジア政府との信頼関係もあった。土地立ち退き問題など人権侵害の被害者の保護活動をしてきたため、政府高官の非を明らかにするなど政治的に厳しい局面も時にはあったが、スタッフの逮捕はほとんどなかった。関係者5名(ADHOC5)が逮捕され、1年2か月も投獄されるほど政府との関係が悪化したことは過去に例がない。

 

ADHOC創立者かつ代表のトゥン・サライ氏もADHOC5逮捕により海外に逃れざるをえなくなり、現在も海外亡命が続いている。彼はポルポト時代も80年代もカンボジア国内におり、「今人生の中で最も長い間カンボジアを離れている」と話していた。

 

またADHOC系の選挙監視団体COMFRELは自由で公正な選挙の実施をめざし、1993年の選挙から全国レベルで選挙監視・メディアの中立性の監視などの活動を続け、国際的な信用もある。しかしCOMFREL代表のコール・パンニャ氏も海外亡命をせざるをえなくなっている。ADHOCとCOMFRELのように、90年代初めからカンボジアの人権保護と自由で公正な選挙監視に多大に貢献してきたNGOに対するこのような弾圧は、93年以来、例がなく、最悪の状況であるといえる。

 

その他、市民活動への締めつけも強まっている。2015年8月にNGO法が制定され、言論・集会・結社の自由への恣意的な制限が強まると懸念された。カンボジア政府は2016年に労組法を制定し、労組活動を制圧。労組が抗議活動を主導できなくなり、抗議は労働者が散発的に行うにとどまるようになっている。

 

2017年11月には、フン・セン首相が、ケム・ソカー氏が創立したカンボジア人権センター(CCHR)の閉鎖を内務省に要請した。また2018年1月には与党人民党系のカンボジア青年党党首ピッチ・スロッス氏が、プノンペン市裁判所に故カエム・ライ氏の葬儀代の不正管理容疑で活動家3人を告訴している。即時拘留が要請されたのは、仏僧ブット・ブンテン氏、労働権キャンペーン家ムーン・トラ氏、独立系メディアを主唱し独立メディアセンター創立したパ・ングオン・テアング氏だ。故カエム・ライ氏の家族は、葬儀代は家族が管理し、この3人は無関係と発表しており、法と裁判所を使った弾圧といえる。この3人も国外に逃れた。

 

インターネット上に与党人民党に批判的なコメントを載せただけで逮捕・投獄されることも増えた。フリーダムハウスは2017年に、カンボジアにおけるインターネット上の表現の自由が悪化したと報告している。

 

 

なぜ民主化に逆行する政策がとられているのか

 

フン・セン首相が強権的になっている背景には、主に2つの要因がある。

 

第一に、最大野党救国党が2013年の総選挙と2017年コミューン評議会選挙で躍進し、与党人民党が2018年総選挙に負けるかもしれないと不安を感じたことである。

 

どのような変化があったのか。2013年の総選挙では定数123議席中、人民党は68議席、得票率48.8%、救国党が55議席、得票率は44.5%を獲得している。人民党は過半数をとったものの、2008年総選挙の90議席、得票率58.1%から後退した。救国党支持者に対し、有権者登録や投票をしにくくする様々な妨害があったにもかかわらず、救国党が躍進した。

 

背景には、2008年総選挙後、2012年に、二大野党サム・ランシー党とケム・ソカー氏が率いた人権党が救国党を結成し、野党の票が割れなかったことがあげられる。実際、野党の票が割れなければ、1993年総選挙の得票率はフンシンペック党45.5%で、人民党は38.2%と負けていた。

 

また1998年総選挙で人民党の得票率は41.4%、2003年総選挙では47.4%で、野党の得票率の合計が過半数を占めていた。2008年総選挙では人民党の得票率が58.1%と野党の得票率の合計を超えて過半数を初めて占めたが、野党支持者の有権者登録や投票妨害などがあったとされ、自由で公正とはいえず、結果を不服とする野党による抗議が続いた。

 

一方、コミューン評議会選挙では、2回目の2007年、人民党は得票率60.8%、議席占有率70.4%、議長占有率98.2%、2012年には得票率61.8%、議席占有率72.4%、議長占有率97.5%、と常に人民党が議席の7割、議長職はほぼ独占してきた。ところが、2017年のコミューン評議会選挙では、人民党は得票率50.8%、議席占有率56.2%、議長占有率70.2%と激減し、救国党が得票率43.8%、議席占有率43.3%、議長占有率29.7%と躍進したのである。野党が確実に支持を集めつつある実態が明らかになっていた。

 

フン・セン首相が野党、メディア、人権団体などの弾圧を強めた第二の要因は、中国からの支援により自信を強めたからといえる。元救国党党首ケム・ソカー氏逮捕など一連の政策に対し、EUや米国は選挙支援停止、カンボジア政府高官へのビザ制限、貿易恵国待遇の見直しの検討などを表明した。一方で、中国はいち早く2018年の総選挙支援を表明し、フン・セン政権による一連の政策への支持を公言している。

 

欧州議会が、カンボジア官僚のビザ発行と資産凍結、貿易条件の見直し(衣服、砂糖など輸入に影響)を要請したが、カンボジア政府の反応は、どうぞ実施を、何の影響もない、であった。フン・セン首相は、EUがカンボジアに対して貿易恵国待遇を止めたいなら止めればいい、と公言している。

 

フン・セン首相は以前から、中国は人権などを条件につけないから良いと公言してきた。近年、カンボジアが欧米ドナーに背を向け、さらに中国寄りになっているのは、日欧米に代わり中国からの援助、貸付、投資の総額が急増していることが影響している。

 

援助に関しては、2010年、中国はカンボジアへの第一援助国となった。カンボジア政府によると、2016年、全外国援助10億ドルの30%を、中国が出している。第二位は日本で全外国援助の10%を出している。

 

カンボジア政府は米国との合同軍事演習を2017年から無期停止する一方で、中国との軍事演習を表明し、2018年3月下旬に対テロ対策の軍事演習を実施した。中国との軍事演習は2016年の海軍に続き2回目となる。中国からの軍事支援は、ジープ、ロケットランチャー、ヘリコプターなどで、カンボジアは多大な恩恵を得ている。カンボジア首相は、3月半ばの中国カンボジア合同軍事演習に向け、450万ドル、何万トンもの武器を中国から買ったと公言していた。

 

中国からカンボジアへの貸付は、43億ドルにのぼる。すでにカンボジアへの全貸付の6割以上を中国が占め、カンボジアのGDPの20%にあたる。カンボジア政府への外国からの公的な貸付は2017年6月付で62億ドル(2016年は58億ドル)である。特に中国からの貸付が急増し、カンボジアの橋と道路の7割が中国からの貸付で整備されたとされる。

 

貸付の急増で懸念されるのは返済の負担である。スリランカとトンガは中国への借金返済に苦しみ、スリランカでは代替策の港や土地の99年賃貸により立ち退かされる人々が抗議している。中国からの貸付の額はカンボジア国家予算に比べても額が大きい。2017年の国家予算は50億ドルだったが、2018年は60億ドルを計上している。カンボジア政府の歳入も2017年は38.3億ドルで2016年の32.3億ドルから18.5%上昇したものの歳出分をまかなえない。

 

中国からの投資も急増している。2013年から2017年まで5年間、中国はカンボジアへ53億ドル、年約10億ドル、最大の外国直接投資を行なった。2016年の外国からの投資の第一位は中国、二位が日本であった。2017年カンボジアへの全投資は63億ドルで、2016年の36億ドルから倍増した。2017年前半10か月の建設分野への投資は62.6億ドルで2016年の同期比27%増だった。

 

2018年1月にも中国はカンボジアと新たに19事業(新プノンペン空港、プノンペン=シアヌークヴィル高速道路、送電、高級木材苗木育成センターなど)を合意し、総選挙に向け支援を強化すると発表した。また同1月、中国企業14社がカンボジア企業18社から5億2600万ドルのカンボジア農産物を購入すると合意した。

 

中国への依存を強めるカンボジア政府は、一つの中国、南シナ海問題など、中国の政策を支持している。2012年のASEAN外相会議では、中国寄りのカンボジアが議長国を務めたため、南シナ海問題に関してASEAN共同声明が採択できなかった。2017年12月にはミャンマーのロヒンギャへの軍事活動終結を求める国連決議で、中国、ロシアと足並みをそろえ、カンボジアも反対票を投じている。【次ページにつづく】

 

 

シノドスをサポートしてくれませんか?

 

誰でも自由にアクセスできる本当に価値ある記事を、シノドスは誠実に配信してまいります。シノドスの活動を持続的なものとするために、ぜひファンクラブ「SYNODOS SOCIAL」のパトロンをご検討ください。⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/14015

 

無題

 

・人文・社会科学から自然科学、カルチャーまで、各界の気鋭にじっくりインタビュー
・報道等で耳にする気になるテーマをQ&A形式でやさしく解説
・研究者・専門家たちが提案する「こうすれば●●は今よりもっとよくなるはず!」

・人類の英知を伝える「知の巨人」たち
・初学者のための「学びなおしの5冊」

……etc.  

https://synodos.jp/a-synodos

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.244 特集:人間が人間らしく生きるために

・黒﨑真氏インタビュー「「非暴力」という抵抗――キング牧師の戦い」

・志田陽子「人権の21世紀――人権とは、螺旋階段の途中にあり続けるもの」

・要友紀子「出会い系/セックスワーク広告サイト弾圧のナンセンスを圧倒する、トランプ政権下のオンライン・セックスワーク・サバイバル」

・齋藤直子(絵)×岸政彦(文)「「Yeah! めっちゃ平日」第十四回」