大方の予想外だったマレーシア史上初の政権交代はなぜ起こり、どこに向かうのか

結社登録局と選挙管理委員会への怒り

 

希望連盟による反ナジブの選挙フレームの巧みさや、マハティール個人のカリスマ的効果だけではない。今回の選挙では、結社登録局や選挙管理員会による希望連盟の不公平な扱いが、人々の政府・与党に対する怒りに火を注ぐとともに、逆に希望連盟を勢いづかせるきっかけとなった可能性が高い。

 

連邦下院が解散される前日の4月5日になって、結社登録局はマハティールが議長を務めるPPBMの結社登録に問題があるとし、PPBMの活動の一時停止を命令した。この活動停止命令によって、PPBMは自党のロゴを使った選挙活動が不可能になり、選挙キャンペーンに深刻な影響を及ぼすことが懸念された。さらに、この時点で結社登録局は希望連盟を公式の政党連合として認めていなかったために、希望連盟の統一ロゴを使用することもできず、PPBMだけでなく希望連盟の他の構成政党もロゴ問題で困難に直面していた。

 

そこで、希望連盟は逆転の一手を打ち出す。希望連盟の全構成政党が、アンワルが事実上の党首を務めるPKRのロゴを、選挙キャンペーンで使用することにしたのである。PKRのロゴを共通のロゴとすることついて、自党のロゴの使用に問題のなかったDAPの党員の一部では反対がみられたものの、希望連盟各党の党員や支持者の間では非常に好意的に受け止められ、連帯を強める効果があったと考えられる。

 

さらに、PKRの統一ロゴのおかげで、希望連盟の指導者が選挙キャンペーン中に繰り返し主張することで定着させようとしたセルフ・イメージ、つまり、希望連盟は民族や宗教の違いを乗り越えて一致団結した組織であるとのイメージを、国民の間にかなりの程度広めることに成功したと考えられる。希望連盟は適切な対応によって、ピンチをチャンスに変えることができたのである。

 

結社登録局だけでなく選挙管理委員会の与党寄りの姿勢もまた、一般の人々の政府・与党への反感を生み、結果的に希望連盟への支持を勢いづかせることにつながった。選挙キャンペーン期間が始まる前には、投票日を水曜日に設定することで、国民戦線に批判的な都市部住民の帰郷を困難にして投票率低下を狙ったことや、立候補受付の際に一部の野党候補者の資格を不適格として立候補させなかったことが、一般の人々からの大きな反発を招いた。

 

11日間の選挙キャンペーン期間中には、アエヒタム選挙区の希望連盟の屋外掲示について、候補者がマハティールと一緒に写っていることが規則に反するとして、マハティールの顔の部分だけが選挙管理員会によって切り取られる「事件」が発生した。マハティールの顔写真の切り取りについて選挙管理委員会は、掲示板やポスターで候補者は自党の党首以外と一緒に写ってはいけない規則であると説明した。当該候補はDAPの候補者だったが、選挙管理員会が認めていない非公式政党連合の希望連盟の議長であるマハティールと一緒に写った掲示物は、規則に反しているとしたのである。

 

しかし、同じ選挙区には、国民戦線の構成政党であるマレーシア華人協会(MCA)の代表が、中国の国家主席の習近平と握手をして一緒に写っている掲示物があった。そこで、希望連盟はマレーシアの元首相の写真を選挙掲示で使えないとしながら、中国の国家主席が写っている国民戦線の掲示物を認めているのは、選挙管理委員会のダブルスタンダードだと非難した。

 

さらに、希望連盟側は、選挙管理委員会がマハティールの顔を切り取っているシーンを中継しビデオで流したり、マハティールの顔が切り取られた後の掲示物の写真をソーシャルメディアで拡散した。この「事件」は国民戦線がコントロールする新聞でも大きく取り上げられ、人々の政府・与党に対する怒りに火をつけた。今回の選挙戦では上で挙げた例以外にも様々なかたちで中立を守るべき機関による野党への選挙活動の妨害が起こった。そうした妨害行為は、希望連盟よって政府・与党の不公平さを示す例として逆に利用され、希望連盟の側への支持に勢いを与えることにつながったのである。

 

希望連盟の勢いに焦りを感じていたであろうナジブは、選挙キャンペーン最終日の5月8日の夜になって自らの選挙区で演説を行い、26歳以下の若者の所得税を無税にすること、ラマダンが開始される2日間を公休日にすること、ラマダン明けの高速道路料金を無料にすることなど、国民に対する具体的な利益供与の政策を打ち出した。しかし、ナジブの演説は声を張り上げるものの、ときどき下を向いて大きなメモを見るなど、いかにも取ってつけたような感が否めないものだった。

 

これに対し、同じ日の夜に演説を行ったマハティールは、ナジブと金権政治への批判の他は政権交代後の具体的政策はほどんど語らなかったが、政権交代によってナジブを追放し、失われたマレーシア人のプライドを回復させて国を救うと人々に説いた。今回の選挙結果をみるに、国民への個別具体的な利益供与政策をひたすら押し進めてきたナジブは、国民感情をほとんど理解できていなかったことを露呈したと言えるだろう。

 

 

総選挙後のナジブ

 

 

政権交代の意味、新しいマレーシアの行方

 

政治体制の視点からみると、今回のマレーシアにおける政権交代はどのような意味を持つのだろうか。1つの見方として、2015年にナジブが1MDBスキャンダルに直接関与していると報道されて以降、権威主義化が進みつつあったマレーシアの政治体制の振り子が、ふたたび民主化の方向に揺り戻ったとみることができる。

 

1MDBスキャンダルの暴露以降、ナジブは自らの生き残りのために、抑圧的な法律の制定、市民社会や野党への締め付けの強化、政府の独立機関への介入などを行い、首相への権力集中が大きく進んだ。今回の政権交代によって、少なくともマレーシアの政治体制、法律やガバナンスは、1MDBスキャンダルの暴露以前の時点までは民主化することは確実であると考えられる。

 

焦点となるのは、希望連盟による新政府が、国民戦線体制下でナジブ政権以前から長年にわたって形成されてきた、抑圧的な法、メディア統制の仕組み、執政権による司法権の侵食、独立機関への干渉、野党指導者や市民活動家へのハラスメントの伝統、汚職や非透明な決定をもたらすガバナンスなどの構造的問題に着手して、改革をもたらすことができるかであろう。

 

じつのところ、15年のインターバルを経てふたたび首相に就任したマハティールは、前回の22年間の首相在任期間中にこれらの構造的問題の多くを生み出すか、悪化させた張本人でもある。そのため、マハティールの首相再任をとらえて、今回の政権交代の性格は、高度経済成長が続いた1980年代から1990年代のマハティール時代への回帰を人々が求めたもので、UMNO中心のBN体制が名前を変えて復活したにすぎず、体制変動と呼ぶことはできないのではないかとの疑念が、おもに海外の一部メディアを中心にあがっていることも確かである。

 

今回の政権交代が、誰もが認めるような民主的な体制変動とみなされるようになるか否かは今後の展開をみていくしかないが、そのカギとなりそうなポイントを3点あげておきたい。

 

第1に、希望連盟が選挙マニュフェストで約束した項目のうち、経済に関わる項目をどれだけ実施できるかが重要である。政権交代後、マハティールは政府債務が1兆リンギ(28兆円)を超えていると発表した。2017年末の政府債務は6868億リンギ(19兆円)と公表されていたので、前政権下で赤字の粉飾が行われていた疑惑がある。

 

すでに指摘したように、希望連盟の選挙マニフェストの多くは、国民への多額の利益供与をともなう政策からなっている。中でも物品・サービス税の廃止やガソリン補助金の一部復活などは、すでに悪化している財政に一層重い負担となる政策だが、希望連盟の選挙マニュフェストの目玉であり、国民からの期待も大きいことから、新政権はこられの政策を実施せざるを得ないであろう。新政権は発足直後から、財政悪化と国民の経済的不満の解消との間で難しいかじ取りを迫られている。

 

第2に、希望連盟各党の結束の維持と、ポスト・マハティールを見すえたスムーズな権力継承のプロセスが重要なポイントとなる。反ナジブを旗印とする選挙キャンペーンを勝ち抜いたことで、希望連盟を構成する4党間の結束はマハティールのリーダーシップの下に強まった。しかし、4党は本来、イデオロギーや支持基盤のかなり異なる政党である。本稿の執筆時点では、史上初の政権交代を達成した後のユーフォリアの感覚が、希望連盟の党員や支持者の間に強く残っているが、ユーフォリアの時期が終わった後も、各党が一定程度の妥協を図りながら結束を維持していけるかが重要になってくる。

 

希望連盟を率いる92歳のマハティールは、2年程度首相を続ける意向を示しており、その後はアンワルに政権を譲るとみられている。2度目の異常性愛の罪で2015年から拘禁されていたアンワルは、国王の恩赦によってすでに釈放されたが、直ちに新政権に参画するのではなく、しばらくは政権の外から政府・与党を支えると表明している。今後の政治日程では、いつアンワルが補選に出馬・当選して下院議員に復帰するのか、その後どのようなかたちでマハティール政権からの権力継承をはたしていくのかが問題になってくる。

 

第3に、野党に転落したUMNOや、クランタン州とトレンガヌ州で一定の存在感を示した野党PASが、どのようなかたちで希望連盟と対抗していくかがポイントになる。今回の総選挙での各政党連合の得票率をみると、希望連盟が48.3%(注5)、国民戦線が33.8%、PASを中心とする政党連合が17%であり、政権交代ははたしたものの、希望連盟が国民の過半数の支持を得ているわけではない。

 

(注5)サバ州の地域政党のWARISANや選挙後にPKRに入党した独立系候補を含む。

 

とはいえ、野党側も現在苦境に陥っている。今回の総選挙で国民戦線は、マレー半島に基盤をおく非マレー系政党が、ほとんど議席をとれず壊滅的な打撃を受けた。そのため、政党連合であるはずの国民戦線は、以前にもましてUMNOと同義であるような状況に陥った。加えて、すでに与党ではなくなった国民戦線からは、希望連盟へ移籍を希望する議員がかなりの数いるともいわれている。

 

その一方で、今回の総選挙で国民戦線と希望連盟の間で第3勢力を立ち上げてキングメーカーとなろうとしたPASは、マレー半島東海岸では一定の存在感を示しているが、事実上、地域政党の性格が強くなり、国政レベルでは埋没する可能性も高くなった(注6)。

 

(注6)ただし、連邦下院の選挙と同時に行われた州議会の選挙で、PASはクランタン州やトレンガヌ州以外にも、クダ州やパハン州などで一定の議席を確保しており、州レベルの政治で重要な役割を果たす可能性は大きい。

 

今回の総選挙の特徴の1つは、以前の選挙と比べて、民族や宗教が選挙の主要なアジェンダとならなかったことであろう。しかし、選挙の結果、苦しい立場に立たされたUMNOやPASが、今後、民族や宗教の問題を争点化して党勢回復のきっかけをつかもうとする可能性も否定できない。

 

一時的で不十分なものであったとしても、今回の総選挙を通じて希望連盟は民族や宗教を越えた連帯感を国民に強くアピールすることができた。長らく民族や宗教によって分断されてきたマレーシアの国民が、今回の選挙後にも連帯感を高め続けていけるかは、野党のUMNOやPASの動向にも大いに左右されるだろう。

 

 

 

 

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