フェイクニュースに対する適切な対処法とは――ドイツのネットワーク執行法をめぐる議論

具体的な削除例と今後の見通し

 

削除の対象となった事例をいくつかあげてみます。

 

・『ティタニックTitanic』という風刺雑誌がTwitterに掲載した5つのコンテンツが削除され、アカウントへのアクセスがブロックされました。アカウントへのアクセスのブロックは、数日後に解除されましたが、削除された内容は削除されたままだといいます(Twitter entsperrt, 2018)。ちなみに削除されたコンテンツには、「ベビー・ヒトラーが免許証をとる!」という上書きがつけられた、オーストリアのセバスティアン・クルツ Sebastian Kurz首相の写真を掲載した昨年11月に雑誌の表紙もあったといいます。

 

・極右政党「ドイツのための選択肢 AfD」の政治家フォン・シュトルヒBeatrix von Storch のTwitterに載せた反イスラム的なコンテンツも、1月早々に削除されました。「ドイツのための選択肢 AfD」はもともとこの法律に反対していましたが、以後、自分たちを 「検閲の犠牲者」だと主張しています(Twitter-Sperre, 2018)。

 

・公共空間にメッセージ性のある看板やシールを貼る芸術表現で知られる匿名アーティスト、バーバラBarbaraのフェイスブックとインスタグラムに載せた多数の作品の写真も、1月に削除されました。しかし、このことがドイツを代表する高級紙『フランクフルター・アールゲメイネ・ツァイトゥング』で報道される(Facebook, 2018)など、社会的に注目されるようになると、削除されていた内容がふたたび掲載されるようになりました。フェイスブックからバーバラに謝罪の通知もあったといいます。

 

これらは、法律の本格的な運用がはじまってまもない1月初めのわずかな事例であり、審査の正当性についてこれだけで論じることは毛頭できませんが、少なくともいくつかのことがわかります。

 

まず、審査の基準が事業者のなかで(少なくともこの時点では)はっきり定まっておらず、特に、風刺の内容や芸術表現については、審査の判断が難しい場合があること。一方、事業者は一度審査し、削除した後も、その判断を、謝罪を伴い修正するなど、変更する可能性があること。また、審査自体に直接的な影響は与えられないものの、主要なメディアでの報道や世論が、事業者に審査内容の見直しや修正を迫る一定の圧力として働く、つまり一定の役割を担う可能性も示唆されています。

 

今年3月には、フェイスブックによる合法な内容の消去やブロックをドイツの法廷がはじめて禁じる決定が下されました(Zweifelhafte, 2018)。このような決定が今後も増えていけば、結果として、自由に投稿する権利が不当に侵害されるのを抑制していくことにつながるでしょう。このような、合法な内容を削除された人々の保護や審査結果の正当性への法的な監視機能は、法律批判者と擁護側両者が一致して評価できるものと言えるでしょう。

 

いずれにせよ、この法律を制定したキリスト教民主同盟と社会民主党の連立政権の継続が今年2月に決まったばかりであることもあり、少なくとも当面は、この法律の内容が覆されるようなことにはならないと思われます。

 

 

EUの偽情報に対する取り組み

 

EUにおいても、フェイクニュースやヘイトスピーチへの取り組みがはじまっています。IT企業がヘイトスピーチやフェイクニュースを自主的に削除するのを罰則は設けず促進する取り組み「The Code of Conduct on Countering illegal Hate Speech Online」や、ロシアの公式メディアの偽あるいはまぎらわしい情報を提示・訂正する「EU vs Disinfo」サイトの運営や、SNSで偽情報に関するレビューを配信する「東方戦略的コミュニケーション専門委員会the East StratCom Task Force」は、その好例です。

 

 

出典: EU vs Disinfo https://euvsdisinfo.eu/

 

 

今年3月には、高度専門家グループ(high-level group of experts (略称HLEG))の偽情報全般に対する包括的な構想を示す報告書「偽情報に対する多次元的アプローチA multi-dimensional approach to disinformation」が発表されました。HLEGは、今年1月に欧州委員会(EC)がオンライン上でのフェイクニュースや偽情報に対抗する政策について助言するために設置した、39人の多様な分野の専門家からなる委員会です。ちなみにこの報告書では、「公的な損害や自己の利益のために意図的に作られ広められるあらゆるかたちの偽、正しくない、誤解をまねく情報」をすべて「偽情報」という語で表記しています。

 

ここで示されている偽情報への対処構想は、ドイツのネットワーク施行法と扱う対象がほぼ同一であるにも関わらず、目標やアプローチの仕方、また具体的に取り組みの対象としているものが非常に異なっており、ネットワーク施行法と好対照をなしています。EUでは、ドイツの進む道とは袂を分かち、どんな方向を目指しているのかが一望できるこの構想について、以下簡単にご紹介してみます。

 

 

偽情報に対する多次元的アプローチ

 

まず、偽情報の問題はデジタルメディアの発達やそれを利用する様々な立場のアクターたちが非常に深く絡み合っているため、短期的・短絡的に問題の解決をもとめることは賢明とはいえず、何かを法的に禁じるというような直接的な措置、例えば、公共であれ民間であれ、あらゆるかたちの検閲は好ましくなくないという立場を明確にしています。

 

そして、むしろこのような問題には、長期的で多元的で非直接的な対応が効果的だとし、前面に打ち出されているのが、タイトルにもなっている「多元的なアプローチ」というものです。これは、市民社会の組織、ニュースメディア、研究者、技術会社など、偽情報に関連するステークホルダーが、偽情報に対抗するために、建設的に協力しながら働くというものです。多様なステークホルダーそれぞれの持ち場で貢献することで、偽情報への社会のレジリエンスを高め、これらの対応の効果をつねに審査・評価し、確かなものにするとします。

 

多元的なアプローチが取り組むべき課題として、具体的に以下の五つの項目をあげています。

 

1.オンラインニュースの透明性を高める。

 

2.偽情報に対応し、ユーザーがデジタルメディア環境でうまくやっていくことができるようなメディアおよび情報リテラシーを促進する。

 

3.利用者やジャーナリストが偽情報に立ち向かい、急速に進化する情報テクノロジーを主体的に使いこなしていくためのツールを開発する。

 

4.ヨーロッパのニュースメディアのエコシステムの多様性と持続性を確保する。

 

5.ヨーロッパの偽情報の影響についての研究を続け、必要な対応に合わせた方法を検証する。

 

 

ソフト・パワー・アプローチ

 

このようなEUの偽情報対策は、一言で表せば「ソフト・パワー・アプローチ」になると、この専門家グループの一人であるニールセンRasmus Kleis Nielsenは解説しています(以下、ニールセンの記事(Nielsen, 2018)の内容の抜粋)。

 

ソフト・パワーとは、1980年代終わりにナイJoseph Samuel Nyeが提唱した概念で、異なる様々なアクターが問題解決に向けて、互いに多国間行動などを通して協力することで、新しい状況をつくりだしていくことを目指すある種の力(パワー)のことです。ナイは、これを、政策や軍事などによる直接的対応である「ハード・パワー」に対置されるものと捉えました。

 

偽情報への対抗策としての「ソフト・パワー」も、禁止などの直接的で一方的な強制措置に頼るあり方とは対置されるもので、異なる偽情報の問題で試練を受けている様々な利害関係者が、互いに勇気付け支援し合うことで、最終的に互いに建設的な協力関係をつくっていくことを意味します。

 

互いに依存が強くなった複雑化した世界では、このようなアプローチがとりわけ重要になってきているとします。もう少し具体的に言うと、「もしも市民社会組織、ニュースメディア、研究者また技術会社がともに働けば、メディアや情報リテラシーに投資することで偽情報へのレジリエンスを高めることができる。また信頼できる情報を増やし、直面している脅威をよりよく理解し、オンラインの有害な情報の伝播を抑制し、そして人々が質の高いニュースをみつけるのを手助けすることができる」と、ニールセンは楽観的に展望しています。

 

そして、EU諸国(の政府)にとって、「異なる偽情報問題に直面している異なるステークホルダーの間の協力を奨励し支援するほうが、偽情報に効果的に対応することができる」とし、ドイツに追随し法規制に向かわないことを推奨します。

 

 

おわりに――「たったひとつの解決法があるわけではない」フェイクニュース対策

 

以上にみてきたように、フェイクニュースや違法なヘイトスピーチを放置せず、なんらかの対策をとるべきだ、という総論では一致していても、具体的な対策については、現在、ヨーロッパやドイツ内では意見が大きく割れている状況です。

 

しかし、長期的な視点でみると、ヨーロッパ内で意見が割れ、異なる対応が並行して進んでいくことは、必ずしもネットワーク執行法の反対者が指摘するような深刻な問題を引き起こすことにならず、状況改善への道を切り開いていくことになるかもしれません。

 

というのも、ドイツの法律と、ソフト・パワーの多次元のアプローチが並行的に進められ、効果や問題点を比較検証することで、どのような時、あるいは課題にどのような対応がふさわしいのか、よりみえやすくなり、結果的に、フェイクニュースやヘイトスピーチへの対応が、単一のアプローチよりも効果的に進展できるようにと思われるためです。ネットワーク執行法の反対者が主張するように、ドイツの執行法が大きな問題があることが明白になれば、法律を修正、あるいは、ほかのものに代替することも将来的に可能でしょう。

 

このようなフェイクニュースやそれへの対応策の是非をめぐり議論が活発であること自体が、SNS事業者やほかのフェイクニュースに関連する組織や個々人の間で、フェイクニュースの違法性やその対策への意識や関心を高めることに貢献しているといえるかもしれません。

 

いずれにせよ、3月の欧州委員の報告書で「たったひとつの解決法があるわけではない」(European Commission, p.5)と記されているように、現在もこれからも、決まったひとつの解決法にこだわらず、変わっていくデジタル環境や問題に合わせて柔軟に対応する姿勢が重要であることは確かでしょう。

 

 

参考文献およびサイト

 

・ネットワーク執行法 Gesetz zur Verbesserung der Rechtsdurchsetzung in sozialen Netzwerken (Netzwerkdurchsetzungsgesetz – NetzDG), Budesministerium für Justiz und für Verbraucherschutz(2018 年4月11日閲覧)

https://www.gesetze-im-internet.de/netzdg/BJNR335210017.html

 

・Gesetz zur Verbesserung der Rechtsdurchsetzung in sozialen Netzwerken (Netzwerkdurchsetzungsgesetz – NetzDG), Buzer.de Bundesrecht – tagaktuell konsolidiert – alle Fassungen seit 2006 (2018 年4月11日閲覧)

https://www.buzer.de/s1.htm?g=Netzwerkdurchsetzungsgesetz+-+NetzDG&f=1

 

・Roßnagel, Alexander / Bile, Tamer et al., Policy Paper. Das Netzwerkdurchsetzungsgesetz, Forum Privatheit und selbstbestimmtes Leben in der digitalen Welt, Januar 2018.

https://www.forum-privatheit.de/forum-privatheit-de/publikationen-und-downloads/veroeffentlichungen-des-forums/positionspapiere-policy-paper/Policy-Paper-NetzDG.pdf

 

・「EU vs Disinfo」のホームページ

https://euvsdisinfo.eu/

 

・European commission, A multi-dimensional approach to disinformation、Report of the independent. High level Group on fake newsand online disinformation, Manuscript completed in March 2018.

http://ec.europa.eu/newsroom/dae/document.cfm?doc_id=50271

 

・Facebook zensiert Deutschlands bekannteste Streetart-Künstlerin. Bilder von Barbara gelöscht: Frankfurter Allgemeine, Aktualisiert am 14.01.2018-16:22

http://www.faz.net/aktuell/gesellschaft/menschen/deutschlands-bekannteste-streetart-kuenstlerin-wird-von-facebook-zensiert-15398563.html

 

・Forsa, Umfrage -Fake News-,Auftraggeber: Landesanstalt für Medien NRW (LfM), 16. Mai 2017,

https://www.lfm-nrw.de/fileadmin/user_upload/Ergebnisbericht_Fake_News.pdf

 

・Human Rights Watch, Deutschland: NetzDG mangelhafter Ansatz gegen Online-Vergehen. Gefährliches Vorbild für andere Länder, Februar 14, 2018 12:01AM EST

https://www.hrw.org/de/news/2018/02/14/deutschland-netzdg-mangelhafter-ansatz-gegen-online-vergehen

 

・Hülsen, Isabell /Müller, Peter, Debatte ums NetzDG EU-Justizkommissarin zweifelt am Maas-Gesetz. In: Spiegel Online, Freitag, 19.01.2018   12:04 Uhr

http://www.spiegel.de/netzwelt/netzpolitik/vera-jourova-und-das-netzdg-eu-justizkommissarin-zweifelt-am-deutschen-gesetz-a-1188703.html

 

・Kühl, Eike, Was Sie über das NetzDG wissen müssen. In: Zeit Online, 4. Januar 2018, 18:01 Uhr.

http://www.zeit.de/digital/internet/2018-01/netzwerkdurchsetzungsgesetz-netzdg-maas-meinungsfreiheit-faq

 

・Mapping of media literacy practices and actions in EU-28, European Audiovisual Observatory, Strasbourg 2016

https://rm.coe.int/media-literacy-mapping-report-en-final-pdf/1680783500

 

・Nielsen, Rasmus Kleis, Europe’s chance to fight ‘fake news’ with soft power,  In: The Conversation: Academic rigour, journalistic flair,  March 13, 2018 2.18pm GMT

https://theconversation.com/europes-chance-to-fight-fake-news-with-soft-power-93220

 

・Presseinformation: Das NetzDG – besser als sein Ruf, Forum Privatheit, 29.01.2018.

http://www.forum-privatheit.de/forum-privatheit-de/presseinformationen-des-forums/presseinformationen/2018-01_NetzDG-besser-als-sein-Ruf.php

 

・The final report by the High Level Expert Group on Fake News and Online Disinformation, European Commission, Digital Single Market, 12 March 2018.

https://ec.europa.eu/digital-single-market/en/news/final-report-high-level-expert-group-fake-news-and-online-disinformation

 

・Twitter entsperrt Titanic. In: Titanic, Das endgültige Satiremagazin, 5.1.2018.

https://www.titanic-magazin.de/news/twitter-entsperrt-titanic-9381/?cHash=c524ea51313951f6cf16cde7c91e8429&no_cache=1&sword_list%5B0%5D=netzdg

 

・Twitter-Sperre wegen „NetzDG“?: Von Storch und Weidel sehen sich als Zensuropfer. In: Frankfuter Allgemeine, Politik, Aktualisiert am 02.01.2018-04:14

http://www.faz.net/aktuell/politik/inland/netzdg-beatrix-von-storch-und-alice-weidel-haben-twitter-aerger-15369259.html

 

・Jourvá, Věra, Code of conduct on countering illegal hate speech online. Results of 3rd monitoring exercise, European Commission, January 2018 (2018年4月11日閲覧)

http://ec.europa.eu/newsroom/just/document.cfm?doc_id=49286

 

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