情報技術と規律権力の交差点――中国の「社会信用システム」を紐解く

道徳的美徳の推進者としての国家

 

情報通信や情報処理に関わる技術の高度化によって、データとアルゴリズムは、グローバルなコミュニケーションのみならず、商取引や投票行動、医療、法執行、テロ対策などを含む、あらゆる人間活動と意志決定に多大な影響を及ぼし始めている。こうした変化は、しばしば「ビッグデータ革命」と呼ばれる。

 

政府機関は、先端技術の導入では民間企業に後れを取ることが多いが、近年では、民間企業が業種ごとに保有している行動履歴や購買履歴、通信履歴、閲覧履歴などのデータと、公的機関が保有するデータを抱き合わせることで、重要な決定を下そうという動きが活発になってきている。

 

たとえば、アメリカでは、犯罪予測、あるいは予測的ポリシングと呼ばれる分野で、そして、司法の現場で、データとアルゴリズムが活発に利用され始めている。

 

しかしながら、中国政府ほど、データとアルゴリズムの利用に野心的な政府は他にない。というのも、中国政府が2014年6月14日に概要を通知し、現在も構築中の「社会信用システム」(以下、SCSという)は、アメリカの金融機関などが常用している与信管理の手法を、金融などの経済分野に限らず、治安維持や環境保護、食や医療の安全、汚職の取締りなどに至るまで、政府の管掌範囲全域に拡大することを目的にしているからだ(Chorzempa:1)。

 

SCSの趣旨が説明された「社会信用システム構築の概要(2014-2020)」(以下、概要という)の冒頭では、SCSについて、次のように述べられている。

 

(SCSが)求めているのは、誠実性の文化の理念を確立し、誠実さと伝統的な美徳を促進すること、そして、信用を守るものを奨励し、信用を損ねるものを抑制するインセンティブの仕組みとして用い、社会全体の誠実さの意識と信用レベルを高めることである(注1)。

 

SCSは、人びとの経済的、社会的、政治的な諸活動が単に合法的であるか否かを把握し、信賞必罰によって合法性を促すものではない。そうではなく、合法であること以上に、それらが「道徳的」であるか否かを評価し、「道徳性」を向上させようとするものだ。後述するように、SCSの背景には、恣意的な判断ではなく、データに基づく決定であることを保証することで、政府への、市場への、裁判への信頼を回復し、社会的な一体性を強化しようとする中国政府の野心がある。

 

2012年に、習近平が第5代中国共産党中央委員会総書記に就任して以来、彼の政権下で統制が強化されてきたことや、中国の技術力が急速に増大していること、中国国民に対する強力な憲法上の保護が不足していることなどが相まって(Creemers:2)、自由で開かれた社会を支持する人びとにとっては、SCSは、過去の暗い時代や、小説や映画に出てくるような狂気じみた未来を思い起こさせるものであるようだ。

 

メルカトル中国研究所のセバスチャン・ハイルマン所長は、「ビッグデータと人工知能の助けを借りて、中国指導部は経済的・社会的ガバナンスに対するアプローチを徹底的に改革している。 中国の断固たるデジタル化の追求は、民主的な政治システムに対する根本的な挑戦である」(注2)と息巻いており、世界中のメディアも同様の趣旨を繰り返し報じている。

 

実際、これまでの中国政府の政治的言動からすれば、SCSが、中国国民の生活全般を詮索し、当局の意向に従わない者を処罰する、社会的統制のツールとなる見込みは否定できない。しかし、中国政府がSCSを中核とする統治システムを効果的に運用することができれば、つまり、政治的決定の説得力を増し、経済的なアドバンテージを獲得し、社会的な持続可能性を確保できると証明するなら、習近平思想、すなわち「新時代の中国の特色ある社会主義思想」を中核とする統治モデル――これを「テクノ権威主義」と呼びたい――は、グローバルなものになる可能性がある。

 

一方、中国政府の露骨な野心を除外して、SCSの中心的な理念を体現する、適切に管理されたシステムを実現することができれば、それは、社会に透明性と誠実性をもたらすかもしれない。つまり、権力者を監督し、政府の直接的な介入を減らしつつも経済を規制し、人びとが互いにより公正に接するように奨励することができるかもしれない。

 

SCSを頭から否定する人びとには意外なことかもしれないが、SCSの概要には「政府の政策決定への国民参加のチャンネルを広げること」や、「権力の行使に対する社会的監督と制約の強化」も含まれている。SCSの中心的な理念は、――善かれ悪しかれ―――高度な情報技術を用いた統治のビジョンというよりも、むしろ伝統的な儒教の道徳的美徳を受け入れることを求めるものだ(Chorzempa et al.:2)。ここでは、こうした理念をテクノ権威主義対して、差し当たり「テクノ共和主義」と呼んでおくことにしよう。

 

懸念される通り、SCSが社会的統制のツールになる公算は高いが、実際にどのように運用されていくかはまだ分からない。「テクノ権威主義」であれ、「テクノ共和主義」であれ、何れの見通しも、データとアルゴリズムの質と量に依存することは明白だが、同時に、システムを運用する者が絶えず改革する態度を保持し、定量的な評価パターンと評価の目標を調和させる努力を続けるか否かも、成否を大きく左右する要因であるに違いない。

 

中国政府は、社会的統治に関しては、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論、三つの代表といった大方針を掲げながらも、現実的な側面では微調整を重ねてきている。それゆえ、習近平思想についても状況を見ながら軌道修正していくことが予想される。

 

中国政府は、中国が抱えてきたさまざまな問題をSCSによって解消することを目指しているが、これも単に取締りを強化したり、厳罰化を推し進めるだけでは、社会的な不正を排することも、あるいはチベットや新疆のような政治的に敏感な地域を抑え込むこともできないということを、中国政府が学んできた結果だ。この点は、2014年10月23日に中国共産党第18回中央委員会第4回総会で採択された、「『法に基づく国の統治』を包括的に進める上でのいくつかの重要な問題に関する決定」(注3)の中にも見ることができる。

 

私たちの社会は、中国ほどには社会的不正や格差に関する問題を抱えてはいないが、しかし、自由権と生存権を保障する制度的基盤と、社会的・道徳的な責務を果たす市民から成る市民社会とが、ともに不安定化していることは明白であって、市民的徳(civic virtue)や民主的なエートスを養成する必要性を改めて認識すべき局面を迎えている。

 

その意味では、私たちの社会も、根本において中国と同じ課題を共有しているとも考えられる。したがって、中国政府が示す「道徳的美徳の推進者としての国家」という像は、実際には何を行っているかだけではなく、その来歴や理想化された理念も含めて検討する価値があると思われる。

 

 

社会信用システムの来歴とその理念

 

SCSの概要の冒頭、第一文にはこう書かれている。「社会信用システムは、社会主義市場経済システムと社会的統治システムの重要な一部である」。しかし、歴史を紐解けば、SCSは、社会主義市場経済システムに適用するものとして構想され、当初は社会的統治システムとは紐づいていなかったことが分かる。

 

SCSに関する最初期の公式な政治的言及は、2002年の第16回中国共産党全国大会報告(注4)の中に見られる。当時、総書記であった江沢民が、任期中最後の大会で中国市場経済の近代化を図る目的でSCSに言及しているのである。「市場経済は信用経済である」(注5)。これは、江沢民が中央経済労働会議で示したスローガンだ。そこでは、「偽造や偽物の販売、脱税、詐欺、悪質な借金の踏み倒しなどの慣行を厳格に制裁し、良好な社会秩序を作り上げること。言うまでもなく、これは中国における社会主義市場経済システムの確立と改善の過程での主要かつ緊急な課題である」と述べられている。

 

1990年代に、中国政府が抜本的な経済改革を行うにあたって、第一に着手する必要があったのは、銀行などの金融機関が個別に保持していた、借り手に関する情報の共有であり、それに基づく信用調査機関の整備だった。これには二つの理由がある。第一は、江沢民が、厳格な制裁が必要だとした悪しき慣行が横行していたのは、銀行や金融機関など貸し手側での情報共有が不足し、与信管理が十分ではなかったからだ。

 

そして、第二は――こちらがより重要なのだが――、経済を活性化するには、銀行が政府機関や国営企業だけではなく、住宅ローンを求める個人や、新たな起業のために借金をしようとする民間企業にも積極的に融資する必要があった。そして、そのためには与信管理を適切に実施できる体制が必要だったのである。1990年代中頃からこの体制整備は急速に進められ、借り手に関する情報を共有する最初の取り組みは、1999年に上海で開始されている(Chorzempa et al.:3)。

 

1990年代から2000年代の初期にかけて、社会信用は、商取引の運用コストを切り下げ、経済を効率化するために、そして、それによって国内金融機関の開発力と競争力を引き上げるために必要とされたのである。実際、中国共産党中央委員会の機関紙である人民日報は、「健全な社会信用システムの確立が社会主義市場経済体制の改善にとってなぜ重要なのか」と題された2003年11月25日の記事(注6)の中で、こう指摘している。

 

信用関係は財産権制度の延長であり、財産権を明確にすることは健全な社会信用システムを確立するための制度的前提条件である。明確な財産権によって、経済主体は信用を強調することができる。そして、信用度を蓄積することによってのみ長期的利益の実現を保証し、それによって長期的利益を追求する意欲を高めることができる。

 

1999年に上海で始まった情報共有の仕組みは数年で中国全土に広がり、そして、2006年に中国人民銀行が設立した国内唯一の信用調査機関「信用照会センター」に集約・統合された。銀行や金融機関は「信用照会センター」に顧客の信用力について報告する義務があるのだが、「信用照会センター」は、さらに裁判所、政府機関、通信会社、財政当局などからも、補足的な情報を得ることができるように整備された(Creemers:9)。

 

2000年代初期のこうした動きによって、徐々にではあるが与信管理が有効なものになったことが、たとえば、TencentやAlibabaといったインターネット企業の金融業界への進出を促し、ファイナンスとテクノロジーが融合した、いわゆる「FinTech」の台頭をもたらしたと言える。

 

SCSが、社会主義市場経済システムから社会的統治システムへと適用範囲を拡大するに当たり、この「FinTech」の台頭が起爆剤になったと考えても間違いではない。しかし、そう言えるのは、これまで金融サービスを利用できないか、あるいは利用を制限されていた〈金融マイノリティ(the unbanked)〉と呼びうる人びとにも、金融サービスを利用可能にしたこと、つまり、第三者決済を介した少額取引や少額ローンを増やし、顧客データを大量に集めるのに役立ったという点に限ってのことだ。

 

SCSが、社会的統治システムに紐づけられるようになった決定的な要因は他にある。それは、湖北省宜昌市や江蘇省睢寧県、浙江省杭州市といった地方行政が、2005年から2010年頃にかけて行った社会実験の成果である。

 

睢寧県では、市民にまず1000ポイントが与えられ、飲酒運転やローンへ返済の不履行など道徳的規範を侵害した場合に減点される仕組みが設けられた。そして、市民は、残った点数に応じて、点数の高いAクラスから点数の低いDクラスに分類された。その上で、点数の高いAクラスに属する市民は日常生活のさまざまな機会で優遇され、点数の低いDクラスに属する市民は冷遇されたのである。

 

減点方式ではあるが、個々人の道徳性が定量的に評価され、その結果に基づく信賞必罰が実施されたわけだ。しかし、この仕組みは、内外から多くの批判(注7)を浴び、その後、AからDクラスへの分類は廃止された。

 

浙江省では、2002年に杭州市が信用を第一とする都市「信用杭州」を目指すことを宣言している。その後、2005年に「企業に関する信用情報の収集と公表に関する規定」(注8)、2006年に「浙江省社会信用システム構築のための第11次5カ年計画」(注9)を相次いで公布し、2007年にはそれを地方レベルに拡大した。「第11次5カ年計画」は、「信用杭州」の実現に向けた具体的な計画書なのだが、その中では公務員の誠実性についても言及されており、2章3節では「浙江を信頼できる社会モデルにする」ことが述べられている。要するに、浙江省は、社会信用を専ら市場経済に関係付けてきた中央政府の方針を意図的に拡大し、市場経済の外側へと広げたのだ。

 

2010年に差し掛かる頃、中央政府は、地方行政において試みられた、これらの実験の成果を認識し始める。社会信用は、睢寧県が試みたように社会的なレベルで市民を管理するのにも、また、浙江省が試みたように行政職員の管理にも応用可能であることが、地方行政の中で具体的な成果として現れたばかりか、批判的な報道によって課題も浮かび上がったからである。

 

これらのことは、中国共産党にとっては党の戦略や戦術を変革する上で、重要な発見であったようだ(Creemers:11-12)。それを証拠に、2011年に中国共産党第17期中央委員会第6回総会で採択された、「文体制改革を深め、社会主義文化の大発展、大繁栄を促す若干の重大な問題に関する党中央の決定」(注10)では、物質文明のみならず「精神文明」の重要性が繰り返し強調され、社会的なレベルで誠実性を促進することがいかに重要であるかが論じられている。

 

社会信用は、この段階で、中央政府にとっても、市場経済にのみ関わるものではなく、社会的・政治的な分野にも適用されるべきものとして理解されたと言ってよいだろう。スマートフォンやソーシャル・メディアの普及で、各地で個別に起こっていた行政官僚の不祥事や、メラミン混入ミルクなどの食品安全保障に関する問題が中国全土に拡散されるようになり、中国政府や党への信頼が低下するといった事態が生じたことも、社会信用の適用範囲を拡大するのに一役買ったと思われる(Creemers:11)。

 

事実、これを契機に、SCSの仕組み作りには、中央規律検査委員会や中央政治法制委員会、中央宣伝部、中央文明建設指導グループ、最高人民法院や最高人民検察院など、中国共産党の主要機関や関連省庁も加わることになっていく。そして、こうした一連の経緯の中で、SCSの概要がまとめられ、本節の冒頭で述べた通り「社会主義市場経済システムと社会的統治システムの重要な一部」を為すものとして、SCSは、2014年6月14日に正式に通知されることになるのである。【次ページにつづく】  

 

 

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