スイスの自殺ほう助の現状とさらなる自由化をめぐる議論

スイスでは、最初の自殺ほう助団体が設立されてから、すでに35年以上がたち、今日、自殺ほう助について話すことはもはやタブーではなくなりました。タブー視されなくなっただけでなく、2011年チューリヒ州の住民投票で、84.5%という圧倒的多数が自殺ほう助を支持(正確には、自殺ほう助の禁止案に反対)したことが端的に示すように、自殺ほう助はスイス社会において、今日、人生末期の選択肢の一つとして容認されています。その一方、2014年ごろから、高齢者の自殺ほう助をめぐり、新たな議論が巻き起こっています。

 

今回は、スイス社会において、現在、自殺ほう助がどのように位置づけられ、今後どこへ向かおうとしているのかについて、推進する人々やその主張だけでなく、自殺ほう助に対応・対処するという課題に直面している医師、介護施設、家族の対応や状況についても注視しながら、探ってみたいと思います。

 

 

自殺ほう助が認められているスイス

 

スイスでは、利己的な理由で人に自殺をうながしたり、自殺ほう助を行なった場合に処する法律がありますが(刑法115条)、利己的な目的ではない自殺ほう助は処罰の対象になっていません(ただし容認する法律がとくにあるわけではありません)。

 

このような状況下、1982年に、世界初の自殺ほう助団体「エグジットExit」が設立され、そのあと、スイス在住の人だけでなく自殺ほう助を希望する外国人のほう助も行う「ディグニタスDignitas」(1998年設立)など、ほかにも類似する自殺ほう助団体が設立されてきました。スイスでの自殺ほう助は、現在これらの自殺ほう助団体を通して行われています。

 

自殺ほう助についての詳細な法的規定がないため、医学アカデミーは2004年に「人生末期の患者の看護」という医療倫理指針(SAMW, 2004)を定め、2009年にはエグジットとチューリッヒ検察庁との間で自殺ほう助に関する協定がつくられました。これらは(医療倫理指針は現在までに主要でない部分が改正されてはいますが)今日まで、スイス全土の自殺ほう助の標準的な規定として採用されています(Wehrli, 2015, S.266)。

 

自殺ほう助を希望する場合、自殺ほう助団体の会員となったあと、改めて自殺ほう助を願いでます。これを受けて、担当スタッフや関連する専門家は緩和ケアなどの医療行為や治療、社会的な支援などで、自殺ほう助に変わる代替策がないかを検討し、これらの情報を会員に提供したり、相談にのります。

 

その後も願望に変化がない場合、二回医師の診断を受け、自分で判断できる状態(精神的な疾患や認知症などの症状があっても、自分で判断できるとされれば可能)か、自殺願望が一時的・衝動的なものでないか、病気などに起因する重い(耐え難い)苦しみがあるか等の項目から、自殺ほう助が可能かが審査されます。

 

医者が自殺ほう助が可能と判断した場合、薬剤(致死薬)であるペントバルビタールナトリウムが処方されます(ちなみに、医師が自ら致死薬を与える積極的安楽死はスイスでは違法行為です)。このあと自殺ほう助を本当に進めたい場合、団体スタッフと改めて連絡をとり、スタッフが医師の処方箋で入手した薬を服用する日時と場所を決定します(医者の診断結果は6ヶ月間有効)。

 

自殺ほう助団体はすべて非営利団体ですが、(スイス人より費用がかかる)外国人の受け入れ有無や、(スタッフの報酬の有無など)運営の仕方に違いがあり、自殺ほう助にかかる費用は異なります。もっとも負担が軽いエグジットでは、3年間会員であった人には無料、3年未満の会員は年数に応じて約1100 から 3700 スイスフランの費用がかかります(Fluck, 2018)。

 

 

 

 

自殺ほう助がもたらす自殺抑止力

 

スイスでは自殺ほう助団体の会員数も、自殺ほう助を介して命を断つ人の数も、年々増加の一途をたどっています。

 

連邦統計局の報告書(BfS, 2014)によると、スイスにおける(外国人で自殺ほう助を受けた人を除く)自殺ほう助で亡くなった人の数は、2008年から2014年の間で、253人から742人と約3倍に増加しています。2010年から2014年の期間に自殺ほう助を受けた人の圧倒的多数は、がん(42%)や神経変性疾患(14%)などの重篤な病気を患っており、うつ病患者(3%)や認知症の患者(0.8%)はわずかでした。

 

自殺ほう助が増える一方、首吊りや銃殺などの暴力的な自殺件数は、過去20年減り続けています。1980年代半ば、自殺者の数は年間1600人であったのに対し、1995年には1400人、2014年には1029人に減少しています。自殺の減少と自殺ほう助の増加の間の関係が明確になっているわけではありませんが、自殺願望者の一部が、自殺ほう助団体を通して自殺を実施していると推測されています。

 

また、自殺ほう助団体の会員となった人たちの間で、会員になったあとに自殺をとどまる、いわゆる「自殺抑制効果」と思われるケースも多数報告されています。

 

例えば、ディグニタスでは、二回の医者の診断で暫時的な許可がでることを、暫時的な「青信号」と呼びますが、この「青信号」がでたあと、70%の人からはその後一切連絡がこなくなり、16%の人は自殺ほう助の必要なくなった旨の連絡をしてくるといいます。そして最終的に自殺ほう助を望むのは、会員の3%に留まるといいます(Dignitas, Lektion)。

 

エグジットに登録した人の間でも、よく話し合いをした結果、自殺ほう助を受けるのをやめるケースが多く、全体の80%の人たちは、緩和ケアなど別の解決策を最終的に選択しています(Mijuk, 2016)。

 

老人ホームや介護施設(以後は、これらを合わせて「ホーム」と表記します)でも、居住者が自殺ほう助の会員になることは、実際に実行するためというより、むしろこれでなにかあったら頼めばいい、という安心感を得るための一種の「保険」のようなものとなっているようだ、という意見を聞きます。

 

このような状況をふまえて、ディグニタスの会長ミネリLudwig A. Minelliは、自分たちのやっていることが、「自殺ほう助よりもずっと広いもの」であり、自殺予防にもつながっていると強調します。「包括的に相談することができ、困難な状況でも選択肢があれば、人はプレッシャーやストレス、苦悩が減り、これによりよりよく長く生きることができる」(Stoffel, 2017)というのが持論です。

 

このため、外国人会員のそれぞれの祖国で自殺ほう助も受けられるようになり、「我々がしていることが、医療や社会システムに統合されるようになれば、ディグニタスやエグジット、ほかの同様の組織は安心して消え去ることができる」のであり、「ディグニタスの目標は、いつかなくなることだ」(Stoffel, 2017)とも言います。

 

ちなみに、2014年の時点で自殺ほう助による死亡は、全体の死亡の1.2%にすぎませんが、老年医学専門家ボスハルトGeorg Bosshardは、自殺ほう助が占める死因の割合はこのあとも上がり、10年後には(自殺ほう助も医師の積極的安楽死も認められている現在のベルギーのフランドル地方と同レベルの)5%程度になるのではないかと予想しています(Mijuk, 2016)。

 

 

キリスト教会の対応

 

社会に自殺ほう助を許容する雰囲気が広がっていくなかで、キリスト教会側はどのように対応してきたのでしょうか。

 

プロテスタント教会は自殺ほう助を直接支援こそしませんが、エグジットの共同設立者の一人ジクRolf Sigg はもともとプロテスタント教会の牧師でしたし、個人的に自殺ほう助への理解を示したり、退職後に関わる教会関係者が、これまで少なくありませんでした。

 

2016年以降は、ローザンヌを州都とするフランス語圏のヴォー州の教会を皮切りに(Rapin, 2017)、いくつかの州のプロテスタント教会で、牧師たちに、自殺ほう助を選択した人々に最後まで寄り添うことを薦める方針が打ち出されるようになりました(Reformierte Kirchen, 2018)。

 

そこでは、キリスト教の信仰上、生きることのほうが重要であり、自殺ほう助はあくまで「特別な場合であり、決して通常の死ではない」という基本見解を示しつつも、自殺ほう助を判断することに反対せず、そのような決意を尊重する立場が示されています。そして、牧師には、最後まで絆を大切にし、寄り添い、立ち会うことを推奨します。ただし、最終的な判断は牧師たち自身にまかせるとして、義務とはしていません。

 

これに対し、カトリック教会は自殺ほう助を容認する見解を公式に示していないどころか、反対する姿勢を当初から変えていません。2019年からスイス司教協議会会長に就任したゲミュア Felix Gemürも、「自殺ほう助はひとつのビジネスになりつつある」と強く批判します(Boss/ Rau, 2018, S.17)。

 

とはいえ、現代のスイス社会においては、このような教会側の見解はほとんど影響力がないとされます(Mijuk, 2016)。これは、自殺ほう助の問題に限ったことではなく、現在、スイスでは、宗教の影響力が社会全般で希薄になってことによるものと考えられます。

 

都市部では、キリスト教信者数が都市住民の半分以下となって久しく、毎年さらにスイス全体で約4万人がキリスト教会を脱退しています。2017年に欧米各国を対象にした比較調査では、スイスのキリスト教徒(プロテスタント教徒およびカトリック教徒)の間で、宗教が重要だと考える人や実際に祈祷などの宗教的な行為をする人が1割か、それ未満にとどまり、ほかの国と比べても非常に低い数値でした(穂鷹、2017年)。

 

 

自殺ほう助に関わる当事者以外の人々

 

ところで、自殺ほう助は、自殺ほう助を受ける人とそれを手助けする自殺ほう助団体だけで完結するものではありません。これらの人を言ってみれば当事者とすると、当事者以外の人たち、自分の意志に関係なく、自殺ほう助に関わるようになった人たちは、どのように気持ちを抱き、対応しているのでしょうか。

 

 

・医師

 

スイス医学アカデミーの2013年の調査(SAMW, 2014)によると、アンケートに回答した全体の4分の1にあたる1318人の医師の意見は、三つに分かれました。一番多かったのが基本的に自殺ほう助を許容でき、個人的に自殺をほう助するような状況を想定することができるという意見で、半分近い医師がこう回答しました。自殺ほう助を認めるが、自分ではしないと回答した人は4分の1、自殺ほう助を基本的に否定する人は5分の1でした。

 

一方、具体的な状況で自殺のほう助をする準備ができている、と答えたのは全体の4分の1にとどまりました。この一見矛盾しているようにもみえる回答から、多くの医師たちは、一般論として医師が自殺ほう助に関与する必要性を認めつつも、個人的には躊躇が強いことが伺われます。

 

このような医師の態度には、複数の理由があると思われますが、医療倫理指針はあっても、実際に自殺願望の患者を前にして、なにが「公平」で「中立」で「正しい」医師の立場や判断になるのかがいまだ明確とはいえないことが、最大の理由ではないかと思われます。

 

難しい立場に立たされている医師の現状は、医師自身の以下のような言葉からもうかがわれます。「今日医師は、ある種の「ダブルブラインド(二重盲検法)」に直面しているように感じている。一方で自分の意見を差し控えるべきであるとされ、他方で、「共同決定」という名目で患者たちが自律的に決定できるように、思いやりをもって積極的に関わり、それを容認いていく役割が期待されている。医者の権威は強く限定されたのと同時に、死が医療対象化したことによって、強化されたことになる。」(Zimmermann, 2017, S.731)

 

 

・家族

 

自殺ほう助団体の言動についてはメディアの注目度が高く、その主張を聞く機会も多いですが、自殺ほう助で家族をなくした人々の声を聞くことはまれです。

 

これは、家族の状況を考えると不思議ではありません。どんなかたちであれ家族を失った人の喪失感は大きく、公的に意見を述べるというエネルギーやモチベーションを持ち合わせている人は少ないでしょう。まして、故人の自殺ほう助に個人的に反対であった場合、故人の意志を尊重したい気持ちと自分の気持ちの間に葛藤も生まれ、それについて語る口はさらに重たくなることでしょう。

 

しかし、身内を自殺ほう助で失った家族の心境が軽視されていいわけではないでしょう。このため、自殺ほう助の家族への影響について調べた数少ない研究として、チューリヒ大学の臨床心理学者ヴァグナーBrigit Wagnerの調査結果は示唆に富みます(Wagner, 2012)。

 

ヴァグナーは、調査時点から遡って14〜24ヶ月前に、家族や近しい友人の自殺ほう助に立ち会った人を対象に調査をし、85人の回答内容を分析しました。この結果、13%がPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状、6.5%がその前段階の症状を示し、うつ病の症状と判断された人は16%でした。自殺ほう助で家族を無くして2年近くたっても、PTSDやうつ病に苦しんでいる家族が4割近くいることになります。

 

この調査の回答率が51%と低かったため、これだけで全体像を判断するは難しいものの、自殺ほう助が立会った人にとって心理的に長く重い負担になっていると著者は指摘します。

 

これに対し、エグジットで長く自殺ほう助に関わってきたフォークとHeidi Vogtは、協会としては早い段階で家族と連絡をとるよう会員にうながすなど、家族への一定の配慮をしており、亡くなって2〜4週間したあとにも家族に連絡をとっている。現実に、半分以上の家族は協会とのコンタクトを受け入れており、うつ病やトラウマになるケースは自分たちのところではほとんどない、と反論します。また、自然死で家族がなくなった場合の同様の調査がないため、この研究だけで内容を評価することは難しいとします(Freuler, 2016, Exit wehrt sich, 2016)。

 

デグニタスでも、自殺ほう助を願う人たちに、家族や友人の承認をできるだけ求めるようにうながしたり、自殺ほう助の日程を知らせ、家族や友人に最後まで立ち会ってもらうことで、喪失を受け入れやすくしたり、別れを可能にするなど対処をしています。

 

自殺ほう助団体が家族への配慮をし、支援活動も行なっているのは確かでしょう(柴嵜、59−60頁)。とはいえ、自殺ほう助団体側から提供されるそのような配慮や救済事業が、実際にどれだけ自殺ほう助による死を家族が受け入れる助けになっているかは、別問題として残ると思われます。

 

 

・ホーム

 

現在、スイスにはホームが約1600施設あり、全国で約10万人の収容が可能な状況が整っています。以前は、70歳を過ぎたくらいで、健康でもホームに入ってくるような人がかなりいましたが、今日は、在宅が不可能になってから施設に入ってくる人がほとんどであるため、ホーム居住者の高齢化が進んでいます。現在、スイスのホーム入居時の年齢は平均して84から86歳です。つまり、多くの入居者にとって、ホームは事実上終の住処となっています。

 

ホームでの自殺ほう助事情は州によって異なります。自殺ほう助を権利としてみとめ、居住者が希望すればホームでの実行を拒否できないとする州もあれば、各施設に許可するか否かの決断を委ねている州もあります。ホームでの自殺ほう助を全面禁止にしている州も少ないですがあります。2014年、エグジットによる自殺ほう助583件のうち60件がホームで行われました。

 

大勢の人が共同で暮らし、同室に複数で住んでいることも多いホームでは、自殺ほう助がまわりに与える影響も大きくなりがちです。

 

自殺ほう助後に検察官や警察が現場検証に訪れるため、普段の穏やかな雰囲気が乱れるだけでなく、自分が生きる意味を感じられなかったり、ほかの人に迷惑をかけているといった気持ちをもつ居住者に、不要な圧力や不安が生じないように、通常以上に気遣いが必要となります。自然死でなくなる居住者と異なり、自殺ほう助で亡くなった居住者については、居住者への通知を最小限にとどめる処置をしているところもあります。

 

検察官の現場検証に立会うなど、通常業務以外の負担を強いられるだけでなく、担当する居住者が自殺ほう助したことで個人的に責任を感じてしまう場合もある介護スタッフにも配慮が必要です。

 

国内に2600ヶ所の老人ホームと介護施設をもつ統括組織クラヴィヴァCuravivaが行なったルツェルン州の匿名のアンケートでは、ホームの3分の1が自殺ほう助に反対、それについて話す準備がまだできていないと回答しています。ほかの3分の1は社会の圧力のため、このことについて話すようになったと答え、残りの3分の1はすでに自殺ほう助を行なった実績がありました(Odermatt, 2018)。【次ページにつづく】

 

 

 

 

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