タイ総選挙と憲法裁判所――タイでは、いま何が起きているのか?

「微笑みの国」とも称されるタイは、2006年の軍事クーデタによりタックシン政権が打倒されて以降、政治的混乱が続いている。通称「赤シャツ」、「黄シャツ」と呼ばれるデモ隊の衝突は、ここ数年間、海外のメディアでも幾度となく報道されてきた。

 

2011年7月の総選挙でタックシン派のタイ貢献党が勝利をおさめ、タックシン元首相の末の妹であるインラックが首相に就任した。しかし昨年、同政権が2007年憲法の改正や恩赦法の制定を試みたことを契機に、再び首都バンコクの中心部で大規模な反政府デモが展開されるようになった。

 

デモ隊の圧力を受けて、12月9日インラック首相は下院を解散し、今年2月2日に総選挙を実施する旨を発表した。しかし、最大野党である民主党が「我々は2月2日の選挙が真の改革に結ぶつくとも、制度に対する国民の信頼を回復できるとも信じない」として、総選挙のボイコットを決議したため、同総選挙の実施は極めて困難な状況となった[*1]。連日、軍によるクーデタ実行の噂が絶えず、非常に不安定な政治状況となっている。

 

多くの報道では、「タックシン派」と「反タックシン派」、「都市部中間層」と「農村部貧困層」との対立に焦点が当てられてきた。

 

これらの分析枠組みは間違いではない。しかし現在、今後の政局を占う上で最も注目を集めているのは、昨年11月から今年1月にかけて、いくつか政治的に重要な判決を下してきた憲法裁判所である。なぜ現在のタイ政治において、憲法裁判所の判決が重要なのであろうか。本稿では、憲法裁判所を鍵に、タイ政治の混乱について解説を試みたい。

 

 

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なぜ反対運動が起きているのか

 

2011年7月に誕生したインラック政権は、当初から2006年クーデタ後に制定された2007年憲法を改正しようと試みていた。

 

2012年2月頃から憲法起草委員会の設立に向けた手続きが開始されたが、2007年憲法起草者や一部の上院議員たちは「憲法を改正しようとする手続きは“違憲”である。憲法改正は王室に関する事案に影響があるかもしれない」と述べ、憲法改正に対して激しく反対し、任命上院議員ら40名が憲法改正の合憲性を審査するために憲法裁判所に申し立てを行った。2012年7月に憲法裁判所が下した判決では、まだ憲法改正の具体的な内容が不明確であるため、この時点では違憲ではないと判断された。

 

しかし、その後、同政権が恩赦法を制定しようとしたことで、一気に反政府運動が高まった。

 

恩赦法案は、当初は2006年クーデタ以降に実施されたデモの一般参加者に対して恩赦を与えることにより、タイ国内の政治的分裂を緩和するという目的で政府から提案されていたが、第二読会では、2010年にバンコク中心部で起こり、90名以上の死者を出した政治暴動の関係者も恩赦対象に含むと変更された。

 

また2006年クーデタ後に訴追された汚職事件に対しても恩赦を拡大するとされ、この対象にタックシンが含まれることとなったため強い反発が生じた。同法案は、下院では可決されたものの、上院で否決されたことにより終焉を迎えた。

 

憲法改正については、(1)2007年憲法によって半数が任命制、残り半数が民選に変更された上院について、全議席を民選に戻すこと、(2)2007年憲法第190条により、外国や国際機関との条約締結においては議会の承認が必要と定められたが、議会承認を必要とする条約を限定すること、以上2点が焦点となった。前述のとおり憲法裁判所は、2012年7月に憲法改正の手続きに着手することに違憲性はないという判決を下している。しかし二つの具体的な改正案については、違憲判決を下された。

 

インラック政権は、恩赦法や憲法改正の試みに頓挫し、また政府に対して強い反発が生じたため、解散、総選挙を行うことで事態の収束を図ろうとした。ところが、反政府デモ隊は、2月2日に予定されている総選挙を阻止しようと期日前投票を妨害するなど、反対運動を継続しているのが現在の状況である。

 

このように記述すると、海外亡命中のタックシンを救済しようとする政権と、それに反発する反政府デモ隊という構図にもみえる。しかし現在のタイ政治は、実はもっと複雑で重大な問題を抱えている。だからこそ、政府を支援する「赤シャツ」も連日会見を開き、反政府デモ隊に対して抗議を行っている。

 

[*1]民主党の要求は、反政府デモ隊と同様に、総選挙を実施する前に、政治改革のための委員会を立ち上げることである。(The Nation 2014年1月14日) 

 

 

 

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