二大政党制の国イギリスは日本政治のモデルなのか?

1990年代の政治改革以来、日本はイギリスのような政権交代のある二大政党制を目指してきた。しかし、当のイギリスで二大政党制が足元から揺らいでいる。かつて世界で「民主主義のモデル」として賞讃されたイギリス政治に、いま何が起こっているのか?『分解するイギリス』著者、近藤康史氏に話を伺った。(聞き手・構成 / 芹沢一也)

 

 

二大政党制とイギリス政治

 

――「イギリス政治は分解しつつある」。とても刺激的な主張ですが、まずは分解する前のイギリス政治について教えていただけますか。

 

おそらく日本の人々にとっても、もっともなじみのあるイギリスの制度的特徴は、「二大政党制」ではないでしょうか。とくに戦後しばらくは、保守党と労働党という二大政党が、議会の議席のほとんどを占める状況が続きましたから。

 

この二大政党制を生み出した要因の一つが、小選挙区制という選挙制度です。各選挙区から一人ずつしか当選しないというこの選挙制度が、二つの大きな政党間での競争へと政党システムを促す効果を持ちました。

 

また、イギリスには成文憲法が存在せず、議会こそが政治的決定の最上位に位置する点も特徴的で、これは「議会主権」と呼ばれています。この議会主権が示す「議会」とは、ロンドンにあるウェストミンスター議会であり、立法を行う権限はこの議会だけに集中していました。その意味で中央集権的性格が強く、そのことも、この議会の強さを支えていました。

 

これらの特徴を合わせると、イギリスの民主主義制度は「多数決的」であると言えるでしょう。つまり、「一人でも数が上回った方」に大きな決定権を与えようとするものです。小選挙区制の下では、一票でも上回った候補者が当選しますし、二大政党制の下では、議会で一つでも多い議席数を持っている与党や、それに支えられた首相や内閣が、強い決定権を握ることになります。

 

 

――教科書などに出てくるイギリス政治のイメージそのものです。日本ではとても苦労していますが、イギリスではなぜそのようなかっちりとした二大政党制ができ上ったのでしょうか?

 

一つは、政党と社会との関係があったと思います。イギリスは階級社会の性格が強く、そのことが「階級投票」というかたちで政党間の対立にも反映されていました。つまり、中間層など裕福な層は保守党に、労働者を中心とする貧困な層は労働党に投票する傾向が強かったのです。もう一つは小選挙区制という制度が、二大政党制に向かわせるような効果を発揮していたことでしょう。

 

ただ、小選挙区制が二大政党制に向かうという効果は、じつは選挙区レベルでのものであって、全国レベルでその効果が発揮されるかどうかは、議論の分かれるところです。各選挙区では二人の候補者の争いに収束するのは確かですが、すべての選挙区で同じ二つの政党の争いになるとは限らないため、全国トータルでは、三つ以上の政党が登場することがありうるからです。イギリスの場合、中央集権的であったため政党も全国レベルで組織化される傾向が強く、そのことなどが、全国レベルでも二大政党制に向かう効果を強めたのではないかと考えられます。

 

 

揺らぐ二大政党制

 

――それがなぜ揺らぎ始めたのですか?

 

二大政党制の安定性の揺らぎの原因も、その裏返しで考えることができます。まず、イギリスでも社会が多様化し、「階級投票」が以前ほど見られなくなったことです。そのことは政党支持の流動化をもたらしました。

 

もう一つは、小選挙区制の効果の弱まりです。分権化やEUの発展に伴い、地域レベルやヨーロッパ・レベルで台頭した政党が国政レベルにも浸透し、小選挙区制といえども二大政党のどちらかに投票するように有権者を促進する効果は薄れてきました。そこへいま述べた政党支持の流動化が重なったため、二大政党以外の政党に投票する有権者が増え、小選挙区制のもとでも多党化が進むという現象が見られるようになったのです。

 

 

――小選挙区制は二大政党制をもたらすと一般に言われますが、イギリスにおいてすら多党化が進んだわけですね。

 

はい。私はそれには、主に二つの理由があると考えています。

 

一つは、保守党と労働党との主張が似通ってくることによって、二大政党の両方ともに不満を持つ有権者が増えてきたことです。たとえば、2003年のイラク戦争のときには労働党政権でしたが、保守党も戦争参加に賛成しました。そのこともあり、イラク戦争に明確に反対した自由民主党の支持が上昇し、戦争反対派の受け皿となったことなどはわかりやすい例です。

 

もう一つは、先の小選挙区制の効果の話と関連しますが、国政レベルでは小選挙区制が維持されているものの、他のレベルの選挙では比例代表制的な選挙制度が採用されたことです。国政より上位のレベルにあるヨーロッパ議会選挙では比例代表制が採用され、そこで英国独立党(UKIP)が台頭してきました。

 

また、国政より下位のレベルに関しては、1999年にスコットランドやウェールズに対して大胆な分権化が行われ、地域議会(スコットランド議会やウェールズ議会)が設立されました。そこで採用された選挙制度は、追加議員制と呼ばれる、より比例代表的性格を持つものでしたが、やはりそこで、スコットランド国民党(SNP)などの地域政党が伸長しました。

 

これらの政党は、国政レベルでも一定の支持を獲得するようになり、そのことが多党化の要因となりました。

 

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「民意の漏れ」とEU問題

 

――なるほど、英国独立党(UKIP)やスコットランド国民党(SNP)は、二大政党制が支配する国政選挙の外で頭角を現したのですね。

 

はい。しかし繰り返すように、国政レベルでは小選挙制度のままです。有権者の政党支持は様々な政党に向かうようになり、得票率では多党化が進むものの、議席数に関して言えば小選挙区制の効果は依然としてあります。そのため、二大政党に有利なかたちで議席数には変換されてしまうという現象が起き、次第にその程度も大きくなっていきました。

 

 

――得票率と議席数、というのはどういうことでしょう?

 

たとえば2015年の総選挙でUKIPは12%を超える得票率でしたが、650議席中UKIPが獲得した議席数はわずか1です。それに対して、保守党は36%という得票率であるにもかかわらず、議席数では過半数を超えました。

 

このように、得票率の点では小選挙区制の効果が弱まって多党化が進むものの、議席数では小選挙区制の効果がまだ働いて二大政党に、なかでも第一政党に有利になるという状況が顕著になってきました。

 

とくに小政党は得票率に比べて議席数が少なく、逆に二大政党は得票率に比べて過大な議席数を獲得することになります。このことは、有権者の投票、つまり民意が議会の議席数へときちんと反映されない程度が大きくなっていることを意味します。本書ではこれを、「民意の漏れ」と表現しています。

 

 

――そうした「漏れている民意」の代表格がEUをめぐる問題だとされていますが、EU問題はなぜそのような地位を占めたのでしょうか?

 

EUとの関係をどうするかという争点は、二大政党間の対立を横断するかたちで賛否が分かれる性格が強いものでした。つまり、保守党にも労働党にも、EUに対して好意的な立場と否定的な立場が存在したということです。

 

有権者は選挙で、政党の候補者に投票するわけですが、こうなってくるとEUの問題に関しては、投票を通じて賛否を伝えることは難しくなります。つまり、EUについての民意は、二大政党への投票を通じては正確には反映されず、「漏れ」てしまいます。

 

EU自体がそれほど政治問題化していなければ、問題は大きくならないかもしれません。しかし1990年代以降、EU統合がとくに政治面でも進展することで、EUがイギリスに及ぼす影響も大きくなってきます。その結果、EUとの関係のあり方が、イギリスでも政治的争点となることも多くなってきました。しかし、先に述べたように二大政党への投票では明確に意思を示すことは難しい。

 

そのようななか、EUに対してもっとも明確な立場を示す政党として台頭したのがUKIPです。しかし、先にも述べたように、国政選挙においては、UKIPは得票率に比べて極端に小さな議席数しか得られません。このようにEUをめぐる争点は、「漏れている民意」の代表格になっていったのです。

 

 

UKIPはなぜ支持を集めたのか?

 

――それは有権者にとってはストレスが高まりますね。そうしたなか、UKIPは右や保守からも、左からも支持を集めましたが、これはなぜだったのでしょうか?

 

それについては、二大政党による「新しい合意」についてお話しする必要があります。

 

もともと戦後のイギリス政治を、二大政党間の「合意の政治」として特徴づける見方がありました。戦後直後に政権を担った労働党が、「大きな政府」に基づいてさまざまな社会保障・福祉政策を推し進め、福祉国家化を図りましたが、その後の保守党政権もその方針を、大枠では受け入れていったためです。

 

しかし1980年代のサッチャー保守党政権は、これを大きく転換しました。ネオ・リベラル的な考え方を持って、福祉国家の削減も含む「小さな国家」を目指したからです。このような保守党政権が18年続いた後、1997年にブレア労働党政権へと政権交代が起こります。

 

ブレア政権は、サッチャー政権期に生み出された問題点を解決すべく、新たな福祉国家の方向性を打ち出しますが、それはかつてのような「大きな政府」へと回帰するものではなく、サッチャー期の「小さな政府」を受け入れている面もありました。このような点で、今度は「小さな政府」や「ネオ・リベラル」への「新しい合意」が、二大政党間で新たに形成されたという見方があります。

 

 

――そうなると、「小さな政府」や「ネオ・リベラル」からはじかれる人々が出てくると。

 

そうです。2010年に政権についた保守党・自由民主党連立政権は、この「新しい合意」のなかでもより厳しい緊縮財政を行い、福祉国家の削減を行っていきます。その影響をもっとも被ったのは貧困層、とりわけワーキング・プアの人たちです。

 

しかし、もともと労働者の味方である労働党も、「新しい合意」の枠を超えることはできず、この緊縮財政に対してどのような立場をとるかは曖昧で、オルタナティヴになりえませんでした。

 

そのようななかで、「新しい合意」からはじかれた層、いわゆる「置き去りにされた層」と言われる労働者や貧困層の支持が、EU離脱の向こうに希望を見させるような、UKIPへと向かったと言われています。

 

また、もともとナショナリズム的な立場からEUに対して批判的だった右派や保守層の人々も、EUに対して立場の定まらない保守党を見限り、やはり主張が明確なUKIP支持へと向かったのです。

 

 

――そうした人々の意思が、EU離脱を支持した国民投票に現れたわけですね。本を読んでいて面白かったのは、議会で議員が投票していたらEU残留だったという指摘です。

 

選挙というのは複数の政策のパッケージをめぐって争われるものですから、一つの争点だけをめぐって争われる国民投票と結果が食い違うことはそれほど珍しくはないと考えられます。とはいえこの国民投票に関しては、EUをめぐっては同じ政党内でも対立があり、有権者におけるEUへの賛否が、選挙での投票を通じては議会に伝わっていないことが、その食い違いを拡大させた面も大きいでしょう。

 

保守党内では、EUに対して批判的な潮流がメインとはなっていますが、EU離脱まで求めるかについては、保守党議員の間でも立場が真っ二つに割れていました。それに対して労働党では、EUに対して好意的な潮流が支配的ですが、コービン党首を含め党としてはそれほど積極的には残留キャンペーンを行いませんでした。そのため有権者にとっては、国民投票に対する労働党の立場は曖昧に映り、労働党支持者の間で残留・離脱の選択は割れました。

 

国民投票直前に行われた、公開討論会での対立の構図は象徴的です。残留派の代表として登壇したのが、労働党のサディク・カーン・現ロンドン市長に加えて、スコットランド保守党党首と労働組合の議長、反対派の代表が保守党のボリス・ジョンソン・前ロンドン市長に加え、保守党議員と労働党議員でした。

 

この対立は、二大政党の党派を完全にまたいでいます。この国民投票に関しては、選挙での二大政党の対立とはまったく異なった分断線が走っており、そのことが、結果が大きく食い違う主な要因となりました。【次ページにつづく】

 

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