2017.11.27

二大政党制の国イギリスは日本政治のモデルなのか?

『分解するイギリス』著者、近藤康史氏インタビュー

情報 #二大政党制#新刊インタビュー#分解するイギリス

1990年代の政治改革以来、日本はイギリスのような政権交代のある二大政党制を目指してきた。しかし、当のイギリスで二大政党制が足元から揺らいでいる。かつて世界で「民主主義のモデル」として賞讃されたイギリス政治に、いま何が起こっているのか?『分解するイギリス』著者、近藤康史氏に話を伺った。(聞き手・構成 / 芹沢一也)

二大政党制とイギリス政治

――「イギリス政治は分解しつつある」。とても刺激的な主張ですが、まずは分解する前のイギリス政治について教えていただけますか。

おそらく日本の人々にとっても、もっともなじみのあるイギリスの制度的特徴は、「二大政党制」ではないでしょうか。とくに戦後しばらくは、保守党と労働党という二大政党が、議会の議席のほとんどを占める状況が続きましたから。

この二大政党制を生み出した要因の一つが、小選挙区制という選挙制度です。各選挙区から一人ずつしか当選しないというこの選挙制度が、二つの大きな政党間での競争へと政党システムを促す効果を持ちました。

また、イギリスには成文憲法が存在せず、議会こそが政治的決定の最上位に位置する点も特徴的で、これは「議会主権」と呼ばれています。この議会主権が示す「議会」とは、ロンドンにあるウェストミンスター議会であり、立法を行う権限はこの議会だけに集中していました。その意味で中央集権的性格が強く、そのことも、この議会の強さを支えていました。

これらの特徴を合わせると、イギリスの民主主義制度は「多数決的」であると言えるでしょう。つまり、「一人でも数が上回った方」に大きな決定権を与えようとするものです。小選挙区制の下では、一票でも上回った候補者が当選しますし、二大政党制の下では、議会で一つでも多い議席数を持っている与党や、それに支えられた首相や内閣が、強い決定権を握ることになります。

――教科書などに出てくるイギリス政治のイメージそのものです。日本ではとても苦労していますが、イギリスではなぜそのようなかっちりとした二大政党制ができ上ったのでしょうか?

一つは、政党と社会との関係があったと思います。イギリスは階級社会の性格が強く、そのことが「階級投票」というかたちで政党間の対立にも反映されていました。つまり、中間層など裕福な層は保守党に、労働者を中心とする貧困な層は労働党に投票する傾向が強かったのです。もう一つは小選挙区制という制度が、二大政党制に向かわせるような効果を発揮していたことでしょう。

ただ、小選挙区制が二大政党制に向かうという効果は、じつは選挙区レベルでのものであって、全国レベルでその効果が発揮されるかどうかは、議論の分かれるところです。各選挙区では二人の候補者の争いに収束するのは確かですが、すべての選挙区で同じ二つの政党の争いになるとは限らないため、全国トータルでは、三つ以上の政党が登場することがありうるからです。イギリスの場合、中央集権的であったため政党も全国レベルで組織化される傾向が強く、そのことなどが、全国レベルでも二大政党制に向かう効果を強めたのではないかと考えられます。

揺らぐ二大政党制

――それがなぜ揺らぎ始めたのですか?

二大政党制の安定性の揺らぎの原因も、その裏返しで考えることができます。まず、イギリスでも社会が多様化し、「階級投票」が以前ほど見られなくなったことです。そのことは政党支持の流動化をもたらしました。

もう一つは、小選挙区制の効果の弱まりです。分権化やEUの発展に伴い、地域レベルやヨーロッパ・レベルで台頭した政党が国政レベルにも浸透し、小選挙区制といえども二大政党のどちらかに投票するように有権者を促進する効果は薄れてきました。そこへいま述べた政党支持の流動化が重なったため、二大政党以外の政党に投票する有権者が増え、小選挙区制のもとでも多党化が進むという現象が見られるようになったのです。

――小選挙区制は二大政党制をもたらすと一般に言われますが、イギリスにおいてすら多党化が進んだわけですね。

はい。私はそれには、主に二つの理由があると考えています。

一つは、保守党と労働党との主張が似通ってくることによって、二大政党の両方ともに不満を持つ有権者が増えてきたことです。たとえば、2003年のイラク戦争のときには労働党政権でしたが、保守党も戦争参加に賛成しました。そのこともあり、イラク戦争に明確に反対した自由民主党の支持が上昇し、戦争反対派の受け皿となったことなどはわかりやすい例です。

もう一つは、先の小選挙区制の効果の話と関連しますが、国政レベルでは小選挙区制が維持されているものの、他のレベルの選挙では比例代表制的な選挙制度が採用されたことです。国政より上位のレベルにあるヨーロッパ議会選挙では比例代表制が採用され、そこで英国独立党(UKIP)が台頭してきました。

また、国政より下位のレベルに関しては、1999年にスコットランドやウェールズに対して大胆な分権化が行われ、地域議会(スコットランド議会やウェールズ議会)が設立されました。そこで採用された選挙制度は、追加議員制と呼ばれる、より比例代表的性格を持つものでしたが、やはりそこで、スコットランド国民党(SNP)などの地域政党が伸長しました。

これらの政党は、国政レベルでも一定の支持を獲得するようになり、そのことが多党化の要因となりました。

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「民意の漏れ」とEU問題

――なるほど、英国独立党(UKIP)やスコットランド国民党(SNP)は、二大政党制が支配する国政選挙の外で頭角を現したのですね。

はい。しかし繰り返すように、国政レベルでは小選挙制度のままです。有権者の政党支持は様々な政党に向かうようになり、得票率では多党化が進むものの、議席数に関して言えば小選挙区制の効果は依然としてあります。そのため、二大政党に有利なかたちで議席数には変換されてしまうという現象が起き、次第にその程度も大きくなっていきました。

――得票率と議席数、というのはどういうことでしょう?

たとえば2015年の総選挙でUKIPは12%を超える得票率でしたが、650議席中UKIPが獲得した議席数はわずか1です。それに対して、保守党は36%という得票率であるにもかかわらず、議席数では過半数を超えました。

このように、得票率の点では小選挙区制の効果が弱まって多党化が進むものの、議席数では小選挙区制の効果がまだ働いて二大政党に、なかでも第一政党に有利になるという状況が顕著になってきました。

とくに小政党は得票率に比べて議席数が少なく、逆に二大政党は得票率に比べて過大な議席数を獲得することになります。このことは、有権者の投票、つまり民意が議会の議席数へときちんと反映されない程度が大きくなっていることを意味します。本書ではこれを、「民意の漏れ」と表現しています。

――そうした「漏れている民意」の代表格がEUをめぐる問題だとされていますが、EU問題はなぜそのような地位を占めたのでしょうか?

EUとの関係をどうするかという争点は、二大政党間の対立を横断するかたちで賛否が分かれる性格が強いものでした。つまり、保守党にも労働党にも、EUに対して好意的な立場と否定的な立場が存在したということです。

有権者は選挙で、政党の候補者に投票するわけですが、こうなってくるとEUの問題に関しては、投票を通じて賛否を伝えることは難しくなります。つまり、EUについての民意は、二大政党への投票を通じては正確には反映されず、「漏れ」てしまいます。

EU自体がそれほど政治問題化していなければ、問題は大きくならないかもしれません。しかし1990年代以降、EU統合がとくに政治面でも進展することで、EUがイギリスに及ぼす影響も大きくなってきます。その結果、EUとの関係のあり方が、イギリスでも政治的争点となることも多くなってきました。しかし、先に述べたように二大政党への投票では明確に意思を示すことは難しい。

そのようななか、EUに対してもっとも明確な立場を示す政党として台頭したのがUKIPです。しかし、先にも述べたように、国政選挙においては、UKIPは得票率に比べて極端に小さな議席数しか得られません。このようにEUをめぐる争点は、「漏れている民意」の代表格になっていったのです。

UKIPはなぜ支持を集めたのか?

――それは有権者にとってはストレスが高まりますね。そうしたなか、UKIPは右や保守からも、左からも支持を集めましたが、これはなぜだったのでしょうか?

それについては、二大政党による「新しい合意」についてお話しする必要があります。

もともと戦後のイギリス政治を、二大政党間の「合意の政治」として特徴づける見方がありました。戦後直後に政権を担った労働党が、「大きな政府」に基づいてさまざまな社会保障・福祉政策を推し進め、福祉国家化を図りましたが、その後の保守党政権もその方針を、大枠では受け入れていったためです。

しかし1980年代のサッチャー保守党政権は、これを大きく転換しました。ネオ・リベラル的な考え方を持って、福祉国家の削減も含む「小さな国家」を目指したからです。このような保守党政権が18年続いた後、1997年にブレア労働党政権へと政権交代が起こります。

ブレア政権は、サッチャー政権期に生み出された問題点を解決すべく、新たな福祉国家の方向性を打ち出しますが、それはかつてのような「大きな政府」へと回帰するものではなく、サッチャー期の「小さな政府」を受け入れている面もありました。このような点で、今度は「小さな政府」や「ネオ・リベラル」への「新しい合意」が、二大政党間で新たに形成されたという見方があります。

――そうなると、「小さな政府」や「ネオ・リベラル」からはじかれる人々が出てくると。

そうです。2010年に政権についた保守党・自由民主党連立政権は、この「新しい合意」のなかでもより厳しい緊縮財政を行い、福祉国家の削減を行っていきます。その影響をもっとも被ったのは貧困層、とりわけワーキング・プアの人たちです。

しかし、もともと労働者の味方である労働党も、「新しい合意」の枠を超えることはできず、この緊縮財政に対してどのような立場をとるかは曖昧で、オルタナティヴになりえませんでした。

そのようななかで、「新しい合意」からはじかれた層、いわゆる「置き去りにされた層」と言われる労働者や貧困層の支持が、EU離脱の向こうに希望を見させるような、UKIPへと向かったと言われています。

また、もともとナショナリズム的な立場からEUに対して批判的だった右派や保守層の人々も、EUに対して立場の定まらない保守党を見限り、やはり主張が明確なUKIP支持へと向かったのです。

――そうした人々の意思が、EU離脱を支持した国民投票に現れたわけですね。本を読んでいて面白かったのは、議会で議員が投票していたらEU残留だったという指摘です。

選挙というのは複数の政策のパッケージをめぐって争われるものですから、一つの争点だけをめぐって争われる国民投票と結果が食い違うことはそれほど珍しくはないと考えられます。とはいえこの国民投票に関しては、EUをめぐっては同じ政党内でも対立があり、有権者におけるEUへの賛否が、選挙での投票を通じては議会に伝わっていないことが、その食い違いを拡大させた面も大きいでしょう。

保守党内では、EUに対して批判的な潮流がメインとはなっていますが、EU離脱まで求めるかについては、保守党議員の間でも立場が真っ二つに割れていました。それに対して労働党では、EUに対して好意的な潮流が支配的ですが、コービン党首を含め党としてはそれほど積極的には残留キャンペーンを行いませんでした。そのため有権者にとっては、国民投票に対する労働党の立場は曖昧に映り、労働党支持者の間で残留・離脱の選択は割れました。

国民投票直前に行われた、公開討論会での対立の構図は象徴的です。残留派の代表として登壇したのが、労働党のサディク・カーン・現ロンドン市長に加えて、スコットランド保守党党首と労働組合の議長、反対派の代表が保守党のボリス・ジョンソン・前ロンドン市長に加え、保守党議員と労働党議員でした。

この対立は、二大政党の党派を完全にまたいでいます。この国民投票に関しては、選挙での二大政党の対立とはまったく異なった分断線が走っており、そのことが、結果が大きく食い違う主な要因となりました。

リーダーシップの弱体化と国民投票

――お聞きしていると、EU問題というのは二大政党制の揺らぎを、拡大して見せてくれた側面がありますね。

イギリスの首相のリーダーシップは、たとえば日本の首相などと比べても、強いというイメージがあるかと思いますし、実際強いです。そのことが、イギリス政治の安定性の要因にもなってきたでしょう。

その背景の一つには、二大政党制があります。どちらかの政党が必ず過半数の議席を獲得して単一の政党として与党を形成しますから、連立政権などと比べると、首相を支える力として強くなる面があります。

しかし、現在のイギリスでは多党化が進んできています。議席数に関してはまだ小選挙区制の効果がありますし、多党化の要因となった小政党はスコットランドや北アイルランドなどに限定された地域政党である場合も多いため、議席数自体は、個々に見れば大きなものではありません。

しかし、少しずつでもそれらの政党に議席数を奪われているため、二大政党が占める議席数が少なくなり、二大政党といえどもどちらかだけで過半数を占めることが難しくなっているのです。

実際、2010年の総選挙ではどの政党も過半数を占めることができず、戦後初めての連立政権となりました。また、2017年の総選挙でもやはりどの政党も過半数の議席を取れず、北アイルランドの地域政党・民主統一党(DUP)からの閣外協力によってかろうじて保守党が政権を維持している状態です。

――まさにイギリス二大政党制は分解しつつあると。

はい。さらに言えば、過半数を超えたとしても、強いリーダーシップを発揮するためには、もう一つの前提条件があります。つまり、与党議員が一体となって首相を支えるという条件です。たとえ単一の政党で与党が形成されたとしても、党内で意見がバラバラでは、首相は党をまとめるのに苦心し、強いリーダーシップを発揮することができません。

今のイギリスの二大政党は、いずれもこの状態になっていると言えるでしょう。労働党の場合は右派と左派との対立で分裂直前の状況まで行きましたし、保守党の場合も、とくにEUをめぐっては大きく割れている状態です。

こうなると、「多数決型」の民主主義に基づき、首相が強いリーダーシップを発揮しながら安定的な政権運営を行うという、イギリスの民主主義の根幹にあったものが侵食され、「分解」していくことになります。

――そうした機能不全を補うために、国民投票が多用されるようになっていくわけですね。

ええ。ある争点が与党内での意見の対立を招いていることで、この状況が生まれているならば、その決定を直接有権者の意見に委ねることで、この対立に決着をつけてしまえばいい。もし、首相が望む方向で決着がつけば、与党内の対立は収束し、首相のリーダーシップも回復するでしょう。国民投票は、そのための手段として多用されるようになった面が大きいです。

しかし、この手段にはリスクもあります。首相の望む結果が国民投票や住民投票から得られなければ、そのリーダーシップは逆に瓦解するからです。キャメロン首相は、2011年の選挙制度改革への国民投票では成功し、また2014年のスコットランド独立を巡る住民投票でも、かろうじて目論見通りの結果を得ました。

しかし、2016年のEU国民投票では、残留という目論見通りの結果は得られませんでした。その結果、キャメロン首相は辞任を余儀なくされるとともに、イギリス政治をさらなる混乱へと導いたということになります。

イギリス政治から学ぶべきこと

――いまやイギリス政治は日本にとってのお手本とは言えない状況ですね。

イギリス政治は日本にとって、唯一ではないが重要なモデル・理想像の一つでした。とくに1990年代前後の日本では、自民党一党優位体制の下で実質的な政党間競争が十分に機能せず、またその自民党内では党内での調整が重視されて首相のリーダーシップが制約されるなどの点が問題視されるようになりました。

二大政党制というかたちで政党間競争が実質的に存在するとともに政権交代が常態化し、首相のリーダーシップも強いイギリスの政治制度は、モデルとしての価値を持ったことはたしかです。実際、小選挙区制は導入されましたし、首相や内閣のリーダーシップも高められてきています。

しかし、現在はその「モデル」とされたイギリス政治自体が変容してきています。その要因は、本で主に述べているような制度の分解によって、その制度に期待されていた効果が失われつつあり、そのことによって様々な問題点が生み出されるようになっている点にあります。小選挙区制でありながら多党化が進み、「民意の漏れ」が顕著になってきていること、またそのことによって政権交代も生じにくくなっていることなどが挙げられます。

私自身は、小選挙区制や二大政党制を軸とする「多数決型民主主義」というあり方自体は、決して否定しません。もちろんそれ自体様々な欠点を持ちますが、競争や安定性といった長所もあり、その長所を重視するのであれば、民主主義の一つの選択肢としてありうるでしょう。

しかしその制度が、長所とされるような効果すら発揮できないようになり、様々な問題点ばかりを生み出しているとしたら、それはもはやモデルにはなりえないのではないでしょうか。

――もうイギリスから学ぶべき点はないのでしょうか?

そうは思いません。だからこそ今度は、イギリスを「学ぶ」対象として見ることができるのではないかと考えています。

小選挙区制を採用したにもかかわらず二大政党制にならない点や、政権交代も現実味のないというかたちで政党間競争も十分に機能しないといった現象は、日本でも同様に、しかしより顕著なかたちで起きていることです。先日行われた2017年の総選挙でも、それは示されました。

ここで問われるべきは、イギリス同様、なぜ制度が期待された効果を持たないのか、ということです。これを考える上で、イギリスは重要な事例となります。

日本では、衆議院では小選挙区制と比例代表制が並立し、さらに参議院選挙や地方選挙ではまた異なった選挙制度が採用されています。イギリスで、ヨーロッパ議会選挙や地域議会選挙で比例代表制的な選挙制度が採用された結果として多党化が進んだことを踏まえれば、日本でも同様に、複数の選挙制度が採用されていることが、「二大政党制にならない」原因かもしれません。この場合、イギリスと同様のことが問題の要因になっていると考えることができます。

あるいはイギリスとは異なり、日本に固有の原因があるということも考えられます。たんに制度の問題ではなく、政党組織のあり方やその成熟度、有権者の政党支持の流動性の程度の違いなどにその要因を求めることもできるかもしれません。

この場合には、民主主義の制度を変えるだけでは十分ではないか、あるいはそもそもイギリスのような多数決型を目指さない方が良いという議論になるでしょう。また、制度採用からの時間の長さに原因を求め、日本でももう少し時間が経てば、期待された効果が発揮されるはずだという議論をすることも可能でしょう。こういった方向で考える場合でも、イギリス政治は重要な比較対象となります。

より深刻な日本政治

――イギリス政治と比べてみたとき、先生ご自身は日本政治をどう診断しますか?

先にもお話ししたとおり、現在の日本政治は、イギリス政治同様の問題を抱えている面が多いと思います。

たとえば、小選挙区制の下でも多党化が生じることにより、第一政党あるいは政権与党への批判票が複数の政党に分散し、第一政党が得票率に比べて過大な議席数を得るという現象がイギリスでは指摘されていますが、日本ではそれがより顕著に出ていると思います。2017年10月の衆議院議員選挙でも、「野党が共倒れした」あるいは「自民党が漁夫の利を得た」と言われましたが、まさにその状況です。

ただイギリスの場合には、二大政党制を形成した保守党と労働党の基盤がもともと存在し、それが揺らぐなかでのこの状況です。ですから、政権与党に有利になってなかなか政権交代が起こらず、一党優位な状況が生まれるとしても、それは揺らぎつつもまだ基盤を持つ二大政党間で「交互に」生じる現象となりえますし、今のところはそうです。保守党も労働党も、いろいろと危機的状況にあることは確かですが、分裂したり、無くなってしまったりする事態にははまだ至っていませんから。

しかし日本の場合は、もともと二大政党制の基盤がない状態から出発し、それを作り出そうとしているなかで起こっているため、事態はいっそう流動的であり、先が見通しにくい。さらに言えば、二大政党制を形成しうる政党の基盤を持つのが自民党だけで、もう一つの政党については新たに作り出さなければならないという状況下でそれが生じていることにより、一党優位が「交互に」すらならない可能性もあります。したがって、政党間の競争という点でも、民意の漏れという点でも、事態はイギリスより深刻と言えるかもしれません。

日本の問題に対して、私自身は明快な答えを持っているわけではありませんが、このように、現在の日本がイギリスと同様の問題を抱えるならば、その問題を解くヒントも、イギリス政治にあるだろうと思っています。その点においてイギリス政治は、日本政治に関わっていく人々にとっても格好の「学ぶ」対象になるのではないでしょうか。

本書を書くときに目標にしたことの一つは、イギリス政治の話だけを扱いながらも、日本政治にも様々な示唆を与えるものにしたいということでした。本書が、イギリス政治への理解を深めるとともに、日本政治の問題点とこれからを考える上でのヒントになれば、著者としても大変嬉しいです。

プロフィール

近藤康史比較政治、イギリス政治

1973年生まれ。名古屋大学大学院法学研究科博士課程修了、博士(法学)。筑波大学人文社会系教授などを経て、現在、名古屋大学大学院法学研究科教授。専門は比較政治・イギリス政治。著書に、『社会民主主義は生き残れるか: 政党組織の条件』(勁草書房)、『分解するイギリス』(ちくま新書)など。

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