行き詰まる「サッチャリズム2.0」と若者たちの「社会主義2.0」

リーマンショックによる金融危機は、1930年代の大恐慌、1970年代の石油危機に匹敵する「第三の危機」だといわれる。大恐慌は福祉国家をもたらし、石油危機はサッチャリズム(新自由主義)を生み出した。それでは、現在の危機はどのようなシステムを生み出すのか? 「サッチャリズム2.0」が延命するのか、それとも「社会主義2.0」が未来を切り開くのか? 『イギリス現代史』の著者、長谷川貴彦氏に話を伺った。(聞き手・構成 / 芹沢一也)

 

 

「ゆりかごから墓場まで」

 

――かつてイギリスは「ゆりかごから墓場まで」と呼ばれる福祉国家のモデルでした。労働党も保守党も福祉国家を支持していたことから、73年のオイルショック以前は「コンセンサス政治」の時代と呼ばれますね。

 

「コンセンサス政治」の起源については、諸説あります。

 

最近、『ダンケルク』という映画が公開されました。英国軍の北フランス・ダンケルクからの撤退戦を描いたものです。そこで発揮された民衆の愛国心にエリートが感動したところに、「コンセンサス政治」ははじまるという説もあります。

 

 

――逆境に直面したときに、みなで力を合わせて乗り越えていく「ダンケルク精神」といわれるものですね。

 

そうです。ダンケルクの精神は、戦争を遂行するうえで国民の一体性を鼓舞するレトリックとなりました。そして、戦争に協力した国民への報酬として、完全雇用と福祉を保障する戦後の構想が模索されたのです。その具体化が、1942年に発表された有名な「ベヴァリッジ報告」です。

 

 

――「ベヴァリッジ報告」ではどのような提案がされたのでしょうか?

 

ベヴァリッジの提案は、市場では解決できない「五つの巨悪」、すなわち「欠乏、病気、無知、不潔、怠惰」から、すべてのイギリス人を解放することを目的としていました。つまり、社会保障、医療サーヴィス、教育、住宅、雇用政策など、貧困が包括的で統合的な社会保険計画によって根絶できることを示したのです。

 

なかでももっとも重視されたのが社会保障で、ベヴァリッジの原則は、次のように要約できます。第一に、社会保障は、政府が国民に対して保障する生活水準としての「ナショナル・ミニマム」に設定すること、第二に、すべての人への均一給付に対応して拠出もまた均一でなければならないこと、第三に、すべての人を包摂することでした。

 

 

――そうした原則にもとづいて、戦後イギリスに福祉国家ができ上るわけですね。

 

はい。戦後のイギリスは、おっしゃったように「ゆりかごから墓場まで」と呼ばれる福祉国家を築き上げます。

 

1945年5月、ヨーロッパ戦線が終結したあと、最初の総選挙で勝利したのはクレメント・アトリー率いる労働党でした。アトリーら労働党の有力政治家たちは、チャーチルの戦時挙国一致内閣で重要閣僚を占めていました。戦時内閣で労働党員が築いた実績と信頼、そして「ベヴァリッジ報告」に対する賛意などによって、保守党に対して労働党が地滑り的な勝利を収めたのです。

 

アトリーらが実施した政策は、福祉国家(社会保障)、完全雇用、国有化など、抜本的な改革をともないました。これらの政策は保守党によって批判されましたが、1950年代に保守党が政権に返り咲いた後も継続されます。つまり、福祉国家体制は、二大政党間での「コンセンサス」となったのです。

 

 

――その結果、イギリスにはどのような社会が生まれたのでしょうか?

 

福祉国家体制のもと、医療が無償化され(国民保健サーヴィスNHS)、教育が無償化され、児童手当が付与され、公営住宅が建設され、生活のインフラやセイフティネットが整備されました。その結果、イギリスにベビーブームが訪れます。

 

1950年代からは経済も復興し、「豊かな社会」へと移行していきます。そして1960年代には、購買力を持ったベビーブーマーたちを基盤に、音楽やファッションの領域で「文化革命」が引き起こされていきました。この時代のアイコンであるビートルズやミニスカートは、ここから生まれることになります。

 

 

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サッチャーと新自由主義

 

――それが70年代になると、イギリスは一転、「英国病」と呼ばれる停滞期を迎えます。そこに「戦後コンセンサス」の行き詰まりをみたサッチャーが、新自由主義的な改革をはじめる、というのが一般的なストーリーですね。

 

そうなのですが、じつは「戦後コンセンサス」という言葉が登場してくるのは、1970年代です。

 

歴史的変化が起ころうするとき、それを推進する社会勢力は、古い体制を批判する言語を発明する。これは歴史の鉄則ともいえます。フランス革命期の「旧体制」(Ancien régime)、イギリス自由主義改革期の「旧き腐敗」(old corruption)などがそうです。

 

1970年代は、コンセンサスに対する批判が各方面から提出され、「思想の自由市場」(the marketplace of ideas)と呼ばれるほど論争が活況を呈します。まず二大政党内部で、戦後政治の異端分子が進出していきます。保守党内部では、ニューライトと呼ばれる勢力が反福祉国家と自由市場を前面に掲げます。対して、労働党内部では、ニューレフトともいえる勢力が、公有化と計画経済化の社会主義路線の徹底化を掲げました。こうして両陣営が戦後政治に異議申し立てをしていったのです。

 

 

――方や自由主義の徹底、方や社会主義の徹底を唱えて、「コンセンサス政治」を挟撃していくのですね。

 

はい。結局、ご存知のように、サッチャリズムに連なるニューライトの路線が勝利して、70年代の歴史は新自由主義の「成功物語」に組み込まれていきました。つまり、「英国病」と呼ばれる停滞に陥った経済を建て直したのが、サッチャーの新自由主義であったというのです。

 

 

――本ではそうしたストーリーが疑われていますね。

 

金融危機後の2010年代、新自由主義的な緊縮政策による政治や社会の混乱が続くなかで、かつての新自由主義による「成功物語」が説得力を失っていったのです。そうしたなか、さまざまに70年代の見直しが進んでいます。

 

たとえば、「英国病」の中心に位置するイギリス「衰退」論ですが、この議論に対しては、1960—70年代はイギリス経済史上の黄金時代を経験していたと主張されるようになりました。あくまで、ドイツや日本といった、敗戦の荒廃から急激に復興した国と比較した場合にのみ、イギリスの相対的劣位がみられると、70年代の見直しが進展したのです。

 

あるいは、社会や文化をみても、この時代は女性の解放運動が進展し、移民との人種関係が改善されました。ゲイやレズビアンなどのLGBTの解放も進み、マイノリティの社会的地位も上昇しました。北アイルランドでは公民権運動の影響を受けながら、自治権を求めて激しい闘争を展開しています。人びとが自己決定権を強めて、自己実現を追求する時代であったといえます。

 

いずれにしても、「英国病」や「衰退」といった言葉で括れるような時代ではありません。

 

 

――にもかかわらず、「戦後コンセンサス」という言葉が発明され、それが克服されるべき「英国病」の原因として攻撃されたわけですね。そうしたなか、サッチャーはどのような政治を行ったのでしょうか?

 

サッチャリズムとは、一般的には「新保守主義」と「新自由主義」とのイデオロギー的混成体であるといわれます。

 

イギリスのマルクス主義理論家スチュアート・ホールの適切な表現を借りれば、サッチャリズムの本質は、国家、国民、家族、そして「法と秩序」といった伝統的な保守主義のテーマを、新自由主義的経済政策と結びつけた「権威主義的ポピュリズム」にありました。

 

 

――それぞれ具体的にはどのようなことをしたのでしょうか?

 

新自由主義についていえば、民営化による市場原理を導入して、肥大化した国家セクターをスリム化しました。これは広くは、有産階級の私的所有権を保護して、財産処分の自由を拡大していくことを目的としていました。

 

このような政策は、「ゆりかごから墓場まで」といわれた手厚い社会保障制度にメスを入れ、福祉国家を解体することを意味していました。社会保障給付の後退は、とくに若年層や母子家庭を直撃し、貧困と格差を拡大させ、社会に亀裂をもたらしました。

 

新保守主義という点からすれば、サッチャリズムは、新自由主義的政策で生じた社会的不満に対して、権威的秩序を再強化していきます。たとえば、フォークランド紛争の際には、メディアが排外主義的なナショナリズムを喚起し愛国心が高揚しましたが、こうした事例が典型的ですね。

 

また、「法と秩序」という点では、サッカー場で生じた暴動や事故を利用して監視と警察力を拡大したり、社会保障の負担を家族に転嫁したりと、国家、国民、家族、「法と秩序」といった伝統的秩序の再編・強化に訴えたのです。

 

 

――サッチャーの言葉に、「社会などというものは存在しない」という有名な言葉がありますね。

 

サッチャーは1987年に、『女性自身』という雑誌のインタビューに答えて、「社会などというものはない。あるのは家族と国家だけだ」と発言します。「社会」という言葉は、「共同性」とか「福祉国家」と言い換えてもよいのですが、それらが福祉に依存する体質を生み出し、人びとから勤労の意欲を奪ってきたという認識をサッチャーは持っていました。そうした認識に立って、徹底した経済的自由主義にもとづく個人主義を、サッチャーは説いたのです。

 

その際、サッチャーは、19世紀の古典的自由主義の時代を理想化して、「ヴィクトリア的価値観」への回帰を唱えます。このことは、彼女の生い立ちと深く関係があります。

 

サッチャーは、イングランド中部リンカンシャーのグランサムという田舎街で、雑貨商を営む父の娘として生まれました。父からは、サミュエル・スマイルズ『自助論』を地でいく、立身出世を目的とする方法的な生活態度を受け継ぎます。彼女は刻苦勉励して、奨学金をえてオクスフォード大学に進学しますが、その後も父の信念を守り続けたといいます。

 

後年、権力と名声を手にしたサッチャーは、この生まれ故郷からは距離を置き、ノスタルジーを感じることもなかったといわれますが、グランサムは、サッチャリズムの道徳的レトリックを構築するうえで象徴的な役割を果たすことになります。

 

自助努力によって困難を解決するという生活態度を称揚し、新自由主義的政策によって生じる失業や貧困などの社会問題を、個人の道徳的レベルの問題に還元しようとしたのです。【次ページにつづく】

 

 

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