日本人は憲法九条と自衛隊にどう向き合ってきたのか?

国際貢献と自衛隊の海外派遣

 

――なるほど、自民党支持者であれ社会党支持者であれ、いうなれば国民はきわめて「常識的」な判断をしていたんですね。さて、冷戦崩壊後の90年代になると、国際貢献を名目とした自衛隊の海外派遣が推し進められることになります。この時期はいかがでしょうか?

 

1990年代前半に、国民の九条意識は急激かつ大幅な変化をみせるようになります。重要な契機となったのは、90~91年に起きた湾岸危機/戦争です。このとき、日本政府は国際社会から自衛隊の現地派遣を強く期待され、実際に91年4月に自衛艦のペルシャ湾派遣に踏み切ることになります。

 

これを境に自衛隊の国際活動が積極的に進められるようになり、92年にはPKO協力法が制定され、カンボジアPKOなどに実際に参加していきます。こうした動きは、現実の安全保障政策と九条条文との不整合感を一層強め、その結果、政界で長く封印されていた九条改正論議が再び活発化することになりました。

 

一般有権者のレベルでは、自衛隊の海外派遣はその目的を問わず大反対、というのが1980年代までの状況でした。ところがこうして海外派遣の実績が積み上げられ、既成事実化していくと、これを認める意見が強まってきます。

 

90年代も後半になると、自衛隊の国際活動のために必要ということであれば、憲法改正にも賛成という有権者が多数派となってきます。これにともなって、(海外派遣の前提となる)自衛隊そのものの保持、あるいは自衛権の保持について憲法に明記することについても、当然ながら、賛成論がさらに高まったとみられます。

 

 

「現状保守主義」という有権者の意識

 

――そして2000年代に入ると、アメリカの対テロ戦争への協力を契機に、いよいよ集団的自衛権の行使容認問題が浮上します。しかし、九条をめぐる有権者の意識は「現状保守主義」的だとされていますね。

 

歴史的にみると、現状の防衛政策を実質的に変更するような(ようにみえる)憲法改正案に対し、有権者の多くは反発する傾向があります。

 

たとえば、2012年に自民党が出した改憲草案には、九条を改正し「国防軍」の保持を明記することが提案されています。この案に対しては、これまでいくつかの調査で賛否が聞かれていますが、いずれも反対論がかなり優勢になっています。

 

「軍」の設置は、現状の自衛隊による防衛体制からの大きな逸脱だと捉えられているようなのです。たとえ自民党案の意図が、単なる自衛隊の名称変更、「看板かけ替え」であったにすぎないとしても、です。

 

 

――かつてはタブーであった自衛隊の海外派遣も、既成事実化すると受けいれられていくのに、看板のかけ替えすら、憲法改正から入ると不思議にダメなんですね。

 

自衛隊の海外派遣の可否についてみると、1980年代まで、ペルシャ湾やカンボジアに自衛隊が派遣される以前ですね、その時期の世論ではほぼ反対一色となっていました。これは海外派遣の目的によるものではなく、国際社会からの要請があるような場合でも同じです。

 

古いデータになりますが、政府が63年に行った調査によると、「国連から求められた場合には、国連に対する義務を果すため、海外派兵もできるように」憲法を改正することについて、賛成10%、反対42%という大差でした。80年代までは、改憲の是非以前に、自衛隊を海外派遣するという行為そのものに対する抵抗感が非常に強かったのです。

 

自衛隊の海外派遣のための9条改正について賛否を問うような質問は、どの調査機関も70~80年代には行った形跡がありません。聞くまでもなく反対一色になることが明らかとみられていたためでしょう。

 

このように、有権者は一般に、現状の安保政策を変更することを避けたい傾向があります。こうした有権者の志向を私は「現状保守主義」と呼んでいます。これは「九条保守主義」とは同じではありません。むしろ、「現状」と「九条」の乖離が強く認識される場合には、有権者の多くは「現状」の保守を優先し、「九条」のほうを修正することを期待する傾向がみられます。

 

 

――なるほど、ということは、自衛隊の存在を否定する、いわゆる「自衛隊違憲」論は支持を得られないということになりますね。

 

そうですね。自衛隊は、憲法制定時には想定されていなかった組織ですが、1950年代中葉以降、自衛隊による防衛体制が現実に整備されると、有権者の多くはこの組織を維持することを望むようになりました。これまで現実に改憲がなされなかったのは、政府与党の方針自体が、自衛隊と九条の共存を認めるものとなり、九条改正が切迫した争点となってこなかったためです。

 

仮に今日、「九条を維持するか、自衛隊を維持するか」を二者択一的に選ばなければならない状況を突き付けられたとするならば、国民の多数派は九条を改正して自衛隊を維持するほうを選択するに違いありません。

 

先ほどご指摘された自衛隊の海外派遣の問題でも同じで、実際にPKO活動など実績が重ねられると、多くの国民はこれを肯定的にみるようになりました。1990年代後半以降の調査をみると、自衛隊の国際協力のために必要ということであれば、九条改正に対してさえも賛成という声が多数になっています。安全保障政策に関する現状が変化して定着すれば、九条に対する国民の認識のほうが変化するのです。

 

このように、有権者は現状保守主義的であるがゆえに、すでに現実世界で定着した防衛政策について「追認」するタイプの改憲には強い抵抗は示さない、というのが歴史的な傾向だと言えます。有権者の多くは、安全保障政策について、プラグマティックな姿勢をとっています。言い換えると、「憲法典の規定がこうであるから、安保政策はこうでなければならない」というような教条主義的な見方はとっていないように思われます。

 

 

イデオロギー化する憲法問題

 

――いよいよ現在ですが、現在は憲法問題がふたたび「イデオロギー化」しているとされていますね。

 

「憲法問題がイデオロギー化している」というのは、近年、憲法改正の論点が九条にふたたび収斂している状況を指しています。九条問題は、いわゆる五五年体制の時代、保守/革新エリートの間で立場が分かれてきた「イデオロギー的」争点です。

 

「ふたたび」収斂しているというのは、1990年代から2000年代初頭まで、九条以外にも改正論点が拡散した時代があったからです。

 

典型的には小泉政権時代に話題になった首相公選制導入論がありますが、もっと一般的にいって、この時期には統治制度改革、あるいは体制改革のための改憲論がエリートレベルで浮上し、有権者からも意識されていました。そのなかには、内閣・首相権限強化、地方自治制度改革、二院制改革などが含まれます。

 

こうした体制改革論における対立軸は、保守/革新という従来のイデオロギー対立に沿ったものではなく、むしろ保守陣営内での主導権争いに沿ったものだったといえます。90年代に体制改革論の視点から憲法見直しを主張した「新党」指導者の多く(細川護熙、小沢一郎など)が自民党の出身者であったことを想起されるとよいでしょう。こうした新しい改憲派エリートの主張は、大震災や金融危機など90年代の諸危機を経験するなかで、影響力を強めていきます。

 

このように改憲論点が多様化したことは、有権者のなかで「一般論として」改憲を支持する意見を増加させることになりました。たとえ九条改正には反対の有権者であっても、首相公選制に賛成であれば、「憲法を改正する必要があると思いますか」という質問に賛成することは十分ありうることだからです。論点が拡散することは「それ自体として」、世論調査で測定される改憲派の増加をもたらします。まして、体制改革関連の改憲案には、総じてかなり高い有権者の支持があったのです。

 

 

――なるほど、体制改革をめぐる改憲論として、憲法改正論議は一度、脱イデオロギー化していたんですね。

 

はい。ところがポスト小泉政権期には、こうした体制改革関係の改憲論は訴求力を失うようになります。その理由として、1990年代以降に、実際に(明文改憲を伴わない)大きな政治制度改革が重ねられてきたことがあります。90年代から小泉改革期まで、選挙制度改革、省庁再編、内閣機能強化、地方制度改革など、かなり大がかりな制度改革が実施されています。

 

こうした成果を経て、ポスト小泉政権期には、エリートレベルでは体制改革論の文脈で改憲が主張されることが少なくなり、伝統的な九条問題が相対的に重要な争点として浮上してきます。とくに2000年代に入ると、アメリカの対テロ戦争への協力問題、集団的自衛権行使容認問題が争点化したことで、九条問題に一層注目が集まるようになりました。

 

エリートレベルの改憲論争がこのように「再イデオロギー化」した結果として、有権者のほうでも憲法問題を九条問題としてもっぱら理解する傾向が強まりました。この10年ほど一般論として改憲に賛成する人は減る傾向にありますが、その大きな要因は、改憲論点が九条に収斂しているということにあります。これは有権者が左傾化しているかどうかとは、また別の問題です。

 

 

いま、国民は九条をどうとらえているのか?

 

―― いま九条について、国民はどういう見方しているのでしょうか?

 

それは九条を「どのように」変えるかという具体案しだいということになります。一般論としていえば、有権者は、これまで述べてきたように、安保政策を実質的に変化させるような(ようにみえる)改憲案については、総じて否定的です。

 

 

――となると、いわゆる「九条加憲」は支持を得られやすいのでしょうか?

 

一般論としては、そう言えると思います。安倍晋三首相が提案した、九条に自衛隊を明記するという改憲案は、比較的国民から理解を得やすい案だということになります。実際、自衛隊について明記するという改憲案については、戦後何度も世論調査が行われてきましたが、そのほとんどで賛成派が反対派の数を上回ってきました。

 

もっとも、世論調査の回答がその聞き方(質問文や選択肢などの形式)に強く影響されるものであることを考えれば、現実の国民投票における有権者の行動も、具体的な改正条文案しだいで大きく変わる可能性があるでしょう。改憲派エリートとしては、発議に踏み切ってしまえば、国民投票で失敗することは許されませんから、これから改正案は慎重に詰めていく必要があります。

 

今後、自民党が実際に改憲発議を進めようという場合、一般論としては、連立与党である公明党はもちろん、野党も含めた幅広い合意を取り付けられるかが成否を分けるカギとなるでしょう。

 

歴史的にみて、エリート間で賛否が大きく分かれるような改憲論点に、世論の強い支持があったという例はありません。自民党としては、まず国会のなかで熟議を尽くすという王道を行き、他党からの意見も建設的なものは大いに取り入れ、「最終確認」の意味で満を持して国民投票に臨めばよいのです。

 

 

――お話を聞いていると、なし崩しに進む「現状」を前に、憲法解釈による適応が重ねられてきたわけですよね。「本来」の解決をあいまいにする、きわめて日本的なやり方に見えますが、この点はいかがでしょうか?

 

「憲法典」を変えずに「憲法(の運用)体制」が変えられてきたことが、日本的文化の表れであるとは思いません。比較憲法学的にみて、日本国憲法は規定の数が少ない憲法典として知られています。その分、そもそも憲法典が規定する内容の抽象性が高く、解釈によって運用しなければならない余地が多い憲法典なのです。

 

憲法の実際の運用規則は、内閣法、国会法、公職選挙法といった下位の法律によって規定されていますが、こうした憲法附属法についてはこれまで状況に応じて改正がなされ、それで間に合わせることができたのです。

 

要するに、憲法典がこれまで不変でありえたのは、日本人の「問題先送り気質」など文化的要因によるのではなく、単にこの憲法典そのものの性質による部分が大きかったということです。

 

 

――しかし、九条については、「現実」と「条文」とのずれが、だれの目にも明らかではないですか?

 

そうですね。九条については、その規定内容と現実の安保政策とのズレがあまりに大きい、という見方が強いことは事実です。歴代保守政権は、たしかにこの問題の「本来の解決をあいまいに」してきました。

 

しかし、これも(白黒つけたがらない?)日本人気質が表れた結果などと理解する必要はないと思います。むしろ、どの国でも普遍的にみられる、政治家たちのしたたかな計算の帰結として理解したほうがよいと思います。

 

 

――計算といいますと?

 

60年安保闘争以降の自民党政権は、革新勢力の批判をかわすために、あえて党是である改憲を正面からは訴えなくなりました。自衛隊・日米安保と九条が現に共存し、大手メディアや司法でそのことが大きな問題とされていなかった以上、政治的リスクを冒してまで自民党が改憲を推進しなかったことは当然のことと言えます。

 

逆に、改憲を無理に進めようとしていたとすれば、そのほうがむしろ「非合理的」な行動である、すなわち、「獲得議席数の増大を目指す」という、政党の一般的な行動原理から外れていると言うべきです。

 

こうした議論を裏返すと、2000年代にエリートレベルで改憲機運が高まったことは、憲法をめぐる世論が変化したことの帰結として、十分に理解することができます。

 

今日、各政党・政治家が憲法問題について論じることはごく日常的なことであり、改憲志向を表したからといって、即座に選挙で責めを負わされるというような状況ではありません。2012年に復古色の強い改憲草案を作成し、その後も選挙公約で改憲についてふれている自民党が、国政選挙で連戦連勝していることからも、その点は明らかなことです。

 

 

――改憲を提起するのに、いまは時宜に適っていると。

 

改憲の必要性について言及しただけで大臣の首が飛ぶというような、五五年体制期の状況とはまったく異なる政治状況がいまはあります。改憲の国会発議が現実の政治日程に上がるに至った要因の大きな部分は、少なくともそれを大きな問題とみていないという、有権者の意識にあると言ってよいのです。

 

もっとも、では個々の有権者が具体的にどのような改憲を積極的に望んでいるか、という点になるとこれは大きなブラックボックスと言わざるを得ません。我々は調査によって世論を推測するほかなく、したがって、調査で聞かれていない改憲案についてその賛否を知ることはできないのです。

 

今後、実際に改憲を進めるべきか否か、またどのような改正案について検討すべきなのか、これらのことを議論するうえで、精度の高い世論調査の存在がこれからますます求められることになるでしょう。

 

憲法と世論: 戦後日本人は憲法とどう向き合ってきたのか (筑摩選書)

憲法と世論: 戦後日本人は憲法とどう向き合ってきたのか (筑摩選書)書籍

作者境家 史郎

発行筑摩書房

発売日2017年10月13日

カテゴリー単行本(ソフトカバー)

ページ数318

ISBN4480016562

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