教育はイデオロギーでなく「運用」で語れ――安全装置としての「理想の日本人像」

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真理と平和を希求する人間

 

――そして敗戦を迎え、一転、教育が普遍主義の方向に振れます。戦前の軍国主義への反省のもと、日本はふたたび民主化への道を歩み始めますが、そうしたなか「教育基本法」が制定されて民主主義教育の基盤となります。

 

 

「教育基本法」はGHQの押しつけだったとの主張もありますが、じつは日本人の発意で作られました。当時の文部省関係者は、「教育基本法」に「教育宣言的な意味」と「教育憲法的な意味」の性格を与え、そのなかで戦後日本にふさわしい「理想の日本人像」を示そうとしたといわれています。

 

「教育基本法」の内容をめぐっても進歩派と保守派が対立したのですが、最終的に進歩派の意見を中心にまとまりました。そのため、その内容は復古的ではなかったものの、理想主義的で、いささか抽象的なものになりました。「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間」とか「平和的な国家及び社会の形成者」といったものです。

 

ところが、意外にも、制定当時「教育基本法」は進歩的な教育者から批判されています。文部省が密室で決めたものであり、中身も美辞麗句が並ぶだけだといわれたのです。

 

ただ、本格的に同法が批判されはじめたのは、第三次吉田茂内閣のときです。吉田首相は、同法について「民主主義国ならどこの国にも通じることが常識的にならべて法律にしたまでのこと」と指摘し、「歴史と伝統のある日本人全体に感銘を与えるような血の通った教育信条のようなものがほしい」と述べたといいます。

 

 

――第三次吉田内閣というと1949年から50年にかけてですから、ずいぶん早く共同体主義からの批判が出ていたんですね。

 

はい。「教育基本法」に、日本的な価値観、共同体的な価値観を入れよというのは、それ以来保守派による同法批判の骨子となりました。その改正案や「教育勅語」の代用物のようなものも数多く提案されました。これに対抗するかたちで、革新派は最初こそ批判的だったものの、のちに「教育基本法」の擁護に回るようになり、55年体制の保革対立の構図ができあがります。

 

 

――これはいまだに、保守とリベラルをわける対立軸として機能していますね。

 

「教育基本法」はいつしか左右対立のわかりやすい記号となってしまいました。否定すれば右、肯定すれば左というわけです。もう少し是々非々で中身について議論ができればよかったのですが。

 

 

「個性」と「愛国心」

 

――高度成長時代を迎えると企業戦士の育成が課題となり、「責任をもって黙々と働く日本人」という理想像が打ち出されます。そして、日本が成熟した先進国としての地位を占めた80年代になると、臨教審が「個性」ということを言い始めます。

 

戦後の日本では、戦後復興と高度経済成長のため、長らく詰め込み式の画一主義的な教育が行われていました。ところが、当時の日本はすでに経済大国であり、その転換が求められていました。臨教審はこのような認識のもと、教育の自由化をめざしました。それが最終的に「個性重視の原則」ということばとなって現れることになります。

 

個性それ自体は立派な理念のように思えます。ただ、臨教審の「個性」はたんなる個人主義の謳歌ではないので、その「実装」に注目する必要がありました。

 

 

――「実装」と言いますと?

 

個性重視は、画一主義否定の美名のもとに、エリートとそれ以外を区別する教育を是認することばにもなりかねないということです。

 

多種多様な教育を行うのは結構ですが、エリート教育には国民間の分断を引き起こす副作用もあります。それをおさえて、いかに「理想の日本人像」を実現していくか。このような理想の「実装」面がもう少し問題になってもよかったのではないかと思っています。これは、その後の教育改革にもいえることだと思います。

 

 

――実際には「個性教育」は良くも悪くも定着はしなかったですね。さて、2006年には改正教育基本法が成立し、今度はまた一転、「愛国心」が謳われるようになりました。

 

「改正教育基本法」は、第一次安倍晋三政権のときに改正されたことから、その保守的な側面に注目が集まりがちです。

 

じっさいに、これまでの「教育基本法」への批判を受けて、前文には「伝統」や「公共の精神」などのことばが付け加えられ、第二条(教育の目標)には「道徳心を培う」「公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養う」「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」などの文言が盛りこまれました。

 

ただ、よく読めば、たんに保守色が強まっただけではありません。

 

 

――どういうことでしょうか?

 

第一条(教育の目的)には「平和で民主的な国家及び社会の形成者」ということばがあります。また、第二条には「他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う」などのことばもしっかり入っています。

 

 

――それは建前ではないでしょうか?

 

いえ、ここで旧「教育基本法」の歴史が参照されるべきです。同法は、先ほど申し上げたように、制定当初、進歩的な教育者に批判されました。ただ、保守派の批判を受けて、読み替えられ、一転して擁護されてきたという歴史があります。

 

「改正教育基本法」にもそのような読み替えが可能であるように思います。つまり、こちらもまた「実装」面で改善の余地があるということです。一方的な「改悪」との批判は、こうした柔軟な議論を阻害するおそれがあります。

 

 

安全装置としての「理想の日本人像」

 

――イデオロギー的に「改正教育基本法」をただ否定するのは生産的ではない、ということですね。「実装」の段階で普遍主義的な文面の方向に読み替えていけと。そういえば辻田先生は、「理想の日本人像」を安全装置として利用せよ、と主張されていますね。

 

「理想の日本人像」などというものはすべてフェイクです。万人によって模範的な理想像などありえないですし、価値観が多様化した現在だとなおのことそうです。ですので、どのような「理想の日本人像」が提示されたとしても、内容を細かく分析して、これを否定することは容易でしょう。

 

 

――そもそも「理想像」なるものが必要なのでしょうか?

 

全国民的な教育を行おうとすると、どうしても一定の理想像を参照せざるをえません。それをあまりにないがしろにすると、一部の熱心なひとたちによって現実離れした理想像が作られてしまいます。それがここ十数年の歴史であるように思います。

 

 

――なるほど。放っておいたら最悪のものがつくられてしまうので、よりましなものをつくっておいた方がよいということですね。

 

そうです。そこで、「これぐらいならば問題ないのではないか」という理想像を提示しておくのがよいのではないでしょうか。つまり、「理想の日本人像」を特定の思想をブーストするための装置ではなく、特定の思想の暴発を制御する安全装置として利用するということです。

同志社大学の設立者である新島襄は1888年に、「国家百年の大計」ということばをつかって、つぎのように述べています。

 

「もしも立憲政治を百年後にも継続したいのであれば、決して個々の法律や制度だけに依存すべきではない。国民が立憲政治のもとで生活できる資質を養成しなければならない。そして立憲政治を維持するのは、知識があり品性があり自ら立ち自ら治めることができる国民でなければならない。そうであれば今日、この大学を設立するのは、まことに国家百年の大計でなくてなんであろうか」(『現代語で読む新島襄』の現代語訳より)

 

「国家百年の大計」「理想の日本人像」というと、いかにも右翼的に聞こえるかもしれませんが、かならずしもそうではないことはここからもわかるかと思います。

 

 

イデオロギー対立をこえて

 

――名ではなく実を取るというか、とてもプラグマティックなスタンスですね。ただ、こと教育となると保守とリベラルがイデオロギー的に対立しがちです。

 

教育は成果が出るまで時間がかかるので、どうしてもイデオロギーの空中戦になりやすい分野です。そこで、いかにその弊害を中和するのかが重要になってきます。

 

その点で、文部科学省の役割りは重要だと思っています。政治家がいかに親しいイデオローグたちを集めて提言を行ったとしても、じっさいの教育政策や学校教育にそれをそのまま使うことはできません。

 

そこで、文科省が、フィルターとしての役割りを果たすわけです。つまり、法令などに落とし込むときに、内容をより中立的で科学的で現実的な内容に改めるということです。天下り問題や加計学園問題で悪目立ちしてしまった同省ですが、もともとは地味にそのような役割りを果たしていたのではないでしょうか。

 

昨年11月に刊行された前川喜平、寺脇研両氏の対談本『これからの日本、これからの教育』にそのようなエピソードが掲載されていました(http://bunshun.jp/articles/-/5004)。

 

 

――最後に教育論議はどうあるべきか、辻田先生のお考えを教えてください。

 

わたしはかつて著書で「君が代」について運用論で解決すべきだと提案したことがあります。「肯定か」「否定か」のイデオロギー論争では、いつまでたっても解決しません。むしろそのときどきに政治的に強い立場のひとの意見が貫徹されてしまいます。

 

そこで、その運用のしかたを工夫することで、多くのひとびとにとって負担のないかたちに変えていったほうが現実的だと考えました。「君が代」については、「歌う国歌」ではなく「聴く国歌」にすべきだというのがわたしの提案です。

 

 

――「聴く国歌」というのは?

 

日本では、「国歌は絶対に歌うべきだ」という思い込みが根強くあります。しかし、世界を見渡すと、国歌の演奏時は起立し静粛にすることは求められますが、歌うかどうかは多くのばあい個々人に任されています。これは、国歌の歌詞が長くて誰もが覚えていないという問題もあります。日本はたまたま歌詞が短いので「斉唱」が強調されがちなのだと思います。

 

立って大人しくしているだけならば、負担もさほどないですし、「口を開け」「歌っているかどうかチェックする」などという滑稽なことも起こりにくいでしょう。考えてみれば、スポーツの大会では、プロの歌手や芸能人が国歌を歌って、それを観客が聴くというスタイルが定着しつつあります。詳しくは拙著に譲りますが、「聴く国歌」はこのような落としどころを提案したものです。

 

教育のほかの分野にかんしても同様のことがいえるのではないでしょうか。左右のイデオロギー対立をこえて、より柔軟な運用論へ。「理想の日本人像」を安全装置として用いるべきだというのも、こうした考えの延長線上にあります。

 

 

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