2012.01.27
「中退」を切り口に大学教育改革をおこす
「若者たちが未来に希望を持てる社会」を実現するために、高等教育イノベーションとクリエイティブ産業振興に取り組んでいるNPO法人NEWVERY代表の山本繁さん(33)。若者をフリーターやニートといった社会的弱者に転落させないために、今何が必要なのか。全国の大学や地域においてさまざまな若者支援事業を試みる山本さんに、その活動内容についてお話を伺った。(聞き手・構成/宮崎直子)
若者たちを社会的弱者へ転落させないために
―― 今、なぜ若者支援が必要なのでしょうか。
総務省が昨年末に発表した労働力調査によると、現在若年層の完全失業率は約9%、日本全体では5%程度になります。2020年には日本の失業率は全体で9%、若年層では20%近くになるだろうと予測されています。今よりも就職率が悪化しているという将来を見据えると、取り組むべきことはたくさんあるのです。
若者は大きく5つに分類できます。「リーダー層」「(目標のある)フリーター」「(仕方なくなった)フリーター」「ニート・ひきこもり」「その他大勢」。この中の「(仕方なくなった)フリーター」「ニート・ひきこもり」に対して、そうなるのを未然に防ぐために取り組んでいるのが「日本中退予防研究所」です。彼らの約3割は高校・大学・短大・専門学校の「中退経験者」。つまり、中退を未然に防ぐことでニートにしないようにしようというのが目的です。
いかに若い人たちが社会的弱者に転落するのを未然に防ぐか。そういう問題意識を持ってずっとやってきました。昨今の経済不況と就職難の中では、以前は放っておいても自立できた「その他大勢」の若者たちも、かなりグレーゾーンに呑み込まれてきています。その人たちに対しても対策が必要だろうということで、昨年の11月から豊島区との共同事業で「おとな大学」を実施しています。「(目標のある)フリーター」に対しては「トキワ荘プロジェクト」で漫画家育成支援を、「リーダー層」に対してはインターンシップを受け入れるなど、包括的に活動を展開しています。
若者が大人になっていく場所
―― 「おとな大学」ではどういう取り組みが行われているのでしょうか。
人が生きていく上でもっとも大切なことは「働くこと」と「愛すること」です。かつて精神科医のフロイトは、「大人になるとは?」という問いに対して、この2つのことをあげました。大人とは、働いて自分の生計を立てることができる人であり、他人と愛情や友情関係を築くことができる人であると解釈した。つまり、人は経済的に自立し社会の中で自分の役割を見つけ、それに参画しなければいけないし、一方でどんなに経済的、社会的に成功していても、他人と愛情や友情関係を築けなければ、孤独のままに死ぬということです。
この非常に大きなテーマを「おとな大学」では追求しています。20~30代前半の大学生や社会人を対象に、「起業」や「コミュニケーション」をテーマにしたゼミ、学生限定の「異学種交流会」などを開いて、学びや経験を共有し若者が交流できる場を提供しています。ここでわたしが参加者に一番伝えたいのは「選択肢は多様にある」ということです。大手の企業に入ることだけがいいわけではない。中小企業やNPOで働くこともできれば、小さく起業するという生き方もある。若者が将来のキャリアプランニングをしていく上で必要な情報を「おとな大学」で提供しています。
NEWVERYは2002年にボランティア団体としてスタートし、2008年から豊島区に事務所をおいています。NPOとして地域に何か貢献したいという思いが強くありました。そうした中、豊島区から若者支援を生涯学習の一環でやりたいとの提案があり、この10年間で積んできたノウハウを生かして事業を進めています。
「中退」を切り口に大学教育改革に挑む
―― 日本の高等教育が置かれている状況を教えてください。
PISA(OECD生徒の学習到達度調査)によれば、日本の15歳児の問題解決能力は世界でもトップクラスですが、大学になると、同じくOECDの調査でワースト1、2位まで下がります。日本の大学のレベルはそれぐらい低評価です。日本の大学を卒業しても国際的にはまったく信用されないし、大学を出るのがこんなに簡単な国は日本ぐらいです。
日本の高等教育はアメリカやヨーロッパに比べて30~40年遅れているといわれています。日本の高等教育分野の研究者が国際的な学会に行って誰と話が合うかというと、ブラジルやタイの研究者で、アメリカの研究者とは全然話が合わないというのです。つまり、タイやブラジルと日本の教育の状況が似ていて課題が同じなんですね。アメリカはとっくにそんな課題は乗り越えているんです。国際的に見ても日本は大学改革が求められていて、それをいかに実現するかというのがぼくたちが今一番腐心しているテーマです。フリーターやニートを生み出す「中退者」を減らすことを通じて、高等教育機関の「教育力」と「問題解決能力」を高めることが目的です。
―― 高等教育を中退することでうまれるリスクとは。
文部科学省はデータを公表しないので正確な値はわかりませんが、大学・短大・専門学校の中退者は合わせて年間11万人以上と推測されています。そして、そのうちの約6割はずっとフリーターか無職のままでいます。その数、年間66,000人と考えると、10年で66万人、20年で132万人。現時点でフリーターの数は200万人、ニートは64万人いるといわれていますので、ものすごいシェアを占めているんですね。
「中退」は高等教育機関にとって3つのデメリットがあります。1つは評判の著しい低下です。日本の私立大学では、年間約3%の学生が中退するといわれています。たとえばある大学に1万人の学生がいると、毎年300人が辞めるわけです。10年間で3000人、20年間で6000人。東京ではイメージしにくいかもしれませんが、地方都市でそれぐらいの中退者が出ると大学の評判は地に堕ちます。
2つ目はキャッシュフローの悪化です。私立大学で1年生が一人辞めると大学は300万円の機会損失をします。2~4年生時の授業料が得られなくなるからです。年間100人が辞めると3億円もの不利益を被ることになります。
3つ目は、組織のモラルハザードです。教育機関で働いている人たちは、誰も学校を辞めていく学生の後ろ姿を見ることを望んではいません。教育熱心な職員ほど胸をいためることになります。年間200人も300人も退学者が出るという現象がつづくと、それが当たり前になってだんだん感覚が麻痺してくるんですね。そうすると、組織のモラルが壊れていき、ガバナンス上問題が生じてきます。
そして、中退した者は一生履歴書にその経歴が残ります。新卒ですら就職が難しい中で、中退した学生を積極的にとろうという企業はありません。
―― 中退の原因と、予防対策について教えてください。
学生の中退の原因は次の3つに類型化可能です。
(1)学生と、大学が提供している教育内容・教育方法とのミスマッチ
(2)個々の学生が抱えている事情・課題
(3)キャリア不安・将来不安と大学卒業価値の低下
つまり、授業がつまらない・わからない、勉強する意欲がわかない、大学で勉強していることが将来の役に立つのかわからない、友達ができない、先生と合わない、人間関係のトラブルが発生したといったことです。これらが全体の80%を占めます。その他に、経済的困窮(5~10%)、精神疾患・障害(5~10%)、妊娠・結婚(1%)などがあります。中退者に接してインタビューを行い、調査・分析した結果を『中退白書2010 高等教育機関からの中退』『中退予防戦略』などの本にまとめています。また、全国の大学でコンサルティングやセミナーを行って、ノウハウや成功事例を波及させるようにつとめています。
中退者を減らす対策として、今大学では「初年次教育」にもっとも力を入れています。1年生に特化した学生たちの教育機関への定着と、その教育機関でどう過ごし、成長するのかという意識づけを行います。また、大学教員の能力開発(Faculty Development)が、文科省から義務化されるなど、多種多様な取り組みが各大学で行われています。大学の諸活動にマーケティングを応用するための機関調査(Institutional Research)に対する関心も高まっています。
今起きている大学の問題は、外部環境の変化に応じて、大学が正しい意思決定と実行ができていないことに多くが起因しています。これが若者たちが就職できない問題にもつながっていきます。学生の能力があがれば、50人募集のところを、55人採ってみようかなということもありえるわけです。社会に出るときの学生たちの知識、スキル、考え方が全体的に向上すると、雇用問題も少しずつ解決できるだろうと思っています。
より優れた芸術家を生むために
―― 「トキワ荘プロジェクト」では、どのような活動が行われていますか。
NEWVERYがビジョンとしている「若者たちが未来に希望を持てる社会」を創造するために「教育改革」と並列して、もう1つ大事な柱は「雇用創出」です。製造業が衰退していく一方で、成長産業と呼ばれる分野は3つあります。「環境・エネルギー」「医療・福祉」「文化クリエイティブ産業」。日本はとくにこの3つの産業で雇用を創出していく必要があります。そこで、自分たちは一体何ができるんだろうと考えたときに、唯一貢献できそうなのがクリエイティブ産業でした。
「トキワ荘プロジェクト」では、漫画家の育成を目指して120人ぐらいの若者を支援しています。漫画家のプロを目指す若者に都内で低家賃の住宅(シェアハウス)を提供し、出版社との仕事の斡旋・仲介などを行っています。わたしたちが拠点をおく豊島区は昔から芸術家やクリエイターを育てていた街でした。かつて池袋モンパルナスというアトリエ村があり、そこに貧乏な画家や詩人やアーティストが集い同居していたんです。池袋の西口に行くと、アトリエ付きの平屋でぼろい家がいまだにたくさん残っています。
「トキワ荘」とは椎名町にあった、赤塚不二夫、手塚治虫、石森章太郎など日本を代表する漫画家が住んでいた木造アパートのことですね。そんな梁山泊になれないかと願いを込めています。池袋は今でも映画や演劇が盛んで、区をあげて文化芸術に力を入れています。そこに集ってくる若者たちが、どうやってクリエイティブな仕事で食べていくか、考える素材と機会を提供しています。
また、最近は全国の大学や専門学校で「漫画学部・学科」が創設されはじめています。昨年から京都造形芸術大学のマンガ学科と連携して、運営に協力しています。漫画家のニーズをどう増やし、どう日本のコンテンツを海外に売っていくか。現在、経済産業省が「クール・ジャパン」戦略を推進し、行政、市町村のレベルでもさまざまな取り組みが行われています。その一環として、教育機関や出版社とコラボレーションして、今まで蓄積してきたノウハウを生かしていきたいと思っています。昨年は、トキワ荘の入居者が文化庁のメディア芸術祭で漫画部門の新人賞を受賞しました。環境を整えてはじめて、より有望な漫画家が生まれてきます。そういう循環をつくりたいと考えています。
仲間とともに新たな挑戦へ
―― 起業されて10年が経ちました。大学時代から今までを振り返ってみてどうですか。
ぼく自身はすごく活発な学生で、大学時代に自分で会社もおこし勉強も一生懸命やりました。しかし、卒業するときに「本当にやりたいこと」が何なのかわからなくなった。ぼくの両親はクリエイターですが、自分には両親のように打ち込めるものもないし、スティーブジョブズに傾倒するだとか、この学問が好きだとか、人生をかけてまで守りたい主義主張といったものがなかったんですね。だから「やりたいこと」を軸に自分の人生を決めるのはやめようと一度結論を出したんです。「やりたいこと」ではなく「やるべきこと」を追求しようと。そうすると、「やるべきこと」は世の中にごまんと溢れていました。
起業して今年で11年目を迎えました。現在の目標は、2016年までに日本の高等教育機関の中退率を半分にすることです。難しいですが、目標は高いほうがいいんです。低いとイノベーションは生まれません。目標が高くて不可能だと思うからこそ新しい方法を考えます。そして今、一番手応えを感じているのは「仲間」の存在ですね。
2016年までに3つの大学の退学率を半減することだったら、ぼく一人で3校コンサルティング契約して実現できます。でも、日本全体を変えようと思ったら一人では限界がある。やはり仲間が必要なんですね。今までは孤軍奮闘してきたけれど、同じ問題意識を持って心をこめて働いている大学関係者たちがいる。そういう人たちとの出会いが、最近本当に増えてきたんです。ぼくが今までやってきたことは意味のあることだったんだと気づかされます。社会起業家というのはビジネスの手法を通じて「社会変革」をもたらす存在です。具体的な戦略を持って、日々前進しています。
プロフィール
山本繁
NEWVERY理事長/日本中退予防研究所所長。1978年東京都生まれ。1997年慶應義塾大学環境情報学部入学。2006年NEC社会起業塾第4期生、2007年社会起業家向けビジネスプランコンテスト「STYLE」優秀賞受賞、2009年週刊ダイヤモンドより「日本の社会起業家30人」に選ばれる。2011年4月より京都造形芸術大学非常勤講師、同11月より滋慶イースト教育改革センター顧問。著書に『やりたいことがないヤツは社会起業家になれ』(2009年、メディアファクトリー)、『人を助けて仕事を創る 社会起業家の教科書』(2010年、ティー・オーエンタテインメント)。編著に『中退白書2010 高等教育機関からの中退』(2010年、NEWVERY)、『中退予防戦略』(2011年、NEVERY)。