2011.11.17

「健全な好奇心」は人を生かす

糸井重里×大野更紗

情報 #困ってるひと#ほぼ日#エンタメ闘病記

「エンタメ闘病記」という新たなジャンルを切り拓いて話題の『困ってるひと』著者・大野更紗さんと、「ほぼ日刊イトイ新聞」を主宰するほか、幅広くご活躍のコピーライター・糸井重里さんの対談が実現しました。糸井さんはこの本を「ばら撒く委員会」に入ったのだそうです。その理由は……。(撮影/森本菜穂子)

新しい視点が増えた

糸井 僕はなんせ、この本の中の「どうしたらいいだろう? 何からしたらいいだろう?」って駅のホームで一人で立ちすくんでるシーンに反応しちゃった。「俺がほしがってたのはこれなんだよ!」って(笑)。

大野 そうですね、必死でした(笑)。

糸井 自分の頭をフル回転させて、止まって考えながら、もう次の行動を考えてるってのが、ビビッドに表れてるのがすごいなと思って、興奮しちゃったんです。僕もわりとああいうタイプなんだけど、僕にもできないなと思って。美しかったんですよ。

大野 いえいえいえいえ。

糸井 あの場面だけで、大野さんはどういう人なのかな、といろんなことが僕の中に湧いちゃって。読むのが全部面白くて。あと、隠してることが一通り伝わってくるのが面白いんですよね。

大野 隠してる?

糸井 病気から何から、「こんな大変な人いないよ!」と思うんですけど、それを伝えるためには、「これは言わない」ということがたくさんあって、そのそぎ落とした分量が並じゃない。「これなら誰にでもわかる!」と思って、僕もこれをばら撒く委員会に入った。

大野 それは、本当に心強いです。

糸井 誰かが「これをたくさん売る手伝いをしたいんだ」ってウェブ上に書いていたんだけど、僕もそういう気持ちになって、周りに「読め読め」って言うようになって。今でもやっぱり「大野さんだったらどう見るかな」っていう視点が僕の中に一個増えました。

大野 うわ~いやぁ、すごい!

糸井 真似はできないんだけどね。僕の中にその視点がなかったんですよ。それが増えたことで自分が豊かになったのが、リアルに感じられたんですよね。すみません、興奮して一気にしゃべっちゃったけど、機会があったら会いたいなと思ってました。ありがとうございます。

大野 いや、とんでもないです。まさか糸井さんの事務所にお邪魔して、糸井さんを見ることになろうとは。

糸井 大学院生としてはね(笑)。

大野 超ミーハーな気持ちで(笑)。

高度経済成長期のこと

大野 今日、糸井さんに是非お伺いしたいことがありまして。バブル体験とか、高度経済成長期体験って、私にはないんですよね。色々な方とお話しするときに、その時代がどういう時代だったのかっていうのは想像の範疇でしかなくて。

糸井 そのとき僕は、職も安定していなくて、どうしたものかと街を歩いてる時代ですね。

大野 バブルのど真ん中にいらした糸井さんにとって、例えばアポロ11号なんかはどういう意味を持つものだったんですか?

糸井 そのニュースは「どっかで火事があったね」っていうのと変わらない(笑)。ニュースとして語るんだけど、地続きじゃないんですよ、生活と。どういう意味を持つとか、どういうインパクトがあるっていうのは、それぞれに考える責任なんかないわけで。

大野 あー、確かにそうですよね。

糸井 今は「大衆が考える責任」についてまで考えますよね。今聞かれて初めて思ったけど、本来人が感じるのって、火事を語るのと同じようなもので、「この世界への意義」とか「時代の刻印が」とかって言う必要もないんです。「すごい時代になっちまったねー」って近所でやりとりされて、そのまま日常の会話の中に、すーっと戻っていく。

「無関心」は自分に返ってくる

糸井 本の中で通底しているのが、人の倫理とかに触らないように話が進んでいくんですよね。普通は啓蒙になったり、「ちゃんとこっちのことも考えてくれ」って話になっちゃうんですけど。例えば、この本の最後に友達との対立場面に近いところがあって、でも対立場面として描ききっていない。

大野 あれは、私も大変だし、相手も大変だったのがわかったし。対立というか、もうしょうがないよなぁって。

糸井 あそこは倫理を入れたら書きやすいし、みんなも同調して、感想の声も揃うんだけど、「揃わなくていいからこういうことが言いたい」と。つまり、愛とか思いやりの問題じゃなくって、「困ったね」という話になっている。

大野 そうなんですよ。あの子達が薄情なわけでもないし、ただ「困った」んですよね。

糸井 向こうは向こうでそういう風に歩んできたから、向こうの視点も「困ったね」だし。どうすれば良いかというと、新しく仕組みを発明しなきゃいけない。「モンスター」って呼んでるものも仕組みの問題だし、倫理の問題に置き換えないところがいい。

大野 わたしが困ってるのは、何が良いとか、何が悪いとか、そういうことじゃないですからね。

糸井 うん。ここまでたどり着くには、昔「倫理」だった自分をちゃんと見つめて、結構な自己問答があったんだろうな、と。人はやっぱり誰かを責めたくなるし、倫理語りたくなるし、どうしてもうまくいかなかったら愛の問題に置き換えようとするし。そうならないようにあれだけ抑えられたっていうのはやっぱり、大人になってるんです。

大野 「こういうことを考えるのが大事ですよね」とか、「こういうことについて努力したいですよね」とか、それで物事を終わりにすることって多いですよね。そうやって憂う気持ちは大事なんですけど、現在であれば、たとえばいくら被災者に「かわいそうだね」って言っても、彼らの生活は何も変わらない。

糸井 そうだね、何も変わらない。

大野 困ったときに「困った」って言うと、それが「患者らしくないだろう」とか「被災者らしくないだろう」とか「被災者たるものこうあるべきだろう」ってみんなに思われたり、言われたりするんです。

糸井 それは弱ったねぇ。

大野 でもそれはいつか必ず自分に返ってくると思っていて。不条理に遭ったときに、自分がかつて他人にとっていた態度、つまりは「無関心」が自分に返ってくる。私は差別されるよりは、無関心でいられることのほうがずっとつらいと思うんですけど、自分が病気になって、自分もかつて無関心だった、ってすごく反省したんですよね。

糸井 ビルマ女子をやっているような人だったのにね。

大野 今でも何かの問題について考えるときには、まず本とかで一生懸命調べるじゃないですか。で、実際会いに行ったりとか、話を聞きに行ったりすると、まったく違う。その繰り返しなんです。

糸井 調べたことと、現実の人とは違う?

大野 ぜんぜん違う。どんどん辻褄が合わなくなってくるんですよ。それで、他人への好奇心が湧いてくる。どんな人でも、自分が知らないことを必ず知ってるはずで、それをすごく知りたいんです。今日も糸井さんが知ってることをすんごい知りたい。

糸井 男の秘密を(笑)。

大野 そう(笑)。そういう気持ちでやってるんです。人への「健全な好奇心」というか。

糸井 いい言葉だね~。それはなんか、「愛」に代えたいぐらいいい言葉だね。なに、そのいい感じの無責任さ(笑)。それって肯定されてこなかったよね。犬も同じじゃない(笑)。

大野 そうですね(笑)。結構本能的なものですよね。

枠にはめないことの大切さ

大野 最近、障害者運動をずっとやっているスーパー障害者の方のお話を聞く機会があるんですけど、その人たちが言うには、制度とか社会の仕組みっていうのは、後からついてくるものだ、と。「最初に誰かが突破したら、続く人はそれに合わせるしかない。あとからついてこさせてなんぼだ」と言ってて、なるほど、と思いました。

糸井 「事実婚」ってやつですね。僕はこの三文字が好きでねぇ……。法の抜け穴じゃないですか。法律ではすべてをカバーしきれないことを発表していますよね。「当たり前」っていうものも、「事実」ってことですよね。

大野 そうですね。

糸井 さっきも言ったけど、『困ってるひと』の中で、友達との関係性が壊れる場面。あのときの大野さんの態度は、ひとつの答えだな、って思ったんですよ。「解決しようのない困った状態」として、自分も責めないし相手も責めないっていうのは、これからいろんなことを考えるときの大きなヒントになると思う。みんなに読んでほしいっていうのは、最後まで読むとあそこまで行くからなんです。

大野 一気に書いちゃったんで、すべてが結果論なんですけど(笑)。

糸井 それも手ですよね。事実の追認ですよ。

大野 会ったこともない人たちのフレームワークを作ってしまうと、みんなそこに入らざるを得なくなってしまうんですよね。私は最近、どういう形でも良いから、「自分のことは自分で話す」ということを大事にしていて。

糸井 難しいけれど大事なことですね。

大野 トレーニングが必要なことだし、言ったからってそれが事実というわけでもないんですけど。「自分の専門家」がいない中で、生活をどうやって良くしていくかってことを考えたときに、自分のことは自分で話していくしかないんじゃないかなと思って。

糸井 うん、大野さんのように「難病人」というラベルのある人はとくにそうですね。

大野 不条理に遭った人たちは、今の事実をある意味開き直ってそのまま出してみたほうが、絶対楽なはずなんですよね。最近、私より若い、平成生まれの子と話すと、みんなすっごい、すっごい苦しそうなんです。とくに就活してる子たち。

糸井 あれは、なんなんだろうね。

魅力的な若者とは?

大野 魅力的な若者とか、こういう人材が魅力的っていうのは、今の糸井さんにとってはどういう感じなのかなっていうのを、ちょっと聞いてみたいです。

糸井 学生以下の年齢だと、わからないんですよね、付き合いがなくて。

大野 じゃあ、新卒の子の面接をするとして、どういう人と働きたいと思っていらっしゃいますか? どういう人を雇いたいですか?

糸井 詩のように語るならば「弾んでる人」かな。機嫌よくいる人。失敗するのは当たり前のことだし、失敗しようが成功しようが、実力があろうがなかろうが、必ず伸びるから。

大野 やっぱり伸びますか?

糸井 絶対伸びますね。たとえばボールって、長い斜面があればいつまでも転がっていきますよね。池があったら落ちる。コースをつくってあげてもいいし、山の中に放り込まれて勝手に転がっているっていうのもあるし。どんな状況でも、弾力性があるボールで、自分を生かすっていう元気さがちゃんとあれば、どうにでもなりますよ。

大野 どんな環境でも、楽しめる人は楽しめますもんね。

糸井 みんなが「価値」だと思っているものにとらわれない、その元気さや機嫌のよさっていうのは素晴らしい材料だよ、なんておじいさんぽいことを言えますね。

大野 たぶん、今就活をしている子は、ビジネスのど真ん中にいる糸井さんがそう言ってくださることに対して、安心する、励まされる感は半端ないと思います。

糸井 僕は元気があったから面白がられて、色々なことをやりました。さっきの、「健全な好奇心」て言葉は本当に素晴らしいと思うんだけど、それを持たずに、本当はよくわかっていないことを、言葉や態度として決めてしまったときに、世界の形がきれいに見えてきて、間違っていく。その鋳型を作ってはめていこうとしている人がたくさんいる。

大野 物事には白黒はっきりつかないグレーの部分があって当たり前だし、予想外のことだって起こるんだけど、そこを認めないで、わかりやすい型にはめてしまうんですよね。

糸井 動機もきれいかもしれないし、普段はいい人なのかもしれないけど、全部そういう風にはめてしまうのは困ったものだと思います。弾むボールである人たちが、思いっきり自分を弾ませるようなことを続けられる世の中だったら嬉しい。今は僕、上役がいない仕事をやっとやれてるんですよ。

大野 コピーライターっていうのは、クライアントの鋳型をいかに広げるか、というお仕事ですもんね。

糸井 クライアントが悪い人間で、広告することが悪いことだとはもちろん思わないんだけど、言われた通りの答えを出すことばかり考えると、ずれるんですよね。「本当はこっちがいいと思うんだけど」っていうのは単なるわがままに過ぎなかったりする。

大野 相手のイメージに合わせないといけないですもんね。

糸井 誰かに迷惑がかかるわけでも、悲しくてしょうがないわけでもないんですけど、それをやっていると「自分」が要らなくなって、健全な好奇心が失われるんですよ。そうすると、弾まないボールになってくる。道は、若い人が考えているよりずーっと広いし、いっぱいあるんですよ。

間違いつつ進む

大野 「団塊ジュニア」とか「ロスジェネジュニア」の人たちは、「こう生きなきゃダメだ」みたいなのをすごく言われていると思います。「絶対就職できなきゃだめだ!」みたいな。それですごく苦しむんですよね。

糸井 やっぱりこれも仕組みの問題だと思うんだけど、そうじゃない生き方の見本がないんですよね。図面を広域に書くことができない。「歴史に学ぶ」ってよく言いますけど、歴史って全部「事実婚」の連続で。幕末の尊王だ、攘夷だ、開国だっていうのも、結構めちゃくちゃなんですよね。国の行く末を左右するような人たちが自分の立場をころころ変えていたりするし。

大野 たしかに(笑)。

糸井 全部を透徹して見ていた人なんて一人もいない。OKじゃないですか。その都度間違いつつ進みつつで。スポーツでも、モデルケースになるような際立ったプレーがあると、全体の底があがるんですよね。あの時のあの選手のあのプレーから、サッカー界はこうなった、とか。それは、サッカー界をどうしていきましょうっていう話し合いをいくらしてもできない。

大野 それはそうですね。見本があるとぜんぜん違います。

糸井 大野さんが今やってることも、「私が生きてくためにしてるんだ」ということを、平気な顔して笑いながらやっていれば、必ずいい気持ちになれると思う。「私が生きていくため」と言っちゃいけないっていう風評被害に負けないことだと思う。

大野 そうですよね。私が生きていくためにやっていく、というのは人として普通なので。

糸井 普通なんですよ。ところが、どこかで「あいつが言ってることは自分のことしか考えてない」って言われちゃう。

大野 でも基本的に人間って、自分のことしか考えてない(笑)。

糸井 そう。なのにそれを言わせないように鋳型にはめるってことが人を苦しくさせている。だから、まさしく今年起こったことのいろんな苦しさは、そこに一番大きな問題がありますよね。

プロフィール

糸井重里

1948年、群馬県出身。コピーライター。ほぼ日刊イトイ新聞、主宰。作詞、ゲーム制作など、多岐にわたり活動。1998年6月に毎日更新のウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を立ち上げてからは同サイトでの活動に全力を傾けている。

この執筆者の記事

大野更紗医療社会学

専攻は医療社会学。難病の医療政策、難治性疾患のジェネティック・シティズンシップ(遺伝学的市民権)、患者の社会経済的負担に関する研究等が専門。日本学術振興会特別研究員DC1。Website: https://sites.google.com/site/saori1984watanabe/

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