2016.11.14
「トランプ外交」で世界のパワーバランスはどうなるのか?
シリアをめぐりロシアとの協調姿勢を示す一方で、同盟諸国との協力を見直す考えも示したトランプ氏。数々の過激発言で物議を呼んだ新大統領だが、その政策実現性は未だ不透明なままである。トランプ政権の下で、世界のパワーバランスはどう変化するのか。国際政治と安全保障の専門家の方々に伺った。2016年11月11日(金)放送TBSラジオ荻上チキ・Session-22「トランプ氏の大統領選勝利で世界のパワーバランスは今後どうなっていくのか?」より抄録。(構成/増田穂)
■ 荻上チキ・Session22とは
TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら → http://www.tbsradio.jp/ss954/
不透明な外交方針
荻上 本日のゲストをご紹介します。放送大学教授で中東情勢、アメリカ外交政策がご専門の高橋和夫先生、中京大学教授、アメリカ外交政策や日米外交がご専門の佐道明広さん、ロシア情勢に詳しい、軍事アナリストの小泉悠さんです。よろしくお願いします。
高橋・佐道・小泉 よろしくお願いします。
荻上 まず、高橋さんに伺います。ムスリムやメキシコに対する強い敵対心が目立ったトランプ氏ですが、彼の勝利をどのように受け止めていますか。
高橋 グローバル化の大きな変化に取り残された白人労働者階級を、トランプ氏がうまく取り込んだと思います。グローバル化は恩恵ももたらしましたが、それについていけない人も数多く生み出した。民主党も共和党も、これまでこうした人々に対して具体的な対策をしてこなかった。そのツケが回ってきたと思います。
トランプ氏は経済的には1930年代、世界恐慌に対しニューディール政策を展開したフランクリン・ルーズベルト氏同様、雇用の促進を掲げて労働者階級の支持を得ました。今後の公共事業を期待して、すでに日米の建設業界では期待が高まっています。
一方外交面では、第二次世界大戦が迫り、イギリス支援のため積極的な介入政策を展開したルーズベルトに対し、トランプ氏は孤立主義を掲げて当選しました。過激な発言は選挙戦中のパフォーマンス的な面もあり、公言した全ての孤立主義的・排外主義的方針を実行するとは考ていませんが、これだけ煽って当選した以上、ある程度の政策はすると思われます。
荻上 佐道さん、トランプ氏の勝利が日米関係に与える影響についていかがお考えですか。
佐道 選挙期間中のトランプ氏の発言は、80年代の貿易摩擦を背景にした批判が目立ち、現状の理解に欠ける印象がありました。専門家に指摘され、その時々で説明を修正してきた。対する日本側も、安倍首相が14日に河井(克行)補佐官をアメリカへ派遣し、トランプ氏周辺の人脈などを調査させると言っています。お互いに情報が足りていない状況です。今後双方がいかに情報交換、共有をしていくのかが、日米関係の課題になるでしょう。
荻上 トランプ政権の誕生でアメリカの後退的な外交政策に拍車がかかり、急速なパワーバランスの変化が懸念されています。日本への影響も大きそうですね。
佐道 その通りだと思います。オバマ氏もアメリカは「世界の警察」ではないと発言しましたが、現状の国際秩序の維持に果たす米軍の影響力や重要性は認識していました。2000年代以降のロシアや中国の実力行使での秩序変更の動き対しても、周辺国との連携など、一定の努力を惜しまない姿勢でした。しかし、トランプ氏は孤立主義を公言していますし、選挙戦中の発言を見る限り、トランプ氏がこの現状を認識しているようには見えません。
日米外交への影響も重要ですが、アジア重視を唱えていたアメリカが一転してプレゼンスを低下させるとなると、各国が独自の政策を模索することになり、情勢が不透明化します。日本外交は包括的に戦略を練り直す必要が出てくるでしょう。
荻上 日本政府はトランプ氏が大統領になる想定はしていなかったのでしょうか。
佐道 全く考えていなかったわけではありません。トランプ氏との繋がりを作ろうとする動きもありました。しかし、具体的な対策はクリントン氏が当選することを意識したものが多かった。トランプ政権にどう対応するのか、今後早急に情報収集をしなければなりません。
米露協調路線が進む?
荻上 小泉さんに伺います。トランプ氏が大統領になることで、ロシアとの関係はどうなると思いますか。
小泉 トランプ氏が選挙戦中の発言を全て実行するなら、彼の当選はロシアにとっては願ってもないニュースです。トランプ氏の外交方針は孤立主義ですから、東欧や旧ソ連諸国など、ロシアの勢力圏への介入は減る。さらに、現在ロシア経済は原油価格の下落と経済制裁で非常に厳しい状況ですが、ウクライナ問題への介入に否定的なトランプ氏が政権を担うことで、同問題をめぐる経済制裁が緩和されることが期待されます。
荻上 ウクライナ問題は「冷戦2.0」とも言われましたね。
小泉 はい。しかし実際、今のロシアにはアメリカに対抗するだけの力はありません。現在ロシアのGDPは名目ベースで世界16位ほどです。どう考えてもアメリカを相手にして欧州やアジアで再び冷戦が出来る状態じゃない。
ロシア外交は現状変更を目的としているように見えますが、ロシア側からすると現状維持を目指したものです。これまでロシアの影響下にあった旧ソ連圏に、徐々に欧米が影響力を増している。これに対抗するため、厳しい経済状況にも関わらず強行姿勢をとっています。したがって、トランプ氏の孤立主義でアメリカが東欧などから撤退し、ロシアの影響力が保障されれば、強行姿勢は緩和されると考えられます。ロシアのトランプ支持にはこうした期待があるでしょう。
荻上 トランプ氏はエネルギー輸出にも積極的な考えです。ロシアの天然ガス輸出などに影響はあるのでしょうか。
小泉 ロシア内でもその懸念は指摘されています。アメリカがエネルギー輸出を行うと、ようやく持ち直しはじめた原油価格が再び下落してしまう。現在ロシアはトランプ政権の都合の良い面だけ見て期待を膨らませていますが、実際政権が始動すれば、浮かれてばかりいられないでしょう。
荻上 トランプ氏とプーチン氏の間には対話のムードもあるようですが。
小泉 プーチン氏はインテリ嫌いで、オバマ氏とはどうも馬が合わなかった。対してトランプ氏の自由奔放な物言いは、プーチン氏の性格と合う。加えてトランプ氏は経営者で、理念どうこうより目先利権で話がつけられるイメージがある。旧ソ連諸国の権威主義的な指導者に似たタイプで、ロシアとしてはこれまでのノウハウが通じる、やりやすい相手といった印象があるでしょう。
荻上 今後のシリア情勢に関してはどうでしょう。
高橋 シリア情勢に限定して言えば、トランプ氏が当選して安心した部分もあります。クリントン氏は難民の安全保護のため、飛行禁止区域の設置を提唱していましたが、そのためにはアメリカ空軍の配備が必要です。そうなるとロシアが黙ってはいない。実際、ロシアは最新式の地対空ミサイルを配備してアメリカの介入に備えていました。何らかのかたちで両軍が衝突すれば戦争になりかねない危険な状態です。トランプ氏は同地域における外交戦略の最重要課題をISILの討伐と考え、この点でロシアとは協力するという考えです。介入も限定的になり、米露衝突の可能性は低くなる。
一方で、トランプ氏はイランとの核合意に批判的で、大統領就任の暁には合意を破棄すると言っています。イランは再び核開発を進めかねず、それを実力行使で止めるとなると、イランと協力関係にあるロシアを刺激しかねません。トランプ氏は方々でいろいろな方針を示していますが、辻褄が合わないことも多い。政策を実践する上で、どう整合性をつけていくのかが重要になるでしょう。
荻上 難民問題の背景にはアサド政権の存在が指摘されています。ISIL掃討作戦が成功しても、政権がある限り問題は続くと考えられますが、いかがですか。
高橋 トランプ氏の立場では、難民問題はあくまで中東と欧州の問題です。問題の当事者性から考えて、アメリカが難民を受け入れる必要はなく、テロ対策の観点から受け入れるつもりはない。難民問題解決の鍵となるのは、最大数の難民を受け入れているトルコですが、トルコ大統領のエルドアン氏は、プーチン氏やトランプ氏と似たタイプの指導者です。うまく話をつけてトルコにどうにかしてもらう目論見かもしれません。
荻上 シリアに安全地帯を作り、プールするという話もありましたが。
高橋 トルコとしては、諸外国がいくら負担するのかという話です。アメリカ主導の安全地帯ではなく、トルコの協力でシリア内に避難区域を作る話もありましたが、アサド氏は主権国家として、他国が勝手に自国の一部を使用するなど認めません。実力を行使してでも止める。ロシアからアサド氏に受け入れを働きかけてもらうなど、可能性はありますが、どちらにしてもロシアとの連携が重要になってきます。そもそも難民問題に関してはトランプ氏は具体的に考えていない。今後どういった戦略を執るのか、先行きが見えません。
荻上 リスナーからの質問です。
「欧州各国で極右政党が躍進しています。トランプ氏と協調する可能性はあるのでしょうか」
高橋 その懸念はあります。事実、イギリスのEU離脱派はトランプ氏との連帯感が強い。それぞれ難民問題に対する認識はありますが、「アメリカ・ファースト」に言い表されるように、国家の最たる責任は自国民の生活を守ることだと考え、積極的な対策には否定的です。
荻上 冷戦直後のような積極的な介入姿勢の限界は以前から認識されていましたが、オバマ政権は各国とのパワーバランスを調整しながら、ネットワーク型の協力体制を築くことを目指していました。この動きは変化するのでしょうか。
佐道 選挙戦中のトランプ氏の発言はうけを狙ったパフォーマンス的なものが目立ちました。政策提案は断片的で整合性がなく、今後有識者の意見を聞き、具体的な方針を打ち出すまでは、正確なことは予測できません。しかし、彼が早急に対応すると公言している政策の大部分は経済的なものです。彼の中で、安全保障政策の優先順位が低いことは明確です。経済政策に大きな影響がない限り、外交面で急激な方針転換をする可能性は低いでしょう。
話題になっている米軍駐留経費の問題に関しても、経費負担の増額など厳しい交渉をしてくる可能性はありますが、極東での各国との関係を大きく崩すことは避けると思います。日米同盟はアメリカにとっても有益なわけですから。それにもし駐留費を全額日本に負担させることになったら、米軍は単なる「傭兵」となることになり、軍隊を海外派遣して外貨を得ようとしているという批判を浴びかねない。理念を重視してきたアメリカ外交の根幹にもかかわることであり、トランプ氏の掲げる「偉大なるアメリカ」のイメージとも乖離することにもなる。現状を維持する方が都合がいいと解釈する可能性はあります。
ただ、政治経験がないこと、現状の変革を売りにしているトランプ氏としては、既存の政策の革新をアピールするしたい。その過程で現在の安全保障体制の見直しは行うでしょう。トランプ氏にとってはアジアよりも中東の方が早急な課題ですから、費用対効果を考慮し、アジアへの影響力が限定的になる可能性はあります。
主体的な外交が迫られる日本
荻上 こんな質問も来ています。
「日本が負担する経費はどのくらいになると思いますか。また、日米の対中政策に変化はあるのでしょうか」
佐道 現在日本は、駐留経費の7割ほどを負担しています。日本も財政難なので、負担額軽減を交渉中で、徐々に減額してもらっている。トランプ氏の当選でアメリカの路線が減額に否定的になることは予想できます。しかし、現行の体制を完全に破棄するのはアメリカにとってもデメリットになる。先ほど述べたように、日米関係を根本的に変更することはないと予想しています。
しかし、現在ワシントン自体に日米安全保障の成り立ちや役割に詳しい、いわゆる知日家が減っている。トランプ氏の周辺にジャパン・ハンドラーと呼ばれる人がいる印象もない。今まで当然だった認識が共有されず、変化が起こる可能性は否定し切れません。例えば、沖縄の基地問題などは、まったく新しい視点から考える可能性もあります。在沖海兵隊の必要性、抑止力の議論などは、沖縄側から積極的に問題提起すれば、議論になっていくでしょうね。
荻上 日本でも、保守からはトランプ氏の勝利を日本が武装して「普通の国」になる機会と捉える動きや、反対に左派からは沖縄米軍やTPP問題の解決と捉える反応もあります。しかし双方ともその現実性や、それにかかる日本の負担を具体的に考えて議論し備える必要性がありそうです。
佐道 その通りです。安全保障政策は非常に多面的な問題です。アメリカは中国に対しても、「航行の自由作戦」により南シナ海での動向を牽制すると共に、共同軍事演習などで協力体制も築き、最悪のケースを防いでいる。トランプ氏がこうした安全保障の複雑さや多面性をどこまで理解し、対応していくのかが課題です。
日本の外交・安全保障政策も大きな時代の変革期に直面していると考えます。アメリカのプレゼンスが後退するとなると、これまで米中の動向を見てパワーバランスを取っていた東南アジア諸国が方向性を失い、情勢が不安定化する危険性がある。加えて日本の外交・安全保障政策は、これまでアメリカの外交戦略を前提として、その中で出来ることを考えるというものだった。アメリカの方針が不透明な中、アジアにおける自分の立ち位置をどうするのか、現行憲法や、戦後の平和主義のあり方なども含めて、議論せざるを得なくなると予想されます。
荻上 対露外交にも変化がありそうです。NATOとの連携や、北方領土問題への影響などはいかがでしょうか。
小泉 NATO体制も解体することはないでしょう。東欧諸国も危険は感じているけれど、最悪のケースではNATOの集団的自衛権が発動すると考えている。現状に切迫した危機感を持っているのはウクライナです。ウクライナは現在停戦合意がなされ、アメリカの支援のもとバランスを保っています。アメリカの介入がなくなり、NATOからの安全保障協力が得られないとなると、クリミア割譲を容認せざるを得ないかもしれない。非常に大きな損失になる。こうした状況を危惧してポロシェンコ・ウクライナ大統領は来年の2月にはトランプ氏と会談をする意向を示しています。一刻も早く新大統領と繋がりを作り、東欧秩序の維持に協力を得たいのでしょう。
北方領土問題に関しては、トランプ氏の孤立主義により、日露間の平和条約は結びやすい状況になります。しかし、懸念材料もある。そもそも、現在のロシアの北方領土問題に対する積極的な姿勢は、経済的に困窮したロシアが、領土問題での譲歩により日本からの融資を引き出したいからです。トランプ外交でロシアへの経済制裁が緩和されれば、焦る必要性はなくなります。一方日本側も、日露の歩み寄りに批判的なクリントン氏の当選を見込んで、その前に大枠だけでも決めたいということで積極的になっていた。トランプ氏の当選で、双方の領土問題解決への積極性が下がる可能性があります。
当然、アメリカのエネルギー輸出や、対イラン外交による原油価格などの変動により、ロシアの経済状況は変ります。さまざまな要因が複雑に絡み合うので、現状で予測をするのは難しい。
荻上 トランプ大統領の誕生で、日本もこれまで曖昧にしてきた立ち位置を明確化しなければならない雰囲気が出てきました。
佐道 戦後の日本の安全保障政策は、アメリカの方針を前提として、憲法の範囲内でいかにその要望に応えるか、という視点で成り立ってきました。実際に共同で作戦を実行する中で不都合があれば、言葉の解釈を変更したりして対応してきた。日本国内でしか通用しない議論です。トランプ外交が東アジア情勢に関知しなくなれば、日本は方針決定の基盤を失うことになり、東アジア外交でも関係諸国と主体的に対話していく必要が出てくる。
集団的自衛権の部分的行使に関する議論などでは、日米外交における日本の積極性を示すことで、アメリカの支援を引き出す狙いもありましたが、こうした「これをすればアメリカがこうしてくれるから」という基準での政策決定から脱却しなければなりません。議会やメディアも、単に「自主独立」や「アメリカ追随主義」などをスローガンに掲げ批判するのではなく、具体的かつ現実的にその定義を確認し、実際の政策としてどこまで何をするのか、きちんと議論していく必要性がある。
荻上 立場を決めない日本の姿勢が中東での活動をやりやすくしたという分析もあります。立場が明確化されることで、中東情勢に変化はでるのでしょうか。
高橋 現在の中東情勢において、日本の存在感は決して大きくありません。その影響は限られるでしょう。しかし、アメリカの被害者でもあり、協力者でもある日本の独特な歴史が、中東における日本のイメージにプラスに作用していた側面はあります。現状どの立ち位置が得かわからない状況で、焦って立場を決めてこのイメージを放棄するのはもったいない気もします。
トランプ氏当選の背景にあるのは外交ではなく経済的な主張です。外交に関しては、彼自身明確な方針を打ち出していない。当然シナリオを想定しておく必要はありますが、立ち位置をを決めるのは早いかもしれません。
「世界の警察」不在の世界はどうなるのか
荻上 トランプ支持の背景に「オバマ疲れ」を指摘する人は多いですが、「ブッシュ疲れ」すなわちブッシュ時代の介入主義に対する批判意識が根強くあることを忘れてはいけないですね。
高橋 共和党候補を決める討論会で、トランプ氏はイラク介入を厳しく批判しました。共和党内でタブーだったイラク戦争批判をするトランプ氏が代表として指示された。既存の共和党に対する不満があったのは事実でしょう。こうした第三勢力の台頭は世界各国で起こっており、民主党のバーニー・サンダース氏もそうした存在です。結局民主党ではクリントン氏が代表になりましたが、民主党・共和党双方で既存の勢力に対する批判が募っていたことは間違いありません。
荻上 各地でアメリカの影響力が下がる中で、ロシアが野心的になり、アメリカに代わる「世界の警察」として台頭する可能性はあるのでしょうか。
小泉 ロシアの行動は主観的にはあくまで防衛的なものです。冷戦後、欧米諸国は旧ソ連的な権威主義の変革は世界全体の利益になると考え、西側的価値観を拡大して言った。しかしロシアから見ればとんでもない侵略行為だった。2000年代に入ってもこの脅威認識は変わらず、プーチン氏は2008年のNATOサミットで、NATOの拡大を自由主義の拡大と捉え、ロシアの安全保障にも繋がるという見解を痛烈に批判しています。加えて、西側諸国はロシアの権威主義を後進国的な政治体制と一段下に見てきた。こうした対応へのロシアの憤りや、脅威認識が理解されればロシアの行動は抑制されるでしょう。「世界の警察」というほど介入的になるとは思いません。
ただ、ロシアにとっては現状維持のための行為が、周辺国にとっては現状変更と認識される場合がある。ロシアや中国などの核保有国が実力で勢力圏を誇示してきたとき、非核武装国はどう防衛するのか。これまではアメリカの核抑止を前提にしていましたが、トランプ政権下のアメリカが、自国が報復をうけるリスクを冒してまで、自分たちを守ってくれる期待は薄い。アメリカの核抑止力がなくなった中で、核保有国である中露に対しどう抑止力を維持するのか、日本も具体的に考える必要性が出てきました。
荻上 アメリカが孤立主義になることで、しわ寄せが来る第三国が負担に耐え切れずパンクする可能性も考えられます。世界的に孤立主義が広まる契機になるかもしれません。
小泉 その可能性は感じています。純粋に軍事的な観点で言えば、ウクライナ問題をめぐるプーチン氏の欧米への牽制は非常に上手いものでした。しかし同時に、今後アメリカの抑止がなくなり、世界中で各国が自国の勢力圏を軍事力に頼って主張することになると、大変危うい状況になると危惧しています。
荻上 各国が孤立主義になり、世界のパワーバランスが分散的になりつつある。それぞれをつなぐネットワーク的な役割を担うことで、日本が自国の存在意義を創出することも出来そうですが。
小泉 日本が他国との協力なしに成り立たない以上、国際社会で存在意義を示していく必要があります。しかしそのための構想がない。具体的にどうネットワークの役割を果たしていくのか、政策を考える必要があります。
荻上 さまざまな議論を踏まえて構想を練らないといけませんね。
高橋 そうですね。時代ごとに勢力構成に違いはあれど、日本は以前から大国の間でバランスをとって外交を切り抜けてきました。トランプ氏の台頭で変化は予測されますが、それ自体は特別なことではない。今まで同様、変化する秩序の中でどうバランスをとるのかの問題だと思います。
荻上 時代を象徴するトランプ氏ですが、彼一人で全ての状況が変わるわけではないということですね。状況に呑まれず、必要な対策を的確に執っていって欲しいですね。高橋さん、佐道さん、小泉さん、本日はありがとうございました。
プロフィール
高橋和夫
福岡県北九州市生まれ。コロンビア大学国際関係論修士号を取得後、クウェート大学客員研究員、放送大学教員などを経て2018年4月より現職、専門は、国際政治・中東研究。著書に、『アラブとイスラエル パレスチナ問題の構図』 (講談社現代新書、1992年)、『イランとアメリカ 』(朝日新書、2013年)、『現代の国際政治』(放送大学教育振興会、2018年)など多数。趣味は俳句、短歌、スカッシュ。一般社団法人先端技術安全保障研究所(GIEST)会長。
小泉悠
早稲田大学大学院修了後、民間企業勤務、外務省専門分析員、
佐道明広
中京大学総合政策学部教授。日本政治外交史・安全保障論。東京都立大学大学院博士課程単位取得。博士(政治学)。『外交フォーラム』編集総務、政策研究大学院大学助教授などを経て2005年より現職。2011~2012年MIT国際問題研究所客員研究員。著書『戦後日本の防衛と政治』(吉川弘文館、2004年)、『戦後政治と自衛隊』(吉川弘文館、2006年)、『現代日本政治史⑤「改革」政治の混迷』(吉川弘文館、2012年)、『沖縄現代政治史』(吉田書店、2014年)、『自衛隊史論』(吉川弘文館、2014年)、『自衛隊史』(筑摩新書、2015年)。
荻上チキ
「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『ウェブ炎上』(ちくま新書)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)、『災害支援手帖』(木楽舎)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『彼女たちの売春(ワリキリ)』(新潮文庫)、『ネットいじめ』『いじめを生む教室』(以上、PHP新書)ほか、共著に『いじめの直し方』(朝日新聞出版)、『夜の経済学』(扶桑社)ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ。同番組にて2015年ギャラクシー賞(ラジオ部門DJ賞)、2016年にギャラクシー賞(ラジオ部門大賞)を受賞。