2020.10.02

やばいぞバイデン――それでも見えてた米経済V字回復の目

海老原嗣生 株式会社ニッチモ代表取締役、『HRmics』編集長

国際

9月29日の大統領選候補者討論は、もう各所で「史上最悪」という酷評を目にしたことだろう。確かに私もリアルタイムで視聴していたが、良識派と目されるバイデンまでが「史上最悪」「無能」「嘘つき」と相手を罵倒し、一方、ヒールが定着しているトランプの方は「お前はバカ大学を最低の成績で卒業した間違いないバカだ。俺にバカというな」と答えるのは、いやな国柄だなあと我知らず思ってしまった次第。

視聴者の評価は、CNNでバイデン圧勝、CBSはバイデン辛勝と出たが、両社とも民主党寄り、アンチトランプなので、この数字はご愛敬程度に見ておくべき。

それよりも問題は、バイデンの弱さが露呈したことと、選挙戦略も大きく間違えてしまった点だ。この結果、ひょっとすると米国経済は逆に選挙後にV字回復する可能性が芽生えてきたというのが本稿の趣旨となる。

バイデンはなぜ両手を演台についていたのか

まず、討論中、トランプはバイデンや司会者をにらみつけて大きな身振り手振りで怒鳴り倒していた。一方、バイデンは時折、声を荒げはするが、終始カメラ目線。その理由について「視聴者を意識しているため」と解説する向きが多かったが、これは大間違いだ。

バイデンは始終片手を演台についており、さらにいえば、そのうちの大半は片手でなく両手を演台についていた。そして肘を伸ばす動作を何度もしている。後期高齢者の彼にとって、90分立ちっぱなしという長丁場をどう乗り切るか、医師やスタッフと協議した結果、「手で荷重を支えて脚への負担を減らす」という結論になったと見て取れる。よろけてしまったらそれで討論はジ・エンド。だから、演台から手を話してトランプをにらめなかった。その気持ちが痛いほど伝わる、それだけ老化ぶりを感じ取れた。

同様のことは、メイクにも表れている。右こめかみの皺と血管を隠すため、ファンデーションとコンシーラーを重ねていて、少し浮きが見えるのと、カメラを引くと印影が生まれていた。化粧のプロが見れば、ここもすぐに「老化」と指摘されてしまうところだ。

No Planとしか言わないお前こそNo Planだ

さあ、次は討論がかみ合わなかった点を振り返っておこう。

トランプの最大の弱点はコロナ対策での失敗だ。この点に対してバイデンは何度も「計画がなかった(No Plan)」の一点張り。そしてだから「無能」とこれだけなのだ。対してトランプは「世界一早く国を閉じた。民主党はそんなことをするなと言った。お前らの言う通りにしていたら、死者は何百万にもなっていた」、さらに「ワクチンをワープ作戦で世界一速く供給する」とある程度ファクトで返している。バイデンは再反論では「マスク」の話でしかトランプを攻め返していない。アホな、なんだこれは、というのが私の感想。

もし私がバイデンなら、「確かにその通り。ただ、それだけなんだよ。ドナルドは鎖国とワクチンだけしか政策がなかった。でも残念なことに、鎖国は中国だけ。米国で流行したウイルスは欧州経由だ。これでは何の効果もないだろう。またワクチンは大統領選に間に合うかどうかわからない。そしてワクチンの有効率もまだ見えない。さらにワクチンの有効期間は全く混とんとしている。つまり、見えない分からないの三重奏に国民の命を預ける無策ぶりだ」と返しただろう。

こんな感じでバイデンの話には、ファクトがすべての状況で見られなかった。オバマケアでのやり取りでは、トランプが「オバマケアにより一部民間保険会社が儲かり、その他の民間保険会社はつぶれていく」とまくし立てた時も、このウソにしっかりファクトで反論すればいい。にもかかわらず、バイデンは「いやいや、お前らは何も作れていない。単に計画がない(No Plan)なだけだ」と返していた。お前こそ、トランプ封じ込めのためにNo Planなんじゃないか、と見ていて突っ込んでしまった。

ディティールが頭に入らないほどバイデンは老化

周囲のスタッフはそれほどアホではないはずだ。トランプの論旨はどれも100%事前に想定できたことばかりだから、私以上の答えを容易に作れたことだろう。にもかかわらず、No Planを繰り返した理由は何か?

ひいき目に見れば、「深入りしてトランプの隠し球に当たるのはよくないから、あえて茫洋とした答えで逃げ切る」作戦だった可能性はある。

ただ、柔道やサッカーでもリードしているチームが遅延行為に出て時間切れを狙う展開になると、視聴者はたとえそのチームがひいきだったとしても罵声を浴びせる。つまりこの戦略は選挙のプロから見れば選ぶべきチョイスではないはずだ。

にも拘わらず、そうせざるを得なかった理由は何か?そう、やはりバイデンの老化だろう。細かな数字や専門用語などを覚えきれない。だからしきりに手元のペーパーを見る。ただペーパーに答えが書いてあったとしても、該当箇所を見つけてとっさに文脈を構築するのは、やはり「頭の回転」が不可欠だ。そうした芸当をこなせず、出てくる言葉は「No Plan」だけになったと読む。

総じて目についたのは、トランプの暴言とバイデンの老化であり、前者は支持者にとって屁でもないことだが、後者は支持者の不安を掻き立てるだろう。

左派切りで隠れバイデン獲得は画餅

さらに、バイデン陣営は戦術ではなく戦略面で大きなミスを犯した。民主党の支持層は中道と左派からなる。この左派切りをしてしまったのだ。「ウォーレンやサンダースとは一線を画す」「左派主導とはならない」「中道路線を行く」と明言してしまった。

彼は、共和党の理知的な支持層への色目を使ったのだ。左派寄りと思った瞬間、共和党支持者からの得票は期待できなくなる。共和党の中にいる一部良識派に「左派ではない」と宣言することで、こちらに寝がえりさせる。4年前の大統領選で大量に発生した民主党からの鞍替え組、俗にいう「隠れトランプ」が生まれたのの意趣返しをするつもりだったのだろう。だが、これは大いに裏目に出るはずだ。

頼みの綱の共和党知的リバタリアンは少数

まず、共和党の支持層は民主党同様ふたつに割れている。一つはキリスト教福音派を中心とする古いアメリカ層。もう一つは、リバタリアンなどを中心に規制改革を進める新自由主義者。バイデンが狙ったのは後者の方だ。前者は民主党の政策とは何から何まで異なるから、振り向かせることは無理だ。

一方、後者はトランプの人間性に辟易している人が多いので、議会選では共和党を支持しても、大統領選では「隠れバイデン」になる可能性は少なくない。そこで色目を使ったのだ。彼らは社会的地位も高いし、お金も多々ある。基本、成功者たちだから、黒人が多々住むシティではなく、ハイランドの高級地に住居をかまえる。そんな立場だから、黒人射殺事件も対岸の火事として見ていて、「かわいそうに」と同情する人も多い。つまり民主党と基調は通じる。ただし、人口比でいえばほんの少数でしかない。その寝返りで獲得できる得票は微々たるものだろう。

BLMよりも警察支持が強い「貧しい白人層」

一方、4年前に隠れトランプになった旧民主党支持者たちは、どんなプロフィールとなるか。彼らは白人でありながら低所得層。つまり、高卒ワーカーの白人だ。彼らは黒人と近いコミュニティで生活をしている。そうした日々の状況から治安維持を訴え、警察権の強化を指示する。まさに、トランプの政策を支持する立場だ。バイデンは彼らのことも意識はしていたのだろう。だから、「警察の解体」などの左派の主張は語らず、「警察を支持し、より良いものにする」とだけ語った。ここでもきっちりと左派切りをしている。

にもかかわらず、ブラックライブズマターについては賛成、アンティファに対しても「実効勢力ではなく、思想的なもの」という半ば肯定的な立場を示した。こうした蝙蝠的な言動では、隠れトランプを引き戻すことは難しい。ほんの少数の新自由主義者を引き入れても、アメリカ最大勢力ともいえる「貧しい白人」からの絶賛は受けられないだろう。

これが一つ目の戦略的瑕疵だ。

ヒラリーの名言「嫌われ者のジョー」

そして二つ目の失敗は、もう何度も出てきた「左派の切り捨て」だ。一部の極左支持者はそれほど多くはないだろうが、大学生・大学院生に左派支持者が多い。彼らはバカ高い大学の学費に悲鳴を上げている。アメリカの場合、大学生が一学年300万人近くおり、さらに院生も多い。その数ゆうに1000万を超えており、全有権者の4~5%にもなる。彼らが議会選では民主党候補者に投票するが、大統領選は棄権するという行為に及んだ時、いよいよバイデンは危うくなるだろう。

ここは、左派の動向が気になるところだ。バイデンはウォーレンやサンダースとの政策協定で左派の政策を支持すると表明していた。ところが、討論では手のひら返しをしている。元々ウォーレンはバイデン嫌いであり、民主党の候補者指名レースで、討論会の最中に彼に向かって「嘘つき男」と絶叫しながら詰め寄ったのは記憶に新しい。少々古くなるが、2年前には副大統候補のハリスから「人種差別主義者」と面罵されてもいる。口先だけでしのいできた彼は、方々で非難が絶えない。最愛の妻を失い幼子を一人で育てた、という美談も半ば怪しく、彼に対するセクハラ・モラハラの告発はネットでググればすぐに目にすることができるのだ。

バイデンの人物評として有名なのが、ウォーレンとの諍い時にインタビューされたヒラリーが言った一言「近くで仕事をした人でジョー(バイデン)を好きな人はいないんじゃないかな」だ。トランプはバイデンを「スリーピー・ジョー(居眠りジョー)」と揶揄するが、ヒラリー的に言えば正解は「嫌われジョー」となる。

こうした彼の身から出た錆が、今回の左派切りに集約され、大量離反を起こす可能性は低くはない。

下院は民主、上院は五分五分という雲行き

あと二回の討論でも軌道修正できないと、いよいよトランプ再選の目が強まるが、その場合、アメリカの経済はどうなっていくか?

結論は、同時に行われる議会選を考察した後にすることとしよう。

まず、アメリカは上院下院の二院制を取り、下院は2年おきに総選挙、上院は定数の3分の一のみが二年おきに改選される(三分の二は非改選)。

下院については総選挙のためドラスティックに多数派が変わるが、上院は3分の一しか変わらないので、なかなか多数派は変わらない。

また、アメリカの議会は議決の際、党議拘束が弱く、所属政党とは異なる投票行動をする議員が少なくない(特に上院)。そうした議員を取り込んで、超党派的に議案を調整しいく。さらに言えば、上院と下院の意見が異なる場合は協議会を開いて調整をする。現在は上院多数派が共和党、下院多数派は民主党のため、協議会は頻繁に開かれる。つまり、党で何かを決めるというよりも、議員による調整が必須であり、それだけ議員の腕の見せ所でもある。

そうなってくると、各議員は地元で色々なことを訴えられる。民主党議員では、ブラックライブズマターと言いつつも、地元では貧しい白人層におもねって、「警察権強化」と語るのも可能。つまり、議員選挙では地元受けするように自由に意見を変える余地があるのだ。そうした戦略をとっていくために、議員選では民主党なのに、大統領選では共和党といったような、ねじれ投票が起きる。それが、前回の隠れトランプにつながった。

今回も、バイデンの政策とは異なる「地元受け」の話をして、多々当選する民主党議員は出るだろう。結果、下院は民主党の過半数は固い。

一方上院だが、こちらは今回改選数は33であり、アメリカ50州のうちの3分の2でしか選挙は行われない。この内訳が、共和党の票田地区が多いために、民主党の勝ち越しには至らないだろう(逆に前回2018年の改選33議席は、民主支持地盤が多かった)。改選33のうち、23議席が共和党、民主党は10議席と大きな差が開いている。このうち共和党が4議席を落として19議席、民主党が14議席となると、非改選を合わせて上院の過半数を民主党が握る。その可能性は五分五分だろう。

ということで、今回の選挙予測は、

①下院は民主党の過半数が確定的。

②上院はどちらに転ぶか五分五分。

③大統領選はバイデン有利だが、この先の判断はネガティブ。

となる。

「トランプ勝利で議会とねじれ」が景気の特効薬

さあ、ここまで整理し終えた中で、選挙戦後のアメリカ経済を占っておこう。

まず強烈なV字回復を遂げるパターン①は、

大統領:トランプ、議会:上院下院とも民主党

という大きなねじれ状態の時だ。少し違和感はあるかもしれないが、結果的にこの組み合わせが短期的な経済回復を超スピードで進めることになる。

共和党と民主党の違いを一言で言うなら、

共和党:低負担低福祉(負担も少ないが福祉も少ない)

民主党:高負担高福祉(負担も多いが福祉も多い)となる。

実際、今議論されている経済対策でも、共和党案は6000憶$の小さな支援パッケージであり、民主党案は減額してもまだ2兆2000億$の大きな支援かつ、その後に大増税をするという。

さて、トランプは、というと実はこのどちらでもなく、「低負担高福祉」型の立場をとる。ばら撒きはするが、増税はせず減税するという魔法のようなことを言っているのだが、その不足財源は「赤字国債」となる。要は日本型、もしくはアベノミクス型と言えばよいだろう。

民主党が上下両院を握ると、高福祉(ばら撒き)型施策がまとまる。それを大統領が承認する。この点では実にスムーズに決定が行われる。こうしてばら撒きは広く行われ、景気回復は進む。トランプとしては渋ちんの共和党に上院を握られるよりもやりやすいだろう。

一方で、その財源裏付けを考えた高負担策(=増税)は、議会で議決されても、大統領が拒否権を発動する。これでばら撒きだけして、あとは赤字国債というトランプの目論見通りの政策運営が可能になる。

このトランプノミクスの大援軍はFRBだ。彼らは2023年まで金融緩和を続けると宣言しているうえに、「財政支援策の発動」を強く望んでいる。さらに、高負担に対しても冷や水を浴びせている。こうした状態で、トランプ第二期は史上最高の経済になる可能性は高い。

そしてそのあとは、「野となれ山となれ」ということになる。

バイデン勝利だと2021年は経済最悪期に

一方、もう一つの大きな可能性は、パターン②バイデン勝利、上院共和党、下院民主党、というものだ。上院と下院でせめぎ合うため法案は通らず、それをバイデンがコントロールもできないというダッチロールが起こる。これでは長期低迷を避けられない。

あと一つあるとすると、パターン③バイデン勝利、上下両院民主党だが、この可能性も少なくない。こちらだと議会で民主党案が通り、それにバイデンが追随するという形の議会優位な政策となるだろう。

ただし、②③の場合、2021年前半に地獄が訪れる可能性は高い。アメリカの選挙は選挙翌日に議員や大統領が変わるわけではない。議員の任期は1月3日まで、大統領の任期は1月19日まで残るのだ。この間、失脚した大統領・議会多数派は政策論争をサボタージュするだろう。こうした状態になると、1月20日の新大統領就任まで無策に近い状態が続く。ここで一度地獄を見ることになるのではないか。つまり、民主党が勝った場合、いずれにしても一度地獄がやってくる。その先は、③ならば将来的に上げ、②は地獄を底這いということだ。

プロフィール

海老原嗣生株式会社ニッチモ代表取締役、『HRmics』編集長

株式会社ニッチモ代表取締役、『HRmics』編集長。リクルート人材センター(現・リクルートエージェント)にて新規事業企画や人事制度設計等に関わった 後、リクルートワークス研究所へ出向、『Works』編集長に就任。2008年リクルートを退 職後、㈱ ニッ チモを設立。企業のHRコンサルティングに携わるとともに、㈱リクルートキャリア発行の人事・経営誌『HRmics』の編集長を務め る。 経済産業研究所プロジェクトメンバー、中央大学大学院戦略経営研究科客員教授。

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