2010.11.24
都道府県議選・参院選挙区の定数不均衡について考える
統一地方選挙の前哨戦、茨城県議選
都道府県議会の議員選挙は、東京都、茨城県、沖縄県を除き、4年に一度の統一地方選挙の際に行われている。統一されていない3都県のうちのひとつ、茨城県議選は今年12月に行われることになっており、来年4月に行われる統一地方選挙の前哨選挙として注目されている。
今回は、この茨城県議選を題材として、都道府県議選の定数不均衡について考えてみたいと思う。この際、先ごろ高裁で違憲判決が出された参院選挙区の定数不均衡についても触れておきたい。
茨城県議選の有権者数と選挙区定数
12月に行われる予定の選挙での茨城県議会の議員定数は65人である。同選挙では、この定数を36の選挙区に分けて選出することになっている。
茨城県選挙管理委員会が2010年9月2日に選挙人名簿登録者数を発表したので、これをもとに各選挙区の有権者数を集計し、次項で説明するいくつかの方法で定数を配分し直したのが次の表である。なお、筆者のブログにも同様の表をアップしたので、データを使いたい場合にはこちらhttp://blog.livedoor.jp/sgt/archives/51791734.html を参照されたい。以下の表は後の分析でもたびたび参照するので、別のタブやウィンドウで表示しておくとよいかもしれない。
現行定数の定数不均衡
定数不均衡は、議員1人当たり有権者数(人口)を選挙区ごとにもとめ、これが最少の選挙区の値を分母とし、各選挙区の値を分子とする数値をもとに、たとえば「一票の格差が2倍を超えるのは5選挙区」というように報道される。この選挙区ごとに設定される数値を以下では「一票の格差」と表記する。そのなかでも、とくに各選挙区のうちもっとも大きい値が注目され、「一票の格差最大2.18倍」というように見出しにも使用される。以下、これを「一票の格差」最大値と表現する。なお、表では最大側(分子)の選挙区を黄色で、最小側(分母)の選挙区を赤で示し、各数値を下部に並べている。
まず、12月に実施される選挙での定数(現行定数)の「一票の格差」最大値を確認しておこう。現行定数では、有権者数約6.6万人の牛久市選挙区で1人の議員が選出されるのに対して、有権者数約4.4万人の東茨城郡南部選挙区では2人の議員が選出されており、この間での2.98倍というのが「一票の格差」最大値となる。この両者を含め、いくつかの選挙区で、有権者数が多いほうが定数が少ないという「逆転現象」となっていることも確認できる。
表は、有権者数が多い順に並べているが、牛久市の有権者数はちょうど議員定数2人か1人か分かれる境界あたりに位置しており、一方、東茨城郡南部選挙区の有権者数は、定数1の選挙区に囲まれた、かなり外れた位置にあることがわかる。逆転現象は、指標の差や統計のタイミングで発生することもあるが、東茨城郡南部選挙区の定数2はそのような細かい要因により発生したわけではないことは明らかであろう。簡単にいえば、インチキである。
定数不均衡シミュレーション
表には現行定数以外にいくつかの方法で定数配分を行った結果を示している。これを簡単に説明しておこう。
最大剰余法は、まず全有権者を議員定数(65)で割った県全体の「議員一人当たり有権者数」をもとめ、この値で各選挙区の有権者数を割る。その商の部分を各選挙区の議席数としたうえで、配分しきれない議席を小数点以下の値が大きい選挙区から順に配分する。
ドント式は、各選挙区の有権者数を1、2、3・・・という整数で割った値をもとめ、その大きさの順に議員を順次配分する方式である。(※)ただし、茨城県議選の場合、もっとも有権者数の少ない選挙区では議員が配分されないことになってしまうため、先に36選挙区に1議席ずつ配分したうえで、有権者数を2、3・・・という整数で割った値をもとめ、値の大きい順に残り29議席を配分している。
1+ドント式は、36選挙区に1議席ずつ配分したうえで、各選挙区有権者数を1、2、3・・・で割った値の大きい順に残り29議席を配分する方式である。アダムズ式と呼ばれる配分方法と同じである。
1+最大剰余法は、36選挙区に1議席ずつ配分したうえで、残り29議席を最大剰余法により配分する方式である。衆議院の300小選挙区を各都道府県に配置する際に採られる方法である。なお、衆院のこの配分方式は「一人別枠方式」と呼ばれており、一部の高裁では違憲判決が出されたため、メディアでもよく報道されている。
このほか、1+ドント式で100議席、200議席を配分したものも、表に示している。
理論的には、ドント式による配分は大きな選挙区に有利に、最大剰余法はそれよりも中小規模の選挙区に有利に、1+ドント式は大きな選挙区にやや不利に、1+最大剰余法はさらに中小規模の選挙区に有利になるが、表に示した議員配分もおおむねそのようになっていることがわかるだろう。
じつは比例的な現行定数配分
現行定数と各定数配分シミュレーションによる「一票の格差」最大値は表の下部に示している。現行定数の3倍近い値は、他の配分方法と比較しても高く、おかしいといわざるを得ないだろう。
しかし、表を念入りにみると、現行定数配分はドント式の配分とかなり似ていることもわかる。現行定数について、先の2選挙区(牛久、東茨城郡南部)の定数を入れ替えれば、ドント式配分と同じ選挙区(龍ヶ崎、潮来)が「議員一人当たり有権者数」最大と最小になり、「一票の格差」最大値は2.55倍となる。つまり、「一票の格差」最大値が3倍という部分を除けば、現行の定数配分もかなり比例的といえなくもないのである。
表の下部には、全体の定数不均衡の度合いを示すルーズモア・ハンビー指標(LH指標)を示しているが、現行定数の値は0.08で、1+最大剰余法の半分であり、他の方式と比べても大差はない。やはり現行定数配分は、東茨城郡南部選挙区の過剰な優遇を除けば、かなり比例的なのである(このLH指標については斉藤淳さんの『自民党長期政権の政治経済学―利益誘導政治の自己矛盾』(勁草書房)を参照されたい)。
「一票の格差」最大値抑制の限界
ただ、「一票の格差」最大値が2.55倍であることを、「比例的」と表現されても、納得する人は少ないだろう。2倍でも投票価値に大きな格差があると感じるのが、普通の感覚ではないだろうか。
65議席を維持した場合の定数配分シミュレーションのうち、1+ドント式の1.96倍が「一票の格差」最大値の最小値となっている。これでも2倍近い投票価値の不平等が発生しているので、感覚的にはとても「比例的」とは思えない。
じつのところ、現在の都道府県議会の市郡単位の選挙区割りでは、「一票の格差」の最大値はどうがんばっても2倍を切る程度にしか下がらないのである。以下、これを説明してみよう。
表の1+ドント式の黄色と赤のセルの位置を見ると、上下に隣り合っていることがわかるだろう。1.96倍の分母と分子である、守谷市選挙区と稲敷市選挙区の有権者数はほぼ同じであるが、前者は定数2の中で有権者数最少の選挙区となり、後者は定数1の中で有権者数最多となっているのである。ここに、「一票の格差」最大値の限界が存在する。
図1は、1+ドント式配分について、全体に占める各選挙区の有権者割合、議員配分割合、「一票の格差」を折れ線グラフで示したものである。稲敷市と守谷市の間で「一票の格差」に大きな落差があるが、これは有権者数があまり違わないのに、定数が1と2と2倍違うために発生しているためである。このように、連続的に分布している選挙区有権者数のどこかで、定数1と2の境界を置かざるを得ないために、「一票の格差」最大値は最低でも2倍近い値となってしまうのである。
ここでたとえば、同じ1+ドント式で、茨城県議会の議員定数を一挙に100にしたとしよう。そうすると、表に示すような定数配分となるが、「一票の格差」最大値は1.84倍にしか縮小しない。100議席まで増やしても1人区が生じるため、ここで述べた1人区と2人区の間の落差が発生し、「一票の格差」最大値は大きく減らないのである。
一方、茨城県議会の議員定数を200議席にまで増やしたら、「一票の格差」最大値は1.36倍まで下がる。全選挙区に最低2議席が配分されるため、落差も3人区との間の1.5倍以下に収まるわけである。
参議院選挙区の定数不均衡
前節の分析は、茨城県議会で「一票の格差」最大値に2倍という限界が発生するのは、65という議員定数に対して、36もの選挙区が設定され、1人区を設定することが不可避なためだということを示している。
このことは、11月17日に東京高裁で違憲の判断が出たばかりの参院選挙区の定数不均衡に関しても同じである。47の都道府県単位の選挙区に73の議席を配分している現状では、「一票の格差」最大値は最小でも4倍を超えてしまう。29の1人区だけで見ても、有権者数最多の栃木県(163万人)と最少の鳥取県(49万人)の有権者数の格差は3.35倍となっている。
図2は、1994年に行われた参院選挙区の定数是正の前後で、「一票の格差」がどのように動いたのかを示している。赤い点で示した定数増の選挙区では、最大7倍近くあった格差が5倍以下に抑えられているものの、この増分を捻出するために減員となった選挙区(青い点)では2~3倍だったものが最大5倍近くにまで達していることがわかるだろう。あちらを立てればこちらが立たずという、定数是正の難しさがここに示されている。
また、赤枠で囲った3選挙区のように、「一票の格差」がかなり大きい選挙区があったにもかかわらず増員とならず、より「一票の格差」の値が小さい2つの選挙区(青枠:宮城、岐阜)を定数1から2に増やしていることが、この図からわかる。
この青枠の2選挙区の増員は「逆転現象」を解消するという目的で行われているが、「逆転現象」の解消は増員だけでなく、逆転している側の選挙区(有権者数の少ない順に、鹿児島、熊本、栃木、岡山、群馬)の減員で行うことも可能である。その分を赤枠の選挙区等に振り分ければ、「一票の格差」最大値をより低下させることもできたのだが、それをしなかったわけである。定数是正がいかに恣意的に行われているかが、ここからわかるだろう。
定数不均衡解消にいかに取り組むか
ここまでのデータと議論から、大きく2つのことが定数不均衡の解消に向けて重要であることがわかる。ひとつは選挙区割りの単位、もうひとつは定数是正の手続きである。
「一票の格差」を縮小させるためには、選挙区定数がもっと大きくなるように選挙区数を大幅に減らすか、自治体単位の選挙区設定を改める必要がある。たとえば茨城県議会でいえば、現行で22ある1人区を他の選挙区と統合し、選挙区数を半減させればかなり定数不均衡が緩和される。自治体単位という枠組みを維持した場合、1人区をいかに解消するかがカギである。これは参議院選挙区でも同様であり、より抜本的に定数不均衡を解消するためには、都道府県選挙区を統合していく必要がある。
ただし、現行の定数是正の手続きでは、このような抜本的な定数不均衡の解消は期待できない。選挙区割りの最大の利害関係者である現職議員、とくに与党議員は、なるべく自らに有利なように選挙区割りを決める傾向にあるだけでなく、有利になっている状況では定数是正を行うインセンティヴがない。
定数不均衡の最大の要因は、人口変動ではなく、政治の側の不作為なのである。
都道府県議会の選挙区割りと定数は、各議会の条例によって決定されている。ここに示した「一票の格差」最大2.98倍をもたらす選挙区定数配分も、茨城県議会が決めたことである。議員が抜本的な改革を主導するというのが無理な話であることがここからもわかる。そして、全国の都道府県議会で定数不均衡が放置されている現状もまた、これを証明している。
ではどうしたらよいか。ここで参考になるのが、現行の衆院小選挙区における定数是正の方法である。衆院の300小選挙区の都道府県への配分は、衆議院議員選挙区画定審議会設置法(区画審設置法)http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/singi/senkyoku/senkyoku_shingi_01.html にその方法と手続きが規定されている。簡単にいえば、10年ごとの国勢調査の都道府県の人口をもとに、先述の「一人別枠方式」(1+最大剰余法)によって都道府県に議員定数を配分し、「一票の格差」最大値が2倍以内になるように実際の区割り案を策定し、首相に勧告するという役割が区画審に与えられている。
このように外部の委員会に選挙区割りを担わせることで、定数是正阻害要因である政治家同士の調整過程を大幅に縮小することができる。また、政治とは距離を置いた機関が、法にしたがった、その意味で正統性のある案を提示するため、内閣や国会に拒否権はあるもののその発動には困難が伴うこととなる。
つまり、明確な基準とタイミングを設定したうえで、定数是正・選挙区割り案の策定を政治家以外の組織にアウトソーシングする仕組みによって、衆議院小選挙区では定数不均衡の解消を自動化しているのである。同様の手続きを導入すれば、都道府県議会でも参議院でも、定数不均衡を解消していくことが可能になると考えられる。
定数不均衡だけでない選挙制度の問題
以上、定数不均衡の問題について議論してきたが、都道府県議会、参院選挙区について重要な問題は、これだけではない。
筆者のブログhttp://blog.livedoor.jp/sgt/archives/51759957.htmlで述べたように、参院の現行制度では、定数不均衡以上に、農村部=小選挙区、都市部=中選挙区という選挙区制の混合によって都市部の有権者、政党は著しく不利となっているところがある。これは都道府県議会でも同じであり、農村部ではもっとも有権者の支持を受けている政党が圧倒的に有利となり、都市部では有権者の支持に比例的となる。これは、農村部を基盤とする政党や政治家に不当に有利な仕組みであり、日本の将来を考えれば早急に改めるべきである。
このように、日本の各種選挙の制度には、著しい、そしてわれわれが気がつきにくい問題点がいくつか存在する。今回は長くなったのでこれで終わりにするが、今後もこうした選挙制度の問題について、言及していければと考える。
推薦図書
世界各国の選挙制度についてまとめた本である。これを読むと、世界にはさまざまな議員選出方法があることがわかるとともに、われわれが普段当たり前と思っている日本の選挙制度が、いかに特異なものかも理解できる。
プロフィール
菅原琢
1976年東京都生まれ。東京大学先端科学技術研究センター准教授(日本政治分析分野)。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程、同博士課程修了。博士(法学)。著書に『世論の曲解―なぜ自民党は大敗したのか』(光文社新書)、共著に『平成史』(河出ブックス)、『「政治主導」の教訓―政権交代は何をもたらしたのか』(勁草書房)など。