2011.01.11
世論調査の現状をデータで整理する
筆者は2011年の早いうちに世論調査に関して2つの原稿を出す予定となっている。ひとつは、「世論調査は機能しているのか?―「民意」解釈競争と現代日本政治の迷走」『日本世論調査協会報よろん』107号、もうひとつは「スケープゴート化する世論調査」(『Journalism』2011年1月号)である。
前者は、昨年11月の日本世論調査協会での講演内容をまとめたもの、後者は前者の内容を踏まえながら、世論調査に批判が集まる現状を整理し、考察したものである。詳しい議論はこの2本の原稿を読んでいただくとして、これらの2つの原稿では、2010年中の朝日、日経、読売三紙の世論調査について、その質問項目のデータ分析を試みている。公開するのをもったいぶるような分析でもなく、両原稿では締め切りの関係で2010年全体を網羅できていないので、今回はこの場をお借りしてこのデータを紹介しつつ、現代日本の世論調査について論じていきたい。
世論調査についてとやかくいう人は増えたものの、日本の世論調査の現状について理解した上での議論というのは驚くほど少ない。その意味で今回紹介する各データは、世論調査を批判したい人にとっても、利用したい人にとっても、役に立つものだろう。
なお、ここで扱う世論調査は、政党支持率、内閣支持率(組閣直前を除く)が聞かれている政治に関するRDD方式の世論調査に限定している。分析の効率の観点から三紙に絞っているが、以下のデータ傾向や議論は、テレビ局等の調査を含めても大して変わらないだろう。
世論調査のタイミング
表1は、2010年中の世論調査の回数や調査期間最終日の曜日を報告している。
この表からわかるように、これら三紙の世論調査のうち7割は、日曜日に終わっている週末の調査である。電話調査の性質上、効率的でより歪みの小さい調査を行うためには、調査期間に休日を多く含んだほうがよいが、3割の調査は平日中心に行われているわけである。このような平日に行われる調査は、事件などが起きた際に行われる、いわゆる緊急調査がほとんどを占める。
たとえば昨年の5月から6月にかけての朝日新聞は、5月16日(日)締めの定例の調査を行った後、普天間飛行場移設問題を受けて30日(日)締めの緊急調査、鳩山首相辞任表明を受けて6月3日(木)締めの緊急調査、菅首相が選出されて6月5日(土)締めの緊急調査、菅内閣発足を受けて6月9日(水)締めの緊急調査が行われている。その後、参院選前の連続調査が6月13日(日)締めで行われ、以降7月4日まで毎週末世論調査が続き、参院選後には7月13日(火)締めで緊急調査が行われている。2か月間で10回というペースで、ここまで集中的に世論調査が行われた期間というのはかつてなかったのではないだろうか。
全体では、この緊急調査と参院選前の連続調査が行われている関係で、2010年中に朝日は22回、読売は21回もの調査を行っている。これを多いとするか少ないとするかは個人の感覚によるだろうが、世論調査が多いから悪いというようなことはとくにないので、筆者としてはこれは構わない。ただし、普段の調査と比較にならない緊急世論調査の類はなくしたほうがよいだろう。
2010年によく質問されたこと
表2は、世論調査で何が聞かれているかをまとめたものである。政治に関する世論調査では、政党支持、内閣支持、内閣を支持する(支持しない)理由が必須項目として含まれている。これに加えて、次の国政選挙での投票予定も定番となっている。ここでは、これら必須・定番項目以外のその他の質問項目について分類し、それぞれの割合をもとめている。
この表に示すように、三紙の世論調査ではとにかく小沢一郎氏と外交・安保、加えて消費税がテーマとなっていることがわかる。一方、現代の日本で問題となっている、雇用・失業、あるいは年金のような問題は、世論調査の項目としてほとんど採用されていない。
このような質問内容の偏りは、有権者の政治意識ともだいぶ乖離している。読売新聞の10月定例調査では、「今後、菅内閣に、優先的に取り組んでほしい課題があれば、次の6つの中から、1つだけ選んで下さい。」という質問があるが、「景気や雇用」は34%、「年金など社会保障」は27%であった。この両者を合計すると、常に50%を超えている。尖閣諸島の事件を受けて「外交や安全保障」は2か月前に比べ10ポイントも上昇しているが、それでも14%とマイナーな争点でしかない。「消費税など財政再建」は10%、「政治とカネ」は7%であった。
ここに分類した以外の項目は、たとえば次のようなものが多い。
「参議院で仙谷由人官房長官と馬淵澄夫国土交通大臣の問責決議案が可決されました。あなたは仙谷氏と馬淵氏は辞任すべきだと思いますか。」(日経11月・12月)
「衆議院の解散・総選挙は、できるだけ早く行う方がよいと思いますか、それとも、急ぐ必要はないと思いますか。」(読売12月)
「起訴された石川衆議院議員に対して議員辞職を勧告する決議案を、野党が提出しました。民主党はこの決議案の審議に応じない方針です。この民主党の対応に納得できますか。納得できませんか。」(朝日2月)
平たくいえば、政局的な評価を有権者に聞くという「政局相談」を、世論調査でやっているのである。一方で、政策に関する質問は消費税を除けば非常に少ない。
政策はどのように聞かれているか
政策について聞くものも一部にはある。ただしそれらは次のようなものである。
「菅内閣は、デフレや円高など、今の経済情勢に、適切に対応していると思いますか、そうは思いませんか。」(読売12月)
「政府は来年度税制改正で、法人税の実効税率を5%引き下げることを決めました。あなたはこれを評価しますか、しませんか。」(日経12月)
「行政のムダを減らす取り組みの一環として、菅内閣は事業仕分けをしています。事業仕分けによって行政のムダが削減できると期待しますか。期待しませんか。」(朝日11月)
つまり、政府の政策について回答者がどのように感じているか、評価しているか、聞くものである。
個人的には、これではあまり的確な分析はできないと考える。たとえば法人税率5%引き下げを評価しない理由は「引き下げるな」なのか、「もっと引き下げろ」なのかわからない。有権者のどのような意見や感覚が、政党の支持や不支持に関係しているのか、これでは分析できないからである。それでも、新聞記事では「○○が要因となったようだ」と要因を指摘しているようだが。
いずれにせよ、政策について聞くなら、有権者がどう考えているのかを中心に聞いたほうが、よりマシな分析ができるだろう。
質問内容の季節変動
表3は、月別に先ほどの3項目の割合を示している。参院選前後は消費税、年初と9月の民主党代表選前は小沢一郎氏、4、5月は普天間、10、11月は尖閣と外交安保関係の質問が大きなシェアを占めている。つまり、何か事件が起きたら、それに反応して調査をしているのである。
典型的な例をみてみよう。読売新聞の10月の世論調査では、政党支持などの必須項目と、先に示した「優先的に取り組んでほしい課題」の質問を除くと11問の質問がある。この11問のうち、9問が外交・安保関連の質問、残り2問は検察の問題となっていた。
外交安保も重要であることは間違いないが、現代日本社会には政治的解決が求められている重要な課題がたくさんあるはずである。それなのに、来年度予算に向けてさまざまな動きが起きている時期に、こんなことばかり聞いているわけである。
このように、政治部が大事なネタだと思っている一方、有権者は大して重視していない、関心を示していないような事柄についてやたら聞いているのが、現代の政治部主導の世論調査の実態なのである。
2011年、世論調査の課題
ここで紹介したようなデータを、ある会合で示し、こんな一過性の役に立たない調査をするよりも、もっと政策的なことがらを聞いたほうが賢い分析ができるし、世の役に立つのではと指摘したところ、その場にいた新聞記者からは、政策について聞いたって毎回同じような答えしか返ってこないし、と正直な感想をもらった。つまり、そのときどきに問題となっているような事柄への反応、びっくりするような数字や数字の動きこそ、彼らがもとめているものなのである。
ただ、こういった調査ばかりすることが一体何の役に立つのかということは、考えたほうがよいだろう。極端な数字が出やすい一過性の調査を繰り返すことで、逆に世論調査への不信感も高まっているように思う。「小沢氏辞職すべき○○%」のような情報を、新聞の読者や有権者が欲しているとは思えない。彼が辞めようがどうしようが、われわれの生活は変わらないのだから。
おそらく2011年も政局の迷走は続くだろう。それによって必要な政策が先延ばしにされて被害を受けるのは、われわれ有権者である。世論調査が、政局に乗るための道具として利用されつづけるか、有権者の意向を政治に伝える経路として復権するか、今後も注意して見ていきたい。
プロフィール
菅原琢
1976年東京都生まれ。東京大学先端科学技術研究センター准教授(日本政治分析分野)。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程、同博士課程修了。博士(法学)。著書に『世論の曲解―なぜ自民党は大敗したのか』(光文社新書)、共著に『平成史』(河出ブックス)、『「政治主導」の教訓―政権交代は何をもたらしたのか』(勁草書房)など。