2024.11.21

兵庫県知事選調査――なぜ斎藤氏は勝利したのか

田中辰雄 計量経済学

政治

兵庫知事選は斎藤元彦氏が返り咲いた。パワハラで県庁職員とマスコミから叩かれつづけ、県の労働組合は辞職要求を出し、兵庫県議会は自民党から共産党まで含めての全会一致で不信任決議を出した。選挙戦中には兵庫県の22人の市長が連名で斎藤氏を再選させるべきではないとの異例の声明を出し、日本ファクトチェックセンターは、パワハラはでっち上げだという斎藤氏の擁護側の主張を根拠なしと断じた。いわば、四面楚歌だったはずで、それを覆しての勝利である。全国レベルでの知見と兵庫県内での知見に大きな差があったと言っても良い。

本稿の目的はその落差を多少なりとも埋め、起こった事態を理解することである。そのために兵庫県民へのアンケート調査を投票直前に行った。結論は以下のとおりである。

(1)斎藤支持者の7割は、斎藤氏のパワハラはマスコミの捏造と考えており、また、8割は今回の辞任劇は斎藤氏が進めた改革に反対する既得権益層が起こしたクーデターだと思っている。斎藤氏の再選はこの認識に支えられている。

(2)このような認識の情報源はネットであり、特にX(ツイッター)とYouTubeである。斎藤支持者ではこの二つの主たる情報源にしている人が4割に達する。稲村支持者では1割にとどまる。

(3)ただ、斎藤支持者のこの認識には、陰謀論的な特徴が含まれていると言える。斎藤支持者には陰謀論を信じる人が多い傾向がある。6つの陰謀論的議論のうち2つ以上信じる人の比率が、斎藤支持者では稲村支持者より2倍多かった。

1.辞任劇への認識の差は巨大である

調査は2024年11月16日~17日に行われた。投票結果が出る直前であり、結果を知ったことによる態度変容の前の状態を知ることができる。調査会社はFreeasyでネットを通じたモニター調査である。対象者は兵庫県在住者2347名で、年齢は18歳~79歳、年齢と性別でほぼ均等に割り付けをした。

まず、どの候補者を支持するかを尋ねた。ただし、調査時点が投票直前であるため、投票先を聞くのではなく、主要3候補を並べて、選挙は別として兵庫県知事としてふさわしいのは誰だと思うかという聞き方にした。結果は図1のとおりである。以下、このグラフで斎藤氏を選んだ人を斎藤支持者(n=690)、稲村氏を選んだ人を稲村支持者(n=697)と呼ぶことにする。

図1

辞任事件はパワハラを主題として起きた。アンケートで多くの職員が知事によるパワハラがあったと答え、ついに2人の職員が自死したとされる。これに対して、斎藤氏の擁護側はパワハラはマスコミによる捏造であり、斎藤知事は兵庫県の改革を阻止したい既得権権政略によって失脚ささせられた、すなわちクーデターに遭ったのだという反論を展開した。これがどれくらい浸透したかを見てみよう。

図2は、斎藤氏のパワハラはあったかどうか、ならびに、県庁職員二人の自殺は斎藤氏に追い詰められてのことかどうかについてたずねた結果である。斎藤支持者と稲村支持者に分けて集計する。これを見ると、斎藤支持者ではパワハラがあったと考えているのは20%強にすぎず、63.1%(=25.1+38.0)の人はパワハラがあったとは思っていない。これに対し、稲村支持者ではパワハラがあったと答えた人が89.2%(=58.1+31.1)でほぼ全員であり、意見の隔たりは大きい。職員の自殺の原因についても同様であり、稲村支持者ではほぼ8割の人が斎藤氏に追い詰められて自殺したと思っているのに対し、斎藤支持者では、そう思わない人が8割である。見解の差は巨大である。

図2 パワハラの有無:斎藤・稲村支持別

マスコミによる捏造とクーデターがあったかどうかについて聞いた結果が図3で、やはり見解の差は大きい。パワハラはマスコミによる捏造であると思っている人が、斎藤支持者では実に70.3%に達する。全国民の感覚からすると、この7割という数値は非常に高い数値である。稲村支持者では8割が捏造とは思っていない。さらに今回の辞任劇は、改革派である斎藤知事を追い落とすために既得権益層が追い落とすためのクーデターであると考える人が、斎藤支持者では8割にも達する。稲村支持者には同じように考える人は1割ちょっとしかいない。意見の相違は巨大である。

図3

両候補の支持者は今回の辞任劇への見方が完全に異なっており、まるで異なる世界に住んでいるかのようである。斎藤氏へのパワハラが捏造であり、改革に反対する既得権益層からのクーデターで追われたのだとなれば、むしろ斎藤氏を応援したくなるのは良く理解できる。斎藤支持者はこのような認識の下で斎藤氏に投票したと考えられる。

このような認識、すなわち、パワハラはマスコミによる捏造で、実際にはパワハラはなく、また、事件は改革に反対する既得権益層の起こしたクーデターだという認識はどこからきたものだろうか。この認識は、この選挙の開始時点で斎藤氏の擁護側、たとえば立花孝志氏がネットや街頭で述べた主張そのままである。それがものの見事に人々に浸透したことになる。どのように浸透したのだろうか。これを見るため、選挙にあたって人々が利用した情報源を見てみよう。

2.メディアの利用と評価

選挙にあたり、どの情報源を利用してるかを尋ねた。図4は、12の情報源を並べたうえで、もっとも重視あるいは利用している情報源を一つ選んでもらった結果である。青色が斎藤支持者、橙色が稲村支持者で、これを見るとはっきり利用度に違いのある情報源が4つある。

図4

斎藤支持者では2のX(ツイッター)と4のYouTubeが多い。いずれも、稲村支持者より3倍以上も多くの人がこの媒体を主要な情報源としている。YouTubeに挙げられた斎藤氏応援の動画をXで拡散していくという利用形態であろう。この二つを最大の情報源に挙げた人はあわせて38.8%(=13.3+25.5)であり、実に4割近い。稲村支持者ではこの二つの利用者は11.8%(=4.5+7.2)にとどまる。

一方、稲村支持者では8のテレビのニュースと10の新聞がとびぬけて多く、あわせて57.5%(=37.6+19.9)にも達する。稲村側はいわば大手マスメディアが圧倒的な主情報源である。

両支持者の情報源の違いはこのように著しい。明らかに斎藤支持者はネットで情報を共有・拡散しており、稲村支持者は従来のように大手マスコミから情報を得て意見形成をしている。今回の選挙はネット対マスコミの戦いで、ネットが勝ったと総括する人が見られるが、それは情報源の戦いという意味では正しい。

このことは利用度合いだけでなく、さらにメディアへの信頼度の面からも確かめられる。今回の件についてマスコミの情報とネットの情報それぞれについて信用できるかどうかを聞いてみた。その結果が図5である。上段がマスコミ報道の信用度で下段がネット情報の信用度である。

図5

劇的な結果が出たのは図5上段一番上のマスコミに対するの斎藤支持者の姿勢である。斎藤支持者ではマスコミ報道が信用できると考えている人が1割以下しかおらず、なんと86.4%(=23.3+63.2)の人はマスコミを信じていない。さらに「どちかといえば」がつかない「思わない」を選択した人、すなわち確信をもってマスコミを信用できないと言っている人が63.2%も存在する。斎藤支持者は最初からマスコミを全く信用していないのであるから、マスコミが何を報じても動じないのは当然である

一方ネットの情報の信頼度ではマスコミほどの差はないが、斎藤支持者の方が相対的にはネット情報への信頼度が高い。斎藤支持者の中でネットの情報を信用するのは42.2%(=14.2+28.0)で、稲村支持者の24.4%(=5.2+19.2)のほぼ2倍だからである。

上下のグラフを比べると斎藤支持者がマスコミよりネット情報を信用し、稲村支持者がネット情報よりマスコミ情報を信用していることが明らかである。マスコミを信用する側とネットを信用する側が戦い、ネットを信用する側が勝ったという総括は間違いではない。

要約すると、この選挙戦では、斎藤支持者は、パワハラはマスコミによる捏造で、事件は改革に反対する既得権益層の起こしたクーデターだという認識を持っていた。この認識はネットで流布拡散され、共有されたものである。

3.陰謀論の可能性?

斎藤氏を勝利に導いたこのような認識は事実なのだろうか。すなわち、パワハラは捏造であり、この事件は既得権益側が改革者である斎藤氏を追い落としたクーデターだったのだろうか。これは事実判断なので、選挙とは別に検討する必要がある。選挙で示される民意とは為政者を選ぶことであり、民意で事実が決まるわけではない。この検討は百条委員会をはじめ、多くのジャーナリストや研究者にゆだねられるべきことであろう。本稿にこの検討を行う準備はない。

ただ、気になるのは、この選挙で使われた斎藤氏の擁護論に、陰謀論に見られる特徴が多々みられることである。断片的疑問への固執、大きな証拠の無視、切り取り、主体の不明などである。たとえば、擁護論ではパワハラがなかったことの論拠として録音がないということが強調される。しかし密室で行われるDVなどとは異なり、証言者が多いパワハラ事件では録音がないことはありえる。それよりアンケート調査で140人もの人がパワハラを体験・目撃したと回答しているという大きな事実があるのだが、これは無視される。

百条委員会の奥谷委員長が最初の記者会見で、「パワハラと述べた人はいなかった」と述べた動画が繰り返し拡散されたが、これは最初を切り取っただけで、調査を重ねるにつれてパワハラと言われるものはあったと修正されている。しかし、擁護論は修正には言及せずに、切り取りの部分だけを拡散し続ける。このように断片的事実に固執し、全体を見ようとしないのは、陰謀論によくみられる行動類型である。

擁護論が陰謀論だったかどうかの判定には、実際の選挙活動の現場の調査が必要であり、慎重な検討が求められる。ただ、計量分析の範囲でできることとして、支持者が陰謀論を信じる傾向のある人かどうかを見て調べる方法がある。陰謀論の信奉者は他の陰謀論を信じる傾向があることが知られているため、斎藤氏の支持者のなかに陰謀論全般を信じる人が多ければ、それが擁護論の陰謀論的性質を裏付ける可能性が示唆される。これを試みよう。

まず、現代的な陰謀論を列挙し、それを信じているかどうかを尋ねた。表1は、このために用意した6つの現代的な陰謀論である。

(1)今回のウクライナ戦争は、実は闇の勢力がプーチンとゼレンスキーを操って引き起こしたものだと思う

(2)新型コロナは中国が生物兵器として作り出したものだと思う

(3)新型コロナの変異株は製薬会社がワクチンで儲けるために自分たちで作り出したものだと思う

(4)政府に都合の悪い報道が出そうになると、薬物中毒の芸能人を逮捕させて、目くらましをしていると思う

(5)日本の政治家の多くが外国に操られていると思う。

(6)財務省は意に沿わない政治家が出ると、スキャンダルを明らかにして失脚させていると思う

(1)~(3)が外国についての、(4)~(6)が日本についての陰謀論的な議論である。この中から、自分もそうだと思うものを選んでもらい、その個数をデータに取る。そしてこの6つのうち2つ以上の陰謀論を信じている人の数の割合を支持者別に比較した。それが図6である。2つ以上の陰謀論を信じているのは斎藤支持者では32%、稲村支持者では16.9%であり、斎藤支持者の方が2倍近く多かった。斎藤支持者に陰謀論を信じている人が多いということは、今回の事件についても、陰謀論的な要素が含まれていた可能性を示唆するデータと言える。

図6

無論、これだけのことでは、擁護論が陰謀論であるとの断定はできない。支持者の傾向と擁護論そのものの性質は別の問題であり、さらなる調査が必要である。現場に足を運んだジャーナリスト、社会学者、政治学者、あるいはツイートやアクセスログを解析する工学者の調査が待たれる。いずれにしても、今回の事件はネットだけの力で選挙結果がひっくり返った点で稀な事例である。仮にそれが陰謀論によるのなら問題であるし、そうでないとしてもネットの力を示す事例として歴史に残ることになるだろう。調査研究の価値は高い。

プロフィール

田中辰雄計量経済学

東京大学経済学部大学院卒、コロンビア大学客員研究員を経て、現在横浜商科大学教授兼国際大学GLOCOM主幹研究員。著書に『ネット炎上の研究』(共著)勁草書房、『ネットは社会を分断しない』(共著)角川新書、がある。

 

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