2010.09.06
食品偽装を引き起こすもの
外国からうなぎを輸入した会社が、その輸入元を隠すことを条件として転売していたというニュースがしばらく世間を賑わせた。
常態化する食品偽装問題
その少し前には、やはり外国産うなぎの産地を日本に偽装した事件が取りざたされ、さらにさかのぼれば、菓子の消費期限の偽装や事故米の食用米偽装等、およそ食品にかかわる偽装問題をまったくみない時期はないというほどに、食品の偽装問題はつねに問題となっている。
消費者の側も、このような問題に強い関心を示すようになっており、実際に問題を起こした企業に対して強い拒否反応を示すようになってきている。
しかし、消費者の拒否反応にもかかわらず、食品偽装事件は依然として発生しつづけている。たとえば、消費者庁の資料から、JAS法にもとづく食品の表示基準違反に対する改善指示の件数をみても、H17年度に68件、H18年度63件、H19年度84件、H20年度118件、H21年度91件、とうなぎ昇りとはいえないが、着実に増えている。これは一体なぜなのだろうか?
情報の非対称性?
ひとつの答えは企業の儲け主義である。
もう少し細かくいえば、食品の品質や安全性に関する情報を生産者のみが保有しており、消費者は簡単にはそれを知ることができないという状況(経済学では情報の非対称性と呼ばれる)を背景として、そのような状況を企業が利用して利益を得ようとすることから、上のような問題が発生するということである。
たとえば、菓子などで消費期限をすぎてしまうと、値引き販売をしなくては売れないだろうが、消費期限をすぎているかどうかは、見た目からはなかなか判断できない。そうであれば、企業は消費期限を偽装することで値引き販売を回避し、利益をあげることができることになる。
しかし、この説明は現在の状況を十分説明できるとはいいがたい。
というのは、ここしばらく食品偽装事件がつづいたことで、企業は消費者の拒否反応や内部告発などにより偽装行為が発覚する可能性の高さを学んでいるはずであり、ゆえに食品偽装事件は減少傾向にあってもよいはずである。しかし、このような事件はむしろ増加している。
顧客から隔離されて成り立つ生産現場
そこで考えられるもうひとつの答えとして出てくるのは、生産者である企業の実際の生産現場と、消費者とのあいだの認識のギャップである。
もともと、企業はその内部を外部からある程度切り離すことによって、それ自体の仕組みを安定的に維持する、という側面をもつ。単純な話、何かを生産するときにすべての顧客の、すべてのリクエストに答えていたら、安定的な生産は成り立たないだろう。
これを逆からみれば、企業が安定的な生産をするためには顧客の意向や考え方を生産から切り離し、生産現場を顧客からいわば隔離する必要があることを意味する。この場合、顧客の考え方は生産現場には伝わらず、逆に生産現場の考え方や情報も顧客には十分伝わらないことになる。
その結果、生産者の側が儲け主義に走らなくても、生産現場と消費者とのあいだで本当に必要な情報が共有されないために認識のギャップが発生し、このギャップが偽装を引き起こすということが起こりうる。
情報・認識の非共有がもたらす合理的選択
たとえば、ある食品の生産において、ある添加物を使っていたとして、生産現場の側ではこれまでの経験にもとづいて、その使用には問題がないと信じていた(あるいは知っていた)としても、そのような生産現場の考え方は消費者には伝わらず、消費者の側ではそのような添加物が、潜在的に健康被害を引き起こす可能性があると考えるかもしれない。
消費者は、添加物が本当に安全なのであれば、安い外国産のうなぎを食べたいと思うかもしれないが、安全かどうか分からないならば、消費者としてはこのような食品を買おうとしないだろう。
一方で、このよう消費者の認識が生産現場に伝わらなければ、生産現場としては単純にそれを消費者の誤解であると考えるかもしれない。少なくとも、現場の判断では、そのような添加物の使用が問題を引き起こすわけではないのだから。
そして、もし現場のほうで、このような誤解に対して、1から10まですべて説明するのはあまりにもコストがかかりすぎる、と判断するならば、そのような説明をする代わりに、「そのような添加物は使っていません」というのが、もっとも単純で合理的な解決法ということになる。
企業と消費者とのコミュニケーションを促進せよ
すなわち、企業が儲け主義ではなく、生産現場が悪い人びとではないとしても、消費者と生産現場とのあいだで必要な情報や認識が共有されていないことが、偽装問題を引き起こしうるのだ。
添加物の安全性や、消費者のそれに対する不安感のようなものが、生産者と消費者のあいだで共有されていれば、生産者も安全性を説明しようとするだろうし、消費者も安全性を認識して安い外国産うなぎを買うかもしれない。
しかし、このような情報や認識が欠落している場合に、生産現場が1から10まで説明してくれるほど親切であることまでは期待できないだろう。そうであれば、このような状況に対しては、企業と消費者とのあいだ、そして企業内のコミュニケーションを促進するような政策が必要になる。
これまでの消費者政策は、偽装にたいして厳しく規制するという方向のみに向かって進んできたように思われる。しかし、企業の儲け主義を批判し、偽装に対して厳しい規制を求めるだけでは問題は解決しない。
これからは、偽装に対する規制とともに、いかに生産者と消費者とのあいだで必要な情報を伝達し、認識を共有するかを考えていかなくてはならないだろう。
推薦図書
上のような問題は、社会学者であればニクラス・ルーマンの著書をあげるところなのだろうが、経営学者としてはJ.D.トンプソンの『オーガニゼーション イン アクション』(翻訳は同文舘出版, 1987年)をあげたいところである。しかし、この本はあいにくと絶版の上、とても読みにくい。
ということで、平易に解説した本として上記の教科書をあげておきたい。もっとも、著者ご本人のコメントでは、著者独自のアイディアが多く盛り込まれていて普通の教科書とはいえないとのこと。それだけに、経営学という分野のエキサイティングな部分をはっきりとみせてくれる本であり、経営学へのイントロダクションとしてもお勧めできる。あいにくと著者がわたしの指導教員なので、この評価も割り引かれて考えられてしまうかもしれないが…わたしは指導教員への遠慮を抜きにしていっているつもりである。
プロフィール
清水剛
1974年生まれ。東京大学大学院経済学研究科修了、博士(経済学)。東京大学大学院総合文化研究科・教養学部准教授。専門は経営学、法と経済学。主な著書として、「合併行動と企業の寿命」(有斐閣、2001)、「講座・日本経営史 第6巻 グローバル化と日本型企業システムの変容」(共著、ミネルヴァ書房、2010)等。