2016.04.17
そもそも電力自由化とは何かを再考する
今年4月からの電力小売全面自由化を迎えるにあたって、筆者の元にもさまざまなメディアから「電力自由化によってどのような恩恵がもたらされるのか?」というお問い合わせを頂いております。特に、「一般の消費者にとってどのようなメリットがあるのか?」という消費者目線での質問が多く、消費者の期待や関心が高まっていることが感じさせられます。例えば、「電力会社(小売会社)を自由に選べるようになる」という期待は多くのメディアでも取り上げられています(注1)。
(注1)本稿は、「環境ビジネスオンライン」2016年1月4日号に掲載されたコラム『年頭にそもそも電力自由化とは何かを再考する』を加筆修正の上転載したものです。原稿転載をご快諾頂いた環境ビジネスオンライン編集部に篤く御礼申し上げます。
しかしながら、ここで気をつけなければならないのは、「自由」というキーワードについつい引きずられがちですが、会社を「自由に」選べるようになることだけが電力自由化のゴールではない、ということです。消費者が自由に小売会社を選べること自体はもちろんよいことなのですが、それはあくまで電力自由化の要素のひとつに過ぎません。電力自由化のより本質的な目的は、実は「公平性(フェアネス)」と「透明性(トランスペアレンシー)」の担保なのです。
一般の消費者から見れば、公平性や透明性といった言葉は抽象的過ぎて少々縁遠く、「それによって我々に何のメリットがあるの?」と思われがちかも知れません。しかし実は、これこそが廻り廻って消費者にとっても大きな影響を及ぼす重要なキーワードなのです。
自由に選べることが自由化?
図1に示すように日本の電力の供給は現時点では地域独占が認められており(左図)、例えて言うなら社会主義国の価格統制された配給制に似た状態です。野菜や魚を買いたくても各地域で政府から許可された一軒のお店からしか買えないというイメージです(契約電力が2000 kW以上の大口需要家は2000年に部分自由化されているため、複数の店から自由に選んで買える制度に移行していますが、一般家庭など小口需要家は他の店から買えない状態が続いていました)。それが今年の4月を境に、さまざまな八百屋さんやスーパーができて(右図)、誰でもどのお店からも自由に買えることになるのです。自由、万歳!
図1 電力自由化と発送電分離のイメージ
(出典)西山: 電力システム改革を考える上で必要な視点, 総合研究開発機構, NIRA政策提言ハイライト, 2012/10
ところが、前述の通り、自由にお店を選ぶことができることだけが自由化のゴールではありません。消費者がせっかく自由にお店を選べたとしても、そのお店に商品を届けるための流通ルートや市場がきちんと整備されていなければ、それぞれのお店は健全な意味で競争ができません。各店が健全な競争をしなければ、見かけ上選択肢が豊富で自由にお店を選べたとしても、消費者にとって何が得になるかわからなくなってしまいます。
図1右図では需要家(電力消費者)から上流を辿っていくと、需要家→小売会社→送配電網→発電会社と連なっています。ここで送配電網は道路であり、特に送電線は高速道路に例えられます。高速道路を所有したり管理したりする会社(送電会社)が、商品を生産する会社(発電会社)や、それを受け取って消費者に届ける会社(小売会社)を所有していると、自社の商品を載せたトラックばかりを優遇し、他社のトラックを冷遇する可能性があるため、これらの会社を分けなければなりません。これが発送電分離の考え方です。
しかしながら、発送電分離は2015年6月に電気事業法が改正されGOサインが出ていますが、その施行は2020年とまだ先の話です。また、厳密に言えば、小売の料金規制が撤廃されるのも2020年以降であり、消費者にとってお店を選ぶことは自由になったけれどもお店の方が価格を自由につけることにまだ一定の制限がある状態です(この措置は主に消費者保護の観点からですが)
過度な期待にはご注意を・・・。
2016年4月の電力小売全面自由化を機にさまざまな会社がさまざまなメニューを用意しはじめため、一般消費者にとってもどの会社を選ぶべきか、ひとつの大きなイベントとして一時的にかなり盛り上がっている状態です。そこで新しいものにすぐに飛びつく消費者もいれば、慎重に様子を見る消費者もいることでしょう。小売会社の電源構成によっては、意思表示のために「乗り換え」をする人も少なくないと思います。しかし、単に「安くなる」だけを目的とすると、却って手数料が上がってしまったとか、複雑になりすぎて徒労感だけが残ったという人も出てくるかも知れません。自由であることには一定のリスクも伴います。
しかしながら、前節で指摘した通り、小売会社より上流にある流通を含めた電力システム全体の構造改革はまだ完了していないことに留意すべきです。「電力小売全面自由化」の「全面」は、これまで大口需要家のみに与えられていた部分自由化を小口需要家にも開放したという意味での「全面」であり、電力システム全体の自由化が全面的に完成したわけではありません。
そのような移行期に、過度な期待感の裏返しで「こんなはずじゃなかった」という極端な落胆感ばかりを喧伝したり、他人の失敗を嘲笑って足を引っ張ったりするという風潮だけは避けなければなりません。性急な変化を過度に期待するとその分落胆感も大きくなります。どのような商品やシステムも初期には必ず不具合がありますし、ましてや発送電分離はまだ道半ばです。その中でおそらく発生するであろうマイナーな不具合もある程度許容し、それを前向きに修正しながら着実にイノベーションを進めなければなりません。それが2016年の電力小売全面自由化の年に日本全体で必要とされていることだと筆者は考えています。そして、そこで必要となるキーワードこそが、冒頭に登場した「公平性」と「透明性」なのです。
そもそも自由化とは?
さて、そもそも冷静に考えて、「自由化」とは何でしょうか? 「自由化」は英語では “liberalization” と訳されます。日本語の語感からして誤解されやすいのかも知れませんが、「自由化」は決して “free” を目指しているわけではありません。目指すのは “liberal” な市場です。 “liberal” という形容詞は辞書的には「自由な」という意味はなく、「偏見のない」とか「公平な」という意味で使われます(もちろん名詞で使うと「自由主義者」と訳されることもありますが)。こう考えると、本来の自由化は、何をやっても「自由」ですという状況を目指すのではなく、みんなに「公平」な環境を作りましょうという意味合いであることがわかります。
また、「自由化」は英語では “deregulation” とも訳され、電力自由化の文脈ではこちらの方が専ら使われます。この “deregulation” を再度日本語に直すと「規制緩和」とも訳される場合があります。つまり、これまで政府の規制が強かった部分を緩和しましょう、という発想です。規制が強かったのは、図1左図にある通り現在までの電力事業が地域独占だったからです。独占と強い規制は双子のペアなのです。
このように、自由化と規制緩和は実は同義であることがわかります。また、送電部門は引き続き独占が認められるため、電力自由化の流れの中でも送電部門は却って規制強化となる、ということもここから理解できます。しかしここで注意しなければならないことは、発電・小売部門は規制緩和だからといって全ての規制を完全になくすわけではなく、全てのプレーヤーに「公平な」環境を作るためのルール(すなわち規制)は必要最小限なければならない、という前提があることです。
たとえば独占禁止法や商法や会社法は日本の「自由経済」を支えるルールに相当しますし、公正取引委員会や金融庁はそのようなルールを遵守しているかをウォッチする規制者になります。自由経済だからといって何をやっても自由でルールやレフェリーが存在しないわけではありません。むしろルールがありレフェリーがいるからこそ、公平で透明性の高い自由競争が可能となるわけです。
筆者は決して市場原理主義者ではありませんが、自由市場はとりあえず公平性や透明性を担保するという点では、人類がこれまで編み出してきたさまざまな制度の中で最もマシなシステムだと考えています。現実にはさまざまなルールの綻びや詐欺行為も散見しますが、少なくともそれを修正しながら(市場自体が自己修復する場合もありますし、政府が介入する場合もあります)なんとか進化し続けています。あえて理想論を言えば、自由市場とはルールのない弱肉強食のカオスな世界ではなく、全ての市場プレーヤーがフェアに戦えるように公平性や透明性が担保されたリングなのです。
自由化の恩恵はじわじわとゆっくりやってくる
再び図1右図に戻りましょう。小売の自由化はとりあえず今年の4月に完成するものの、その上流の発送電分離は2020年までとまだずいぶんタイムラグがあることも、前述の議論でわかりました。また、発電と小売の取引は、現在そのほとんどが相対(あいたい)取引であり、電力取引所を介した市場取引は日本の総消費電力量の数%程度しかない状況です。
このような制度のタイムラグと未だ脆弱な市場の元で、一般消費者が商品の出口(小売会社)で仮初めの自由を享受したとしても、肝心の上流で自由化がうまく行っていなければ元も子もありません。一般の消費者にとって市場の公平性や透明性はなかなか実感しにくいところですが、商品の出口だけでなくその上流にも関心を払い、公平性と透明性の担保を監視しなければならない、ということが如何に重要かお分かり頂けると思います。
その点で、2016年4月以降、ブームに乗って実際に契約する小売会社を乗り換えるかどうかは別として、多くの一般消費者が電力価格に対して身近に感じ、関心を持つようになれば、そのこと自体が消費者にとって大きなメリットになるということができます。多くの人が、株価や天気予報と同じような感覚で電力市場の動向を日々確認し、電力情報が人々の日常にとけ込むようになると、国民の高い関心と監視によって市場が健全化し、国民に対する便益が増すことになるでしょう。
今年4月にやってくる電力小売全面自由化によって、特に一般消費者には目に見えた形でのメリットの享受はあまりすぐには感じられないかもしれません。しかし、自由化の本来の目的は「公平性」と「透明性」であることを念頭に入れながら、自由化の恩恵はじわじわとゆっくりやってくる(おそらく次世代への贈り物になる)ことを期待して、長い目で温かくかつ厳しくウォッチする必要があると思います。
オリジナル掲載: Energy Democracy, そもそも電力自由化とは何かを再考する(2016年4月7日掲載)
プロフィール
安田陽
1989年3月、横浜国立大学工学部卒業。1994年3月、同大学大学院博士課程後期課程修了。博士(工学)。同年4月、関西大学工学部(現システム理工学部)助手。専任講師、助教授、准教授を経て2016年9月より京都大学大学院経済学研究科 再生可能エネルギー経済学講座 特任教授。
現在の専門分野は風力発電の耐雷設計および系統連系問題。技術的問題だけでなく経済や政策を含めた学際的なアプローチによる問題解決を目指している。
現在、日本風力エネルギー学会理事。IEA Wind Task25(風力発電大量導入)、IEC/TC88/MT24(風車耐雷)などの国際委員会メンバー。主な著作として「日本の知らない風力発電の実力」(オーム社)、「世界の再生可能エネルギーと電力システム」シリーズ(インプレスR&D)、「理工系のための超頑張らないプレゼン入門」(オーム社)、翻訳書(共訳)として「風力発電導入のための電力系統工学」(オーム社)など。