2016.12.22
母子家庭の子どもたちのためにサンタクロースができること
「クリスマスプレゼントをもらえない子どもが一人でも減るように」そして「思いやりの心が連鎖して広がるように」と活動を続けるNPO法人「チャリティーサンタ」による、日本全国の家庭のクリスマス事情を調査した「サンタ白書2016」が先日発行された。経済的な厳しさや家庭環境などさまざまな理由により、すべての子どもたちがクリスマスを祝えるわけではない。母子家庭、ひとり親家庭におけるクリスマスについて、チャリティーサンタ代表・清輔夏輝氏と、NPO法人「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」理事長の赤石千衣子氏が語り合った。(構成/大谷佳名)
クリスマスに特別な体験を届ける
赤石 今回発表された『サンタ白書2016』、読ませていただいていますが、「チャリティーサンタ」は2008年から活動されているんですね。
清輔 はい。当初は2名で始めた活動ですが現在は21都道府県に28支部(支部運営はボランティアの有志)で活動していますね。これまでの8年間で10,109人のサンタクロースが集まり、17,377人の子どもたちにプレゼントを届けに行きました。
赤石 かなりの規模になっているんですね! 活動の仕組みはどうなっているんですか?
清輔 「チャリティーサンタ」のWebサイトでお申し込みいただくと、サンタ講習を受けたサンタクロースがご家庭に行って子どもたちにプレゼントを届けます。プレゼントは事前に保護者の方からお預かりしておくんです。その際、一家庭ずつ2000円の寄付をいただきます。
この寄付金は、はじめは途上国の子どもたちへの支援をするチャリティーから始まりましたが、2015年以降は日本にいる「経済的に厳しい家庭、母子家庭などでクリスマスプレゼントをもらえない子ども」にもプレゼントを届けに行っています。その時は、通常お願いしている寄付2000円も不要、プレゼントもこちらで準備します。プレゼント代は、2015年に立ち上げた「ルドルフ基金」などから用意しているんです。
赤石 そのプレゼントは子どもたちからリクエストを聞いたりするんですか?
清輔 いいえ、残念ながら用意できるのは安価なものになってしまいますね。ただ、僕らはプレゼントが何かということよりも、「特別な体験を届ける」ということを大事にしています。だからサンタはただプレゼントを渡すだけではなくて、一人一人にメッセージを伝えるようにしているんです。「今年は逆上がりの練習を頑張ったよね」「いつもキミのこと見てるよ」「来年も頑張っているキミのことを応援してるよ」とか。これは依頼をいただいた時に、保護者の方から子どもが今年がんばったこと、来年の目標などを事前に聞いておくんですね。
サンタが自分の名前を呼んでくれただけでも「なんで名前を知ってるの!」と子どもたちはびっくりするのですが、「自分を見てくれている人がいたんだ」「応援してくれている人がいるんだ」って、少しでも前向きな励みになればいいなと思って、こうした活動を続けています。
日本の母子家庭の実態
赤石 私たち「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」は、当事者中心のNPOです。現在、会員は600人ほどいます。普段の活動は、電話相談や当事者同士の交流会を行ったり、フードバンクさんと連携して食料支援の紹介状を書いたり、子どものための学習支援、寄付による入学お祝い金事業など行っています。
日本の母子家庭の状況についてざっくりとお話しすると、まず特徴的なのは年収が低いということですよね。手当や年金も含めて平均年収が223万円で、就労年収の平均は181万円。非正規雇用の方が5割を超えています。子どもを抱えながら正社員になるというのは非常に難しいということと、日本では女性は補助的に働くというシステムが未だに残っていますので、どうしても最低賃金ギリギリの仕事になりがちです。だから非正規で長時間働くと当然、子どもとの時間も失われてしまう。
もう一つ、日本のシングルマザーは世界的に見ても就労率が高いです。スウェーデン、アメリカ、フランスよりも高い。にもかかわらず、年収が低いという状況です。経済的な貧困に合わせて、時間もなくて健康状態も悪くて、社会的にも孤立している。子どもたちにもさまざまな面でしわ寄せがきています。
清輔 特に年末はクリスマスにお正月と続き、ひとり親家庭にとって大変な時期ですよね。
赤石 そうです。この時期は相談も多いですね。世間なみに何か準備しようとすると、それなりにお金がかかるじゃないですか。私たちも毎年、年末には食料品のパッケージを80世帯に送っているのですが、今年はさらに50世帯くらいに送る予定です。
清輔 会員の方のクリスマスの過ごし方はどんな感じですか?
赤石 今までお聞きした中で一番印象に残っているクリスマスの話は、しばらく水道料金を払えずに滞納していたという方の話しです。水道ってガスや電気などと比べて止められにくいですよね。それで滞納が続いたのですが、ちょうど12月24日に帰宅した時に水道が止まっていたらしいんです。仕方がないので、子どもと二人でペットボトルを持って近所の公園に水を汲みにいったら、近所の人に「うるさい!」と怒られたという話ですね。世間ではお祝いムードで子どもも期待している時に何もできないというのは、すごくつらい記憶として残りますよね。
また、多くの母子家庭がもらっている児童扶養手当が12月11日ごろに支給されるんです。それも4ヶ月分まとめて渡されます。年収130万円未満の方だと満額支給で一月4万円くらい、それが4ヶ月分なので17万近くの額が一度に入るんです。クリスマスやお正月に多く使ってしまうと、3月には家計がすごく厳しくなってしまうんですね。こうした収入の入り方の問題もあるので、毎月の支給に変更するように国と交渉しているところです。
世間並みのことをさせてあげたいとはどんな親も思っているのですが、なかなかそこに至らないということで自分を責めてしまう方が多いですね。
特別な1日にするための工夫
清輔 僕らも昨年、シングルマザーの方の生の声を聞こうと、SNSサービスのmixiさんと協働で取り組みました。mixiには子育て中のママたちが集まるコミュニティーがたくさんあるんです。中にはシングルマザー専用のコミュニティーもあります。それらに参加しているユーザーから30万人ほど抽出して、一斉メッセージを送ったんです。
あくまでクリスマスキャンペーンとして、抽選で当選された方にサンタがプレゼントを届けに行くというものでした。そして応募の際にいくつか答えていただきたい質問を用意して、そこから各家庭のクリスマスの過ごし方や経済状況などを掴もうとしたわけです。最後に応募動機などを書いていただく自由記入欄を設けたのですが、そこに思った以上に声が集まりました。
赤石 そうでしょうね。生活の不安だったり悩みを聞いてくれるところがないから、とにかく書きたいんですよね。私たちのアンケート調査でも自由記述欄にたくさん書かれる方が多いです。
清輔 経済的に厳しいためプレゼントを買ってあげられない。あるいは仕事などで時間的な余裕、気持ち的な余裕がなくて何も準備できないという、クリスマスの厳しい状況が明らかになりました。ただ、本当は子どものために何かしてあげたい。この一年、何も特別なことをしてあげられなかったから、「サンタが来てくれた」という思い出だけでも作ってあげたい。そうした声が一番多かったです。
これが今回の『サンタ白書』を作るきっかけになりました。クリスマスに辛い状況にいる家庭が想像以上にあるんだということを、まずは調査を通して広く知ってもらおうと。そのために3〜12歳の子ども(第一子)がいる家庭、2000世帯に対してインターネット調査を行った結果が、ここにまとめられています(注)。
(注)株式会社ジャストシステムのセルフ型ネットリサーチサービス「Fastask」を通して、オンライン上でアンケートを実施(実施期間2016年〜9月23日〜30日)。
赤石 クリスマスに必要なものって、「ケーキ」「プレゼント」「雰囲気」ですよね。今回、うちの会員さんに改めてクリスマスの過ごし方について聞いたところ、プレゼントもケーキもなかなか用意できないので、教会に雰囲気だけ味わいに行ったという方もいました。あるいは、お店のケーキが買えないのでスポンジケーキを買ってきて親子でデコレーションしたとか、食パンの耳を切ってクリームを塗って、ミルフィーユと称して一緒に食べたという話もありましたね。プレゼントは、100円ずつとか積み立てをしておいたり。それぞれ工夫しながら頑張っているんだなあという印象でした。
清輔 実は、今回の調査の結果で意外だったのは、世帯年収で比較しても各家庭のプレゼントの購入額差は、年収が150万円以下を除くと差異がほとんどなかったんです。
なぜかというと、クリスマスは季節の行事の中で一番大切なイベントだから、どの家庭もすごく頑張ってるんですよね。プレゼントは子どもの欲しいものを買ってあげるという家庭が多いので、金額自体に大きな違いがない。おそらく、仮にこうした差が大きかったら、貧困家庭のクリスマスの状況に世の中の人はもっと気づいているはずだと思います。
一方で、「クリスマスに何も準備をしていない」という層も、全体の3.5%いることがわかっています。その年収別の割合を見ていくと、やはり年収が低い層ほどその割合は多いんですよね。
みんな頑張ってはいるものの、やはり収入との相関性は確かにある。僕らはその人たちの生活を支えるようなことはできないけど、サンタを派遣したり、あるいは日本全国にサンタからの手紙を届けるということもやっているので、そうした形で何か特別な思い出を作ってあげられたらと思っているんです。
アクセスが難しい家庭環境
清輔 僕も今回この調査をしてみて、本当に届けたい層にはなかなかアクセスできないという限界を感じました。スマホやパソコンを持っていなくてネット環境がない、あるいは地方で暮らしていて接触する情報も少ないような環境だと、僕らの情報も届きません。特に親子関係が良くない家庭、虐待、ネグレクトなどがある家庭に接触するのはなかなか難しいです。行政やソーシャルワーカー等と協力してやっていく必要がありますね。
赤石 うちの会員も比較的、情報収集能力がある方ですね。収入面においても母子家庭の全国平均と比べると、東京は地方に比べて最低賃金が高いということもありますが、平均年収が50〜70万円高い。それでも十分大変な層には変わりないのですが、生活を少しでも良くするために必要な情報を自分から取っていくことができる、クリスマスも世間並みに工夫したいという気持ちを持っている層です。
一方で全国の母子家庭の中でも一番困難な層というのは、それすら難しい。うつ状態で何もできなかったり、疲れて体力も気力もなかったり。統計を見てみても、シングルマザーの場合、うつ状態にある割合がすごく高いんですね。特に無業の母子世帯の親のうつ傾向は顕著です。そういう家庭では、何かやりたいと思っていてもクリスマスなどの行事に追いついていけない。また、親にうつ傾向があるとネグレクトになるリスクも高まります。
また、こういった方たちに私たちの方からアクセスしていくのも非常に難しいんですよね。あの手この手でやっと近づける層なんです。おそらく、よりきめ細かく地域の子どもたちを見ている立場、例えば地域で無料学習支援をしている団体だったり、プレーパークのような遊び場を通じて子どもの育成を支援しているNPOなどと連携していけば、もう少し見えにくい現実が拾えるのかもしれません。行政はもちろん把握している部分はありますが、個人情報の問題があるので絶対に公開しないですね。
清輔 チャリティーサンタを呼ぶことで、初めてNPOと接するという方もいると思います。そうした意味で、支援団体や社会の側との接点を作るきっかけになればな、と思っています。
1日で全ては変えられないけれど
赤石 私たちは日本ロレアルと連携してシングルマザーキャリア支援プログラム「未来への扉」を実施し、ママたちへ就労の機会を提供しています。ママの収入が上がれば、子どもたちの暮らしも安定します。また学習支援を行ったり、野外活動支援団体と連携してバーベキューなどイベントを企画したり、子どもの健全育成のためのお手伝いをしているんですね。一方新入学のお祝金事業もやっており、小学校中学高校の新入学のお子さんにひとり3万円お渡しします。
サポートしているご家庭の中には発達障害があったりして、学校の勉強に全く追いついていけていないお子さんもいます。彼らがこれから生きていくために、今の時期は非常に大事ですよね。勉強がもう少しわかるようになればその子の可能性も広がると思って支援をしています。
クリスマスだけでは、もちろん母子家庭が抱えるさまざまな問題は解決できません。こうした環境にいる子どもたちの成長のためには、普通の家庭に投入するよりもっとたくさんの社会資源を投入しなければ足りないんです。例えば私たちが見てきた中でも、「ニートになるしかない」と言っていたような子どもたちが、学習支援を続けていくうちにアルバイトするようになったり、「大学にいきたい」と言うようになってくる。ていねいに応援して、様々な形で社会とのつながりを作っていくことで、おどろくような変化が起こります。
同時にクリスマスや誕生日などのイベントの中で、「誰かが応援してくれてるんだ」という体験をすることは、次へのフックをかけることにも繋がるのかなと思います。年に一度だけでも、そこでほっこりした思い出が作れることで、次に何かにチャレンジする気持ちとか、助けを呼べる力とか、そういうところにつながるといいなと思いますね。
清輔 明日食べるものがあることと、サンタが来ることは比べられないと思っています。当然、たった1日でその人の生活を変えることはできない。でも、子どもにとってクリスマスはやはり特別で、その時に「たった一人でも自分の味方がいる」と思えることはすごく大きいことだと思います。
赤石 夢を諦めちゃうというのは、ひとり親や低所得の家庭の子どもには多いと言われます。もちろん食べていくのは基本ラインなのですが、それだけで生きていくのは難しいですよね。この前も、十代で出産したシングルマザーの方と話していたら、「高校卒業認定資格試験を受けて、心理カウンセラーになって支援者になりたい」と言っていて驚きました。希望を持つことと食べていくことは、まったく別の次元で必要なことだし、生きていく上でのさまざまな問題解決力にもつながります。
サンタに出会えた子どもたちも、もう少し大人になってから「子どもの時に会いに来てくれたサンタクロースって、何だったんだろう?」「何かの社会活動だったのかな」と気づく時が来れば、それは自分も何かを始めようということにもつながっていく。いろいろなロールモデルを知るきっかけがあることは、ものすごく大事なことですね。低所得であればあるほど、子どもが接する大人のロールモデルが少ないので。
清輔 まさに、「チャリティーサンタ」にはそのしかけがあって、子どもがサンタの正体を知ってしまった時、あるいは親が種明かしをする時に使ってもらうための手紙を送っているんです。
そこには、「あの時のクリスマスの出来事は、キミとお母さんお父さんがいて、サンタをするたくさんのボランティアがいて、チャリティーによって他の子どもたちにもプレゼントが届く仕組みになっていたんだよ。でもその全ての始まりは、キミを喜ばせたいという気持ちから始まったんだ。実はキミもすでに誰かのサンタになっていたんだよ。次はキミの番だよ」と書いているんです。手紙を読んであの日の出来事は「たくさんの思いやり」で起こっていたのだと気づいてくれたら嬉しいですね。そしてサンタにプレゼントをもらった子どもたちが、いつかまた誰かのサンタになる日が来るように願っています。
赤石 それがまた将来の可能性につながっていくのは素敵なことですよね。今日お話ししてみて、一つ一つの家庭がどうやって元気に暮らしていけるのか、というイメージがより掴めたかなと思います。ありがとうございました。
プロフィール
赤石千衣子
非婚シングルマザー。NPO法人しんぐるまざあず・ふぉーらむ理事長。社会保障審議会児童部会ひとり親家庭の支援の在り方に関する専門委員会参加人。朝日新聞論壇委員。シングルマザーと子どもたちが生き生き暮らせる社会をめざし活動中。著書に『ひとり親家庭』(岩波新書)、編著に『シングルマザーのあなたに 暮らしを乗り切る53の方法』(現代書館)などがある。
清輔夏輝