2010.09.24
経営学者という職業
経営学者って何者?
初対面の方にお会いするとき、自分の専門を経営学というと、とくに他分野の研究者の場合、一瞬戸惑うような表情を浮かべる人が多い。経済学とか社会学とか、あるいは社会心理学ということであれば、なんとなくイメージできるが、経営学とは一体どんな分野なのだろう、という困惑がその表情からはみてとれる。
一方、ビジネスパーソンの方々に会う際には、このような困惑の表情はあまりみられないが、「ああ、それではウチの会社の経営をどうすればいいか教えてください」という(冗談交じりの)反応があったりする。経営学者と経営コンサルタントは、あまり区別されていないようだ。
実際のところ、経営学者というのは経済学者とも社会学者とも異なり、また経営コンサルタントとも異なる(と経営学者は思っている)。では、一体経営学者とは何をする人たちなのだろう? 経営学者のひとりであるわたしの視点から考えてみたい。
経営コンサルタントとの違い
ひとつの定義は、経営学者とは、企業あるいはその他の組織(非営利組織や政府機関も研究対象になりうる)の内外で発生するさまざまな現象について、そのような現象はなぜ発生し、またどのような影響を関係者や組織にもたらすのか、といったことを探求する人びとである、というものである。
たとえば、なぜある企業の製品開発がうまくいき、別な企業はうまくいかないのか、とか、企業が合併すると何が起こるのか、というようなことについて、インタビューを行ない、あるいはデータを集めて統計分析をすることで、答えを見つけ出そうとするのだ。
経営コンサルタントとの違いは、「なぜ(why)」の探求をより重視するところにある。経営コンサルタントは、ある経営上の問題について、実際どのように対応すればよいか、という疑問への答えを求められるために、「なぜ」よりも「どのように(how)」に重点をおく。
これに対して、経営学者は、たとえばある製品の開発の失敗とか、企業の合併のような現象が発生し、あるいはその現象がもたらす影響について、その仕組みやロジックを明らかにしようとするところに重点をおく。
もちろん、経営学者と経営コンサルタントがやっていることは、つながっているのだが、向いている方向性が異なるというわけだ。
経営学の独自性とは
しかし、これだけでは、経済学や社会学との違いがよく分からないだろう。上のような定義であれば、経営学という領域が独自のものとして存在する必然性はなく、経済学や社会学(あるいはその他の分野)の一部として、経営に関わる現象を検討すればよいだけのように思える。
にも関わらず、経済学や社会学とはまた異なるものとして、経営学は存在しているのである(少なくとも、世の中には経営学部・学科は経済学部・学科とは別に存在しており、経営学の学会も学術雑誌も存在している)。
しかも、ややこしいことに、経営学は研究のアプローチに関してはかなり自由であり、経済学のアプローチを使っても社会学のアプローチを使っても構わない。そうすると、たとえば「経済学のアプローチを使う経営学者」と経済学者とのあいだには、一体どのような差があるのだろう? 言い換えれば、経営学の独自性とは何なのだろうか?
これに対してはいくつかの答えがありうるが、おそらくもっとも重要な点は、経営学は先に述べた製品開発の失敗や企業合併のような、具体的な現象をターゲットとすることによって、個人の主観のような頭の中の(認識レベルの)問題と、より客観的な(観察可能な)企業の行動やその成果といったものをつなげて扱うことができる、という点であろう。
これは、現実の現象を理解するために「学問のつまみ食い」ができる、というような単純な話しではない。
経済学と社会学との比較
たとえば、経済学は個人の選択のような内容をある程度限定し、具体化したものを扱うことには長けていても、個人の認識や主観を正面から扱うことには慣れていない(ゲーム理論では信念(belief)というものを扱うが、この内容はかなり限定されている)。
一方で、社会学は認識レベルの問題を主に扱うため、何が客観的な現象かの共通了解がつくりにくい。極端な話、認識レベルの議論次第では、調査では何もわからないという立場も成り立つ。
経営学は、具体的なターゲットをおくことによって、認識レベルの問題(たとえば「組織がなぜひとつの人格のようにふるまえるのか」というような問題)を完全に解くことなく、また一方で経済モデルのような内容の限定をかけることなく、認識レベルの問題と観察可能な社会現象をつなげて扱うことができるようにする。
もちろん、このことは言い換えれば、関連するすべての問題が解かれていないことを意味しているが、経営に関わる現象というそれ自体は観察可能な現象にターゲットを限定し、そのような観察と照らし合わせることで、経営学はその理論的枠組みの妥当性を経験的に主張しうる。
一言でいってしまえば、経営学は完全な理論体系ではありえないが、経営に関わるある現象について、それに関わる人びとの考えのようなものから、それが引き起こす現象やその影響にいたるまでを、全体として一貫した視点で扱うことのできる学問である、ということだ。
これは他の分野にはなかなか真似のできない、経営学独自の「技」であり、この技があるがゆえに、経営学者は他の分野の研究者とは異なるのである。もし、経営学者に会う機会があれば、ぜひ具体的に何を研究しているのか聞いてみていただきたい。具体的なテーマについて聞いてはじめて、経営学者とは何者であるのか、理解してもらえると思う。
推薦図書
経営学者の技は認識レベルの問題と観察可能な社会現象をつなげて語ることができることだと述べたが、それを方法論のレベルからきちんと考えようとするととても難しい。このような問題に正面きって取り組んだ研究書としてこの本をあげておきたい。いささか難解であることは否定できないが、経営学というものが何を考えようとしているのか(あるいは何を考えなくてはいけないのか)を示してくれる本である。
プロフィール
清水剛
1974年生まれ。東京大学大学院経済学研究科修了、博士(経済学)。東京大学大学院総合文化研究科・教養学部准教授。専門は経営学、法と経済学。主な著書として、「合併行動と企業の寿命」(有斐閣、2001)、「講座・日本経営史 第6巻 グローバル化と日本型企業システムの変容」(共著、ミネルヴァ書房、2010)等。