2010.11.08
再スタートする「新しい公共」は、企業家精神を活用できるか
「新しい公共」推進会議の開催
去る2010年10月27日、政府の「新しい公共」推進会議(http://www5.cao.go.jp/npc/suishin.html)が開催された。同会議は鳩山前首相が開催した「『新しい公共』円卓会議」の後継組織にあたる。
「『新しい公共』円卓会議」は、NPOや社会起業家といった民間主体の力を活用した公共部門の刷新を企図したものであった。だが残念ながら、社会部門の刷新よりも、産業や生活を直撃する喫緊の経済危機が表面化するといった不運が重なったこともあり、現時点では「刷新」と呼べるほどの具体的成果はみられない。
今回の再スタートによって巻き返しが期待されるが、政治変動やソーシャルセクターに対する前政権とのスタンスの違いのなか、当初の勢いが消沈しつつある感は否めない。
イギリス「第三の道」の戦略
社会起業家やその他の民間主体の力を借りて、セーフティネットを構築しようとした社会民主主義の立場は、「古き良き時代」を懐かしむウェットな心性から生まれたものではなかった。
たとえば、イギリスの「第三の道」の場合も、当時の新しい労働党政権が、企業家精神に富んだ新しい主体を支援し、資本主義経済を踏まえつつ協働するという構図であったことを確認しておく必要があるだろう。
当時のイギリスは、福祉国家化と、その反動ともいえる新自由主義政策を揺れ動いた結果、使用可能な資源の限界と、社会問題の複雑化・多様化の板挟みに苦しめられていた。そして、一部の基礎的なインフラとセーフティネット構築を除いた分野では、政府よりも民間主体が企業家精神を発揮してセーフティネット構築を担ったほうが、効果的かつ迅速に対応できるという見解をもつにいたった。また、彼らの企業家精神にもとづく、創意工夫に富んだ施策も期待できた。
それゆえ、そのような分野については、政府は民間主体が活動しやすい「機会の平等」の実現と環境整備、資金投入、評価を担うプラットフォームの役割に徹するという方針を取ったのであった。
次つぎと現れる若き社会起業家たち
政府と民間主体との協働は、現実の政治的環境と社会問題解決の双方を睨んで登場したもので、政府、起業家、住民三者のメリットが勘案されたものであった。このことは、仕切り直しとなった「新しい公共」のなかでも意識される必要があるだろう。
そこで鍵となってくるのは、社会問題を解決するとともに、それを支える収益を生み出す革新的な事業モデルを考案し、そして事業体を生み出すために試行錯誤を繰り返す、企業家精神とその醸成過程の所在である。
日本では、IPO(新規株式公開)市場、リスクマネーの投入、いずれも冷え込んでいる。開廃業率は逆転し、「今の会社に一生勤めよう」と考えている新入社員数が6年連続上昇、過去最高の57.4%を記録した(公益財団法人日本生産性本部「2010年度 新入社員の意識調査」)。起業を取り巻く環境は厳しく、欧米では当たり前の、各教育過程における「起業家教育」のプログラムも乏しい。
しかし、昨今、20代、30代の社会起業家の登場を耳にする機会が増している。
NPO法人フローレンスやNPO法人カタリバといった、日本を代表する著名な社会的企業のほかにも、大手印刷企業と協力しながら、環境問題とその解決策を考えるきっかけをつくる合同会社マイアース・プロジェクト(http://myearth.ne.jp/)、脱引きこもり支援を行うNPO法人「育て上げ」ネット(http://www.sodateage.net/)、日本人に対する高品質な英語サービスを提供しながら、フィリピンにおける雇用創出を手掛ける株式会社ワクワーク・イングリッシュ(http://wwenglish.jp/)など、枚挙にいとまがない。
「隠れた起業家教育」の契機
ただでさえ、厳しい創業を取り巻く環境のなか、なぜ彼らは収益化だけではなく、社会問題解決も問われるという二重の困難を乗り越えて創業にいたったのか。また、彼らの社会企業家精神は、どこで培われているのだろうか。
むろん、それぞれの起業家がもつ天性と個人的資質は否めない。だが、当然それだけではない。筆者は、社会起業家の、社会企業家精神の醸成過程と問題意識に関心をもち調査をつづけている。そこで分かってきたことは、「隠れた起業家教育」の契機と呼ぶべき、一見些細な起業家を取り巻く環境内の「きっかけ」との相互作用が、企業家精神の涵養と実際に創業にいたる過程のなかで重要な役割を担っていることだ。
起業を取り巻く客観的な醸成も厳しく、また社会の理解も乏しい日本では、社会問題を持ったとしても即座に起業するケースは多くはない。ましてや社会的企業となるとなおさらである。
むしろ、彼らが抱く即座の創業には繋がらない程度の、相対的には弱い、しかしながら持続的な問題意識が、複数の主体が提供するプログラムが連なることでかたちづくられる「隠れた起業家教育」の契機を経て、企業家精神に育っていく。そして、彼らのリスク耐性が十分に形成された暁に起業に至るというイメージだ。
具体的には、大学の(経営系)研究室を介した先輩起業家との人間関係や、起業を志す同級生が周囲に当たり前に存在することが、起業動機を鼓舞し、同時に起業に対する不安感を軽減している。
また、IT起業支援に関わっていた中間支援組織が、社会起業家育成に本格的に舵を切り、IT起業家育成で培ったビジネスモデルの構築や合理性に対するメンタリティ醸成のノウハウを、社会起業家に対しても投入している。このことが、創業初期段階の社会起業家たちにとって重要な資源となり、飛躍のきっかけとなっている。
このような過程を通して、次つぎと若き社会起業家たちが登場してきている。これらの事実は、社会起業家という存在が、もはや一過性の輸入概念ではなく、確実に定着に向けて歩を進めていることを示唆する。
政府が「新しい公共」再スタートの一環として、ふたたび社会起業家に対する支援を行うのならば、無根拠で、社会起業家育成の現場における必要性と乖離した制約付きの補助金投入ではなく、根拠と現場の需要にもとづいた施策を実施することを期待したい。
推薦図書
イギリスのニューレイバー(新労働党政権)のブレーンだった著名な社会学者アンソニー・ギデンズが、資本主義の活用とセーフティネットの構築の両立を目指した「第三の道」に寄せられる数々の誤解に反論し、グローバリゼーション下の世界において、企業家精神を活用した社会課題解決の意義についても説明する。グローバリゼーションと起業家の関係を考えるうえで欠かせない一冊。
プロフィール
西田亮介
1983年京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同大学院政策・メディア研究科後期博士課程単位取得退学。専門は、地域社会論、非営利組織論、中小企業論、及び支援の実践。『中央公論』『週刊エコノミスト』『思想地図vol.2』等で積極的な言論活動も行う。