2024.12.25
“むら”での生き方はもっと楽しくできる!――岡山県・西粟倉むらまるごと研究所の歩みから
はじめに
岡山県西粟倉村をご存知でしょうか? 岡山県の北東部に位置する中山間地域のこの村は、「平成の大合併」では合併を選ばず、独自の歩みを進めることを決めました。約1300人【注1】が暮らす比較的小規模な村ではありますが、長年の取り組みが実を結び、現在では100社以上のローカルベンチャーが切磋琢磨する特異な地域として注目を集めています。
独自の路線が際立つ西粟倉村の中でも、本稿では特に「一般財団法人西粟倉むらまるごと研究所」の活動に焦点を当てます。2020年に設立された「西粟倉むらまるごと研究所」は文字通り“むら”を“まるごと”フィールドとし、村内外のさまざまな人々が連携する新しい地域の可能性を模索しています。テクノロジーを積極的に活用し、村民と企業が協働する実証実験や、村内のローカルベンチャーを紹介するワークショップ、交流拠点の運営など、多岐にわたる活動を日々展開中です。
今回は、共同代表理事の河野有吾さんと、研究員の榊原万莉子さんのお二人にインタビューを実施しました。団体の成り立ち、地域社会における独自の立ち位置と役割、積極的に進めているプロジェクトなどについて伺ううちに、「“むら”での生き方はもっと楽しくできる!」と筆者自身とても感銘を受けたのです。地域内外とのコミュニケーションを促進し、地域の願いや問題に実験的な方法でじっくりと対応する姿勢は、縮小を続ける日本社会と向き合う際に必要な態度なのかもしれません。「西粟倉むらまるごと研究所」の活動を通じて、 “むら”での楽しい生き方とその生み出し方について一緒に考えていきましょう。(聞き手・構成:坂本かがり)
「西粟倉むらまるごと研究所」とは?
――まず、「西粟倉むらまるごと研究所」(以下、むらまる研)のご活動について、河野さんに伺います。本日はどうぞよろしくお願いします。
「むらまる研」で共同代表理事を務めております、河野有吾です。どうぞよろしくお願いいたします。「むらまる研」に関する事柄については基本的に私からお話し、後ほど榊原には本人が携わっているプロジェクトについてアピールしてもらいます。
――最初に河野さんのご経歴について教えていただけますか?
私は現在、持続可能な脱炭素社会をデザイン・プロデュースするコンサルタント会社「エックス都市研究所」に勤めています。本業である環境関連の計画策定の仕事をしているうちに、計画段階だけでなく、地域で事業を実際に実施する段階にも関わりたいと考えるようになりました。それがちょうど2020年頃のことで、当時たまたま接点を持つことになった「むらまる研」の活動に徐々に参加していきました。
――参加当初は、どのようなことをご担当されていらっしゃったのですか?
当初は、事業の実施を主導する立場でした。その後はさまざまな経緯を経て、いまは共同代表理事として「むらまる研」に所属しています。事業全体の管理と研究所のマネジメントが主な担当分野です。
民間企業でも行政でもできない領域へ
――研究所の設立経緯について教えてください。
「むらまる研」は、一般財団法人として2020年に設立されました。「むらまる研」は、西粟倉村の役場の職員から出てきたアイデアがもとになって生まれた組織です。「テクノロジーと共存する村の未来を実現するため、企業との共創や実証事業を推進する自立した組織」を目指して、立ち上げられました【注2】。
――なぜ「一般財団法人」という事業形態を選択されたのでしょうか?
民間企業や行政では着手できない、人口約1300人の村民向けの事業を独自におこなうためには、一般財団法人が最も適した形態だったようです。この話は立ち上げ当時のメンバーから聞きました。
西粟倉村はローカルベンチャーが100社以上存在する地域であり、多くの民間企業が新しいビジネスに挑戦しています。しかし、民間企業の第一目標は利益の追求・法人の持続性です。そのため、新しいビジネスを始めても、事業として成立しないものは手放さざるをえません。またローカルベンチャーは主に村外の市場を意識したビジネスに取り組んでいます。村内の市場をターゲットにしたビジネスを持続するのはとても難しいのです。
――行政の内部に設置する案はなかったのでしょうか?
西粟倉村では数十人の自治体職員が村の行政に従事していますが、小規模の自治体では対応しきれない領域や分野が多くあります。また行政は手続きに時間がかかるため、より迅速に行動できる一般財団法人が選ばれたのだと思います。
――第三セクター事業という形も選ばれなかったのですね。
第三セクターの場合、行政からの事業チェックが必須であり、動き出しが遅くなるのが難点です。一般財団法人では、拠出者は一定の発言権を持っていますが、団体の活動をコントロールできるわけではありません。行政からの一定の関与はありながらも比較的自由に動くことができる一般財団法人が、最適な形態であると考えられたようです。組織としての自立と行政との連携のバランスを総合的に判断した結果だと思います。
――設立から4年ほどたった現在、「一般財団法人」という事業形態についてはどのようにお考えですか?
企業と行政の両者だけではカバーできない領域に取り組む「むらまる研」の活動を考えると、一般財団法人という事業形態には多くのメリットがあります。たとえば、個人および事業者が所有できない資産(データや空間)を公共的な立場として独自に保有し、それを適切な形で提供できることが利点の一つです。
ただ他方で「法人」としての持続性を考慮したとき、西粟倉村に関する事業に従事するだけでは長期的な活動を続けるのが困難なのも事実です。エリアを広げようとしても、西粟倉村が拠出している一般財団法人のため、他の地域へ活動の幅を簡単には広げられません。これは「むらまる研」が今後考えていくべき課題の一つでしょうね。
またローカルベンチャーが数多く活躍する地域であるからこそ、企業の方々がすでに進めている事業には手を出しにくいです。一般財団法人はどちらかといえば行政に近い立場のため、民業圧迫という事態は避けざるをえません。この点は、メンバーの活動の幅にやや制約をかけているなと感じます。
――実際に他の地域から事業をお願いされたことはありますか?
積極的に活動の発信をおこなっているわけではないため、いまのところ特にそのようなご連絡はないです。ただ隣町の方々から、「地域に「むらまる研」のような法人あれば…」というお話を伺ったことはあります。計画策定という私の本業の立場から考えても、企業と行政がカバーしきれない部分に手を伸ばす「むらまる研」のような立ち位置の法人が、地域に存在する価値はとても高いと思えます。その有意義性を認めつつも、「むらまる研」の活動をビジネスとして他の地域へ展開するべきか、一つのロールモデルとして西粟倉村に密着した活動を一層進めるべきかは、とても悩ましい選択です。
――「むらまる研」のメンバーは、村外からいらっしゃる方々が多いのでしょうか?
榊原のように、「地域おこし協力隊」の仕組みを利用して研究所に所属しているメンバーが多いです。「地域おこし協力隊」の着任期間は最長3年間です。西粟倉村の場合、「地域おこし協力隊」の参加者は行政ではなく企業研修型として地元企業に所属します。
――企業の所属とは、珍しい仕組みですね。
企業での雇用継続を前提とした仕組みのため、他の地域よりも移住者の方々が定住しやすい環境が整っています。しかし資金や相性などの要因を考えると、企業が4年目以降も雇用を継続するのはなかなかハードルが高い面もあり、村内企業の努力により成り立っています。
村全体をフィールドに、企業と村民が連携する
――西粟倉村全体を実証フィールドとする事業について、詳しく教えていただけますか?
地域の願いをかなえるために、企業や研究機関の方々と連携しながら解決策を考えていくことが「むらまる研」の主な事業の一つです。このとき西粟倉村全体を実証フィールドの舞台として提供しています。
――具体的にはどのようなプロジェクトが進んでいますか?
現在、「草刈りプロジェクト」が進行中です。農業従事者の方々が一定の時間を割いている草刈り作業の負担軽減を目指し、このプロジェクトはスタートしました。
このプロジェクトでは、草刈り機を製造するメーカーの方々と村内の農業従事者の方々が協働して草刈り機の実証実験に取り組んでいます。先日も西粟倉村で、メーカーの方々と農業従事者の方々が一緒にリモコン操作式草刈り機のテストをおこないました。自動走行機能のチェックにはじまり、リモコン操作機能の追加についても議論されました。草刈り機の走行機能と斜面の角度の関連など、今後の商品開発、サービス提供モデルの構築に役立つデータも収集しています。
――実際に使用する方々の視点を入れることで、プロダクト開発の方向性が変わることもあるのでしょうか?
メーカーの方々は、より高性能・高機能な製品の開発を目指す傾向があります。高性能な製品を製造することで、利便性が増し、結果として、一台あたりの単価が上がり、利益率も高くなるからです。一方で、実際に現場で使用する農業従事者の方々は、一台あたりがより安価な製品を求める傾向が強く、草刈り機を共有する形で使用したいという意見もあります。
このような両者のミスマッチは、協働することで初めて可視化されます。単独の視点では得られないアイデアや考え方が生まれることが、企業と村民が協働するプロジェクトの大きな意義です。メーカーの方々と村民の方々の双方がウィンウィンの関係となるサービス提供モデルの確立を、より進めていきたいと考えています。
――大量生産・大量消費時代後のものづくりのあり方の一つかもしれませんね。
地域全体?それとも個人?
――約1300人規模の西粟倉村であるからこそ、活動において難しいと感じる点はどのような部分でしょうか?
約1300人規模の地域のため、個人それぞれの顔が明確に認識できます。そのため、地域全体の願いと個人の願いのバランスを考慮することが難しい点です。1人が直面している課題を解決すべきなのか、地域全体に共通すると予想される課題を解決すべきなのか、私自身もまだ答えは出ていませんし、これからも出ることはないかもしれません。
――匿名性が低い分、動きやすい部分と動きにくい部分がありそうです。
課題を一般化しすぎると村民の方々の願いをかなえるという「むらまる研」のコンセプトから外れてしまいます。一方で個人に寄り添いすぎることも、現在の規模では難しいです。
――地域全体と個人の間で、どのようにバランスを取っていますか?
無理にバランスは取ろうとせず、まずは一旦物事を進めるようにしています。何か形に残してみないと、地域には新しいものが一向に生まれないからです。そして、プロジェクトに着手した背景や理由、結果に対する考察などについて、しっかりと説明できるように準備することを心がけています。
約1300人といえども、地域に対する思いは千差万別です。村として独立しながら新しいことにチャレンジするべきという考え方を持つ人もいれば、反対の考え方を持つ人もいます。人口約1300人のうち約200人は村に移住した若い世代の方々ですが、村で育った若い世代は村外へ移住してしまっているという課題もあります。このような状況に対して、みなさんそれぞれの思いを抱いています。
地域の多様性を考えると、物事をきちんと進めていても反対意見が出てくるのは避けられません。反対意見に直面したときは、自分の立場を説明したうえで、「では、次はどうしましょうか」と新たなステップに移行するようにしています。
――とても地道な作業ですね…。
草刈りプロジェクトを例にすると、中山間地域の西粟倉村では角度のあるあぜの草刈りが一番の重労働だと一般的には考えられがちです。しかし、平地の草刈りの方が大変だという方もいらっしゃいます。それぞれの状況によって、草刈りの大変さも異なるのです。
こうした意見の多様さに直面したときに動きを止めるのではなく、まずはその多様な意見に耳を傾けます。そして、状況を一つ一つ整理しながら、個別の問題に少しずつ向き合う姿勢を持つようにしています。
「むらまる研」のこれからの役割について
――4年間活動を継続されて、どのような変化が起こりましたか?
「むらまる研」の拠点に訪れてくださる村民の方々が、ここ数年で大幅に増加しています。村民の方々が気兼ねなく集まる場として、「むらまる研」が機能できるようになり始めたと実感しています。
先日は「ごみの学校in西粟倉」と題するイベントを実施し、村の資源循環について考えるワークショップを開催しました。とても好評で、村内の事業者の方々と村民の方々がコミュニケーションをはかる機会となりました。
――これからは、地域でどのような役割を担っていこうとお考えでしょうか?
関係人口の増加をはかるため、村内と村外のさまざまなセクターをつなぐ役割をさらに担っていきたいです。村外の企業や大学の方々との共同研究がすでに実現しており、大きな一歩を踏み出せたと感じています。
これからは共同研究をきっかけにしたイベントやワークショップの開催、そして有用な情報を村内外へさらに発信する予定です。この4年間でようやくスタート地点に立ったという印象で、今後も企業が実証実験をおこなうフィールドを提供し、ここから地域に対する成果をもっと増やしていきたいと思います。
――ローカルベンチャーに関することはいかがでしょうか?
西粟倉村では、似た業種のローカルベンチャーが複数立ち上がっていても、行政がそれに対して制約をかけることはあまりありません。行政からの制約が少ない形でビジネスを展開できるという利点はありますが、その一方で企業同士の競合・競争につながることもあるでしょう。そこで「むらまる研」が企業間の調整機能を担えたらと思います。また、ローカルベンチャー同士の間にこれまでにないつながりを創出する役割を担えたら、地域社会にも良い影響を与えられると思います。
――これから取り組んでいきたい具体的な事業などはありますか?
人口規模が小さい地域での、シェアリングシステムのモデルを確立したいと思っています。「シェアサイクル」の自転車や「LOOP」という電動キックボードは、都心部ではよく目にします。このサービスは多くの台数、ポート、そして利用者がいて初めて成り立つため、人口約1300人の西粟倉村でこの仕組みをそのまま導入するのは難しいでしょう。
「むらまる研」は超小型電気自動車を9台所有しており、村民の方々がこの自動車を自由に使用できるシェアリングシステムの確立を模索しています。もし有用な仕組みを構築することができれば、中山間地域に「むらまる研」のような法人が存在することの意義をさらに社会に示すことができますね。
――「むらまる研」の取り組みの全体が、とてもよくわかりました。河野さん、ありがとうございました!
「人×テクノロジー×村の願い」が出会う場でのプロジェクト
――続いて、榊原さんが携わっていらっしゃるプロジェクトについて伺います。よろしくお願いいたします。
研究員の榊原万莉子です。先ほどお話にありましたが、私は「地域おこし協力隊」という制度を活用して、2023年6月に「むらまる研」に研究員として着任しました。共創・創発を担当し、村内外の企業の方々が協働するプロジェクトに携わっています。
また企業の方々と村民の方々が交流するための拠点「むlabo」の運営もおこなっています。「人×テクノロジー×村の願い」が出会う場として村内で機能できるよう、試行錯誤している最中です。
――以前はどのようなお仕事をされていらっしゃったのですか?
2023年5月までは、メーカーのマーケティング部に類するような部署で仕事をしていました。新卒で入社した会社でおよそ3年間従事した仕事の内容と、研究所で従事している仕事の内容は全く異なっています。
地域に根ざした仕事や活動に関わりたいと、思い切って転職をしました。日々トライアンドエラーを繰り返し、西粟倉村での活動を続けています。
“食”から“むら”を動かしていく
――榊原さんは、主に「むlabo」の調理室で食に関わるプロジェクトを実施されていらっしゃるそうですね。その内容を具体的に教えていただけますか?
地域団体「ポラリスの会」との共同研究をいまは実施しています。「ポラリスの会」は地元の食材を活用した商品づくりに長年従事されていらっしゃいましたが、2020年に惜しまれつつ活動を終了されたのです。せっかくの活動をもっと持続できればと思い、2024年から調理室で共同研究をスタートしました。地元のユズを使ったジャムを販売したり、地域の食材を存分に活用した食事を視察にいらっしゃった方々へ提供したりなど、コラボレーションの形を増やしています。
元「ポラリスの会」のみなさんは、身近な食材をとてもおいしく調理されます。食事を提供してくださる度に、私は“この食材ってこういうふうにおいしく食べられるんだ!”ととても驚かされています。それは、イベントのときに元「ポラリスの会」の食事を召し上がるみなさんも同じです。このように、地域で代々食べられている味、地域の食材を使った食事が調理室を起点に広がり、さらにはその味を受け継いで広めてくれる人や活動が生まれるといいなと思っています。
――調理室を媒介にした活動、とても面白いですね!
これからも調理室を活用しながら、地域の食を通じてさまざまな人々が交流する機会を提供していきたいです。実際にイベントで、村民の方々がご飯を食べにいらっしゃってくださいます。とてもうれしい出来事ですね。
今後も食を通じた交流が生まれる場所になるよう活動を続けつつ、さらには村の食に関する課題解決にも取り組みたいと考えています。村にはスーパーや飲食店が少なく、自炊の時間が無い若者世代、そして家事が困難な高齢者の食の質を向上させることが課題です。一方で自家消費しきれない家庭菜園の野菜があるとも聞きます。そこで調理室を活用し、使いきれない村産食材を利用した冷凍惣菜の販売を検討しています。食品ロスを減らすとともに村民の方々の健康増進につながればいいなと考えています。
――「むらまる研」の研究員としてご活動されて、ご自身に変化はありましたか?
前の暮らしでは、自分が住んでいる地域がどのような方向に進んでいるのか、全くわかりませんでした。「自分が住む場所から半径10メートル以内のことも知らないままでよいのだろうか?」とずっと違和感を抱いていました。
心機一転して西粟倉村に移住し、地域の方々や行政の方々とお話をすることで、地域がこれから目指すべき方向について考える機会が増えました。自分が地域に対して働きかけていることの手応えを確実に得られるようになり、仕事へのやりがいや地域への愛着も徐々に高まっています。もちろん課題は無数にありますが、それでも「生きがい」に近いものを、以前より強く感じられています。このことは私にとってとても大きな変化です。
――榊原さんのご活躍、これからも楽しみにしております。本日は貴重なお話をありがとうございました!
注釈
【注1】西粟倉村の統計(2024/3/31現在)
【注2】「西粟倉むらまるごと研究所の誕生まで①」より引用
https://note.com/muramaruken/n/ncc2ca8c00021
【団体情報】
一般財団法人西粟倉むらまるごと研究所
設立日 令和2年7月1日
事業概要 調査・計画策定・実証事業
公式ウェブサイト https://muramaru.tech
<活動について、SNSで積極的に発信中!>
プロフィール
坂本かがり