2013.06.27
地域の自然エネルギーを創り出す ―― case.2 静岡
2013年6月1日、地域のさまざまなステークホルダーの協力のもとで実現した、市民太陽光発電所=「コミュニティソーラー(みんなで創る地域発電所)」のスタートアップイベントが静岡県静岡市の日本平動物園で開かれました。イベントには、このプロジェクトの実現に尽力した人々、出資者、これをきっかけに静岡での自然エネルギーの取り組みを盛り上げていくさまざまな人々が集まり、地域オーナーシップの太陽光発電事業のスタートを祝いました。
このプロジェクトは、私自身の出身地での取り組みということに加え、支援者として立ち上げからかかわり、また、出資者としてもかかわっているということもあり、一際感慨深いものがありました。
しずおか未来エネルギー
静岡市内ではじめての本格的な市民太陽光発電プロジェクトを計画・実現させたのは、静岡県内で温暖化対策に取り組んできた「NPO法人アースライフネットワーク」と地元企業「鈴与商事株式会社」の出資により、2012年12月12日に設立された「しずおか未来エネルギー株式会社」です。
しずおか未来エネルギーは、前回の「ほうとくエネルギー」と同様(地域の自然エネルギーを創り出す ―― case.1 小田原 https://synodos.jp/fukkou/371/)、環境省の支援プログラム「平成23年度地域主導型再生可能エネルギー事業化検討業務」のもとで生まれました。小田原の事例では、市行政のイニシアティブで協議会の設立・運営をおこない、民間のコーディネーターとともに事業化の検討をおこなってきましたが、静岡の事例では、NPO法人アースライフネットワークと静岡市環境総務課による共同提案が環境省の支援プログラムに採択され、既設の協議会「ストップ温暖化! 清流の都しずおか創造推進協議会」のもとに事務局を設置し、NPOスタッフと市職員がコーディネーターとなり、共同で事業化の検討をおこなってきました。
静岡では、こうしたNPOと市行政の共同イニシアティブのもとで体制をつくり、2011年秋から太陽光発電の検討をはじめ、約1年半という短期間で事業化を実現させるまでにいたりました。まずは、その事業スキームの概要をみていきましょう。
コミュニティソーラー事業
しずおか未来エネルギーは、「地域に住まう“みんな”で創る、地域のための再生可能エネルギー」をコンセプトに、地域に根ざした自然エネルギーをつくり出す事業の第1弾として、静岡市内の動物園、サッカースタジアム、市民活動センターの3か所に合計約150kWの太陽光発電を導入し(総事業費約8,000万円)、固定価格買取制を活用して2013年春から売電事業をはじめました。事業スキームは下図の通りです。
事業スキームの特徴として、売電事業としては小規模であるものの、多くの市民が集まる象徴的な場所に設置し、NPOとのパートナーシップによる環境教育プログラムや普及啓発活動と組み合わせている点があげられます。
資金調達の面では、地元金融機関である静清信用金庫が、事業評価にもとづいて、担保なし・保証人なしで4,000万円の融資をおこなっている点があげられます。設立されたばかりの事業主体の太陽光発電事業に信用金庫が担保なし・保証人なしで、いわゆるプロジェクトファイナンスに近いかたち(ノンリコースファイナンス)で融資をおこなうということは、わたしの知るかぎり前例はなく、国内の地域自然エネルギーファイナンスではもっとも先端的な取り組みのひとつであるといえます。
また、資金調達の面でのもうひとつ特徴として、一口5万円の小口市民出資スキームで2,000万円を調達している点があげられます。これまで国内で実施されてきた自然エネルギー事業への市民出資は、一口10万円や50万円が標準的な単位となっていましたが、この事例ではマイクロ投資を手がけるミュージックセキュリティーズ社とのパートナーシップのもと、一口5万円という小口のスキームを構築しました。
このように、しずおか未来エネルギーによるコミュニティソーラー事業は、いくつかの点で地域エネルギー事業の新たなブレイクスルーを達成しましたが、それは検討プロセスで次々と現れる課題を地域のステークホルダーとともにひとつひとつ乗り越えてきた成果であるといえます。
試行錯誤のプロセス
環境省の支援プログラムでは、アースライフネットワークと静岡市の担当スタッフがコーディネーターとして体制づくりと事業計画の作成をおこないました。事業の検討プロセスでは数多くの課題が浮上しましたが、そのなかでも下記の3点が主要な挑戦となっていました。
第1に、事業規模とコンセプトが確定するまでに多大な試行錯誤をようしたことがあげられます。当初、プロジェクト検討チームは、固定価格買取制の導入を視野にいれ、公共施設の屋根に可能なかぎり太陽光発電を導入することを検討しました。固定価格買取制は、事業者が適正な利益を生み出すことが可能な水準で売電価格を設定しているものの、規模が大きいほどkWあたりの設置コストは下がり、事業が成立しやすくなります。そのため、売電事業としての太陽光発電は1,000kW=1MW(メガワット)を単位とするメガソーラー事業を検討する動きが一般的に多くなっています。
このプロジェクトでも、当初は公共施設の屋根を利用した大規模な事業の検討をおこないました。しかし、施設の構造上の問題や過去の防水工事、今後の補修計画などから設置可能な施設はかぎられてくることがわかりました。
そこで、コーディネーターたちはこの事業をなんのためにおこなうのか、この事業は市民にとってどういった意味があるのかを改めて考えることになりました。さまざまな議論を積み重ねた結果、固定価格買取制によって進みつつある多くのメガソーラー事業のように事業性を追求して規模を大きくするのではなく、この事業ではひとつひとつが小規模であっても、地域の多くのステークホルダーがかかわり、継続的に市民が自然エネルギーを発展させていくきっかけになることをめざす方針に決めました。
このような事業コンセプトにもとづいて、導入可能かつ事業性を確保できる施設に絞り、第1弾事業として先述の3ヶ所約150kWの事業へと規模と設置場所を確定させたという経緯がありました。
第2に、公共施設への設置にあたり、行政内部で各部署との連携に多くの議論を積み重ねてきたことがあげられます。長野県飯田市のおひさま進歩エネルギーをはじめとして、公共施設の屋根を利用して民間事業者が太陽光発電事業をおこなう先例はすでにあるものの、ある地域ですでに先例が存在するからといって、かならずしもすべての地域でそれがすぐに可能となるわけではありません。
公共施設の屋根の利用にあたっては、事業者の選定方法や使用料金、使用許可期間など、きわめて具体的に詳細項目を定め、行政手続きにのっとって進めていく必要があります。そして、そういった詳細項目や使用条件を具体的に確定させていく作業は、担当部署である環境総務課だけで決めることはできず、管財関係部署や建設関係部署など、多くの部署を横断した調整が必要となります。しかし、官僚制機構である自治体において、そういった部署横断的な調整はかならずしも簡単ではありません。
実際に、市行政のコーディネーターが関係部署に事業の相談をおこなったときは、当初はいずれも難色をしめされていました。それでも、コーディネーターがこの事業の目的や公共的な意義、検討の進捗状況を継続して関係部署と共有するなかで、それぞれの役割の必要性が明確になり、最終的には市の公共施設において、しずおか未来エネルギーが優先的かつ低額(原則無料)で利用できるよう、静岡市・アースライフネットワーク・しずおか未来エネルギーの3者で協定書を結ぶにいたりました。
なお、これらの調整にあたったコーディネーターは「いままで役所のなかでためてきた貯金(行政内部での信頼関係の蓄積)をすべて使い果たしました」とのコメントを残しています。
第3に、理念を追求すればコストが上がり、コストを追求すれば理念を妥協しなければならないというなかで、いかにして両者を統合してビジネスモデルとして成立させるのか、さまざまな知恵と工夫を積み重ねてきたことがあげられます。
プロジェクト検討チームは、地域に根差した取り組みを理念にすえて小規模太陽光発電のビジネスモデルを選択したものの、規模が小さいがゆえにメガソーラー事業のような大量一括発注によるスケールメリットが働かず、設備調達コストを下げることは非常に難しいことがあきらかになりました。それでもなんとか設備調達コストを下げるべく、さまざまな可能性を追求し、また、たんに設備そのものの価格だけでなく、長期的なO&M(オペレーション&メンテナンス)まで対応できるパートナーと組むことが重要であるということも考慮した結果、地元企業の鈴与商事による技術協力をえて、事業が成立する水準までコストを低下させることができました。
さらに、設備調達コストだけでなく、資金調達コストをいかにして抑えるかも重要な検討ポイントとなりました。プロジェクト検討チームでは、当初から資金調達については工夫する必要があることが念頭にあり、検討の早い段階から「事業評価にもとづく、担保なし・保証人なしの融資」という条件を設定したうえで、複数の金融機関と相談をはじめていました。そして、最終的に先述の静清信用金庫による融資が実現しました。
小口市民出資スキームによる資金調達については、まさに理念とコストのジレンマのなかで悩み抜いた末に実現しました。市民出資は、より多くの市民が直接自然エネルギーにかかわることができる「参加の手段」として大きな意義がある一方、ファンドを組成する側から見た場合、一口あたりの金額を大きくして、少ない口数で集めることができれば資金調達コストを下げることができます。しかし、「参加の手段」としての意義を重視すれば、一口あたりの金額を小さくして、より多くの人に出資してもらうことが望ましくなります。そして、その場合は募集口数が増えることとなり、募集口数が増えればその分だけ事務コストも増えるため、当然ながら資金調達コストは上がります。
そのようなジレンマのなかで、プロジェクト検討チームは再び事業コンセプトに立ち返り、「この事業ではより多くの市民の参加によってプロジェクトを実現させるべき」との方針を決め、実現可能な水準を見極めたうえで、一口5万円という小口市民出資スキームによる資金調達を実施しました。
これらは、あくまでも事業化検討プロセスで浮上した課題に対する挑戦のごく一部なのですが、それでもそこにはさまざまな人々の知恵と工夫を総動員した試行錯誤のプロセスがあったことが理解できます。
しかし、もしかしたら「約150kWの小規模太陽光発電事業にそれほど手間をかけてやる必要があるのか?」と考える人もいるかもしれません。では、これだけの手間をかけてきたこの取り組みからえられたものとはなんなのでしょうか。
信頼関係を積み重ねる
静岡での取り組みからえられたものは、約150kWの太陽光パネルが生み出す電力に留まらない、地域の当事者たちの信頼関係にもとづく「コミュニティパワー」であるといえます。
世界風力エネルギー協会は、下記の3つのうち、少なくとも2つを満たす自然エネルギープロジェクトを「コミュニティパワー」と定義しています。
- 地域のステークホルダーがプロジェクトの大半もしくはすべてを所有している
- プロジェクトの意思決定はコミュニティに基礎をおく組織によっておこなわれる
- 社会的・経済的便益の多数もしくはすべては地域に分配される
この3つの観点から見た場合、まず、しずおか未来エネルギーのコミュニティソーラー事業の資金構成の1/4はしずおか未来エネルギーの自己資金、半分は地元金融機関からの融資、そして、残りの1/4の市民出資のうち過半数は静岡市民からの出資によるものであることから、このプロジェクトは、1の「地域オーナーシップ」を満たしています。
つぎに、このプロジェクトが実現するにいたるまでの無数の意思決定は、地域に基礎をおくアースライフネットワークと静岡市環境総務課から構成されるプロジェクト検討チームによっておこなわれ、その検討状況は地域の主要なステークホルダーが集う協議会の場で随時共有されてきました。このことから、このプロジェクトは、2の「地域意思決定」も満たしています。
そして、このプロジェクトの大半が地域のステークホルダーに所有されていることから、当然のことながらプロジェクトの経済的便益は地域に分配・還元されています。さらに、このプロジェクトは多くの人が集まる場所での設置を活かして、自然エネルギーの普及啓発と環境教育プログラムの実施を予定しており、これはつぎの世代の環境エネルギーの担い手を育成するという意味で社会的便益を生み出す可能性があります。このことから、このプロジェクトは、3の「社会的・経済的便益の地域分配」も満たしています。
以上のことから、しずおか未来エネルギーのコミュニティソーラー事業は正真正銘の「コミュニティパワー」であるといえます。しかし、このプロジェクトに取り組んだ当事者たちには、定義に照らし合わせた形式的な意味以上の「コミュニティパワー」=「信頼関係の積み重ね」が生まれたのではないかとわたしは考えています。
たとえば、この取り組みがはじまる以前から静清信用金庫とアースライフネットワークはCSR活動で協働してきたという背景があり、コミュニティソーラー事業ではCSRではなく、金融機関の本業である融資というかたちで協力関係が築かれました。これは、すでにあった信頼関係がプロジェクト実現のカギであったことを意味すると同時に、そこに新たな信頼関係が積み重ねられていることを意味します。しずおか未来エネルギーの事業報告会での静清信用金庫の担当者のコメントが、これを象徴していました。
「(融資に担保はとらないが)これまで積み上げてきた信頼関係こそ最大の担保であり、今回、本業で協力できることをうれしく思います」
本稿で見てきたように、地域のさまざまなステークホルダーが参加する自然エネルギー事業を実現させるには、複雑な現実の課題をひとつひとつ具体的に解決しながら、また、なんのためにその事業を実現させるのかを何度も問い返しながら進めていく必要があります。そういった作業は、もちろん手間もコストも時間もかかるのですが、静岡の取り組みを見てわかるように、試行錯誤した分だけ何事にも替えることのできない社会関係資本を生みだす可能性があるといえます。
関連映画
作品名:パワー・トゥ・ザ・ピープル ~グローバルからローカルへ~
原題:Power to the People
制作:VPRO
監督:サビーヌ・ルッベ・バッカー
配給:ユナイテッドピープル
オランダ/2012年/49分
この映画は、以前シノドスにもインタビューを掲載したデンマーク・サムソ島で100%自然エネルギーを実現させたソーレン・ハーマンセンをはじめとして(デンマーク・サムソ島で100%自然エネルギーを実現 ソーレン・ハーマンセン氏インタビュー https://synodos.jp/international/1747 )、欧州各地で立ち上がりつつある地域の自然エネルギーの取り組みを追ったドキュメンタリー映画です。いまなぜ大規模集中型から小規模分散型へエネルギーと社会のあり方が変容しているのか、人々はどういった動機でこうした活動に取り組むのか、さまざまな手がかりを提示してくれる映画です。
なお、この映画はユナイテッドピープルの配給により自主上映会の開催が可能です。また、クラウドファンディングを利用して全国上映運動もはじまっています。
パワー・トゥ・ザ・ピープル
パワー・トゥ・ザ・ピープル全国上映運動クラウドファンディング
プロフィール
古屋将太
1982年生。認定NPO法人環境エネルギー政策研究所研究員。デンマーク・オールボー大学大学院博士課程修了(PhD)。専門は地域の自然エネルギーを軸とした環境エネルギー社会論。