2018.05.15
土地差別――なぜ、同和地区を避けるのでしょうか?
1.同和地区の問い合わせー東京でも今なお堂々と
2017年5月8日、大手不動産会社(従業員7401名からなる株式会社の不動産事業部門を担う子会社)の社員が、江戸川区役所に「江戸川区の〇〇(地名)というところは同和地区ですか?」との問い合わせを行った。転勤で東京に住まいを確保したいという顧客からの質問を受け、インターネットで調べてみたがわからなかったので、こともあろうに区役所に問い合わせをしたのだという。
不動産物件が同和地区のものであるのかどうかを調べたり、購入にあたって同和地区の物件を避けたりするなど、部落あるいは同和地区(ここでは以下同和地区と表現する)と呼ばれてきた土地は他の場合には見られない不当な扱いを受けている。部落差別の現れ方の一つで、結婚差別、就職差別などとともに部落問題の核心にかかわる差別行為である。これを「土地差別」と呼んでいる。
東京では以前に、マンション建設会社社員が区役所に地図を持ち込み、同和地区を確認する事件や、不動産仲介業者が同和地区の所在地を部落解放同盟東京都連の支部役員に質問するという「信じられないような事件」さえ発生している。全国的にそして今日でもこのような事例は枚挙にいとまがない。そのあまりにも堂々とした差別者の姿に、土地差別が当たり前の行為として社会にまかり通っている現実を思い知らされる。
2.宅建業者の証言
図1は、それぞれの府県が当該地域の宅建業協会及び全日本不動産協会と連携して行った人権に関する実態調査の結果である。そのうちこれは、日常の営業の中で顧客や同業者から「物件が同和地区のものであるのかどうか」の質問を受けた経験をたずねた結果である。
いずれの府県においても4割前後の宅建業者がこうした質問(調査)を受けたことがあると答えている。土地差別の実態は全国的に、しかも日常的に私たちの身の回りで生じていることがうかがえる。
3.土地差別と土地価格問題
不動産もそれが商品である以上、需要と供給の関係において価格が形成されていく。土地差別の現実は、同和地区の土地に対する市場の需要を抑えこみ、結果として同和地区の土地価格を相対的に引き下げている。これが土地差別と連動した土地価格問題である。土地所有者にとっては資産に対する差別であり、融資を受ける際の担保物件評価においても不利な取り扱いを受けることとなる。部落差別は地面にまでしみ込んでいる。
図2は、2017年11月に実施された三重県における宅建業者に対する人権に関するアンケート調査の結果である。「同和地区内の物件と同和地区外の近傍類似地の物件とでは、実勢価格の差はありますか」との質問に、はっきりと「差はある」と回答したものが27.3%に達している。「差はない」の14.1%に比べると1.9倍になっている。
「同和地区の土地は近隣に比べて安い」という話をあちらこちらで聞くことがある。何の疑問や不思議もなく半ば当たり前のように受け止められている「常識」に土地差別問題の根深さを感じる。【次ページへつづく】
4.同和地区出身者とは誰のことか
ではなぜ、そこまで同和地区の土地は避けられるだろうか? それが部落差別であると言ってしまったところで詮(せん)無い話である。
こうした忌避意識を考える上で興味深い調査結果がある。2010年に大阪府が実施した府民に対する人権意識調査と2009年に近畿大学人権問題研究所が学生に行った人権意識調査の結果である。2つの調査はいずれも「一般的に、世間ではどのようなことで同和地区出身者と判断していると思いますか」という同じ質問を設けており、表1はその回答結果である(いずれも複数回答可)。
同和地区出身者かどうかの判断基準が実にさまざまであることにまず驚かされる。しかしそこに共通したものが貫かれていることも見えてくる。それは当該人物と同和地区とされてきた土地と関りの有無で同和地区出身者かどうかの判断がなされているという点である。
その基準となる土地が現住所であろうが本籍地や出生地であろうが、また判断対象となる人物が本人であろうがその父母や祖父母であろうが、要するに同和地区という土地と何らかの関りを有する人やその家族を「同和地区出身者」と見なしている現実を調査結果は教えている。
5.見なされる差別
ところで私たちは誰しも部落差別を受けたいなどとは思わない。「差別を受けたくない」という思いはすべての人に共通する当たり前の意識である。この思いと、その部落差別の対象となる「同和地区出身者とは誰か」という自分自身の基準が交差するとき、自分の基準に基づいて「自分は同和地区出身者と見なされないようにしよう」という意識が生じる。つまり、同和地区の土地とのかかわりを持つことへの警戒であり回避である。市民のこのよう意識が土地差別問題の根底に流れている。
注意を要するのは、この意識はストレートに同和地区を避けているという直接的な差別意識というよりは、「同和地区出身者と見なされること」を避けている点である。「そんなことをすれば同和地区出身者と見なされるかもしれないよ」という市民が市民の視線を感じ取り、お互いがそれに縛られながら「同和地区出身者と見なされる可能性」を回避していくという、市民と市民との関係、市民と社会との関係において土地差別を支える意識が組み立てられている。
こうして、部落差別を助長するつもりなど意図していない多くの市民が、悪気なく部落差別(土地差別)という神輿(みこし)の端っこを知らず知らずのうちに担いでしまっているのではないだろうか。
6.取り組み
土地差別問題の解明は、部落差別がしぶとく生き残っていく社会構造の重要な一端を教えてくれる。これにどう立ち向かっていくのかについては別の機会に譲る。ここではこうした現実に対する大阪府と三重県での取り組みを紹介しておく。
大阪府では1991年以来6年おきに宅建業者に対する人権問題実態調査が実施されている。また2006年から始まった宅地建物取引業人権推進指導員制度は、2017年度より「宅地建物取引業人権推進員制度」へと発展し、同和問題や外国人・障害者・高齢者等への入居差別問題などを正しく理解するための同推進員養成講座がスタートしている。さらに興信所や探偵社による部落差別身元調査などを規制するために制定された「大阪府部落差別事象に係る調査等の規制等に関する条例」(1985年)を改正し、「土地調査等を行う者」に対して「調査又は報告の対象となる土地及び周辺の地域に同和地区があるかないかについて調査し、または報告しないこと」などが追加された(2011年)。
三重県でも2011年に宅建業者に対する人権問題実態調査が実施され、2017年に第2回目が行われた。ここでは県と三重県宅建協会、全日本不動産協会三重県本部が共同で「わたしたち宅建業者は同和地区の所在に関する質問にはお答えしません!!」とのステッカー(縦10.5×横30cm)を作成し、それぞれの営業所で顧客に見えるところに掲示する取り組みが進んでいる。これ以外でも近年、各地で取り組みが進められている。
2016年12月に部落差別の解消の推進に関する法律が制定、施行された。その第6条には「部落差別の実態に係る調査の実施」を行うことが規定されている。土地差別問題の深刻な状況と部落差別解消におけるこの問題の重要性を踏まえて、国(国土交通省)においても全国的な実態調査を実施すべきであろう。そしてその結果を踏まえて、第5条にある「部落差別解消に関する施策を講じる責務」を果たすべきではないかと強く思う。
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プロフィール
奥田均
関西大学文学部教育学科卒業。関西外国語大学教員などを経て近畿大学人権問題研究所教授。博士(社会学)。一般社団法人 部落解放・人権研究所代表理事。『差別のカラクリ』(解放出版社)など。