2012.03.12
介護保険、報酬の抑制はせめて美しく ―― 改定で疲弊する現場
報酬改定のうんざり感
かつて働いていた会社では、「1円稟議」というルールがありました。事業拠点で購入するものは1円以上すべて稟議書を必要とするというものです。コストを抑える方法としては、このように、手続きを煩雑にするというやり方は有効です。具体的には、書面の形式、内容、署名捺印、添付書類、期限などのルールをできるだけ細かく厳格に定めます。融通の効かないサディスティックな担当者を窓口に配置するとさらに効果的でしょう。もはや面倒なので数百円なら自分たちで払ってしまう。申請すること自体への自主的な抑制効果が生まれるわけです。
でも、こんなことをしたら、間違いなく従業員のモチベーションは下がり、本社への不満はたまります。ルールを守ることのうんざり感。守らせる側の嗜癖は満たせるのかもしれませんが、つき合わされる方はたまったものではありません。また、必要物品などは上ですべて決定し支給するとなれば、従業員はなるべく考えないように習慣づけられるでしょう。
介護保険は今春、4度目の報酬改定が行われます。改定の内容をみるたびに、わたしはこの「1円稟議」を思い出し、そしてうんざりします。「介護の社会化」を掲げて、「共同連帯」の理念のもとに始まった介護保険。せっかく利用者や介護家族の役に立つ制度であったのに、巧みな利用抑制を仕込んだ複雑怪奇保険に変わっていくのは残念でなりません。
今回、表向きは1.2%のプラス改定(800億円)といいます。ただ実態は、これまで公費で賄われていた介護労働者処遇改善交付金(1900億円)を保険報酬に組み込んだため、1000億円以上のマイナスになっています。高齢者の自然増を考えてもプラスになるはずのところを抑制するわけですから、さまざまな手が尽くされています。数え上げれば、単価の基準となる時間区分を減らしたり、ずらしたりして単価を下げる。複雑な加算・減算をつくり、取得のハードルを上げる。線引きを増やすことで、看護と介護、都心と地方などを分断していく。さらに利用者と事業者との利害を直接向き合わせ、自主的に抑制させる…。
訪問介護とデイサービスを強迫するもの
訪問介護の単価の基準となる時間区分は、これまで生活援助では30分以上60分未満(2,290円)、60分以上(2,910円)の区分でした。それを改定後は、20分以上45分未満(1,900円)、45分以上(2,350円)へと変更(単価は地域区分「その他」の例。以下同じ)。これまで60分以上では、90分を目安に生活援助を提供してきたものの、今後は45分以上どれだけ行っても2,350円となります。そのため、事業者としては当然、60~70分程度に抑えようとします。ただ利用者は、これまで90分だった内容を「ルールが変わった」という理由で減らされるのは納得しがたい。厚労省はニーズを適切に判断するようにとしか言いません。結局、現場で、利用者と事業者との利害がぶつかり、どちらがより泣くのかを競わされるわけです(ケアマネジャーが仲介しますが、板ばさみに泣く)。
デイサービス(通所介護)については、これまで6時間30分の利用者が多く、単価の区分は6時間以上8時間未満(9,010円)に入っていました(単価は要介護3.通常規模型デイ。地域区分その他)。それが今回は、区分の仕方が、5時間以上7時間未満(8,140円)、7時間以上9時間未満(9,370円)へと変わりました。事業者は時間の延長か減収かを迫られます。そうなると、人員のシフト制(早番・遅番)を導入し、ただでさえ帰りたいと訴える利用者に、さらに1時間いてもらい収入を確保するのか、負担を考えると割に合わないと判断し、従来通りの運営で単価の切り下げに甘んじるのか、という選択肢となります。実際は、前者が多いようですが、(家族は喜びこそすれ)、本人のニーズの評価は後回しです。(ちなみにデイケア(通所リハビリテーション)は時間区分は変わらず、単価だけが下がりました。6時間以上8時間未満で9,950円から9,700円です。)
以上のような基本単価を抑える代わりに、条件付きの加算を増やしてはいます。ただ、加算を取るために必要な、人員の配置や計画書の作成、担当者会議の実施などは、厚労省の出す基準や解釈通知を読み込むだけでも大変なものです。介護保険にかかる費用を抑えたいのでしょうが、制度を複雑でわかりにくいものにすることは、かえってみえない社会的コストを上げています。
今回の改定によって、短時間で効率よく回らなければいけないホームヘルパーや、逆に長時間働かなければならないデイサービスの介護職など、報酬に比して現場にとっては明らかに労働強化です。それに加えて、直接介護以外の間接部門での負担も、以下にみるように、途方もなく肥大化していっていると感じます。
単価と収支をにらみ、事業計画を急いでつくり変える負担、オペレーションや人繰りを変更する負担、利用者への説明とケア内容の細かな見直しと、契約をあらためて取り交わす負担、生活援助20分・45分・70分、身体介護20分・30分・60分・90分(そしてそれらの組み合わせ)など、勤怠管理と実績管理の負担、給与計算の変更と説明の負担、仕事に倦み離職する人材を補うための採用と再教育の負担、請求事務とシステム会社の負担、チェックする国保連の負担、事業者や利用者に対応する自治体の負担、解釈通知を重ねQ&Aを出しつづける厚労省の負担、そして納得頂けない利用者へ説明を繰り返す事業者の負担……。
介護保険を運営するための保険料や税金はかぎられており、今後ますます絞っていかざるを得ないわけですから、介護の質を上げていくためには、何より直接、利用者をケアする部分に手厚く投下されていかなければなりません。制度はむしろなるべくシンプルにわかりやすくし、間接部門にかかる負担を大胆に減らしていくことが切に望まれます。
医療と介護の連携を「地域の病院化」にしないために
昨今、わたしの事業所でも、訪問介護で自費を組み合わせながら、看取りまでに至るケースが増えてきました。ヘルパーには、容態の変化に応じた介護や吸引等医療的ケアの手技はもちろん、本人や家族の精神的なケアや自らのストレス管理、訪問の医師や看護師との細やかな情報共有が求められます。
今回、訪問看護の単価は20分未満2,850円から3,160円に上がり、30分未満4,250円から4,720円に上がりました。訪問看護師も数が不足しているので、上がるのは望ましいことです。対して訪問介護(身体介護)は新設の20分未満が1,700円と相当低く、30分未満は2,540円と現状維持であったため、看護との格差が開いています(なお60分未満は看護8,300円/介護4,020円。90分未満では看護11,380円/介護5,840円)。いわゆる重度で医療ニーズの高い人の暮らしを地域で支えるとすれば、当然、訪問介護の内容も質の充実が求められます。
実際4月からは、これまで看護師にしか認められていなかった吸引や経管栄養などの医療的ケアが、ヘルパーの行う身体介護の中にも位置づけられました(*1)。看護師が、医療的ケアを必要とする利用者の計画作成やヘルパーへの助言を行う場合、訪問看護事業所には2,500円/月が「看護・介護職員連携強化加算」としてつきます。一方、実際に現場で、従来看護師が行っていた吸引等を担う訪問介護事業所については、これまでと報酬がまったく変わりません(特定事業所加算の要件に加えられていますが、現実的には意味がないです。ちなみに障がい者の分野(自立支援法)ではヘルパーによる痰の吸引について1日1,000円つきます)。
(*1)実際は医療行為を行うことは違法とされつつも、ALSなど患者当事者団体の運動の結果、看護師不足や家族の負担を鑑みて、当分の間「違法性の阻却」として、ヘルパーによるたんの吸引などは容認されてきた経緯があります。
同様に、訪問看護には、ターミナルケア加算や特別管理加算(対象はがん患者や、在宅酸素療法や褥創の処置のある人など)がさらに手厚くなっている反面、同じ状態にある人を介護し、清拭・入浴など清潔の保持、排泄や食事のケア、服薬や薬の塗布、ガーゼ交換などの介助、状態の観察、そして痰の吸引など、看護師と重なる内容を行い、さらに精神的なケアも含めた、痛みの緩和や生活のトータルな支援ではより深く関与しうる訪問介護への評価は低いまま、というのも理解しにくいところです。
ドイツでは、在宅でのヘルパーの報酬や評価は、看護師と同程度まで上がっているといいます。今回の改定では基本的視点のなかで、「在宅生活時の医療機能の強化」が謳われていますが、病院で行われている処置や症状管理を、在宅でも行うといった発想にとどまらず、たとえば食事療法や衛生管理などは、それぞれ個人や家庭の価値観をより尊重したかたちで組み立てていくことが望まれます。看取りにおいては、重装備な医療機能を積み上げるのではなく、最低限、痛みをなるべく緩和することができれば、あとはただ側にヘルパーがいるだけで充分ということもあるでしょう。
医療的管理を生活に組み入れることで、地域を病院に、自宅を病室にするのではなく、むしろその人らしい生活を後押しするための在宅支援のあり方を考え、推進していくことも望まれます。治療や延命を目的とした医療は、患者像の変化にともなって自ずとその役割を変えています。治らないのに、そして当事者に望まれないのに、システマティックに提供されるような処置は和らげていくこと、医療機能自体の見直しも必要かもしれません。利用者の生活にもっとも近い訪問介護の役割は、訪問看護と同様にもっと評価されてよいのではないでしょうか。
効率化を行うべきところ
ところで今月のはじめ、介護保険報酬を請求するために、やむなく秋葉原まで出かけなければいけませんでした。フロッピーディスク(!)を探すためです(以下FD)。ご承知のように、FDなどというメディアは90年代のもので、いまや近所の電気屋や量販店を探しても在庫は一切ありません。秋葉原でもなかなかみつからず、ようやく町はずれの1軒にだけ置いてありました(お店の人は政府のナントカ用に求めていく人しかいないと苦笑いでした)。驚くべきことに、国保連(国民健康保険団体連合会)への請求は、データ伝送を行わない場合には、紙媒体またはFD、FD以外であれば、MOディスク(!)を使うように、2012年の今でも指導されています。
当然、通信回線を利用したデータ伝送を行うべきですが、その回線はなんとISDNに限定されているのです。国保連は、IT遺産を保存する活動でも行っているのでしょうか。事業所の多くは実績管理と保険請求のソフトを導入しており、伝送の部分まで一体でソフト会社が担っているところは問題ないのでしょうが、わたしの事業所で使っているソフトは伝送機能まではありません(*2)。通常の通信はフレッツ光を使っています。伝送をするためには、わざわざ、ISDNを1回線別に引かなければならないのです。
(*2)このソフトはASP型ではメジャーなもののひとつで、全国3,500ヶ所以上の事業所で導入されているといいます。
ネット上では伝送を代行する会社もありますが、月額1,000円から2,000円かかります。請求を行うために、事業者の負担で年に12,000円以上もの出費をするのはいかにも悔しい。そのため、昔使っていたFDのデータを消去し、毎月昔のパソコンを押入から引っ張り出してきては、USB経由でFDに落とし、国保連に提出してきました。これだけでも手間です。古いものであるために壊れているFDも多く、とうとう手持ちの在庫がなくなってしまい、秋葉原で購入せざるを得なかったわけです。
国保連に相談すると、USBで直接国保連に持ってきてもらえれば、その場でFDに落として、提出することができるとのこと。1回は言われたとおり、電車を乗り継ぎ国保連へUSBをもって行き、そこで窓口で担当者を呼んでもらい、FDを(ご好意で)もらってデータを落とし、提出しました。往復2時間。メールで送れば2秒で済むところです。たくさんのFDやMOが集まっているはずなので、返してもらいたいと言うと、それは許されず、すべて庁内で破砕するそうです。もったいない話です。
紙媒体を使う方法もありますが、数十枚も出力する手間と用紙がもったいないことと、さらに提出したものはOCR等で読みとるのではなく、すべてデータ入力会社に回して手入力をするそうです(間違いがないともかぎらないのであまり勧めないとのこと)。あまりの非効率と無駄の多さに、めまいがします。
ちなみに、障がい者サービス(自立支援法)では、国保連への請求は伝送も含めて無料の簡易ソフトが提供されており、光回線で問題なく行うことができます。どうして介護保険ではできないのか、理解に苦しみます。
国保連といえば、請求事務のみならず、介護サービスの苦情解決も行う機関です。すべての介護保険事業者が利用者と契約時に取り結ぶ重要事項説明書では、必ず都道府県国保連の連絡先が苦情相談窓口として記されています。その足元で、請求媒体についての苦情を放置しつづけているとしたら、その信頼性も怪しいものとならざるを得ません。聞くと多くの事業者から苦情があり、都道府県から中央の国保連に上げ、さらに厚労省にも上げているけれども、なかなか改善しないそうです。担当者の話はそこで終わりでした。
今回の改定では、訪問介護をとにかく短時間に切り詰めようとしています。「限られた人材の効果的活用を図り、より多くの利用者に対し(中略)ニーズに応じたサービスを効率的に提供する」ためと説明されています。国の財政事情が許さないなか、事業運営の効率を上げ、報酬を抑制する努力は避けられないのでしょう。ただそれが、現場のヘルパーと利用者へのしわ寄せばかり優先して行われるとしたら間違っています。
保険請求事務の無駄には本当に強い憤りを感じます。問題を放置して先送りし、一度、無駄な仕事を増やしたら、ただ慣行としてつづける。改定を重ねるたびに複雑になる介護保険は、おのずと法令を解釈し、事業者を指導する立場の行政の権限と仕事を増やします(通知やQ&Aが次々出てきます)。介護の現場とは離れたところで、どれだけのコストと無駄がまた積み重なっていくのでしょうか。
仕事を増やさないと不安、行政の権限は強いほどいいという人は別として、結局は役所の人たちも忙しくして自らの首を絞めているようにしか思えません。
暮らしのシンプルな支え合いに戻るために
利用者の自立支援をいうのであれば、事業者の自立の支援、自治体(保険者)の自立の支援も同じように重要でしょう。いまは逆に、制度の複雑化と上意下達による浸透を通して、事業者や自治体の自立を阻んでいるように思えます(自治体によっては国以上に厳しい解釈をとり、事業者への指導を強める場合もあります)。利用者の生活に合った制度ではなく、制度に生活を合わせている。その結果、利用者の生活は制度のメニューと中身に規制され、逆に自立からは遠ざけられている。生活世界のシステム化ともいうべき事態に、どこかでこれを阻む手立てはないものでしょうか。
ひとつの方向性として、制度自体をもっとシンプルにしていくことが考えられます。たとえば、要介護認定は7段階から3段階へ、そしてさらに廃止へ、特養や老健・ケアハウス・養護・有老ホーム等はすべてサービス付き住宅へ、ホームヘルプは身体介護・生活援助の区別をなくしすべて30分単位または包括払いへ(*3)、デイサービス・デイケア(宅老所・コミュニティカフェ・サロン活動)等はすべて(自主運営の)サービス付き居場所へ、など、整理統合していくことが考えられます。役所の縦割りの窓口や部門を一本化していくだけで、書類も手続きも相当すっきりするでしょう。
(*3)長期的には、適正な報酬水準を確保した上で、障がいの「重度訪問介護」(パーソナルアシスタンス)のような制度が望ましいと考えます。
「地域包括ケアシステムの基盤強化」も改定の基本的な視点のひとつとしてあげられていますが、これは病院や施設や在宅事業者それぞれの機能を分化し、切り刻まれた専門性に合わせて、利用者を「流通させる」(『介護保険の謎』野坂きみ子)のではなく、利用者の生活を核として周囲との関係性次第で、必要な支援を提供し合う、ごくシンプルな営みを地域でつくり出すものとしなければいけません。
周辺的・間接的な部門の利害や既得権や思惑を少しずつ引きはがして、大本の暮らしに立ちかえっていくこと。システムを強化すること自体を目的とするのではなく、何より力を失い困難を抱える当事者をエンパワメントすることが目的であることを見失わないように、そういった考えをわたしたちヘルパーも事業者も自治体も国もシェアしていけるように願っています。
プロフィール
柳本文貴
NPO法人グレースケア機構代表。1970年新潟市生まれ。大阪大学人間科学部卒。在学中から障がい当事者運動に関わったのち、企業でヘルパー養成や派遣を行う。老人保健施設、認知症グループホームを経て、2008年グレースケアを設立。長時間・泊まりケア、娯楽ケア、医療的ケアなどの自費サービスと訪問介護、居宅介護(障がい者)、ケア付き住宅、研修事業などに取り組む。成年後見も受任。社会福祉士、介護福祉士、ケアマネジャー。著作に『ヘルパーが開く自由への扉』(月刊プリコラージュ2011年7・8月号)、『イラストでわかる介護記録の書き方』(成美堂)など。