障害者制度改革の重大な岐路

政治主導による画期的な委員会

政権交代後、先の障害者権利条約の批准、および自立支援法違憲訴訟団との和解を果たすためには、大きな制度改革が必要となることを政府与党も認識していた。そこで、和解に先立つ2009年12月、首相を本部長とする障がい者制度改革推進本部が立ち上がる。そして、内閣府では障がい者制度改革推進会議が発足する。この会議は24名の構成員のうち14名が障害当事者・家族という、我が国の障害者関連の審議会では初の、当事者が過半数を占める委員会であった。この人選を政府与党が了承した、ということは、少なくとも政権発足時には、与党もこの当事者主導の改革を応援していたことになる。「私たち抜きで私たちのことを決めないで」という政策形成過程への当事者参画が、障害者権利条約制定過程での議論から遅れること数年、ようやく日本でも具現化されたのであった。

以上、長い前口上を終えて、やっと総合福祉部会の話にまでたどり着く。私も構成員の一人をしている内閣府障がい者制度改革推進会議の総合福祉部会は、上記のプロセスのなかで、自立支援法に変わる新たな法律の骨格を提言するために、2010年4月に招集された。

この部会はこれまでの国の審議会とは大きく異なる委員会であった。普通、国の審議会とは、所管する官庁がその人事権と論点整理権を握っている。自立支援法に変わる新たな新法をつくる、のであれば、通常、厚労省が社会保障審議会を開いて議論を展開する。この際、誰を呼んで、どのような議論をさせるのか、の主導権はあくまでも官僚側が握っている。ゆえに、厚労省がコントロールできる範囲での議論が展開され、ときとして国の都合の良いように「まとめ」が修正された上で、答申される。ここから、御用学者やアリバイ審議会、なる批判が出てくる(*3)。

 

(*3)このあたりの審議会の内部事情については、ご自身も各種審議会のとりまとめ役をしてこられた森田氏の著作に詳しい。森田朗2006『会議の政治学』慈学社出版。

だが、筆者が関与した総合福祉部会は、上記の性質とは対極にあるものだった。厚労省の法律を変えるための審議会であるが、厚労省が人事権と論点整理権を取ると、現行法の枠内での改善にとどまってしまう。これを危惧した当時の政府与党幹部は、人事権と論点整理権を、親会議の所属する内閣府に託した。しかも、内閣府の障がい者制度改革推進担当室の室長には、前述の障害者権利条約の議論時に日本政府代表顧問を務め、障害当事者でもある東弁護士が民間任用された。つまり、人事権と論点整理権に、当事者側が大きくコミットすることができたのである。制度改革推進会議で当事者が過半数になったのも、この事情が大きく影響している。

そして、総合福祉部会では、厚労省側が推挙する人選と、内閣府担当室側が推挙する人選がほとんど重ならなかったので、結果的に55人の委員会という異例の大人数となった。だが、これは裏を返せば、自立支援法制定時の賛成派と反対派、あるいは厚労省審議会メンバーとそこから排除されてきた人びと、入所施設維持派と地域支援推進派、といった垣根を乗り越えて、障害者福祉に関する広範囲なメンバーが国レベルの会議で顔をつきあわせた、という画期的な会議であった。

 

 

何の約束が、どう反故にされようとしているのか

 

2013年8月の新法の施行のためには、2012年の通常国会で通過しなければならない。そう逆算すると、2010年4月に始まった部会の議論も、2011年8月末には骨格提言をしないと、厚労省としては法律案として書き込むことができない。そういう期限の決まった強行スケジュールであったが、上述の55人委員会は、介護保険法との統合を前提としないという条件下で、現行法からどう体系を変えることが、実現可能で本当に障害者の生活のために必要な支援につながるのか、をゼロベースで議論しつづけてきた。

そのなかで、これまで入所施設や精神科病院が最後のセーフティネットとして機能してきたという事実や、重度障害者が地域生活を求めても、社会資源が貧弱で暮らせない現実など、さまざまな実態が明るみに出た。また、難病や重度重複障害など、普段知られることのなかった異なる障害を持つ人のしんどさが、部会や作業チームの議論のなかでは共有され、現行法で解消されない支援の谷間や空白、格差を越える「あるべき姿」を構築するための議論が深まるようになっていった。

上記のプロセスを経て、2011年8月末にまとめた骨格提言では、現行法の問題点を踏まえた上で、障害当事者が求める「あるべき姿」がしっかり書き込まれた。その柱は次の6点である。

 

 

1,障害のない市民との平等と公平(=他の者との平等)の実現
2,現行法でカバーできていない制度の谷間や支援の空白状態の解消
3,自治体間、あるいは障害種別間による支援の格差の是正
4,社会的入院・入所や家族の丸抱え、といった放置できない社会問題の解決
5,介護保険のように「何ができる・できないか」という日常生活動作の査定ではなく、本人が「どのように暮らしたいか。そのためにどういう支援が必要か」という本人のニーズに基づいた支援サービス
6,OECD加盟国で下から5番目、という低い予算水準を打破し、障害者の地域生活支援を充実するための安定した予算の確保

 

 

それに対して、冒頭でも述べた2月8日の総合福祉部会で、この6つの柱からなる骨格提言をどのように法制度化するか、についての「厚生労働省案」が示された。その中身は、次のようなものであった。

 

イ、平成22年の自立支援法改正および改正障害者基本法によって、自立支援法の問題点や、あるいは自立支援法意見訴訟団との基本合意文章の内容の大半は解消できる。
ロ、自立支援法の平成22年改正が今年の4月から完全実施されることで、現場はそれに追いつくために必死の状況だ。ただでさえ制度改革が繰り返されたので、来年また制度が変わることについて、現場の反発や混乱は必死だ。また新法につくり変えるには、現行法の数千もの事項を変えなければならないので、現実的に大変だから無理だ。
ハ、自立支援法は医学モデル的だという批判もあったので、社会モデルを理念規定に入れる。難病の対象拡大やグループホームとケアホームの一本化、あるいは程度区分については今後5年後を目処に検討するなどの努力もした。できることから着実に、段階的計画的に実施して行きたい。

 

つまりは、自立支援法の改正案でほとんどの問題は解決できる。しかも新たな法律を制定したら、現場はまた混乱する。だから、自立支援法の本体はほとんど変えず、名称と内容を少しだけ手直しをすれば、それで皆さんが求めていた法律は実現できるはずだ。これが厚労省の「言い分」である。

これは、どう読んでも、上記の骨格提言に対する「ゼロ回答」であり、何も変えるつもりはない、という宣言でもあった。そして、以下は私の邪推かもしれないが、厚労省はこの半年間、したたかに上記の内容を国会議員に説明して廻り、「骨格提言のような壮大な内容は予算がないから無理だ」「野党も納得して法改正に協力するためには厚労省案しかない」と吹き込んでいたのかもしれない。与党の障害者制度改革に関するワーキングチームの主立ったメンバーからは、上記の厚労省案をそのまま容認するような発言が、漏れ聞こえてくる。そして、2月末には、厚労省案が追認されるかたちで?法制化に向けての与党案が了承され、3月半ばまでには閣議決定されようとしているのである。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.279 

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