「存在しない」サバイバーたち ―― セックス・労働・暴力のボーダーで(3/3)  

(*本稿では、現在「差別用語」とされている表現を、資料・記録の記述に即し、変更をせずに使用しています)

 

 

Sさんの部屋

 

施設長のYさんが、Sさんの個室のドアをノックする。

 

「部屋入ってもいいよ」

「いいんですか、見せてもらっちゃって」

「いいよ、きれいにしてるから」

「これ、さっき作業所で作ってたランチョンマットだね。うわー、刺繍の目がすごい細かい。そして裏側の処理がすごい丁寧」

「朝の9時から、夜の11時までやるよ。夜はここで、部屋でやるの」

「そりゃ、もう、職人だ」

「うん。次、作んないと」

 

Sさんの現在の部屋は、約6畳ほどだ。この婦人保護施設では一番広いタイプで、窓も大きくてベランダに出ることもできる。施設のスタッフが寄付を集めて、何年もかけて継ぎはぎで改装を重ねているので、個々の部屋の間取りや構造の差は大きい。

Sさんの隣の部屋は、たった3畳でベランダもない。ベッドだけで部屋の半分は埋まってしまっている。2年に一度の部屋替えでは、狭い部屋だった人が優先的に広い部屋に移れるようにするのだという。

 

音楽が好きだというSさんと、持っているCDの話をした。

話しぶりもしっかりしていて、現在の知的障害に対する制度の枠組み、医師診断書のADL判定や知能検査では、愛の手帳は取得できないだろうな、と話を聞きながら考える。

 

「ベランダの景色、いいですね」

「そう、この目の前の木は桜だから。春になると特等席」

 

Sさんは、部屋のベランダから数回ほど、飛び降り自殺を図っている。

Sさんが入所した際の保護理由は、「居所なし」である。売買春や性産業との接触経験はない。しかし幼少期から、家族からの虐待を受けてきた。その親の所在も、現在は全く不明だそうだ。

 

「Sさんのことを考えると、どこにも寄る辺がない、孤独な人というのが本当にいるのだと、いつもはっとするんです」

Yさんは、Sさんの部屋を出てからぽつりと口にした。

 

 

20代のサバイバーたちの素描

 

わたしは、福祉関連の作業所や授産施設などでは、賃金や売り上げ、経営の状況についてはできる限り訊くようにしている。だがこの婦人保護施設、M寮で、作業賃金の話をするのは違和感があった。

地域の近隣の住民の人たちが開講する「教室」は、ここでは、賃金労働として行われているわけではない。刺繍や絵画、写真などの教室は必ず参加しなければならないものではないし、就労訓練というよりも、外部の人たちと交流しコミュニケーションを重ねるトレーニングをするという要素のほうがずっと大きいように感じたのだ。

 

社会から侮蔑のまなざしを受け、暴力にさらされ続けてきた〈彼女〉たちは、ほとんど自身に対する肯定感や、社会参加経験を持っていない。記録簿の備考回答欄に並んでいた「自分なんていなくていい」「自分は汚い」の文字が頭をよぎった。

外部者に恐怖感を感じて、一言も話せない人もいる。「教室」を経て、M寮から高齢者福祉施設などにボランティアとして通って、就労トレーニングをしている人もいる。それぞれの人に、それぞれのペースがある。

 

M寮における、2000年代以降入寮、20代の若年利用者に限定して、〈彼女〉たちのデータとしての背景をもう少し記してみたい。

寮の記録から、2ケースのみを抜粋する。抜粋したものは、他のケースと比較して特異性があるものを抽出しているわけではない。ただ、手元にまとめてある2000年以降の年代順のリストの一番上と、一番下を選んだだけだ。

 

・ケースA

    29歳

    養育環境:両親に身体障害・歩行困難、貧困 / 脆弱な性意識(男性関係多)

    疾患の有無:精神疾患

    子ども:あり。児童養護施設へ預け

    入寮:2001年。在籍8年後にグループホームへ転居

 

・ケースB

    27歳

    養育環境:母死亡・貧困 / 風俗、被暴力経験あり

    疾患の有無:リストカット / オーバードーズ(薬物飲)

    子ども:あり。特別養子縁組

    入寮:2008年。在籍2年、死亡(引き取り手なし、無縁仏)

 

 

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