日本のホームレスの現状と課題

平成24年「ホームレスの実態に関する全国調査検討会」報告書が公表され、現段階の路上生活者の実態を統計データとして把握できるようになった。そもそもホームレスと呼ばれる人たちはどのような生活をしているのだろうか。そして、今後どういった支援が必要になってくるのだろうか。NPO法人自立生活サポートセンター・もやいの大西連氏にお話を伺った。(聞き手・構成/出口優夏)

 

 

ホームレスの定義

 

―― ホームレスとはどのような人を指すのでしょうか。

 

政府の調査などでは、「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」をホームレスと定義しています。一般的にも「ホームレス=野宿者」といったイメージが強いのですが、実態は必ずしもその図式にとどまりません。

 

もちろん、公園や河川敷などにテントを張って、なかば「定住」しているような方もいらっしゃいます。しかし一方で、野宿だけではなく、日雇いの仕事などをして収入があるときはネットカフェやサウナに泊ったり、友人の家に居候させてもらったりと、その日の仕事や手持ちのお金、置かれた状況に応じて、居所を転々としている方も多くいらっしゃいますね。

 

〈もやい〉など生活困窮者支援をおこなっている団体では、こういった「住まいが不安定な状態」の方のことを広義で「ホームレス状態にある方」と呼んでいます。

 

 

―― ホームレスの方はどれほどいらっしゃるのでしょうか?

 

今回の「ホームレスの実態に関する全国調査」では、9,500人程という数字になっています。しかし、これは政府の定義による「ホームレス」の実数であって、広義の「ホームレス状態にある方」の数字ではありません。

 

ホームレスというのは貧困状態の一形態に過ぎないですし、貧困状態そのものも可変的な状態のひとつにすぎません。先程少し触れたように、あるときは野宿していても、お金があればドヤ(安い宿)やネットカフェに泊まっているかもしれない。いまは仕事がなくても、来年はあるかもしれない。一口で貧困といっても、貧困状態の内実はとても多様で、その全体像を捉えることはむずかしい。

 

今回の調査に関しても、昼間に調査員が目視で路上を訪問し、見てホームレスと分かればカウントするという手法が取られました。調査方法自体いろいろ問題があり、議論があるところなのですが、しかしそれでも、1万人近くの方がホームレスとして生活していて、それ以上の実態の分からない多くの方が広義の「ホームレス状態」にある、と言うことができます。

 

 

―― ホームレスはいつごろから存在したのでしょうか。

 

以前より路上生活者の方は存在していましたが、バブル崩壊後に一気に増加したと言われています。高度成長期には、貧困層でも「日雇い」というかたちで主に土木建築関係の仕事に就くことができた。だから、東京の山谷、大阪の釜ヶ崎、横浜の寿町、名古屋の笹島といったいわゆる「寄せ場」では、そこにあつまった労働者に仕事をマッチングするという日雇いのシステム(青空労働市場)が成立していたりもしました。

 

しかし、バブルの崩壊とともに単純土木労働は減少し、日雇い労働者たちは仕事を失い、ドヤ(安価な宿)に泊まるお金さえなくなった。そこで、駅や公園で寝泊りする方が増えたんですね。当時、新宿西口の地下には「ダンボール村」と呼ばれる最盛期には200人程の路上生活者が集まるコミュニティが生まれたりもしました。

 

 

―― ホームレス支援というのはいつごろ、どこで始まったのでしょうか?

 

支援活動自体は古くからあると思いますが、ある程度の規模を持った組織的な支援が各地で本格的に始まったのは、バブル崩壊以降でしょうか。不況で仕事と住まいを失った「日雇い労働者」が駅や公園、河川敷などの人目に触れる公共の場で野宿をするようになり、「貧困」が可視化されたことが契機だと思います。

 

青島幸男都知事の時代になると、行政による野宿者排除が見えるかたちでおこなわれはじめました。たとえば、新宿駅から都庁に行くまでの「動く歩道」の設置工事もその一例です。「動く歩道」の設置によって、そこに住んでいた「野宿者」が追い出されて行き場をなくしてしまった。こういった行政側の「追い出し」「野宿者排除」は、手を変え品を変え、渋谷の宮下公園や地下駐車場、堅川河川敷など、現在もおこなわれています。

 

そういった行政の方針に対して、「家がなくて困っている人たちの居場所をさらに無くしていくのはどう考えてもおかしいだろう」、ということで支援団体は反対運動を展開しはじめました。その後、炊き出しや、夜回り、健康相談など、多様な支援活動が広がっていき、2001年に〈もやい〉も設立されたんですね。

 

〈もやい〉が設立されたころというのは、貧困の状況の転換期でもあります。携帯電話やインターネットが普及したことで、「寄せ場」にあつまらなくても短期日雇い労働をすることが可能になりました。これは、労働市場がwebを通じて誰でもアクセスできるようになり、普遍化してしまったことを意味します。

 

また、その後、製造業派遣が解禁になったことも加わり、非正規労働が若年層にも広がっていった。寮付きの派遣などは、いわゆる「飯場」(住み込みの建築現場)と変わりません。

 

こういった現象は、それまで社会の最下層であった「働き方」や「生活環境」が、それまでマイノリティ(一部の人のもの)であったにも関わらず、時代や社会環境の変化で不幸にも「一般化」され、メジャーな階層にも少しずつ拡がってしまったことをあらわします。

 

 

―― 具体的にホームレスの形態にはどういった変化があったのでしょうか?

 

それまで「貧困」は、一部の人のものであった部分もあると思います。いわゆるプロトタイプ的なホームレスは、「寄せ場」で日雇い労働をして、「ドヤ」に泊って、そこからあぶれると駅や公園で野宿をしていた。また、風貌や身なりも、「こわい」「くさい」「きたない」の3Kなど差別的な偏見の目にさらされてきました。

 

しかし、この間の変化は、そういった「見てわかる」ホームレスだけでなく、一見、ホームレス状態の方に見えない・分からない、若い生活困窮者が増加したことがあげられます。彼ら・彼女たちは、必ずしも毎日路上で寝泊りをしているだけではなく、仕事やお金があればネットカフェやカラオケ、友達の家に泊まっていることも多い。だから、その実態を把握しにくく、また介入もしにくくなっているという現状があります。いわゆる「ネットカフェ難民」と呼ばれている方々はここに含まれます。

 

こういった「見える貧困」から「見えない貧困」への変化とその拡大は、とても大きな転換であると同時に、それぞれの困難さの背景にある要因を見ていくと、さまざまな共通項と、本人の資質に帰すことのできない社会の課題が見えてきます。

 

 

onishi

 

 

 

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