2014.09.22

リーマンショック世代・ロスジェネ世代に希望はあるのか

近藤絢子 労働経済学

経済 #ロスジェネ#新卒一括採用

最近、人手不足のニュースを耳にすることが多くなった。求人数と求職者数の比率を示す有効求人倍率も上昇を続けており、完全失業率も3%台半ばにまで下がってきている。リクルートやマイナビの調査[*1][*2]によれば、来春卒業予定の大学生の7月時点の就職内定率も、 前年同月比で約6%上昇しているという。

しかし、思い出してほしい。5年前、リーマンショック直後の2009年には、完全失業率は5%を超え、「派遣切り」「ワーキングプア」といった言葉がメディアを賑わせていた。この就職超氷河期を経験した、2010年ないし2011年春に卒業した人たちは、今の景気回復の恩恵を受けることができているのだろうか。

過去の日本においては学校を卒業するタイミングで不況を経験した世代は、その後何年にもわたって、ほかの世代に比べて雇用が不安定で年収も低かったことが知られている。日本の労働経済学者たちはこれを「世代効果」と呼び[*3]、多くの実証研究がなされてきた。本稿では、こうした過去の研究からわかっていることを概観したうえで、リーマンショック後の就職超氷河期を経験した世代がこれからどうなるのか、どういった対策が必要なのかを考えてみたいと思う。また、その前の不況期に卒業した、いわゆるロスジェネ世代の現状についても見てみたい。

[*1] http://data.recruitcareer.co.jp/research/2014/07/20147-2015-ba68.html(2014/8/20閲覧)

[*2] http://saponet.mynavi.jp/enq_gakusei/naiteiritu/ (2014/8/20閲覧)

[*3] 余談だが、「世代効果」という言葉がしばしば学卒時の景気動向が持つ長期的な影響という意味で使われるのは日本だけである。こんなところにも、日本においては学校を卒業するタイミングで景気がいいか悪いかが一生を左右する度合いが高いということを反映されているのかもしれない。ついでにいうと、日本ではこの「世代効果」の存在は少なくとも1990年代にはすでに知られていたが、欧米で学卒時の景気動向が持つ影響の分析が多く行われるようになったのは2000年代に入ってからだし、日本ほど強く持続的な影響が残るという国は私の知る限りない。

「世代効果」研究でわかっていること

学校を卒業するタイミングで不況を経験すると、その後の雇用や年収にどう影響するか、という実証結果は、日本の労働経済学者の間では少なくとも1990年代半ばには知られ始めて、今日までにはかなりの研究蓄積が進んでいる。

実をいうと、私が共著者2人とともに7年前に書いたサーベイ論文が無料で全文読める。経済学の専門知識がなくても理解できる内容なので、具体的にどのような研究がなされてきたのかを知りたい読者は下記の論文をあたってほしい。

太田 聰一・玄田 有史・近藤 絢子 「溶けない氷河――世代効果の展望」日本労働研究雑誌、2007年12月号(No.569)

上記の論文で紹介した内容も含め、これまでなされてきた実証研究でわかっていることを大雑把にまとめると、学校を卒業する前の年(つまり就職活動をする年)の失業率が高かった世代は、

(1)ほかの世代に比べて平均的な年収が低くなる。景気が回復した後もその差は残る[*4]。

(2)新卒時点で正規雇用の職に就けないとその後長期間にわたって非正規雇用のままになってしまいやすいので[*5]、その世代の非正規雇用比率は長期にわたって高いままになる。

(3)正社員の職であっても、希望に合った仕事に就けなかった人が増えるため、その後仕事を辞める人が増える。

(4)学歴別にみると、大卒よりも高卒により影響が大きく、かつ持続的である。これは日本に特有の現象で、欧米の実証研究では、むしろ逆で、学卒時の景気が持続的に影響するのは大卒やホワイトカラーに限られるという結果のものが多い。

[*4] 使うデータによって多少数字が変わってくるが、上記の論文では、卒業前年の失業率が1%あがると、その後12年間の年収が、高卒男性で約7%、大卒男性では2~3%低くなるという結果になっている。

[*5] 具体的には、1985~97年の間に卒業した人たちを対象とした研究では、学校を出てから10年後に正社員である確率が、男性で47%、女性で28%下がるという結果が出ている。ただし、データが女性に限られるものの98年以降に卒業した世代を含む別の研究では、10年後に正社員である確率の差は17%となっており、近年はこの効果が弱まってきている可能性もある。

こうした現象が生じる原因としては、正社員、特に大企業の採用活動が新卒市場に偏っていることや、(今はそうでもないがかつては)長期雇用が前提とされていたため転職者が少なく、欧米に比べて転職市場が未発達なためにいったん就職した後でよりよい職に動いていくことが比較的難しいこと、などが挙げられている。

2000年代半ば以降の動き

ここで一つ注意しておきたいのは、これらの実証研究はすべて、過去のデータを用いたものだということだ。2000年代に入って、若年の雇用状況の悪化が注目され始めるとともに、新卒一括採用の問題点も広く知られるようになってきたが、それによってどのような変化が起こるのかはまだわからないのだ。

たとえば、日本学術会議は、2010年8月に出した「大学教育の分野別質保証の在り方について」という提言において、企業の採用における「新卒」要件の緩和、たとえば「卒業後最低3年間は、若年既卒者に対しても新卒一括採用の門戸が開かれること」(p60)を提案した。この提言は広くマスコミにも取り上げられたので記憶にある読者も多いだろう。

こうした提言や、現実に正社員の職を得られなかった既卒者の数が増えてきたことをうけて、企業の採用行動も変わってきた可能性はある。2000年代半ば以降に卒業した世代については、学卒時の景気の影響の持続性が弱まってくる可能性もあるのだ。

とはいっても、既卒や第二新卒の採用枠が必ずしも拡大しているとは言えないことを示す数字もある。厚生労働省の「労働経済動向調査」では、2008年以降毎年8月に、調査対象の事業所に新卒採用枠に既卒者が応募可能だったか、可能だった場合に採用に至ったかを尋ねている。最新の2013年調査と一番古い2008年調査を比べると、既卒者が応募可能な企業や採用に至った企業の割合はむしろ減少する傾向が見て取れる。

もっとも、冒頭で述べたように人手不足が目立ってきたことから、新卒採用だけでは十分な労働力を確保できない企業にとっては、既卒者に門戸を広げることで企業自体も得をする可能性は高い。労働市場の需給状況が比較的良好なうちに、「新卒」にこだわらない採用をする企業を増やしていけば、リーマンショック直後に卒業した世代はそれ以前の世代よりは円滑にキャッチアップしていけるのではないかと私は思っている。

ロスジェネ世代のことも忘れないで

最後に、リーマンショック世代よりも一回り上の、いわゆる「ロスジェネ」世代の話をしたい。1997年の金融危機のあと、雇用状況の悪化がもっとも深刻だった時期に労働市場に入ってきた世代だ。

若年雇用問題が今のように世間の注目を浴び始めたのは2000年代になってからなので、ロスジェネ世代が就職活動をしていた頃は、まだ若者の不安定雇用は本人の就業意識が低いせいだととらえる風潮が強かった。新卒後すぐに安定した職に就くことができなかった人たちに対する支援も今よりずっと少なかったはずだ。

この世代はいま30代になっているわけだが、統計を見ていて気になることがある。フリーターやニートなどが、30代で増えつつあるのだ。たとえば、雇用者全体に占める非正規雇用の比率は、15-24歳の男性ではほぼ横ばい[*6]なのに対して、25-34歳男性では、2003年の10.2%から2013年の16.4%へ、1.5倍に増加した。ニートは20代でも増えているが、30代も20代とほぼ同じペースで増えている[*7]。かつては「若年の問題」とされてきたことの多くが、今は30代で顕在化しつつあるのだ[*8]。

[*6] 学生アルバイトを除外するために在学中の人を除いて計算すると、15-24歳の男性雇用者に占める非正規の比率は2003年は27.6%、2013年は27.2%。女性を含めても同様の傾向がみられるが、女性の場合、以前なら専業主婦になっていた層がパートタイムで働くようになった可能性もあるので、男性だけの数字を挙げた。

[*7] 世代別のニートの人数については平成25年版子ども・若者白書の第1-4-13図を参照した。この図だけ見ると35-39歳でだけ増えているようにみえるが、人口規模を調整すると20代・30代ともこの10年で約1.3倍になっている。

[*8] ちなみに、しばしば問題視される若者の早期離職傾向についても、学卒後3年以内にやめてしまう確率がいちばん高かったのは2000年代初頭に卒業した世代で、近年はやや減少傾向にある。「新規学卒者の離職状況に関する資料一覧(厚生労働省)

30代になってから新たにニートやフリーターになる人がそんなに増えたとは思えないので、おそらく20代の時からずっと不安定雇用や無業で、そのまま30代に突入してしまった人たちが相当数存在しているものと考えられる。彼らは、20代のうちに正規雇用の職についていれば得られたであろう訓練や職務経験の機会をすでに逸してしまっており、年齢を重ねるにつれてより深刻な経済状態に陥っていくことが懸念される。

リーマンショック世代についてはこれからキャッチアップするチャンスを作ることでほかの世代との差を解消できる可能性は大いにあるが、ロスジェネ世代についてはやや手遅れの感が否めない。無論、就業困難者への能力開発など直接的な支援措置も重要だが、政策立案の前提として、将来的に経済的自立の困難な中高年が相当数現れるだろうことを考慮に入れてなくてはならない段階に来てしまっているのではないだろうか。

サムネイル「Dark for dark’s sake」Kevin Dooley

http://www.flickr.com/photos/pagedooley/14187130718

プロフィール

近藤絢子労働経済学

横浜国立大学国際社会科学研究院准教授。2009年にコロンビア大学で経済学博士号を取得後、大阪大学社会経済研究所講師、法政大学経済学部 准教授を経て2013年4月より現職。

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