2018.07.23

物価はなぜ上がらないのか?――「アマゾン効果」と「基調的な物価」のあいだ

中里透 マクロ経済学・財政運営

経済 #消費税#デフレ

このところ、「物価が上がらないのはネット通販のせい?」という話が注目を集めている。この議論は、6月18日に日本銀行から公表されたレポートを機に盛り上がりをみせているが、足元の物価の弱い動きをめぐる議論とも連動するかたちで、引き続き話題となっていきそうだ。こうしたなか、7月30~31日に開催される金融政策決定会合(日本銀行)では、物価に関する集中点検がなされることとなっている。そこで、本稿ではこれまでの物価動向を振り返りつつ、この議論に関する簡単な論点整理を試みることとしたい。

本稿の主たるメッセージは、

(1)ネット通販の拡大による「アマゾン効果」が物価を下押しする要因となっているとしても、その影響は限定的なものにとどまる。物価全体の基調的な動きについては、物価動向を規定する基本的な要因を重視して、その推移を注視していくことが必要である。

(2)家電製品については、2012年以前の方が価格低下が際立っており、13年以降はむしろ下げ止まりの動きがみられる(ただし、以前ほどではないが16年以降はふたたび低下が生じている)。このことは、ネット通販が大きく拡大する前にも既存の家電量販店の間で激しい価格競争があったことを示唆するものだ。アマゾン効果だけを強調して、足元の物価の動きを説明することには慎重さが求められる。

(3)ネット通販の拡大がみられる衣料と文房具については、最近時点においてむしろ価格上昇がみられる。この点から、ネット通販の拡大による価格低下圧力以外の要因が、物価の動きに影響を与えている可能性が示唆される。

(4)ネット通販の拡大が物価に与える影響については、17年の年央以降に生じている宅配便の運賃(送料)値上げの影響を併せて考慮する必要がある。

というものだ。以下ではこれらの点について、順をおってみていくこととしよう。

1.物価動向における「アマゾン効果」

日本の家計消費支出に占める、インターネット経由の消費(ネットショッピング)の割合は3%程度にとどまっている。だが、利用金額は年々増加しており、その傾向は一段と勢いを増している。こうしたなか、6月18日に日本銀行から公表されたレポート(河田・平野[2018])では、インターネット通販の拡大が物価動向に与える影響について興味深い分析結果が示されている(河田皓史・平野竜一郎「インターネット通販の拡大が物価に与える影響」『日銀レビュー』2018-J-5)。

ネット通販は、実店舗を持たないことによるコストの抑制などを通じて、実店舗を持つ既存の小売企業との競争において価格面での優位性を確保し得る。このようなネット通販の拡大は、競合する商品を販売している企業の価格設定行動に影響を与え、商品の販売価格を引き下げる方向への競争圧力を強めるものと予想される。

また、ネット通販の取扱量の拡大は、配送センターの新設などを通じた物流網の整備を通じて、輸送距離の短縮化による輸送コストの低減にも寄与することになる。この点においても、ネット通販のコスト面での優位性を高める方向に作用することになる。

河田・平野論文では、「アマゾン効果(Amazon Effect)」と呼ばれるこのような効果に注目し、日本においても、ネット通販の拡大が物価の下押し圧力を強める方向に作用してきた可能性があることを、実証分析によって明らかにしている。

河田・平野論文から得られる示唆は、ネット通販の拡大が消費者物価指数(生鮮食品とエネルギーを除く総合)を0.1~0.2ポイント下押ししている可能性があるというものだ。この知見は、2%の物価安定目標の達成を後ずれさせる要因のひとつとして、アマゾン効果を考慮する必要があることを示唆するものである。

だが、ここで留意が必要なのは、最近時点についても物価は一様に下落してきたわけではなく、2014年春にはコア(生鮮食品を除く総合)でみて対前年同月比1%台半ばの上昇率に達する局面もあったということだ(図表1)。すなわち、物価はアマゾン効果以外の要因からも強い影響を受けるかたちで推移してきたということになる。

図表1 消費者物価指数の推移(消費税調整済)

(資料出所)総務省「消費者物価指数」より作成

この点を踏まえると、河田・平野論文から得られる知見は、足元の物価の弱い動きをめぐる議論とはきちんと分けて理解されるべきものということになる。だが、残念なことに結論がひとり歩きして、「デフレの正体」はネット通販にあるというような受けとめ方をする向きもある。だが、はたしてそのような理解は可能なのかということが、ここでの大きな論点ということになる。

2.アマゾン効果と「ヤマダ電機効果」

ネット通販の市場規模

ネット通販の拡大が物価に与える影響は、商品やサービスのカテゴリーによって大きく異なるものと予想される。というのは、分野によってネット通販の浸透度(市場規模・EC化率)に大きな差があるからだ。そこで、経済産業省による調査(平成29年度「電子商取引に関する市場調査」)を利用して、最近時点におけるBtoC(企業と一般消費者(家計)の間)の電子商取引の状況について確認しておくこととしよう。

この調査によると、ネット通販の市場規模については物販系が8.6兆円、サービス系(航空券・宿泊予約など)が5.9兆円、デジタル系(オンラインゲームなど)が1.9兆円となっている。このうち物販系分野について詳しくみると、市場規模では「衣料・服飾雑貨等」、「食品、飲食、酒類」、「生活家電、AV機器、PC・周辺機器等」の規模が大きく、EC化率では「事務用品、文房具」、「生活家電、AV機器、PC・周辺機器等」、「書籍、映像・音楽ソフト」の割合が高くなっている(図表2)。

図表2 物販系分野のBtoC-EC市場の市場規模

(資料出所)経済産業省「電子商取引に関する市場調査」より作成

そこで、以下では市場規模・EC化率ともに上位に位置している家電製品、市場規模がもっとも大きい衣料、EC化率がもっとも高い事務用品・文房具の3分野を対象に、これらの物価動向をながめていくこととする。

経済産業省の調査は事業者側を対象にしたものであるが、「家計消費状況調査」と「家計調査」(いずれも総務省)をもとに家計側の動向をみても、これらの分野の商品がネット通販において大きな比重を占めていることが確認できる。これらの調査の分類からは確認できないが、生活雑貨(洗剤・ティッシュペーパーなど)についてもネット通販による購入が多いと考えられることから、生活雑貨についても併せて動向を確認しておくこととする。

4分野の物価動向

日本銀行のレポートでは、2016年から18年にかけての期間を対象に分析が行われている。また、ネット通販と物価動向の関係をめぐる最近のいくつかの新聞報道においても、足元の物価動向との関係に着目して解説がなされている。そこで、ここではまず直近の2年間(16年4月以降)の物価動向について、上記4分野の品目を対象とする消費者物価指数のデータをもとに確認しておくこととしよう。

ここでは家電の物価指数として「家事用耐久財」(電気冷蔵庫・電気洗濯機など)と「教養娯楽用耐久財」(テレビ、パソコンなど)の指数を、衣料の物価指数として「衣料」を、事務用品・文房具の物価指数として「文房具」の指数を、生活雑貨の物価指数として「家事用消耗品」(洗剤・ティッシュペーパーなど)の指数を、それぞれ利用することとする(教養娯楽用耐久財にはピアノと学習机が含まれるが、これらのウエイトは59分の8である)。

まず、家電についてみると(図表3)、家事用耐久財(電気冷蔵庫・電洗濯機など)については、17年9月を除くと、いずれの月も上昇率がマイナスとなっており、価格の下落傾向が続いてきたことがわかる。また、教養娯楽耐久財(テレビ、パソコンなど)については、16年8月以降、上昇率がマイナスで推移している(価格は下落)。

図表3 家電製品の価格動向

(資料出所)総務省「消費者物価指数」より作成

次に、衣料についてみると(図表4)、物価指数の上昇率が次第に縮小して、17年秋以降は基調的にマイナスで推移している。また。家事用消耗品(洗剤・ティッシュペーパーなど)については、16年7月以降、上昇率がマイナスで推移している。これに対し、文房具については、物価指数の上昇率が2年にわたってプラスで推移している。

図表4 衣料・文房具・生活雑貨の価格動向

(資料出所)総務省「消費者物価指数」より作成

このようにネット通販の市場規模が大きい、あるいはネット通販による購入の割合が大きい商品の物価動向については、文房具を除くと、総じて弱い動きが続いてきたということになる。

家電の価格低下

このような物価指数の推移は、「物価が上がらないのはネット通販のせい」という想像をかきたてるものであり、実際、そのような受けとめ方をする向きもみられる。だが、「ネット通販の拡大が物価を下押しする要因になる」ということと、「物価の基調的な動きがネット通販の拡大という理由によって説明できる」ということの間には大きな距離がある。物価の動きを上記のように局所的な範囲でとらえずに、より長い期間でながめてみれば、以下に示すようにこのことは容易に理解される。

そこで、1995年度から2017年度までの期間を対象に、家電製品の値動きをながめてみると(図表5)、「家事用耐久財」(電気冷蔵庫・電気洗濯機など)と教養娯楽耐久財(テレビ、パソコンなど)のいずれについても急速な価格低下が生じた後、13年度あたりから15年度にかけてようやく下げ止まりの動きがみられるようになった(ただし、以前ほどではないが、16年度以降はふたたび低下が生じている)ということがわかる(なお、消費税の増税の影響を除きやすくするため、ここでは暦年ではなく年度の計数をもとに物価の動向を把握している)。

図表5 家電製品の価格動向(1995年-2017年・年度平均・消費税調整済)

(資料出所)総務省「消費者物価指数」より作成

ここからわかるのは、家電製品の価格低下がネット通販の拡大が生じた時点になってはじめて観察されるようになった出来事ではなく、実店舗による販売がほとんどだった頃に、むしろ大幅な価格下落が生じていたということだ。

このような価格低下には、性能の向上によって実質的な価格低下が生じたことによる部分(品質調整に伴う下落分)と、販売店間の値引き競争の進展によって生じた部分の双方があるものとみられる。後者についていえば、ネット通販が主流になる前から家電量販店による競争は熾烈であり、そうしたなかで、いわば「ヤマダ電機効果」とでもいうべきものによって、家電の販売価格の上昇が抑制されてきたということになる。

「他店より1円でも高い場合は値引きします」という価格競争が、家電量販店の店頭で20年以上前から展開されてきたことを想起すれば、この事情は容易に理解されるだろう。アマゾン効果は、インターネットの発達によって店舗間の価格比較がさらに低コストで行えるようになり、このような価格裁定の動きがさらに強まるようになった現象ということになる。

このように、家電製品の価格の動向には、アマゾン効果として認識されるような影響をもたらす価格競争が、実店舗どうしの間でも以前から展開されてきたこと、価格下落は最近時点よりもむしろ以前のほうが顕著であったことを踏まえると、最近時点における物価の動向を把握するうえでネット通販の影響をどの程度大きなものととらえるかについては、過大評価が生じないよう慎重な見極めが必要ということになる。

衣料と文房具の価格上昇

一方、衣料と文房具の動向をみると(図表6)、価格の動きは区々であり、それぞれの局面で大きく変動してきたことがわかる。15年度と16年度については値上がりが顕著となっており(文房具については17年度も)、上昇率でみると衣料については1%台前半、文房具については1%台後半の率で上昇が生じている。

図表6 衣料・文房具の価格動向(1995年-2017年・年度平均・消費税調整済)

(資料出所)総務省「消費者物価指数」より作成

衣料と文房具の価格上昇はヘッドライン(総合)やコア(生鮮食品を除く総合)でとらえられる物価全般の動きを上回るものだ。このことは、衣料と文房具について、もし仮にアマゾン効果による価格下落が生じているとしても、それは衣料と文房具の価格の基調的な動きを左右するほど大きなものとはなっていないことを示唆するものである。

オンライン価格と実店舗価格の間の裁定

アマゾン効果は、ネット通販の拡大が、実店舗を持つ既存の小売企業の販売価格を引き下げることで顕現化するものだ。すなわち、オンライン価格と実店舗価格の裁定がどの程度強力に働いているかによって、アマゾン効果が消費者物価指数に与える影響は異なったものとなる。

この背景には、ネット通販を通じた販売価格の把握が、小売物価統計調査においてきわめて不十分なかたちでしか行われておらず、消費者物価指数の作成においてネット通販経由の販売価格の反映が限定的なものにとどまっているという事情がある。

オンライン価格と実店舗価格の間の裁定がどの程度行われているかについては、オンラインショップと実店舗の間の販売価格の差について大規模な調査を実施したCavallo[2017]が有益な情報を与えてくれる(Cavallo, Alberto”Are Online and Offline Prices Similar? Evidence from Large Multi-channel Retailers”Ameican Economic Review Vol.107 No.1)。

この研究では、調査対象となっている10か国のなかで、日本はオンラインと実店舗の価格差が最も大きく(10か国平均では両者の価格差が4%であるのに対し、日本は13%)、両者の間の価格裁定が不完全であることが示されている。この分析において調査対象となっている日本の企業はビックカメラ、ケーズデンキ、ローソン、ヤマダ電機の4社であり、対象業種が家電販売に偏っていることに留意が必要だが、日本においてアマゾン効果が実際にどの程度影響を与えているかを把握するうえでは、このような状況についても一定の留意が必要となる。

3.アマゾン効果と「ヤマト運輸効果」

これらのことを踏まえると、アマゾン効果による物価の下押しは、基調的な物価の動きを左右するほど大きなものではない(限定的なものにとどまる)ものと判断される。だが、ネット通販の拡大による価格の押し下げが、消費者物価指数に十分反映されるようになれば、物価上昇率を全般的に押し下げる要因のひとつとなることは確かだろう。

もっとも、低価格を売りにしてネット通販が拡大していくためには、商品の配送料が低廉であるということが維持される必要がある。「宅配クライシス」がアマゾン効果の拡大を阻む要因となる可能性があることにも留意が必要である。

ネット通販の拡大による少量・多頻度の小口配送は、人員の確保などの面で宅配便の事業者に大きな負荷をもたらしている。このため、ヤマト運輸がアマゾン・ドット・コムに対して、当日配送の受託の縮小と運賃(配送料)の値上げを要請(2018年1月に合意)するなどの見直し動きが進展してきた。

こうした動きのもとで、17年の年央以降、宅配便の運賃(送料)の値上がりが生じている(図表7)。この値上げ分を事業者と消費者のいずれが負担するとしても、このような動きは、商品価格・送料の値上げや無料配送の縮小などを通じて、ネット通販のコスト面での優位性を低下させる要因となるものである。アマゾン効果について考える際には、このような「ヤマト運輸効果」についても併せて注視していくことが必要ということになる。

図表7 宅配便の運賃(送料)の動向

(資料出所)総務省「消費者物価指数」、日本銀行「企業向けサービス価格指数」より作成

4.この道はいつか来た道?

「物価が上がりにくいのはネット通販のせい」という説は、日本銀行のレポートの執筆者の意図を離れてひとり歩きしつつあるようだが、ここで思い出されるのは2014年の「冷夏」をめぐるエピソードだ。

14年4月には消費税率の引き上げ(5%から8%へ)が実施されたが、14年春の時点では、その影響は一時的なものにとどまり、夏には景気が「V字回復」するものとされていた。だが、9月下旬に相次いで公表された8月分の百貨店・スーパー・コンビニの売上高が、いずれも5か月連続で対前年同月比マイナスとなるなど、秋口になっても消費の回復は確認されなかった。

折しも11月に消費税の再増税(10%への引き上げ)の実施・延期の最終判断が控えていたことから、関係者の間で景気回復の遅れが懸念されたが、そこで登場したのが「景気回復が遅れているのは天候不順(冷夏)のせい」という説明であった(この間の経過と天候不順が消費に与えた影響についての評価については中里透「天候不順の経済分析」を参照のこと。

その後も家計消費は停滞を続けたことから、次に登場したのは、「消費が停滞しているようにみえるのは家計調査(総務省)のバイアスのせい」という説明であった。この議論は、15年10月16日の経済財政諮問会議における麻生財務大臣の発言をきっかけに盛り上がりをみせた。消費に関する統計の見直しは、日本銀行による消費活動指数の作成(16年5月公表開始)と総務省による消費動向指数の作成(16年3月公表開始)というかたちで結実したが、結局のところいずれの指標を利用した場合にも、14年4月を起点に消費が大きく落ち込んで、長い期間にわたって停滞した状態が続いたということには変化がみられなかった(図表8)。

図表8 消費の動向

(資料出所)総務省「家計調査」、日本銀行「消費活動指数」より作成

このように、当初の予定通りに物事が進まない場合に、ユニークな理由付けが登場することはしばしばあり、ネット通販の拡大と物価動向をめぐる議論も、14年の「冷夏」と同じような経過をたどるおそれがある。

もっとも、このような方向で議論が進められていくことについては、その費用対効果がどの程度高いものか、慎重かつ冷静な判断が求めれられることになるだろう(もちろん、ネット通販経由の販売価格を消費者物価指数にきちんと反映させること自体は重要な課題であり、この点については総務省統計局においてすでに検討が進められている)。

なお、14年4月を起点とする消費の停滞については、消費増税の影響によるところが大きいとの認識が共有されつつある。このような消費増税後の需要の弱い動きが、原油価格の下落や新興国経済の減速とあいまって、2%の物価安定目標の達成を後ずれさせる結果となったというのが、日本銀行の「総括的検証」(16年9月)で示された判断ということになる。

5.物価はなぜ上がらないのか?

7月30・31の両日に開催予定の金融政策決定会合における「展望レポート(18年7月)」のとりまとめに際しては、「物価はなぜ上がらないのか」ということが大きな論点となりそうだ。

この点について考えるための手がかりとして、7月20日に公表された消費者物価指数(全国・6月分)をみると、ヘッドライン(総合)は対前年同月比0.7%の上昇となっているのに対し、コアコア(食料及びエネルギーを除く総合)は横ばい(0.0%)となっている。

ここからわかるのは、現在の物価上昇の大半が食品とエネルギー関連品目の値上がり(コストプッシュ要因)によるものであるということだ。食品や電気・ガス料金、灯油、ガソリンの値上がりによる物価上昇を、デフレ脱却に向けた前向きな動きと手放しで喜ぶことは難しい。

先ごろ公表された5月分の百貨店・スーパー・コンビニの売上高はいずれも前年割れとなったが、このような消費の弱い動きを踏まえると、食品や光熱費などの値上がりを受けて、家計の節約志向が高まっている可能性がある。実際、購入頻度別に品目を区分した物価指数をみると、頻繁に(1か月に複数回)購入する品目の物価は対前年比2%以上のペースで上がっており(図表9)、購入頻度が低い品目の上昇率が0%台前半にとどまっていることと明確な対照をなしている。

図表9 消費者物価指数の推移(年間購入頻度別)

(資料出所)総務省「消費者物価指数」より作成

物価が上がりにくい理由としては「根強いデフレマインド」の存在がしばしば強調される。だが、13年の年央から14年の春にかけては、むしろ物価高が話題となっていたことを想起すると、この説明がどの程度の妥当性を持つものなのか、ということにも留意が必要である。物価動向に上記のような跛行性があることを踏まえると、デフレマインドよりも「体感物価」の上昇が、めぐりめぐって物価が全般的に上がりにくい状況をもたらしている可能性についても考慮する必要がありそうだ。

すなわち、やや逆説的ではあるが、食品やガソリンなどの値上がりが家計の節約志向の高まりをもたらし、そのことが消費の手控えを通じて売上げの伸び悩みにつながって、企業の価格設定行動に影響を与えた可能性がある。14年4月の消費税率引き上げを機に、実質所得の低下を起点とする消費の停滞が生じ、物価が弱含みとなった経過を踏まえれば、このような検証の必要性は容易に理解されよう。

リーマンショック後、継続的に下落している家賃(持家の帰属家賃を含む)という「岩盤」の存在を踏まえると、2%の物価安定目標の達成に困難が伴うことはたしかだが、未達の原因をアマゾン効果に求めてよいかとなると話は別だ。「物価が上がらないのはネット通販のせい」とやってしまうと、2014年の「冷夏」に続いて今年の夏も不思議な夏ということになりかねない。物価と所得と消費の間の基本的な関係に立ち返って現状をつぶさに点検し、落ち着いた環境のもとで誤りのない判断がなされていくことが望まれる。

プロフィール

中里透マクロ経済学・財政運営

1965年生まれ。1988年東京大学経済学部卒業。日本開発銀行(現日本政策投資銀行)設備投資研究所、東京大学経済学部助手を経て、現在、上智大学経済学部准教授、一橋大学国際・公共政策大学院客員准教授。専門はマクロ経済学・財政運営。最近は消費増税後の消費動向などについて分析を行っている。最近の論文に「デフレ脱却と財政健全化」(原田泰・齊藤誠編『徹底分析 アベノミクス』所収)、「出生率の決定要因 都道府県別データによる分析」(『日本経済研究』第75号、日本経済研究センター)など。

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