いつ、どのように財政再建を行うか――消費税増税を考える

消費税以外の選択肢はないのか?

 

次に、財政再建が必要だとして、なぜ消費税増税なのかということである。消費税がどのような性質を持つ税金なのか、経済理論的な見地から考えてみよう。

 

まず、消費税が上がるとその分買えるものが減ってしまうので、実質的な所得が減少することになる。従って、消費税と所得税は、入口で取られるか出口で取られるかの違いだけで、労働者にとっては事実上同じものと捉えることができる。

 

ただ、消費税増税には、増税前に駆け込み需要を生んで消費を前倒しする効果もある。

 

実はこの消費者の消費を前倒しするという面に着目してみれば、消費税の増税というのは、金利の低下と同じ効果を持つ。金利が低下すると、家計にとっては貯蓄の魅力が減るのでその分貯蓄を減らして消費を前倒しする効果があるからだ。よって、消費税の増税というのは、家計に対しては増税される前には一時的な金利低下の効果を持ち、増税された後は所得税の増税の効果を持つという二つの効果を持っているのである。

 

冒頭で浜田氏が提唱していた消費税の段階的引き上げだが、これは消費に対しては金利を引き下げるという通常の金融政策と同じ効果を持つと考えられる。そのため、段階的な引き上げをすることで、所得税にはない景気対策的な効果も持つことになる。実務的な面でも、消費税は所得税や法人税と比べて安定した税収が見込める。

 

しかし、消費税は世代間の不公平性の問題を解消するには効果が薄いと思われる。先の議論では単純に現在世代と将来世代を二つに分けていたが、実際には現在にも若者から老人まで幅広い世代が存在する。その中で、どの世代に一番お金が偏っているかというと、お年寄りである。日本の一五〇〇兆円の金融資産のうち、六割は六〇歳以上の老年世代が持っている。従って、世代間の不公平性を是正するには、まずお年寄りに負担してもらうのが筋だろう。

 

消費税はすべての世代から広くとる税なので、世代間の不公平性を解消するにはあまり役に立たないのではないだろうか。確かに、所得税と比べれば働いていないお年寄りからも徴収できるために世代間格差の是正に寄与できるものの、一方で労働所得税と違って累進的ではないので勤労世代の世代内の格差はむしろ広がってしまうことにもなる。

 

お年寄りから若者への移転を行うためには、所得からとるか、資産からとるかしかない。お年寄りの所得とは、すなわち年金である。よって、この年金給付の見直しが第一であろう。そもそも、ここまで政府債務が膨れ上がってしまった主因は、年金を始めとした社会保障費の増大であるので、これを見直すことなしに財政再建を語る方がおかしい。

 

また、お年寄りの資産とは主に預貯金であるが、この預貯金に税をかけるという方法も考えられる。年金の削減は貧しいお年寄りにも負担を強いるという意味で弱者切り捨てという批判が出そうだが、預貯金税はお金持ちのお年寄りほど多く負担することになるので、そうした批判も少ないだろう。貯蓄税もまた消費の前倒し効果を持つので、景気に好影響を与える。ただし、預貯金に税をかけるとタンス預金や海外に資金が逃げる可能性があり、政治的にも受け入れられにくいかもしれない。事実、今年3月にキプロスで預金税の導入が検討された際に大きな混乱が生じたことは記憶に新しい。

 

ただ、キプロスの例は預金に対して最大約10%という非常に高率の税が課されるというものであり、これを消費税でおぎなおうとすれば恐らく20~30%近い増税が必要になるため、それだけの増税が行われれば同じように政治的な混乱が起こるだろうし、実体経済も破滅しかねない。そのため、貯蓄税自体が問題だったのではなく、税率が高すぎただけなのかもしれない。

 

とはいえ、色々考えた結果、結局は現実の無難な選択肢として消費税が選ばれてしまうというのが実際のようである。

 

 

財政再建のタイミング

 

最後に、財政再建を開始する時期について考えてみよう。先に述べたように、国債の永久の先送りが不可能と考える以上、政府はどこかの時点で財政再建策を講じなくてはならないことは確かである。ただ、あくまで長期的にはそうした政策を政府が行うと国民が信じれば良いのであって、必ずしもいますぐに行わなくてはいけないわけではない。

 

現在黒田日銀が行なっている金融政策と同じく、財政問題も長期的なコミットメントとそれに基づく国民の予想こそが重要なのである。財政再建は中長期的には必要であるが、短期的には景気の後退を引き起こす可能性が高いので、好景気になった時点で行われるのが望ましい。

 

とはいえ、たとえ景気が回復してきても増税をすれば再び不況を招いてしまう危険性は常に存在するため、結局いつまで経ってもズルズルと財政再建が行われなくなってしまうのではという懸念もあるかもしれない。景気が良くても悪くても結局のところは思いきりが必要になるわけだが、少なくともゼロ金利が継続されている状態で行われるのは望ましいとは言えないだろう。

 

近年多くのマクロ経済学の理論研究で、ゼロ金利下では財政政策の効果が上がることが示されているが、財政政策の効果が上がるということは、逆に財政再建をすると景気後退の度合いも大きくなってしまうということでもある。このとき、景気後退によってかえって財政赤字が増えてしまう可能性があり、実際にゼロ金利下での増税や歳出削減がかえって財政赤字を拡大させてしまいうることを示している研究も存在する。よって、タイミングとしては、ゼロ金利から脱却し、景気が回復した後に財政再建を始める方が無難であると思われる。

 

また、冒頭で述べたように日銀は7月11日の金融政策決定会合で景気の現状判断を「緩やかに回復しつつある」としたものの、金融緩和自体は現状維持としている。つまり、本格的な景気回復とまでは判断していないことでもある。金融政策当局が景気回復と判断していないのに、財政当局が景気回復と判断して財政再建を始めるというのはやや矛盾しているのではないだろうか。

 

ただし、当の日銀の黒田総裁自身は、7月29日の都内で講演の中で政府の財政の信認確保への取り組みを要望し、現行法に従って来年4月以降2段階で消費税率を引き上げても「経済成長が大きく損なわれることはない」との見解を示している。

 

黒田総裁が懸念しているのは、現在の日銀による国債買い入れが財政ファイナンスと受け取られてしまうことである。財政ファイナンスとは、平たくいえば中央銀行が貨幣を発行してインフレによって国債を返済するという方法である。

 

このようなやり方をすれば、増税など一切必要なく借金が返済できるため、財政破綻などあり得ないという意見がある。しかし、インフレというのは貨幣の実質価値を目減りさせるため、貨幣に対する税であり、他の税と同じく結局は国民の誰かが負担するだけである。貨幣という一種の金融資産に対する税である以上、税としてのインフレの性質は貯蓄税とほぼ同じであるが、インフレならばタンス預金に対しても課税できるし、年金給付の実質的な削減にもなる。従って、すべての問題を同時に解決できる強力な手段となりうる。

 

ただし、この場合は政府債務の返済にインフレを用いることになるので、中央銀行が独立でインフレ目標を設定することはできない。政府債務の返済のためにどの程度のインフレ率が必要になるかは、財政当局がどのような財政運営を行なっていくかに依存するので、中央銀行と財政当局の足並みが揃わなければどの程度のインフレが生じるかが確定せず、狙っていたよりもはるかに大きなインフレになりうる。また、そうした状況下で中央銀行がインフレを収束させようとすれば、今度は政府債務の返済に必要な分のインフレ税が不足し、財政破綻が生じうることになる。

 

こうした事態を避けるために、財政当局と中央銀行が足並みを揃えないといけないのである。黒田日銀が2%のインフレ目標を掲げている以上、財政当局はそれに合わせた財政再建を実行する必要がある。

 

ただし、あくまで大切なのは長期的な信認であるので、やはりそれほど来年4月の増税に拘る必要はないのではないかというのが個人的な意見である。

 

現在の安倍政権ほどの支持率でも増税ができないとなると、財政再建が永遠になされないのではないかという疑惑が生じる可能性もあるが、元々2010年に政府が策定した財政運営戦略においては、2015年度までに基礎的財政収支(プライマリー・バランス)の赤字対国内総生産(GDP)比を2010年度の水準から半減し、2020年度までに黒字化するとの財政健全化目標を掲げていた。

 

景気が良くなれば自然増収もあるので、それだけで2015年度の目標は達成できる可能性もある。また、断固として来年4月に消費税を上げたとしても、それによって景気後退が起きれば速やかに下げるのもありではないだろうか。

 

先に述べた浜田氏の緩やかに1%ずつ上げていくという案であるが、下げる場合があって良いと思う。一度上げた消費税は二度と戻らないというのが常識のようだが、消費税を金利と同じように柔軟に動かすことで政策手段はむしろ増えることになる。1997年に消費税を増税した後不景気が生じた際は、景気対策として所得税の減税などが行われたが、そのせいで消費税増税の本当の影響が増々分かりにくくなってしまった経験もある。消費税の増税によって景気が悪くなったならば、消費税を戻してやれば良かったのではないだろうか。

 

90年代以降、日本は財政政策にしろ、金融政策にしろ多くの失敗を繰り返してきたが、肝心なことはそこから何を学ぶかである。以前は90年代を失われた10年と呼んでいたが、いまや失われた20年と言われている。そして、また前回の反省を活かさず同じことをすれば、いよいよ失われた30年になってしまうかもしれない。意見の違いは様々あるだろうが、皆で知恵を出し合ってこれからの10年に向き合っていきたい。

 

サムネイル「mju – garden centre see saw」Johnny Wilson

http://www.flickr.com/photos/johnnytakespictures/9493275293/

 

 

動学的一般均衡モデルによる財政政策の分析

著者/訳者:江口 允崇

出版社:三菱経済研究所( 2011-01-25 )

定価:

単行本 ( 104 ページ )

ISBN-10 : 4943852343

ISBN-13 : 9784943852346


 

 

 

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