日本の道徳教育、どこが問題なのか?

来年度から正式な教科となる小学校の道徳教育。戦前からその変遷をたどり、フランスの市民教育との比較も交えながら、今後のあり方を考える。2017年4月4日放送TBSラジオ荻上チキ・Session22「来年度から『道徳』が正式教科に。 日本の道徳教育、その変遷と今後」より抄録。(構成/大谷佳名)

 

■ 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら →http://www.tbsradio.jp/ss954/ 

 

戦前の道徳教育「修身」とは

 

荻上 今夜の一人目のゲストをご紹介します。文筆家で近現代史研究者の辻田真佐憲さんです。よろしくお願いします。

 

辻田 よろしくお願いします。

 

荻上 来年度から道徳が正式教科になることで、学校現場ではどのような変化があるのでしょうか。

 

辻田 これまで、道徳の授業内容は学校や地域によってバラバラだったのですが、それが一律でコントロールされるようになります。

 

すでに「数字や記号で成績を評価されたり、特定の価値観を押し付けられるのではないか」という懸念の声も上がっていますが、これに対して今のところ政府は否定しています。ただ、日の丸、君が代と同様、いつの間にか強制になっていた、となる恐れもあり、油断できません。

 

荻上 今回の教科化について考える上で、まずは道徳教育の歴史を整理したいと思います。まず、道徳教育の起源はいつごろなのでしょう。

 

辻田 1871年に文部省が設置されると、少し遅れて道徳教育も始まりました。「修身」という名前で、はじめは他の科目と比べても扱いが低い科目でした。というのも、当時は福沢諭吉が唱えた「一身独立して一国独立す」のように、独立独歩の個人が育ち、ボトムアップで国家を作っていく、啓蒙思想的な考え方が主流だったからです。

 

しかし、それでは自由民権運動を抑えられず、国をまとめられないということで、明治政府は、上から国民を形成する道徳教育を行おうと動き出しました。そして、1880年の教育令の改正から、修身がすべての学科の中で筆頭に位置づけられるようになったのです。

 

荻上 そのころはどのような教科書が使われていたのでしょうか。

 

辻田 最初はどんな本を使っても良かったのですが、徐々に取り締まりが強くなり、1904年以降小学校では文部省が作成した国定教科書を使用するよう定められます。

 

とは言え、最初の国定教科書が作られたのは日清戦争の後、つまり日本が近代化の途上にあった時代でしたので、書かれていた内容は「約束を守る」、「清潔にする」など、近代市民としての道徳と言えるものでした。

 

しかし、日露戦争後の1910年に、教科書の内容は大幅に改訂されます。当時は社会主義が広まっていたので、それを抑えるために「天皇を敬え」、「家族を大事にしなさい」という国家主義・家族主義的な内容に変化しました。この後も第3期、第4期、第5期と、時代に応じて教科書の内容は改訂され、その都度、右に左にぶれていったというのが、修身の教科書の特徴です。

 

荻上 教えられる内容や、教科書に登場する人物の変化はあるのでしょうか。

 

辻田 はい。たとえば第1期の教科書では、「勇気」という項目がありました。それが、第2期の教科書では「忠義」に変わるのです。つまり天皇のために尽くす勇気に変わる。また、教科書で偉人として紹介される歴史上の人物も、第1期では外国人も広く含まれていたのですが、第2期からは二宮金次郎など日本人の扱いが大きくなったのも特徴です。

 

荻上 その後も、第3期、第4期、第5期と改訂が続くのですね。

 

辻田 はい。第3期は、第一次世界大戦を受けて改訂されました。今度はまた、「これからの日本は大国として国際主義に視線を当てなければいけない」ということで、国家主義と国際主義の中間を取るような、ややリベラルな内容となっています。

 

そして、次の改訂がなされたのが満州事変後の1934年です。日本精神や国体観念が強調されていた時代を受け、修身の教科書でも、国民を天皇の臣民として教育するという側面がかなり強くでました。また、初めて「君が代」が単独の項目で修身教科書で紹介されたのも第4期です。「君が代」の“君”は天皇のことを指しますので、天皇を讃える歌として教えられました。

 

荻上 第2期よりもさらに国家主義や天皇主義の傾向が強い内容となっているんですね。

 

辻田 はい。ここまでの流れを見ると、「リベラル、国家主義、リベラル、国家主義」となっているので、その次の改訂ではリベラル寄りになるのかと思いきや、第5期は超国家主義、超軍国主義の方に驀進してしまいます。日中戦争中に改訂が行われたため、陸軍の軍人も教科書編纂に介入し、戦争関係の教材もかなり増えました。また、教えられた内容としては、個人が全体の中でいかに貢献するかという、全体主義の思想が全面的に打ち出されました。

 

荻上 戦前の日本で英雄として教えられていた人物で、日清戦争で戦死した兵士・木口小平の「(敵の銃弾が当たったが)死んでもラッパを口から離さなかった」という話が有名ですよね。

 

辻田 木口小平の話は第4期までは掲載されていました。しかし、第5期では消されてしまいます。全体主義の中で、個人の勇気や努力は重要とされなくなったからです。

 

荻上 なるほど。時代の要請に合わせて、ある意味、政治利用されながら、修身の内容は変化してきたわけですね。

 

 

大津市中2いじめ自殺事件がきっかけ

 

荻上 第二次世界大戦以降はどのように変化していったのでしょうか。

 

辻田 占領軍が日本にやってくると、修身は真っ先に廃止されました。教科書も回収され、代わりに「社会科」が新設されました。それからは「天皇の臣民」ではなく、「民主主義の担い手としての国民」を目指し、市民としての権利や三権分立など、政治や社会の仕組みが教えられるようになります。

 

荻上 これまでの修身にあたるような科目は必要ないとされたのでしょうか。

 

辻田 はい。ただ、修身の廃止に反発する意見もありました。とくに戦後間もないころは社会が混乱したので、「修身や教育勅語がなくなったから犯罪が増加した」という主張が現れた。修身を復活させようという声は保守派の一部からは根強く発せられるようになりました。

 

やがて、1958年、ちょうど第2次岸内閣のころに小中学校の学習指導要領の改訂が告示されて、「道徳の時間」が特設されます。日の丸、君が代も、この時に初めて記述されました。しかし、当時は日教組や社会党などリベラル勢力も強かったため、正式な教科ではなく、特設道徳という宙ぶらりんな形で導入されることになりました。その結果、具体的な授業内容も学校ごとにバラバラのまま、今に至っているわけです。

 

荻上 一方で保守派からは教科化の要請が根強くつづき、ようやく今、第二次安倍内閣のもとで実現したわけですね。

 

辻田 はい。そのきっかけとなったのが、滋賀県大津市で起きた中学2年生のいじめ自殺事件です。「いじめ対策に道徳が有効だ」という声が、教育再生実行会議という首相の諮問機関から上がってきたのです。ただ、これまでの流れを見ていると、道徳を教科化したいがために、この事件に飛びついた、という印象を持たざるをえません。

 

荻上 もともとその議論をしたかった人々が事件をうまく利用した、というように感じますね。僕は今、大津市のいじめの防止に関する行動計画の策定に参加しているのですが、あの事件の被害者の生徒が通っていた小学校は、実はもともと文科省に指定されていた道徳教育推進のモデル校だったんです。

 

さらに、当時の第三者委員会の報告書を読むと、よりによって道徳の授業の直後の休み時間にいじめがエスカレートしているという記述もあります。そして、この報告書の結論にはこのようなことが書かれています。「道徳偏重の議論はいじめ対策につながらない。子どもたちが他人に共感できるような感性を育んでいかなければならない。また、多忙な教員の負担を減らすべく人員を配置していくなど、多角的な議論が必要だ」。いじめ対策のためには、道徳教育の限界を見ていかなければならないのに、逆の方向に進んでしまっている。

 

辻田氏

辻田氏

 

内心の自由と道徳教育

 

荻上 ここでもうお一方、ゲストをご紹介します。教育学が専門で、中央大学文学部教授の池田賢市さんです。よろしくお願いします。

 

池田 よろしくお願いします。

 

荻上 リスナーの方からこんな質問が来ています。

 

「道徳教育が今まで正式教科ではなかったとは知らなかったです。これからは、テストの点数や成績にも反映されるのでしょうか。」

 

池田 実は現場の先生にも「これまで教科じゃなかったんですか?」と驚かれる方がいらっしゃるようです。というのも、学校現場において先生が生徒一人一人の道徳性を評価するということは、すでに日常的に行われているのです。算数や国語などの教科においても「この子はこんなに努力している」からテストの点数にプラスして高く評価するとか、掃除当番や係の仕事をいかに頑張っているかなど、行動全般に対して公的な評価の目線を向けてしまっているんですね。

 

道徳が教科になるということは、評価をつけなければいけない。文科省は、数字や記号による評価は行わないと言っていますが、評価する限りはなんらかの基準が必要です。そして、評価することにおいては学校の先生方はすでに慣れている。その怖さもあるなと思っています。

 

たとえば、文科省の話では「個人内評価」にすると言っています。つまり、道徳の内容項目ごとに評価するのではなく、生徒一人一人の道徳性の発達を見て、良いところを見つけて励ます。ところが、誰から見て良いところなのか、判断基準はどこなのかという問題がありますよね。

 

そして子どもの側も、先生に褒められると嬉しいので、褒められるように行動するようになります。また、心の中でどう思っているかは外からは見えないので、子どもは評価してもらうために見えるように表現するようになりますし、先生もそれを望むようになります。

 

いずれにしても、道徳は内心の自由に関わることなので、その人がもつ価値観や心の中までを公教育における評価の対象とすること、それ自体が問題です。今回の教科化の最大のポイントはそこだと思います。

 

荻上 なるほど。リスナーからこのようなメールも来ています。

 

「今議論されているような道徳教育を行うと、教える側と生徒側の両方に、無意識のうちに良し悪しの振り分けが生じそうです。良しとされる方が悪しとされる方を排除したり、批判の対象とするようになると、かえっていじめの素地になってしまうのではないでしょうか。」

 

池田 文科省は「良いところを探して評価する」と主張していますが、「いいとこ探し」は「悪いとこ探し」と構造的には同じですよね。文科省や教科化を推進している人たちは、価値の押し付けにはならないと言っているのですが、自分の中の何が良いところとして評価されるかという経験を通して、子どもたちには結果として一定の基準に基づく価値が権力的に伝わっていってしまうと思います。つまり、多様性はここでは意識にのぼらなくなってしまいますから、当然、リスナーからの指摘にあったように、いじめにつながることはありうることだと思います。

 

荻上 そうですよね。辻田さん、戦前では国民同士の間でも「あるべき国民」と「非国民」の振り分けがされていましたが、これは修身や教育勅語がもととなっていると言えるのでしょうか。

 

辻田 はい。当時は『よい日本人』という修身の教材もあったくらいで、天皇のために貢献するのが良い国民であり、貢献しないやつは非国民だ、という認識が教育によって浸透していった側面もあります。

 

荻上 戦前の手記や証言集を読んでいると、こういった認識のもとで子ども同士がいじめあったという話がたくさん出てきます。たとえば、「天皇が神様なんて信じられない」言うと、「神様じゃないと思うなら、天皇陛下の写真を踏んでみろ」とはやしたてられ、仲間はずれにされたという話があったり。当時の「良い子」は、「良い国民」像を内面化していたということが伺い知れます。【次ページにつづく】

 

 

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