ひとりひとりが重要な人材――シンガポールのディスレクシア支援

シノドス国際社会動向研究所(シノドス・ラボ)がお届けするシリーズ「世界の市民活動」では、NPOやNGOなど、世界各地の特徴ある市民活動団体をご紹介していきます。各国社会が抱える課題に、それぞれがどうアプローチしているのか。今後の日本の市民活動に活かせるヒントを読み取っていただけますと幸いです。

 

第1回目はシンガポールのディスレクシア支援団体「Dyslexia Association of Singapore」。読み書きに困難を持つ子どもたちの可能性を最大限に引き出そうとするNPOの取り組みに注目しました。

 

 

読み書きだけが出来ない

 

ディスレクシアをご存知だろうか。学習障害の一種で、日本では識字障害とも言われている。通常の会話や知的な面では問題が無いにも関わらず、文字の処理、つまり読み書きに著しく困難を持つ症状を指す。全く文字が読めないわけではない。しかしそのスピードが極端に遅く、結果的に学校での学習についていけなくなったり、進学ができなかったりと、その生活に影響を及ぼすことも多い。また、知的な面では問題がない彼らの困難は「障害」として認識されず、「怠けているからだ」とみなされ理解を得られず苦しみ、無気力になったり、不登校になったりするケースもある(注1)。

 

(注1)http://jdyslexia.com/about.html

 

彼らは適切な配慮があれば、障害のない人々と同じように生活が可能であり、またそれぞれの才能を活かすことも多い。有名人で言えば、トム・クルーズもディスレクシアだ。しかし日本の既存の学習指導の枠組みでは彼らは付いていけず、生活におけるさまざまな面でハンデを背負って生きていく人も多い。

 

最近では日本でも、大学入試センター試験において、ディスレクシアと診断された受験者に対し、試験時間の延長や、問題の拡大コピーなど、一定の配慮を行うようになっているものの、中学・高校を中心とした教育現場での配慮は限定的で、全国各地に設置されている発達障害者支援センターにおいても、対策は限定的である。教育現場のみならず、就労面でもサポートを行っている英語圏を初めとした諸外国と比べると、その社会的認知、支援対策は遅れをとっているのが実情である。

 

そもそも言語的システムが異なる英語と日本語では、ディスレクシアが社会に占める割合は異なるのだが(英語圏では人口の10~20%、対して日本ではディスレクシア単独調査はないが、恐らく4.5%ほどと言われている。注2)、その症状に苦痛を覚える人々が存在し、支援を必要としていることに変わりははい。

 

(注2)http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/glossary/Dyslexia.html

 

 

 

特に、日本におけるディスレクシア支援の問題点は、若年層への支援が少ないことだ。先述の通り、大学入試などでは一定の配慮が見られるようになったものの、小・中・高の教育現場では、対策が非常に限定的である。ディスレクシアは、知能的な面では問題がないため、認知が低い日本では発見が遅れることが理由のひとつにあげられるかもしれない。

 

もちろん、全く対策が行われていないわけではない。例えば、東大の先端化学技術研究センターでは、ディスレクシアなどを初めとした、印刷物から情報を得ることが難しい生徒たちに向け、「アクセスリーディング」というオンライン図書館を設立ている。「アクセスリーディング」では、音声読み上げ機能のある書籍の配信も行っており、ディスレクシアを抱える生徒は音声により情報を得ることができる。こうしたテクノロジーを使った支援も徐々にではあるが広がっている(注3)。

 

(注3)印刷物障害のある人への支援についてはぜひこちらを参照されたい。

「鉛筆が苦手ならキーボードを使えばいい――読み書きの困難な子どものICT利用」http://synodos.jp/education/15664

 

とはいえ、こうしたテクノロジーの必要性については、まだ認知が広まり始めた段階であり、「読み」「書き」を訓練され、できるようになるべき技能として認知する教育者の中には、テクノロジーの使用に疑問を抱く者もいないわけではない。また、数少ない支援も学習支援者指導に特化している傾向がある。日本におけるディスレクシア支援に関する大きな団体では、そのほとんどが支援の方法、配慮などについて、教育関係者に指導する役割を主としており、実際に症状を抱える子どもたちへの直接的な支援は未だ少ない状況だ。

 

一方で、英語圏を中心とした諸外国では、民間団体が政府の協力・支援のもとディスレクシア児童の支援に力を入れている。たとえば、シンガポールでは、Dyslexia Association of Singapore(DAS)という団体が、指導員育成以外にも、大々的にディスレクシアを抱える児童への支援を行っている。

 

「ディスレクシア児童のサポート」を団体のミッションと位置づけるDASの特徴は3つある。第一には、文部省との連携。第二に、症状の早期診断への尽力。そして第三が未就学児への支援プログラムである。以下では、日本と対照的に幼少期のディスレクシア支援に力を入れるDASの取り組みを紹介する。

 

 

早期介入で自信をつける

 

DASは1989年にディスレクシアへの啓発活動グループとして活動を開始。主にイギリスの研究団体と連携して活動を進めていった。1993年には最初の支援センターを設立。当初は指導員1人に対して12人の生徒という小規模なものだったが、現在はシンガポール国内13の施設で240人以上の指導員が、3000人近い生徒を支援するほどの規模となった。もっともそんなDASの第一の特徴が、文部省との連携だ。1990年の研究会の開催以来、DASはシンガポール文部省とコンタクトを取り続け、1995年からは文部省から正式な援助を受けている。

 

 

 

DASにはMOE-Aided DAS Literacy Programme(MAP)という文部省支援のもとで行われるディスレクシア児童支援プログラムが存在する。MAPでは、小学生、中学生を中心に、音読、読解、ボキャブラリ育成、文筆などの、勉強や生活のうえで不可欠な能力の強化をはかっている。生徒は学校の正規のカリキュラム外で、週に1~2回のMAPのクラスを受ける。クラスではゲームやITなどを取り入れたレッスンが行われる。ディスレクシアと診断された児童がMAPを受講する場合は補助金が支払われ、コース料金は大幅(約50%)に減額される(注4)。診断は政府補助のもとDASでも行われているほか、関連機関でも実施されており、どちらの診断も適用される。

 

(注4)シンガポールの公立学校に通い、両親または片親がシンガポール人の場合。私立学校児童、非シンガポール人児童の場合、別途料金の規定あり。参照:http://www.das.org.sg/services/map/fees-for-map-classes

 

DASのチーフ・エグゼクティブ・オフィサーであるLee Siang氏によると、小国であるシンガポールは人材が限られているため、社会の持つポテンシャルを最大限に活かすためには、一人一人の存在が重要だという認識があり、政府もディスレクシア児童の支援に積極的なのだという。

 

シンガポールにおけるディスレクシア支援の第二の特徴は、早期診断、早期支援に力を入れている点である。先ほどの政府との連携にも関連するが、シンガポールの文部省の方針で、主要な公立小学校でディスレクシアを含めた学習支援プログラムが執り行われている。3、4年生になっても正規カリキュラムにおいて困難を抱える児童は、学校ごとのディスレクシア救済(Remediation)プログラムへ紹介される。プログラムは全ての小学校で利用可能で、3、4年生が主な対象となる。

 

シンガポールでは全ての公立小中学校にAllied Educatorと言われる、支援を必要とする生徒の指導に関して専門教育を受けたサポートスタッフが存在している。さらに教員の10~20%はこうした特別支援の訓練を受けた教員を配置している。DASの行うディスレクシア診断テストを受けに来る児童の約50%が個人的にDASに来るというが、その多くはこうした公立学校の専門スタッフから診断を促されてのことだそうだ。それ以外にも公立学校からオフィシャルに紹介を受けて診断に訪れる児童が30%いるという(注5)。

 

(注5)残りの20%はその他の民間団体や病院からの紹介。DASへのインタビューより

 

改めて、ディスレクシアの早期発見に対する政府の積極的な姿勢を感じられる。こうした政策も、長年DASが積極的に政府に働きかけてきたからこそだそうだ。

 

ディスレクシアのサポートは、早期に開始するほど効果が上がることが証明されている。たとえば、DASの調査では、未就学児の時点でリスクを認知され、支援を受けたディスレクシアの児童と、11歳になってから支援を受けた子どもでは、約4倍も症状に対しての対応能力が異なるという。

 

こうした背景が、DAS第三の特徴となっていく。未就学児への支援である。上記の通り、ディスレクシアの支援は、早ければ早いほど効果が期待できる。しかし文部省補助のもと執り行われるディスレクシア診断は小学生が対象のため、未就学児(および大人)は受診することができない。そこでDASは独自にSpecialized Educational Service(SES)という部門を設け、未就学児から大人までの診断テストを行っている。

 

 

とはいっても、読み書きを習う前段階にある未就学児の場合、その診断は難しい。そこで、DASではディスレクシアの「可能性がある」というカテゴリーで支援を行っている。未就学児向けのSESのプログラムではアルファベットや表音の基礎などを教えている他、鏡文字の対策なども行っている(注6)。

 

(注6)DASでは2016年から大人向けのディスレクシア支援プログラムも開始した。http://www.straitstimes.com/singapore/a-bid-to-help-those-with-dyslexia

 

DASのMAPプログラムディレクターであるGeetha Shantha Ram氏は、就学前に対策を開始することにより、実際に学校教育が開始された段階で、読み書きの授業に対応できるよう準備を整えることが出来るという。そして何より、事前に対策を打つことで、児童が就学時に自信を持ってスタートを切ることができるようになるのだ。自らがディスレクシアであることを知らず、自分はできないのだと自己否定になる子供は多い。早期に診断することで、自己否定感を抱く前に対策できるのは未就学児支援の大きな強みである。

 

もちろん、シンガポールでのこうした社会的な取り組みは、いきなり始まったわけではない。事実、今年60歳になるというあるシンガポールのエンジニアは、2000年に息子がディスレクシアと診断されれるまで、自身がディスレクシアなことは知らなかったという。彼の幼少期はまだディスレクシアが認知されておらず、読み書きの出来ない彼は両親や教師から頭が悪いと思われ、自身もそう思い込んでいたという。息子の診断により自分もディスレクシアを抱えていたことがわかり、「安堵した」と語っている。

 

DASを初めとした関係者の根気強い啓蒙活動があって、シンガポールでは現在ディスレクシアの認知が広まり、社会的な支援体制も充実してきている。一方で、DASの見積もりでは、シンガポール国内には23000人のディスレクシア児童がいるとされており、3000人の支援をしているとはいえ、DASの夢はまだ道半ばだ。

 

また、シンガポールは多言語国家であり、国民の母語はさまざまだ。国語のマレー語以外にも、公用語だけで英語、中国語、タミル語などがある。DASでは以前まで、公用語のひとつである英語のプログラムを実施してきたが、その他の言語でもディスレクシアは存在し、支援を求める声が上がっている。こうした声に応えるため、DASでは2013年以降、中国語を母語とした児童へのディスレクシア支援も開始している。こうした活動からも、国民ひとりひとりの力を最大限引き出そうとするシンガポールの姿勢が伺える。

 

ディスレクシアの子供たちは、ちょっとした理解や配慮があれば、その能力を発揮することが出来る。例えば先述の試験時間の延長の他にも、オーディを教材を利用することもできる。日本ではICTの利用に慎重な声も多いが、こうした補助機器の利用が検討されてもいいだろう。また、イギリスなどでは色つきの眼鏡を使用する児童もいる。これはディスレクシアの子供によっては、背面が白でないほうが読みやすいという子供がいるからで、筆者もイギリス留学中は赤や緑のサングラスをかけた級友を見かけた。同じ理由でノートも色つきのものを利用する生徒もいる。

 

日本でもようやくディスレクシアという言葉が聞かれるようになってきた。その支援体制はまだまだ発展途上だが、海外の事例を参考に、少しずつでも認知と理解、そして支援の輪が広まっていって欲しい。この記事がそんな認知拡大の一歩になれば、幸いである。

 

 

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