就学援助だけでは、負の世代間連鎖は断ち切れない

2014年3月に公表された文部科学省の全国学力学習状況調査の分析結果を受けて、メディアは、子どもの成績は保護者の年収や学歴が影響していることを報じた。

 

これは決して目新しい話ではなく、教育社会学を専門とする研究者らを中心に、国内外で膨大な研究蓄積がある。親の年収や学歴が高ければ、その子らが、学校だけでなく塾や習い事なども含めて、良質な教育機会に恵まれるであろうから、この結果自体にさほど驚きはない。

 

しかし、親の社会階層が、子どもの教育機会の格差となり、次世代に継承され、社会階層が固定化されることはゆゆしき問題だ。文部科学省によると、義務教育を受ける子どものうち、就学援助制度の利用者率は年々増加傾向にあり、2012年度には約16%にも上っている。こうした子どもらが十分な教育を受けられず、貧困に陥っていかないように、適切な政策対応が必要となる。

 

 

就学援助の教育効果はわかっていない

 

そもそも、就学援助とは、学校基本法(第19条)に定められた通り、生活保護法に規定する要保護者とそれに準ずる程度に困窮していると認められる準要保護者に、自治体が子どもの教育に必要な援助を与えるもので、子どもの学用品、給食費、医療費など12品目が補助対象となっている。しかし、昨今の財政事情の厳しさから、自治体の就学援助関連予算は削減の方向にあり、就学援助を縮小する自治体が相次いでいる。

 

例えば、この2014年4月だけをみても、全国の主要自治体のうち少なくとも9市区で、4月から就学援助の対象者を決める所得基準を引き下げている(朝日新聞4月4日)。相対的貧困に陥る子どもが増加するなかで、就学援助を縮小することは、貧困世帯の子どもをますます不利な立場に追いやるのではないだろうか。

 

就学援助については、その理論的・制度的側面から行われた詳細な研究は存在しているものの(例えば、藤澤, 2007; 2008; 2008など)、わが国における就学援助が子どもの教育成果にどのような影響を与えたかということを明らかにする実証的な研究は、筆者の知る限りほとんどみあたらない。一方、海外では、就学援助と全く同一ではないものの、貧困世帯の子どもの就学を支援する目的で行われた補助金の効果について、大規模な社会実験のデータに基づく検証が行われている。ここでは、一連の研究を紹介することを通じて、日本の就学援助の効果を考える一助としたい。

 

 

貧困削減の特効薬?

 

1997年にセディージョ大統領が主導し、メキシコで始まったPROGRESAプログラムは、今日では「貧困削減の特効薬」と呼ばれるようになっている。PROGRESAプログラムの目玉は、まさしく、子どもの就学を支援する目的で行われた補助金であった。

 

この補助金は厳密には、わが国の就学援助とは異なっている。就学援助は、先にも述べたとおり、子どもの学用品、給食費への補助など、用途に制限があることに加え、その多くは実費支給である。しかしPROGRESAプログラムでは、子どもの就学に関する条件(年間の出席率が85%以上であること、等)を満たせば、保護者が補助金を受け取り、用途に制限なく自由に用いることが出来た(このため、PROGRESSAプログラムにおける補助金のことを「条件付き補助金」と呼ぶ)。

 

PROGRESAプログラムが画期的だったのは、今日では政策評価のゴールドスタンダードとなりつつある無作為化抽出テストの手法を用いて、この補助金が子どもの就学に与える効果を厳格に測定することに成功した点にある。PROGRESAプログラムでは、メキシコで貧困層が多く居住している506の村のうち、無作為に抽出された320の処置村だけが対象となったため、プログラムの対象とならなかった186の対照村と比較することができた。

 

Behrmanら、多くの著名経済学者の検証によると(Behrman et al., 2005など)、性別や人種によって差はあるものの、PROGRESAプログラムの補助金を得た処置群の村の子どもらは、プログラム開始後1年間で、対照村の子どもらよりも、5から15%ポイントも出席率が高かったことが示されている。

 

この結果を受けて、現在では約30の国でPROGRESSAプログラムと同様の補助金が導入されており、最近では米国のニューヨーク市までこの補助金の導入を検討しているという。

 

 

就学支援で社会階層の世代間連鎖は解消されるのか?

 

コロンビア、ホンジュラス、ジャマイカ、メキシコ、ニカラグア、トルコの6か国で行われた結果を集約してみると、このタイプの補助金は総じて、子どもの就学率、出席率、卒業率などにプラスの影響を与えているが(Rawlings & Rubio, 2005)、一方で、この補助金は決して教育の質を改善していないという批判がある。

 

Reimer et al (2006)は、この点について“Where is the Education in Conditional Cash Transfers in Education?”(条件付き補助金がいう「教育」とはいったいどこにあるのか)と題する論文を発表し、PROGRESSAプログラムにおける補助金が、決して子どもの学力を改善せず、ただ学校で座っているだけの子どもを増やしているだけだと批判している。

 

もちろん、開発途上国で行われた就学補助金の議論を、日本にそのまま適用するのは無理がある。筆者が言いたいのは、一連の研究から得られる重要な知見は、「就学を支援する目的の補助金は、出席率に影響を与えても、学力には影響しない」ということである。ただ学校に通っているだけでは学力は上昇しない。学力が上昇しなければ、進学はかなわず、結局、社会階層の世代間連鎖は解消されることがない。

 

義務教育段階における就学援助が、学校基本法に定められた教育機会の均等を保障している点で、その存在意義に疑問をさしはさむつもりは毛頭ない。しかし、就学援助が、親の所得や学歴の不利が子世代に継承されることを軽減する効果を持つかといわれれば、それには懐疑的であるという立場である。なぜなら、繰り返しになるが、海外の研究蓄積が示すように、就学を支援する目的の補助金は、出席率に影響を与えても、学力には影響しないことが示されており、学力の上昇なしには、負の世代間連鎖を断ち切るのは難しいからである。

 

就学援助のような経済的な政策的支援も重要であるが、それ以上に貧困家庭の子どもの学習行動をきちんと把握し、どのような政策介入が彼らの学力を上昇させるのかという科学的根拠を示すことが重要だ。

 

 

 

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