2012.10.12
ホールボディーカウンター ―― 調べてわかった被ばくの現状
東京電力福島第一原子力発電所の事故で、福島県民は絶えず「放射線への不安」を抱えながら生きてゆくことを余儀なくされました。そして、事故から1年4ヵ月。様々な調査がなされ、少しずつ被ばくの現状が見えてきました。データから読み解く被ばくの現状と福島で暮らす上でのヒントや注意点などを、3人のスペシャリストに伺いました。(ラジオ福島HPより)(構成/金子昂)
自己紹介
―― 去年の3月に東京電力福島第一原子力発電所で事故が発生しました。あの瞬間から、福島県民は放射線、放射能と共存して生きていかなくてはいけなくなりました。そのためにも私たちは放射線や放射能についてきっちり理解して、これからを考えていかなくてはいけません。
そこで「ホールボディーカウンター~調べてわかった被ばくの現状」と題して、東京大学大学院教授の早野龍五さん、東京大学医科学研究所、医師の坪倉正治さん、毎日新聞の斗ケ沢秀俊さんをお招きして、放射線、放射能について学んでいきたいと思います。
最初に早野先生のご専門分野についてお伺いしたいと思います。様々なメディアにご登場されている早野先生ですが、意外なことに、もともとホールボディーカウンターをずっと研究されてきたわけではないそうです。本来の早野先生のご専門についてお話ください。
早野 専門は実験物理学です。以前ヒッグス粒子発見のニュースで話題になったCERN研究所の実験室で、20年近く反物質に関する研究をしています。研究のためには、放射線機器や測定の知識や技術は必要なのですが、実は今日のテーマでもあるホールボディーカウンターは、去年の11月末まで実際に見たことはありませんでした。
11月の最初に坪倉先生から尿検査に関するメールをいただいて、翌日に東京でお会いし、ホールボディーカウンターや南相馬市の様々な問題について夜中までお話をしました。11月末には、坪倉先生に相馬市と南相馬市をご案内していただき、南相馬市立総合病院の院長先生をはじめ、医師や技師の方々とお会いし、実際にホールボディーカウンターのデータを見せていただいたんです。それ以来、ホールボディーカウンターとの長い付き合いが始まりました。
―― ありがとうございます。では早野先生がホールボディーカウンターと付き合うきっかけとなったメールを送った坪倉先生の専門についてお話ください。
坪倉 僕はもともと血液内科医です。去年の三月の終わりまで、がんセンターである駒込病院に勤務し、白血病やリンパ腫といったご病気の方へ骨髄移植や抗がん剤治療をしていました。
南相馬市には4月10日あたりに初めて行きました。南相馬市を選んだ特別な理由はありません。僕はいま30歳で、とても使い勝手のよい世代なんです。ですから「当直に行ってこい」とか「救急をみてこい」といった指示をよく受けます。震災発生後、僕らの世代はたびたび岩手や宮城、福島に派遣されていました。僕も一回は被災地に行きたいと思っていたので、研究室で「南相馬市の状況を見に行こう」という話があがったときに自ら希望して南相馬市に行きました。
―― 最後に斗ケ沢さんにお願いいたします。
斗ケ沢 私は2005年から07年まで福島支局長を務め、現在は水と緑の地球環境本部長をしています。これは環境活動を自分たちで実践しようということで、もったいないキャンペーンや植樹などをしています。
ホールボディーカウンターとは
―― まずはホールボディーカウンターについてお話いただきたいと思います。早野先生は南相馬市立総合病院のホールボディーカウンターの検査にどのような形で関わってこられたのでしょうか。
早野 ホールボディーカウンターは体内の放射性セシウムが出すガンマ線を測って、内部被ばくがあるかどうかを検査する装置ですが、しっかり遮蔽されていないと、空間のガンマ線も測定してしまいます。ホールボディーカウンターと原理を同じくする食品検査器は簡単に遮蔽できる一方、ホールボディーカウンターは遮蔽のために大掛かりな装置が必要となります。福島県内には、ほとんど遮蔽されずに運用されていたホールボディーカウンターがありました。そしてそのホールボディーカウンターで、貴重なデータを取っていたことが多々あります。私は、そのデータを可能な限り正確なデータに直すための解析をしてきました。また坪倉先生や他の先生から、データをいただいて「しっかりと測定できているか」「データにはどんな特徴があるか」といった質問にお答えしてきました。
―― ホールボディーカウンターを使った検査はどのようなもので、検査結果はどのような数値で出るのでしょうか。
坪倉 遮蔽された、少し狭い空間に入っていただいて、検査器の前に2分間立っていただくと、結果が出るようになっています。検査結果は、スペクトルと呼ばれる波のデータで、カリウムやセシウムが何ベクレルあるか、数値がでるようになっています。
南相馬市立総合病院の場合、検査結果は検査の2週間後に紙で通知しています。その際、いろいろと不明な点があるかと思いますので、常に外来をあけて相談を受けています。去年の暮は予約でいっぱいでしたが、いまは以前に比べたらぐっと減ってきています。
―― 皆さん、どのような相談をされるのですか。
坪倉 具体的な生活のアドバイスを求められることが多く、「2ミリシーベルト受けると、がんのリスクがうんたらかんたら」という話はあまりされません。例えば「布団を干していいのか」「蛇口から出てくる水を飲んでいいのか」「どの種類の野菜を食べていいのか」といった質問ですね。あと「旧警戒区域を走った車の整備をしているのだが、どんな作業はしていいのか」といった相談を受けたこともあります。やはり皆さん、生活を続けていく必要がありますから、そのためにどうすればよいのかを気にされているようです。
簡単に「大丈夫だ」「危険だ」と答えることはできません。人によってリスクが異なります。そして1回の検査で全てがわかるわけではありません。ですから「この食べ物は食べないほうがいい」とお話することもあれば、「今の検査結果だけではわからないから、継続的に検査を行って数値を確認していきましょう」とお話することもあります。
―― ホールボディーカウンターには、検査しやすい人、しにくい人はあるのですか。
早野 大ざっぱに言いますと、子どもは測りにくいです。
ホールボディーカウンターは原発作業員が1日の作業を終えた後に短時間で検査できるように作られた装置です。そのため150センチメートルから190センチメートルの範囲であれば誤差15%くらいの精度で測れるように設計されています。ですから身長が1メートルくらいのお子さんや背の低い方を測るのには不向きな構造なんですね。
子どもが測りにくい理由はもう一つあります。例えばいま、食事が原因で内部被ばくしている家族がいるとしましょう。子どもは体内にはいったセシウムを大人よりも早くおしっこで排出します。いま内部被ばくしていると判断する数値は、大ざっぱに、全身で300ベクレルくらいです。この値ですと、子どもが1日10ベクレル食べていると、ぎりぎり300ベクレル検出される程度ですが、大人が1日10ベクレル食べた場合、1400ベクレルくらい検出されます。更に子どもは大人に比べて食べる量が少ないので、検出が一層難しくなります。
坪倉 やはりお子さんを検査したいという親御さんが多くいます。子どもを検査することはもちろん大切です。しかし、実は1、2歳の子どもの内部被ばくを測るには、お母さんを測らせていくほうが現実的な運用としてベストなんです。
同じ地域でも、ある家族は全員検出されて、違う家族はまったく検出されないことが頻繁にあります。これは内部被ばくが、地域単位ではなく家族単位で起きているということです。地域の線量ではなくて、ご家庭の食生活に強く依存しているんです。ですから、測定しにくいお子さんを測るより、同じ食事をとっている、測定しやすいお母さんを検査するほうが現実的なんです。
早野 もちろん、最初からお子さんを測らなかったわけではありません。
人体には必ず、放射線を出すカリウム40という物質があります。病院の託児所のお子さんをお借りして、踏み台やチャイルドシートなどに乗っていただいて、ホールボディーカウンターでカリウム40を検出できるか、一生懸命試行錯誤しました。その上で、やはり親子セットで検査するほうが、よほど効率いいという結論となったのです。
シーベルトとベクレルの違い
―― 南相馬市ではベクレルで、県ではシーベルトでデータを発表していますが、なにか理由があるのでしょうか。
坪倉 例えば僕の体に1000ベクレルあるという検査結果がでたとします。ホールボディーカウンターは、測定時にどのくらい放射性物質があるかを調べる検査器ですから、この1000ベクレルが、昨日1100ベクレル摂取して、おしっこで100ベクレル出したものなのか、10日前に10000ベクレル摂取して、9000ベクレル分をおしっこで出したのかを判断できません。ベクレルからシーベルトに置き換える場合は、どちらなのか仮定する必要があります。
外部被ばくの検査はシーベルトで、内部被ばくの検査はベクレルで結果が出ます。このとき単位をシーベルトに揃えるほうが比較しやすいのは確かですが、現在検出される内部被ばくが、事故直後のものか、いまの生活によるものなのか区別はつけられません。正確には両方が混ざっている状態です。正直なところ、いまの時期にシーベルトを正確に計算するのは難しいですね。なので、南相馬市立総合病院では、いまの内部被ばくを下げるという意味合いで、内部被ばくの原因を明確にするためにも、ベクレルで発表するようにしています。
早野 坪倉先生は、同じ人を2回以上測っています。データが2つあると、昨日の1100ベクレルなのか、10日前の10000ベクレルなのか、2つのデータを比較して考えることができるので、その人が1日平均何ベクレル摂取しているかを比較的簡単に計算できるようになります。いままで南相馬市で1万人を超える人を検査してきましたが、最も多く摂取している人でも1日平均20ベクレル、次に多かったのが15ベクレルくらい、あとは皆さん10ベクレル以下でした。最も多く摂取している人が1年間摂取し続けたとしても、大ざっぱに、1ミリシーベルトの10分の1くらいにしかなりません。
福島県は1ミリシーベルト刻みで発表をしていますが、ほとんどの人が1ミリシーベルト未満に該当しています。坪倉先生はこの1ミリシーベルト未満として埋もれてしまっているご家族のことを苦労して調査されていらっしゃるんです。
現在の被ばく状況
―― 現在はどのような検査結果がでているのですか。
坪倉 南相馬市は現在、検出率が劇的にさがってきています。2012年の3月は、15歳以上の子どもは99%以上検出していませんし、大人も90%は検出しなくなりました。4、5、6月も同様です。
現在、99%検出されないということは、日常生活で爆発的な内部被ばくをしているわけではないということです。検査直前に摂取してしまったとすれば、必ず検出されますから。一方で、悪い点もあります。なぜなら、いま検出されないということは、事故直前にどのくらい内部被ばくされていたか、遡って試算できないんです。1年半たって、セシウムをまったく検出しないということは、去年の3月が、ある程度の値以下であっただろうということは言えます。事故直後のヨウ素の被ばくは爆発的なものではなかったと思います。でも、どのくらい被ばくしていたか、正確にはわからないんですね。
―― チェルノブイリ原発事故や大気圏内核実験時代を参考に考えることはできないのでしょうか。
坪倉 もちろん可能です。場所や時期にもよりますが、チェルノブイリ原発事故から10年後くらいのベクレルを比べると、大ざっぱに1~2ケタくらい南相馬市のほうが低いという印象ですね。
斗ケ沢 セシウムの影響を考えるのであれば、私や早野先生が子どもの頃に行われていた大気圏内核実験時代との比較のほうが適切なのではないでしょうか。
早野 セシウムについてはその通りです。
1950年代の終わりから今回の原発事故直前までの、食品中のセシウムのデータ、ホールボディーカウンターのデータ、そして子供のおしっこのデータなどによると、日本人の内部被ばくが最もひどかったのは1964年です。その年は日本人全員が1日に平均、4~5ベクレルを摂取していました。その結果、日本人の成人男性は体内に5~600ベクレルのセシウムが、子供のおしっこからは1リットルあたり5ベクレルくらいのセシウムが検出されています。
先ほどもお話した通り、福島県の1日のベクレル摂取量は最大で20ベクレルでした。ほとんどのかたはそれよりもはるかに低い。おそらく福島県民が摂取しているセシウムの量は、僕が子どもの頃に食べていた量よりもはるかに少ないと思います。
―― 日本人のがんの増加は、1960年代の放射線の影響を受けているという話をよく聞きますが、無関係であるという証明はどのようにされるのでしょう。
早野 LNTという、放射線によるがんへの影響を測る仮説があります。これは、どんなに少ない線量でもがんになるリスクがあがると考えるものです。LNT仮説に従って、内部被ばくが最もひどかった1964年の数値――といっても0に近い数値ではあるのですが――を直線に伸ばしていくと、日本人が1年間に何ミリシーベルト受けたかを計算することができます。そこから、当時、放射線の影響でがんとなった方が何人増えたか計算すると、数百人くらいと、かなり少ない数字がでます。
当時に比べて平均寿命が延びて、今までは他の病気で亡くなっていた人が、ガンで亡くなる時代になりました。いまは日本人の3割ががんで亡くなっている時代です。当たり前ですが、がんで亡くなる人の数は毎年変動しています。放射線による影響でがんになった方は、その変動に埋もれる数であることがわかっています。
斗ケ沢 1950年代、60年代の大気圏内核実験の影響で、がんが増えているという主張をしている人もいらっしゃいます。確かにがんは増えていますが、年齢調整死亡率をみると、60年代以降と比べて実は減っている。少なくとも統計的に表れるほどの影響はでていません。これはないと考えたほうが自然でしょう。
坪倉 むしろ他の病気のリスクを考えたほうがよいかもしれません。
南相馬市は人口が減っていると言われています。統計的にちゃんと見なくてはいけませんが、脳梗塞や脳卒中で病院に受診される人数は増えている気がします。一方で、血液内科医の僕のもとに、白血球が大きく減ってしまったという患者さんが来たことがありません。もちろん放射線による発がんのリスクも考えないといけません。しかし生活をするうえで考えないといけないリスクは他にもあります。
例えば、県民健康調査を受けた方のうち、再検査になった方の多くがコレステロールで引っかかっています。心筋梗塞になった人のうち3人に1人は、病院に辿りつけずに亡くなります。もう1人は病院で亡くなり、残りの1人は後遺症を抱えて退院します。そのくらい恐ろしい病気なんです。そして、心筋梗塞のリスクは、高血圧の人は2倍、コレステロールが高いと2倍、糖尿病だと2倍、体重が重いと2倍というふうにリスクが爆発的にあがります。放射線の影響よりも、震災による日常生活、食生活の乱れのほうが影響は強いかもしれない。そうしたことを頭にいれて生活する必要があると思います。
給食丸ごとミキサー検査について
―― 早野先生は去年の9月に給食のミキサー検査を提案されました。どのような経緯で提案されたのでしょうか。
早野 twitterを見ていると「空間線量の様子はわかってきた。でも内部被ばくについて、特に子どもがどのくらい内部被ばくしているのかがわからなくて不安だ」という声がたくさんありました。
去年の夏の時点では、子どもの内部被ばくの実態がわかるデータがありませんでした。そこで、最も大規模で費用対効果の高いやり方を考えたところ、学校給食を測定することを思いつきました。このとき福島県内の給食だけでなく、日本全国の給食を測定すると、汚染された食品が日本全国にどのくらい流通しているかを知ることができます。これを1回だけじゃなく、1年間測り続けて線量を積み上げ、何シーベルト受けたか計算できるようにしましょう、と文科省に提案しました。しかし「給食から検出されてしまったら、日本の給食制度が崩壊する」と言って断られてしまいました。そこで、文部科学副大臣の森ゆうこさんの事務所に提案書を送ったところ、「文科省に来て説明してくれ」と言われました。
実は文科省に説明へ行く前に、ネットでアンケートをとりました。というのも、私は、給食をミキサーに入れてゲルマニウム半導体で精度高く測定する方法を考えていたのですが、この検査は時間がかかりますし、給食がお子さんに出された後に結果が出るんです。ですから「食べた後に、昨日の給食から検出されました、と言われるなんて、そんな馬鹿な検査があるか」と皆さんに怒られると思ったんです。アンケートを2日間とって、7000件の回答をいただきました。多くが福島県から、特にお子さんをお持ちのお母さんからの回答でした。9割の方が、それでもいいから測って欲しいという回答でしたので、そのアンケート結果を持って、副大臣に「皆さんが測定して欲しいと言っています」と説明しました。
―― ミキサー検査は実施されることとなりましたが、実際にはどのような結果がでたのでしょうか。
早野 最初は福島ではなく、首都圏から始まりました。私のtwitterをご覧になった保護者の方が教育委員会に働きかけられたようです。最も早かったのは、去年の10月から始まった横須賀。横須賀は検出限界値を、キログラムあたり0.5ベクレルに設定していますが、1ベクレルを超えたことは1度もありません。ほとんどが検出限界値以下です。
福島県は今年度からミキサー検査が始まりましたが、南相馬市は、私が、市長の桜井さんに「お金を出すので、給食を測りましょう」と提案していたので、早い段階の1月から測定をしていました。ここでもやはりセシウムはでていません。といっても福島県内は、南相馬市も含めて、給食に地元の食材はほとんど使っていないんですね。それにしても、検査をしてみて検出されなかったことはよいことですが。
ただ困ったことに、この検査は文科省の予算で動いているため、文科省の管轄外である保育園の給食は測れません。保育園の給食に関しては、最初は私が検査費用を払っていましたが、いまは寄付していただいたお金でやっています。保育園に予算がつかないのは変なことだと思うんですけどね。
外部被ばくと内部被ばくについて
―― そもそも外部被ばく、内部被ばくとはどういうものなのでしょうか。
坪倉 外部被ばくは、体の外から飛んできた放射線を浴びてしまうことです。例えば草木に付着した放射性物質からの放射線を浴びてしまうこと、あるいは医療の現場で使うレントゲンやCTも外部被ばくの一種です。対して内部被ばくは、体の中に放射性物質を取り込んでしまって被ばくすることです。空気中にある放射性物質を呼吸によって取り込んでしまうことや、食べ物や水を介して消化、吸収してしまうといった経路が考えられます。
―― 外部被ばくと内部被ばくはどちらのほうが体に影響を与えるのでしょうか。
早野 一般論では言えないことです。
福島県のホールボディーカウンターのデータや食品検査のデータによると、現状では、内部被ばくによって1年間に1ミリシーベルトを超えて被ばくする人はいないことがわかっています。一方、外部被ばくは、いろいろな自治体が公表しているガラスバッジの値によると、半数以上が1ミリシーベルト未満ではあるものの、1ミリシーベルト、2ミリシーベルトを超える人がいることがわかっています。
いろいろと議論はあるのですが、外部被ばくと内部被ばくの比較は、同じシーベルトを使っている限り、リスクの度合いは同じだというのが世界的に受け入れられている考え方だと思います。つまり福島県は、現状では内部被ばくよりも外部被ばくのほうがリスクは高いと思うのですが、皆さんはいかがお考えでしょうか。
斗ケ沢 まったく同感です。
坪倉 僕もそう思います。
外部被ばくを避けるには
―― 放射線量は場所によって違いがでてくると思います。家の中でも場所によっては線量が違うのでしょうか。
早野 違います。家のつくりにもよりますが、相馬市の比較的線量の高い地域では、どちらかというと、2階よりも1階の線量が低く出ます。除染のしにくい屋根が汚染されていることが原因だと思います。
坪倉 ベラルーシやウクライナの専門家も、2階よりも1階の線量が低いと話します。
外部被ばくを避けるために重要なことは、長時間生活する場所の線量を下げることです。たまに「20マイクロシーベルトもあるホットスポットがみつかった」といった報道が流れたり、またお母さんにご自宅の線量について伺うと「屋根の下が10マイクロシーベルトもあった」とお話される方がいたりします。もちろん線量の高い場所を知ることや除染することも大切ですが、最も大事なのは、長時間生活する場所の線量を少しでも下げることです。家の中で長時間生活する場所の線量はどうなのか、除染するにも、ホットスポットが、長時間生活する場所の線量に影響するなら除染する。といった対策が有効と考えています。
例えば子どもたちは1日のうち8時間は家で寝ていますし、8時間は学校にいます。であるなら、2階に子どもの部屋がある家は、1階に移してあげるといった処置をするほうが外部被ばくのリスクを下げることができます。
―― 夏場ですとプールの話題が取りざたされますが、プールに入ることにリスクはあるのでしょうか。
早野 やはり水のことが気になっているのだと思いますが、仮にプールの水をのんでしまっても、それによる内部被ばくの影響は非常に小さいことがわかっています。実は水は非常に優秀な放射線の遮蔽体でして、水泳の授業でプールに入らずに、プールサイドにいるほうが、被ばく量があがってしまうこともありえると思います。
また外で遊ぶことに不安を持たれている方も多くいらっしゃるでしょう。例えば、砂場で遊ぶと、砂に付着していたセシウムが舞い上がって、それを吸い込んでしまうのかという不安。同様の心配を、除染作業をされている方もしているようです。しかし除染作業員の検査をしても、検出されるほどの内部被ばくはしてないことがわかっています。
坪倉 1粒もセシウムを吸いたくないとおっしゃるのであれば、マスクをして、極端に言えば、水を一滴も飲まないほうがいいです。しかし、南相馬市で除染をされている除染研究会の方の検査結果は、除染をしていない普通の大人と比べて、内部被ばく量に差はありません。もちろん、土から舞うセシウムがゼロだとは申し上げません。しかし空気からの内部被ばくのリスクよりも、食べ物のリスクのほうが1ケタも2ケタも大きいことは認識していただきたいです。
早野 外部被ばくの対策、例えば除染については、相馬市ではガラスバッジの測定によって、どの場所、どういう家の線量が高いのかがわかっています。その結果を参考に除染場所を決めることは大切でしょう。一方で、山道のような除染の難しい場所の線量が高くても無理やり除染するよりは、先ほど坪倉先生がお話になったように、いつもいる場所の線量を優先して除染するほうがよいでしょう。モニタリングポストが被ばくしているのではなくて、人が被ばくしているのですから。
ホールボディーカウンターの検査結果によって、内部被ばくは地域単位ではなく、家族や個人単位で起きていることがわかりました。除染の対策も同様です。ガラスバッジによって、個人の線量がわかったならば、そこからなぜ線量が高く出るのか原因を突き止めていくことが重要だと思います。
内部被ばくを避けるには
―― 外部被ばくは、長時間いる場所の数値が非常に重要だということでした。内部被ばくもやはり、よく食べるものについて注意深くみることが重要だということになるのでしょうか。
坪倉 僕はそう思っています。よく食べる、主食と好物は気を付けて欲しいです。あとは、去年数値が高かった食べ物も気を付けるべきだと思います。
早野 被ばくの可能性が高いものはあまり多くありません。高い食材があるといっても、1年中、それを食べるわけではないでしょう。
と言っても、例えば、お米が100ベクレル汚染されていたとします。成人が1年間に食べるお米の量は60キロですから、1年間で6000ベクレルも摂取してしまうことになる。ですから、毎日食べる食材については、数値を確認することが大事です。その確認が出来ているなら、ときどきコシアブラの天ぷらを食べるくらい、大丈夫だと個人的には思っています。
坪倉 未検査のものを継続的に食べられる方のほうが高い数値が出ることが多いです。でも、空間線量の高い地域で家庭菜園をしてとれたものでも、しっかりと検査して食べているならば、内部被ばくが検出限界以下のご家庭もよくみかけます。繰り返しますが、地域単位ではなく、家族単位で被ばくしているんです。しっかり検査した食材を使っていれば、十分リスクが低くなることは知っておいて欲しいです。
早野 福島県の事例は、世界的に特異な状況なのかもしれません。と言いますのも、外部被ばくと内部被ばくは比例しているのが世界的な常識なんです。福島には、チェルノブイリに比べても十分に線量の高い汚染地域があります。しかし外部被ばくに比べて内部被ばくは低くなっています。外国の方に福島県の事例をお話すると、「そんなに内部被ばくが低いわけがないだろう」と詰め寄られることが何回かありました。
坪倉 僕も同じ経験があります。
内部被ばくが比較的少ない理由は3つ考えられます。1つ目は、食べ物のコントロールがしっかりできていること。2つ目は、早期から農家の方、お母さんたちが知識を持って、食べ物に気を付けていたこと。南相馬市では、100人のうち70人は産地を選んで食材を購入しているそうです。3つ目は、日本の食品自給率が低いためです。
早野 チェルノブイリと違って、福島は自給自足の生活ではないんですね。農家の方であっても、自分のところで作った農作物だけを食べるわけではありません。スーパーで、いろいろな産地のものを買って食べます。県内のものでも、いろいろな市町村のものが混ざっていることで、ある程度、薄められているのかもしれません。
ゼロリスク志向について
斗ケ沢 食べ物に1ベクレルでも入っていると嫌だと思われる方もある程度いらっしゃいます。しかし、ゼロリスク志向はいろいろなところに悪影響を与えているように感じます。ゼロリスク志向は科学的に考えてもおかしいし、それを追求すると福島の人を差別するような問題に発展してしまうと思うのですが、お二人はどのようにお考えでしょうか。
早野 難しい問題ですね。確かに首都圏ではゼロリスク志向が非常に強いと思います。ですが、いま地球上でゼロベクレルの食べ物は手に入らないそうです。というのも大気圏内核実験時代の影響は依然として残っていて、原発事故直前でも、精度高く測ると、セシウムが検出されていたんですね。
坪倉 ストロンチウムがミリベクレルの単位でもでない水ってないですよね。
早野 そうです。だから完全にゼロってことはありません。だけれども、やはり事故直前よりは少し多いでしょう。避けられるものは避けたいと思うのは当然のことですから、完全にゼロを追い求めることは出来ないと知ったうえで、出来る限り下げることを考える必要があります。
食品安全委員会は、議論に議論を重ねて、安全基準を1ミリシーベルトに定めました。では1年間にどれだけのベクレルを摂取すると1ミリシーベルトになるか。大ざっぱに言うと、5万ベクレルです。となると、1日にだいたい100ベクレルから200ベクレルくらいの摂取になります。坪倉先生が測っていらっしゃる地区で、1年間に5万ベクレル摂取する人はいないのではないでしょうか。
坪倉 いくら高くても、5万ベクレルにはなりませんね。でも非常に汚染された食べ物を食べ続ければ、あり得なくはないので、継続的な注意は必要です。
斗ケ沢 食べようとしても無理ですよね。
早野 そうです。5万ベクレルも食べられません。仮に1キログラムあたり100ベクレル入っているお米を年に60キロ食べても、6000ベクレルです。今の日本で、内部被ばくによって1ミリシーベルトに達することは、よほどのことがない限りありえません。内部被ばくに関しては、幸運や皆さんの努力もあって、低く済んでいます。このことを首都圏の方はご存じない。もちろん避けられるものは避けたほうが良いです。ですから坪倉先生のような方が、1日に10ベクレル、20ベクレル摂取している方をみつけて、指導をしているんです。
―― やはり心情としては、数値の少ないものを追い求めてしまいます。
早野 それは仕方ないことです。ただ、検査器の台数は、増えつつありますが、限られています。限られた台数の中で、例えば100ベクレルのものを出すためには20分の検査でよいとしましょう。それを20ベクレル、10ベクレルと、検査基準を下げていくと、検査時間は長くなってしまいます。必然的に検査できる食品の件数が減ってしまいます。少し検査基準を高めにするかわりに、検査する食品数を多くするか、基準を低めにして精密に測るかわりに、検査数を少なくするか、どちらが内部被ばくのリスクを下げられるかというと、実は前者の方が、平均的には皆さんの内部被ばくは下がります。ただ、これも心情的には理解され難いものですよね……。
放射線情報のデータベース化を
斗ケ沢 福島県の生産者のことを考えると、ゼロリスク志向はつらいものです。私は、福島に、地産地消が戻って欲しいと思っています。そのためには生産者は線量が減るように努力し、消費者は放射性物質が入っていることを容認して食べるように少しずつならなくちゃいけない。そして、福島の人は、福島県内できちんと福島産のものを消費して、自信をもって県外に、「福島産のものを食べてください」と言って欲しいと思います。
早野 地産地消になるには時間がかかると思います。また、無理に食べることはないでしょう。検査をして数値を出して、その数値に納得した人が食べればよい。ただ、いまそのデータがあまりにも少ないんです。給食の話に戻しますが、いま福島県の給食はほとんどが県外産の食材を使っています。ですから、今のまま検査を続けても、地元の食材が安全かどうかわかりませんから、地産地消の給食にはなかなか戻りません。
そこで私は、例えば県庁の定食を地元の食材で作って、1年間測り続けてみるとどのくらいの線量になるか測ってみることを提案しています。これは、定食を冷蔵庫に保存していただいて、1週間後に私の指定する検査業者に送ってもらうだけで済みます。そして検査結果は、食材の種類や産地とともに、ホームページで公表し続ける。そうすれば1年間食べ続けると、何ミリシーベルトになるかがわかります。そういうデータは絶対に必要でしょう。ただ、それを受けてくれる場所がなかなかみつからないんですよね。
斗ケ沢 現状では、農作物の検査はされていても、実際にどのくらいの被ばく量になるのか、一食分にどのくらい含まれているかといった検査が徹底的に不足していると思います。
早野 農作物の検査も、個人情報には気を付けた上で公表すべきだと思っているのですが、いまは公表している場所もあれば、していない場所もありますし、地域の情報を一覧して見られる場所もありません。福島県内に限らず、放射線の様々な情報には、横の繋がりが全然ありません。自治体ごと、病院ごとに検査結果を発表しているだけで、福島県が発表している統計には反映されていないんです。全体でデータベース化して、誰もが見ることができるようにするべきです。
放射線報道に関して
―― 放射線の報道に関して現状をどうみていますか。
斗ケ沢 全体としては、一年前や半年前に比べるとまともになってきたなあという印象です。早野先生、坪倉先生をはじめとした方々の努力によってデータが出てきて、外部被ばくも内部被ばくも非常に低いレベルであることがわかってきました。また、例えば福島県の周産期死亡率が事故前と比べても、変化がないことがわかっています。といっても、ニュースには驚かせるという面があるせいか、さしたる根拠もないことを膨らませて、危険を煽る報道が一部には残っているのも現状だと思います。
早野 いま斗ケ沢さんがおっしゃったように、少し落ち着いてきたと思います。我々はチェルノブイリからたくさんのことを学んできましたが、いつまでも「チェルノブイリはこうだった」と言い続けるべきではありません。今後の対策を考えるとき、または皆さんに何かをお伝えするときは、福島県のデータがあるならば、それをもとに報道していただきたいと思っています。
報道機関は悪い数値が出たときに大きく報道しがちです。データによって、実は内部被ばくが少なかったことがわかっても、一面に載ることがあまりありません。たまに記事になるくらいです。良いニュースを繰り返し人の目に触れさせるような報道でないと、悪いニュースばかりが印象に残ってしまう。
―― 何百人も子どもがいる中で、マスクをしている子が3人だけなのに、その3人だけを写真にとってニュースになったことがありましたね。
斗ケ沢 全体の中の一部を切り取って、あたかも全体であるかのように見せることはよくあるパターンですね。
―― 坪倉先生はどのように感じていらっしゃいますか。
坪倉 いま、ほとんどの人が内部被ばくの値が下がってきています。これはとても喜ばしいことです。でも、数値が悪くなっていないことや改善してきていることは、報道する側からしたら面白い話ではないわけですよね。報道する側も売れないといけないでしょうから難しいのかもしれませんが、バランスをとっていただきたいです。
内部被ばく、外部被ばく、食品検査、除染などの問題に関して一番大事なのは、継続性です。放射線の問題が起きたとき、我々ができることは粛々と検査を続けていくことです。そのなかで、数値がどのように変化しているのか、皆さんに知っていただきたいと思っています。
検査を継続し、データを見続ける
―― いまの坪倉先生の言葉は県民へのメッセージになると思います。最後にまとめとして、これから先、福島県民にどんな心構えをもってもらいたいとお思いになりますか。
斗ケ沢 まず、これまでに出てきたデータをしっかり理解してほしいです。第二に、政府や県の発表は信用できないとおっしゃっている方がいらっしゃいます。いまチェルノブイリ周辺であった、エートスという活動が福島でも始まっています。これは自主的に調べて、議論をし、考えていくという活動ですが、政府が信用できない人たちにはぜひ、自分たちでデータを集めて、勉強会などを開いてほしいと思います。いずれにしても皆さんにとって、福島県は大切な故郷でしょう。ぜひ福島県で住み続けるための工夫をしてほしいと思っています。
早野 いま、内部被ばくの問題に限って言えば、思いのほかうまくいっていると思います。しかし外部被ばくに関しては、半減期の長いものが山や川を汚染しています。これはなかなか容易には消えてくれません。福島で暮らす上で、食品検査やホールボディーカウンター、ガラスバッジといった検査を油断せずに続けていってほしい。何かのきっかけで内部被ばくが増えてしまうことがあるかもしれません。そのとき努力を怠ってしまっていると気が付くのに遅れてしまいます。常に危険性はあります。それを生活の中に取り込んで、納得して暮らしていくことが大切だと思います。
―― 私たちは生活するさいに、厄介なものと付き合っていかなくてはいけなくなってしまいました。そのために油断せずに、継続して測り続け、データをみていくことが大事だと思います。今日は貴重なお話をどうもありがとうございました。
※この番組はYouTubeでお聞きいただけます。
プロフィール
坪倉正治
2006年3月東京大学医学部卒、亀田総合病院研修医、帝京大学ちば総合医療センター、がん感染症センター都立駒込病院を経て、2011年4月から東京大学医科学研究所研究員として勤務。南相馬市立総合病院、相馬中央病院非常勤医。東日本大震災発生以降、毎週月~水は福島に出向き、南相馬病院を拠点に医療支援に従事している。血液内科を専門、内部被ばく関連の医療にも従事している。
斗ヶ沢秀俊
1957年北海道生まれ。81年東北大学理学部物理学科卒、毎日新聞社入社。静岡支局、東京本社社会部、科学部(現科学環境部)、ワシントン特派員などを経て、2005~07年に福島支局長。東京本社科学環境部長を経て、10年から水と緑の地球環境本部長兼東京本社編集編成局編集委員。共著に「水爆実験との遭遇」「高速増殖炉もんじゅ事故」。
早野龍五
1952年生まれ。原子物理学者。東京大学理学部物理学科、同大学院理学系研究科を経て1979年より東大理学部付属中間子科学実験施設助手。高エネルギー物理学研究所助教授、東大理学部物理助教授を経て、1997年から、東京大学大学院理学系研究科教授。2000年肺がんが見つかり右肺上葉の摘出手術を受ける。1998年 第14回井上学術賞、2008年 仁科記念賞、2009年 第62回中日文化賞