弁護士と銀行員が語るこれからの防災――日本の強み「災害レジリエンス」とはなにか?

防災に弁護士と銀行員!?実は、日本の防災には法と金融の力が欠かせなかった。東日本大震災で無料法律相談を先導してきた弁護士の岡本正氏と、防災・減災に取り組む企業を評価するBCM格付け主幹の蛭間芳樹氏が語る、日本のこれからの防災の話。(構成/山本菜々子)

 

 

法と金融で「防災」!?

 

蛭間 東日本大震災から5年を経過し、日本の防災はどのように変わってきたのか。今日は、弁護士の岡本さんと銀行員の私とで、防災や危機管理の話をしたいと思います。読者の皆さんは、なぜ、この組み合わせで防災の話を? と思われる方もいるかもしれません。

 

岡本 一般的には、備蓄や耐震化が「防災」のイメージだと思います。あるいは、「津波を予期したら自分の判断で率先して逃げる」「地震がきたら安全な場所に隠れたり、身を小さくする」いった、災害が起きた瞬間に命をどう守るかについて。もちろん、それらこそが最も大切な「防災」であることは疑いません。

 

ですが、仮に命が守られた後も、「災害」は続きます。たとえば、生活再建のための資金はどうしたらいいのか。会社の資金繰りは、住宅ローンは、家賃の支払いは、公共料金などはどうなるのか。失った通帳や証券は、そもそもどこにいけば良いのか、自分の生活にこれからどんな困難が襲ってくるのか……。

 

あたりまえの日常生活の、あたりまえのつながりが、災害後には逆転して様々な悩みと困難の根源になってしまうのです。そのようななかでも、少しずつ生活を立て直すためには、まさに「法律」と「金融」のしくみが重要です。

 

蛭間 日本の「災害対策基本法」は災害対策に関する包括的な取り組みを定義したものですが、一般に「防災」は人命と資産を防護する対策が中心となり、「減災」は人命の損失を回避し、資産への被害を軽減する対策が推進されますね。建物の構造設計や都市計画でも、大雑把にいってこの防災・減災の二段階のアプローチで対策が進められていきました。

 

岡本さんは東日本大震災で弁護士が実施した無料法律相談について、データベース化ときめ細やかなとりまとめをされてきて、4万人もの声と向き合っておられましたが、そのなかで見えてきた具体的な課題はありますか。

 

岡本 生活再建につながる法制度があったとしても、その周知が足りないのが問題でした。実は、日本には「災害対策基本法」をはじめ、「災害救助法」「被災者生活再建支援法」「災害弔慰金法」など、災害直後に救助や生活再建などに直結する、特別の支援法制度が相当程度整備されています。強制権を発動する法令も事前にしっかり備わっているのです。

 

ところが、どれだけ使えそうな制度があっても、被災地で日々の生活に精いっぱいの被災者個人個人が情報を自ら取得することはとても難しいのです。

 

一方で、行政も十分な法的知識をもっているわけではありません。これだけ情報技術が進化した社会にあっても、被災された方に有益な情報に気付いてもらうためには、直接伝えるしかないことがよくわかりました。

 

氾濫する情報をコーディネートすること、すなわち情報の取捨選択が必要なことは、今後も変わらないと思います。

 

蛭間 いまの日本社会のITリテラシーと活用度では、実際に顔をみないと届けることができないのですね。行政を含め、現場担当者も人事異動があるので、専門性が求められるような制度に精通した方は非常に少ないですね。具体的な相談はどのようなものが多いのですか。

 

岡本 生々しいですが、やはり「お金」の支払いについてです。支払わなければならない住宅ローンや事業ローン、リースなどに、多くの方は恐怖と絶望感すら抱いていました。その時、金融業界が果たした役割は大きかったと思います。

 

たとえば、金融庁は通帳がなくてもお金をおろせるように通知しましたし、支払いに困っている人は支払い猶予措置をとるようにアドバイスをしていました。結果、被災地では1万件以上の支払い猶予事案があったことが金融庁資料から確認できます。

 

しかし、残念ながら、災害直後の一番不安と絶望のなかにある時期に、支払い猶予ができることや、支援金の支払い制度が存在しているという知識は、被災された方や企業に伝わっていませんでした。すべての金融機関が積極的に被災者支援制度を伝えたわけではなかったのです。

 

一方で、これらの被災者の方に有益な情報を弁護士だけで被災地に広げていくことには限界があります。日常生活の取引先として顔の見える地元の金融機関が支援策の存在や、支払い猶予措置を伝える活動をより積極的におこなっていたら、災害直後の混乱や不安は劇的に減少すると考えられます。

 

たしかに、先ほど述べた災害直後の金融庁の通知や、2011年7月に、弁護士らの政策提言から実現した「被災ローン減免制度」(個人債務者の私的整理に関するガイドライン)が存在すること自体は、政府や金融機関のホームページに掲げていたかもしれません。また、自ら銀行の窓口にいって問い合わせれば制度を知ることができたかもしれません。

 

しかし、なにもかも失ってしまった被災者が金融機関を訪ねれば、もしかしたら、今後の融資を打ち切られるのではないか、財産を差し押さえられるのではないか、と考えてしまうのも無理なからぬところがあると思います。

 

蛭間 おっしゃるとおりで、一個人が復旧、復興のフェーズでとくに困るのはお金に関することですね。生活をしていくための収入確保や二重ローン問題はその典型です。そこを、メインバンクが「大丈夫です」と言うだけで不安感が一気に解消されますよね。

 

東日本大震災後は、条件変更や債務免除の努力をしている銀行もありましたが、銀行が有事にも顧客に「安心してください」と言えるためには、相当な努力が必要です。金融機関のリスク管理の一般的なストレスとは異なる、よりシビアなストレスがかかるリスクもあるわけですから。もちろん、金融機関のリスク管理自体が国の政策に大きく依存するテーマですから日本国の事業継続計画(BCP)とあわせて考える必要があります。いまは、それが明示的には存在していません。

 

ひるがえって、金融機関のBCPは日本銀行を核とした金融システムの一員としてその機能を継続することは当然ですが、それ以上に重要なことだと私が思うのは、いかに顧客との取引継続を図るかということだと思います。

 

有事にも取引継続ができる耐力がある銀行には競争優位性と社会的な価値があります。東日本大震災でも顕在化しましたが、この観点をもたないと、今後の西日本大震災や平成関東大震災では、とくに地域に根ざした金融機関は、ある一定のインパクトを超えると、地域の経済主体とともに共倒れしかねません。

 

岡本 金融機関による災害後の「防災」として注目されるのが、保険業界の活躍です。とくに行方不明者の方の死亡保険金の支払いについては、政府を動かしました。死亡保険金を支払うのは、その方が亡くなったことを証明する戸籍や死亡診断書(検案書)などが必要です。「行方不明」では、戸籍上死亡になりませんから、「死亡保険金」が支払えないのです。

 

一方で、生き延びたご家族が保険金に頼らなければならない場面は当然あります。そこで、保険会社は津波によって行方不明になった方にも死亡保険金を出そうと各所に働きかけました。結局、法務省が行方不明者でも家族の陳述などがあれば戸籍上死亡とする規制緩和の解釈通知を行い、その結果として、死亡保険金の支払いができるようにしました。

 

蛭間 なるほど。規制緩和の要望など、かなり大きな働きかけがあったのですね。民から官に積極的に働きかける素晴らしい事例ですね。

 

岡本 震災後に、生活をどう立て直していくのか。それは「防災」であり「減災」です。そして、そこを支えるのが「法律」と「金融」なのだと思います。

 

 

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写真:岡本正氏

 

 

「災害レジリエンス」とはなにか

 

岡本 さて、今回蛭間さんとお話ができるということで、ぜひ触れておきたいのが、昨年9月に国連で採択された「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030 アジェンダ」です。

 

ここで、災害に対する「強靭性(レジリエンス)」という言葉が複数うたわれています。これを読んで、金融と法律の制度が整備されている日本こそ、災害からの「レジリエンス」は得意分野だと思ったのです。

 

 

「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030 アジェンダ」(抜粋)

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もともと、レジリエンスは物理学の用語ですよね。外力による歪みを跳ね返す力のことです。それがたとえば災害精神医学の分野で「人間が有している本来の回復力」「人の本来の力強さ」などとしても使われています。

 

また、内閣官房国土強靭化推進室は「強靱な国土、経済社会システムとは、私たちの国土や経済、暮らしが、災害や事故などにより致命的な被害を負わない強さと、速やかに回復するしなやかさをもつこと」であり、強靭の反対語は「脆弱」であると説明しています 。強靭性という用語が心理学や教育学、さらには防災政策の文脈で利用されるようになったことで、相当多義的になっているようにも思います。

 

蛭間 ありがたいですね。いまやどこでも「レジリエンス」という言葉を聞きます。なんとなく格好いい言葉にも聞こえますし、その概念自体も使い勝手が良いです。ただ、なにか間違った使い方をしているのではないかと危惧もしています。岡本さんがご指摘のとおり、定義も医学、災害、心理学、環境、教育など専門領域で様々ですし……。

 

近年のレジリエンスのブームをつくったのは、間違いなく世界経済フォーラム(通称:ダボス会議)でしょう。私も参加させて頂いた2012-2013年の「ナショナル・レジリエンス研究」が出発点だと思います。

 

ダボス会議での議論は本当に面白かったですね。国力を経済成長力と危機管理力の観点から分析するとともに、常時接続したグローバルなサプライチェーンのなかに潜むリスクとそのあるべき管理方法などについて議論しました。また、「防災先進国とレジリエンス先進国は違う」ということを学びました。その後、リスクとレジリエンスは半ばセットで意識的に使われて以降、国連などの国際機関や、経済、経営、教育、建築、マインドフルネスなど様々な専門分野で積極的にこの言葉を使用しています。

 

ただ国内に目を転じてみると、ナショナル・レジリエンス=国土強靭化ですよね。レジリエンスを“強靭化”と訳すのは1万歩譲って良いとしても、ナショナルを“国土”と訳すのはどうなんでしょうね……、というか単語訳として間違いですよね。

 

われわれダボス会議では、経済競争力と危機管理について、国家総体、国力としてのレジリエンスを議論してきたのですが……。ちなみに、防災における「レジリエンス」については、ある種の負けを認め、パラダイムシフトを宣言したところがあるんですよ。

 

岡本 負けを認めた?

 

蛭間 防災や減災の限界を認めたといったらいいのでしょうか。人命など代替が効かないものは事前の対策で災いを防ぐ(防災)必要が絶対的にあります。しかし、社会システム全体の安全レベルを完全防災の状態にするのは、時間的・金銭的な制約条件から不可能です。

 

ですから減災という概念が出てきたのですが、その後の復旧・復興のことも考える必要があるということです。限られた社会資源で人間がつくるものはぜい弱性を有しています。30mの津波が想定されるから40mの堤防をつくればいいか?という話にはならないですよね。

 

災害レジリエンスというのは、日本文化の文脈からいえば「災いを転じて福となす」戦略のことです。これを企業経営に転用しますと、事業環境の様々な変化に対して、ビジネスモデル・サプライチェーン・事業ポートフォリオなどの観点からリスクと機会を見極め、より企業価値を高める変革をしていく経営戦略となります。

 

国連はレジリエンスの概念を20年前から定義していましたが、最近は「Build back better」と端的に表現し直しました。防災・減災と罹災後の復旧・復興まで含め、危機を総合的に管理していくことの必要性、防ぎようのない危機に対して未来志向でいこうというコンセプトが掲げられましたように思います。

 

ここで強調したいのは、レジリエンスは未来志向ということです。そのためには、過去の経験からの教訓を積極的に学ぶ必要があります。厳しくも自己否定をせざるを得ない局面にさらされるため、実はこれが一番難しいのですが……。

 

岡本 私は「レジリエンス」という言葉をみたとき、日本が力を発揮できるのはまさに、その部分だと思いました。

 

日本では災害が起こることを前提に、そのあとを「生き抜く」ための金融や法律のしくみをつくっています。国連のレジリエンスの定義と合致します。ですから、国連が「レジリエンス」という言葉を言ったときに、まさに日本が災害後に対応してきたことを広めるべきだと思ったのです。

 

災害後に被災前の状態へ生活や事業の再生・回復する社会基盤や法律の整備を「法的(リーガル)」な「強靭性(レジリエンス)」の構築と表現しても良いのではないでしょうか。

 

津波の映像をみせて、恐怖を植え付ける防災をすることだけでは問題があるということはもうずいぶん前から言われています。いまは、事前に起きうる被災をイメージし、さらに想定外にあっても判断できる人材育成に力を入れているはずです。

 

私は、さらに一歩進み、被災後の生活の困難をもイメージし、実際にどのような支援制度や金融上のしくみがあるのか知ることも、立派な「防災」であると考えます。日本が災害後の被災者支援や事業者支援に用意している様々な法制度そのものを、財産として輸出するべきでしょう。蛭間さんは仙台の2015年国連防災世界会議にも関わられていましたね。

 

蛭間 防災の社会技術は日本のキラーコンテンツだと思います。多くの日本人が知らないことが残念ですが、国連防災世界会議は、これまでに3回行われています。国際的な防災戦略について議論する国連主催の会議であり、第1回(1994年、於:横浜)、第2回(2005年、於:神戸)の会議とも、日本で開催されています。

 

第2回会議では、2005年から2015年までの国際的な防災の取り組み指針である「兵庫行動枠組」が策定されるなど、大きな成果をあげてきたとともに、これを主導した日本のプレゼンスは素晴らしいものでした。グローバル・アジェンダを日本がこれだけ牽引できる数少ない専門分野だと思います。

 

第3回(2015年、於:仙台)では、兵庫行動枠組の後継となる新しい国際的防災指針である「仙台防災枠組2015-2030」と、防災に対する各国の政治的コミットメントを示した「仙台宣言」が採択されました。「仙台」という名前がついた、日本からの発信で2030年までの体制は整えたのですから、一定の成果はあったといえます。

 

しかし、私も幾ばくか関わりましたが、正直なところ不安が残りました。先に述べたとおり、防災の概念の広がりや気候変動に代表される他のグローバル・アジェンダとの関連性を踏まえるに、過去の日本的な防災モデルとは異なったアプローチを提案する国や団体もありました。

 

詳細は控えますが、具体的には、より多様なセクターの参画が求められること、ハードとソフトのバランス、金融市場や保険機能を活用したリスク回避、経済との関連などです。また、ジェンダーや人権、原発の問題と防災の関係性について、重要性に認識のギャップがあったようで、私は知人から「日本のプレゼンスが落ちるぞ」と言われ、ハッとしましたね。【次ページにつづく】

 

 

 

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