2013.10.09
3・11から2年半 被災地仙台の復興は進んだか? ―― 現地の大学・NPOの共同調査から見る被災地の現状と課題
東日本大震災から2年半が経過した。被災地への関心は低下しつつあるが、仮設住宅での生活を余儀なくされている被災者が仙台市には現在でも約2万人いる。被災地仙台の状況とは? 被災者の生活再建は進んでいるのだろうか? どのような政策や支援が必要なのか? 震災後から現在に至るまで、現場で被災者支援に携わってきた仙台POSSE代表の渡辺寛人氏と東北学院大学経済学部准教授の佐藤滋氏が被災地仙台の現状とこれからの課題について話し合った。
見えにくい被災地=仙台
渡辺 震災から2年半が経過しましたが、被災地仙台の現状と課題は何か。多くの支援団体が撤退するなかで、今必要な支援とは? 今日話し合いたいのはこうしたテーマです。
仙台POSSEでは東北学院大経済学部の佐藤ゼミと、共同で仮設住宅の生活実態調査を進めています。調査自体はまだ完了していないので、途中経過にはなりますが、そこからどのような示唆が得られるのかということも含めて議論できればと思います。
佐藤 まずは、調査をするに至った問題意識とも関係してくるのですが、仙台=被災地という言説の少なさを感じています。「被災地」といったときに語られるのは、福島、あるいは津波の被害を強く受けた岩手の沿岸部のことで、仙台が被災地として取り上げられることはあまりないように思います。
渡辺 現実には、仙台市では約2万人の被災者がいまだに仮設住宅での生活を強いられているわけです。
佐藤 一方では被災前の生活に徐々に移行し始めて、普通に生活をしている人もいる。こういう断層がなぜ生じているのか。これを明らかにする目的で、我々は調査に着手したわけですね。
渡辺 現場で支援を続けていると、仮設住宅にお住まいの方から、先の見通しが立たない、仮設住宅を出ても住むところがないと不安を訴える声をよく耳にします。こうした実態を外に発信していく必要があるとずっと感じていました。
「求人好調」の裏で広がる貧困
佐藤 仙台が被災地としてとりあげられることが少ない背景には、「東北三県、求人好調」といったことを強調するメディアの影響もあるかもしれません。実際、今年の7月末のニュースによれば、宮城県は15か月連続で有効求人倍率が1倍を超えていて、全国で4位、8月だと全国3位といったことが報じられています。
それと、有効求人倍率の話とはそれますが、被災三県の生活保護率の低さもあげられます。東北三県の生活保護率は全国的にみてかなり低いんです。ですから、経済的にみて仙台はあまり問題は抱えていないのだろうと。被災地として論じるべき対象ではないのではないかという意識がどこかにあるのかもしれません。
渡辺 そうしたイメージと実態との乖離を感じています。ぼくは、被災地仙台では、貧困の問題が現れていると考えてきました。
一つ例をあげましょう。仙台POSSEでは、就学支援事業といって、被災した子どもたちの勉強を見ています。この子は、高校一年生の女の子で、母子家庭です。2年前から支援をしています。震災前の時点での収入が月五万円と、かなり大変な生活をしていたのですが、母と祖母の三人暮らしでなんとか生活が成り立っていました。もともといじめや不登校があり低学力でした。抑うつと躁を繰り返している様子があり、学校に行くと頭痛がしてしまう。学校に行くと1日、2日寝込んでしまうというんですね。
震災後、この子は祖母と離れ親子で仮設住宅に入居します。そこで母親が病気を抱えて寝たきり状態になり、家事も洗濯もできなくなってしまうんです。支援も受けられずに見放された状況でこの子は生活していました。こうした状況にあったところ、ぼくたちの支援に継続してつながるようになり、精神的な面もサポートしながらなんとか高校に進学しました。
被災地の子どもの抱えている問題について、多くは被災のショックなど精神面だけで説明されがちです。しかし、その背景には貧困状態などの経済苦があり、その中で親が子どもの勉強を見ることもできず、子どもの低学力という問題が生じているのではないかと思いました。そこで、ぼくたちは、たんに勉強を教えるだけではなく、生活面も含めた支援をしています。
佐藤 実際、「復興需要で潤う仙台」という良く言われることとは別に、仙台では貧困がどんどん増加しています。これは生活保護率を見ても明らかです。仙台市だけをとりあげた場合、東京と遜色のないレベルです。震災前の2011年2月における人口に対する生活保護受給者の割合は15.8‰、2013年7月の統計では16.14‰です。実は、人口流入によって分母が増大しているにもかかわらず、保護率が上昇している。分母が大きくなれば保護率が減りそうなものですが、逆に保護率は増えている。これは受給世帯、受給人員が増えているからです。受給世帯数は11,382人から12,167人まで増えている。
渡辺 こうした貧困が広がりつつある中で、仮設住宅の人々の生活はどうなっているのか、調査事例を見ていきたいと思います。その前にぼくたちが調査しているプレハブ仮設住宅に住んでいる人の構成はどのようになっているのでしょうか。
佐藤 とりわけ注目できるのは65歳以上です。たとえば一般社団法人パーソナルサポートセンターが1年前に公表しているデータでは、仙台市のプレハブ仮設の居住者は、33.6%が高齢者です。仙台市全体の平均は16.1%、民間アパートの借り上げ仮設住宅は23.0%であるのに対し、プレハブ仮設では三割を超える高齢化率です。
渡辺 支援している現場の感覚でも、高齢の方は多いです。POSSEでは、仙台市内の仮設住宅で送迎事業というのを行っています。無料の送迎バスを運行して、仮設住宅に住む人たちの通院や買い物のサポートをするんです。月平均で300人の被災者が利用されているのですが、高齢者が95%以上を占め、なかでも70歳以上の方が5割以上です。若い方では被災した自宅を自力再建して仮設を離れていく人もいるのですが、仮設住宅に取り残されているのはとりわけ高齢者が多いという印象です。
仮設住宅での聞き取り調査
佐藤 そうした仮設に住んでいる人々の生活について、たんに量的に把握するのではなく、ミクロに質的な調査を行うのが、われわれの調査の特徴ですね。
渡辺 そうです、震災が生活にどのような変化をもたらしたのか、聞き取りを行っています。ヒアリング項目としては、次のようなものです。世帯構成が変化した理由、プレハブを選んだ理由とか、世帯収入や支出額の震災による変化、就労状況や失業経験の有無など。所得の見通し、満足度、健康状態、今後の見通しとか、あるいは復興公営住宅について今論じられているけれどどう思っているのとか、生活保護制度についてどのように思っているのか。
佐藤 かなり生活に踏み込んだ質問をしますよね。病気から障害から借金はどうなっているという話もでてくる。センシティブなことを調査できるのはPOSSEの人たちがずっと継続して住民の人々と信頼関係を築いてきたからだと思うのですが、いかがでしょうか?
渡辺 ええ、2年以上被災者の日常生活に密着した支援を続け、その中で被災者の方と時間をかけて関係を築いてきたことは大きいのかもしれません。また、ぼくたちの支援は、社会福祉、ソーシャルワークという言い方をしますが、その関わりの技法を皆で学んで、信頼関係をしっかり作り、その上でいろいろな話を聞いていくということを心がけています。たとえば、就学支援でも、「私なんか教えて価値がないです」と言っていた子どもが、時間をかけて丁寧にかかわり続ける中で、担当者に心を開いてくれたということがありました。
佐藤 他の団体とか大学ではなかなかできないことだと思うんですよね。
自ら言葉を封じる被災者
渡辺 では、調査結果の一部を見てみましょう。Aさん、78歳。この人の年収は、年金の45万円です。光熱費の節約のため、お風呂は一日おきにしている。介護保険サービスはなるべく利用したくないと言う。
佐藤 介護保険を利用したくないのは保険料がかかるからでしょうね。介護保険は使えば使うほどお金がかかります。
渡辺 このAさんは、復興公営住宅についてどう考えているかという問いに対して、家賃や生活費をどこから払えばいいのか分からないと答えています。仮設住宅にいる方がましだとも言います。
佐藤 これはひどいですよね。復興公営住宅で家賃が払えるか不安だというわけです。
渡辺 また、別の世帯を見てみましょう。高齢の女性Bさんとその息子45歳。収入を見てみます。年金など月9万円、2か月に一度振り込まれる。ここからさらに介護保険と医療保険が天引きされる。息子は被災により失業しているので頼ることができない。震災後の支出の変化としては、医療費減免制度がなくなったので通院回数を減らしています。
佐藤 医療保険料や介護保険料が増額されたのをご存知ですかね。被災者に対しては、国民健康保険の保険料と介護保険料が減免されていたのですが、その措置も終わってしまいました。9万円の中から引かれる保険料がわずかでも増額されたらものすごい痛手です。じっさい、高齢で病気がちな人がこうして通院回数を減らしているわけですから。そして、負担が増す中で、光熱費と医療費を節約することによって何とか生活を成り立たせているような状況です。
渡辺 あるいは一人暮らしの男性Cさん、46歳。収入はガソリンスタンドで月10万円。ここに障害年金が加わります。震災前は月20万円だったが、震災で契約社員の職を失いました。震災後の収入減を食費の抑制によってカバーしている。しかも、介護保険料の介護額が増えています。それでも、生活状況については、「今いるところで満足するしかない」と言うんです。「震災直後の屋根のない生活と比べたら充分ありがたい」と。
佐藤 調査の中に頻繁に出てくるのが、この「満足している」という言葉です。これだけ厳しい状況に置かれているのに、感謝しているとか、満足していると答える方は多いです。我慢強いと言うより、自ら言葉を封じているというような印象を受けます。
渡辺 これは、調査結果の一部ですが、秋にかけて50~100件の票数を集めることを目標にしています。
社会保障が逆進的に機能している
佐藤 プレハブ仮設住宅での貧困がどんどん進んでいることを示すデータもあります。確か、昨年の仙台市の世帯平均年収が540万円程度のはずです。先ほどのパーソナルサポートセンターの数字によれば、プレハブ仮設住宅に住む人の平均年収は、65歳以下で244万円。65歳以上は200万円を切っています。ただしこれは一年前の数字でこれなので、現在はもっと深刻さを増しています。調査の中からは世帯年収200万円に達しているというような数字はあまり出てきませんよね。これほど高い数字は出てこない。
渡辺 プレハブ仮設住宅での貧困が深刻化しているということですが、少し被災地から離れて、マクロなところに視点を移したとき、日本全体では貧困についてどのようなことが言えますか。
佐藤 年齢階級ごとの相対的貧困率の国際比較のグラフ(グラフ1)を見てみると、日本は高齢者の貧困率がずば抜けて高い。日本より高いのはアメリカです。アメリカというのは、世界でもっとも貧困が進んでいる国ですが、ほぼアメリカと同じようなカーブを描いているわけです。ここから、仮設住宅の状況が決して特殊な問題ではないことが分かりますね。
また、日本では若者の貧困率が近年急激に高まっています。1985年には18歳から25歳の貧困率10.5%でしたが、2009年になると18.7%に高まっている。
渡辺 高齢者の貧困率が高いという現象は、世界的に見られることなのでしょうか。
佐藤 高齢者の貧困が進行するのは、決して一般的な事ではありません。たとえばフランスは、若年層の相対的貧困率は高いのですが、高齢になるにつれだんだんと下がってきます。日本はアメリカとほぼ同じで、若いうちは貧困で、稼働年齢層のときに貧困ではなくなり―とはいえ国際比較的にみて高いことには変わりません―高齢になると一気に貧困が表面化する。
しかし、一方で、日本は年金をたくさん配っている国として知られています。対GDP比で国際比較をみたときに、日本の年金給付額は極めて高い。それなのに高齢者の貧困は深刻です。これはとても不思議なことですよね。なぜ高齢者の貧困が深刻かというと、社会保険の問題に行き着きます。社会保険料を払うことが貧しい人々に厳しく、逆進的に機能しているわけです。日本の場合、所得再分配機能の多くを社会保険制度に頼っていて、税による再分配はほとんどできていません。たとえば年金保険料は一律に徴収するので貧しい人々ほど負担が大きくなります。東京大学の大沢真理教授が指摘するように、各国政府の貧困率削減の度合いを比較したデータ(グラフ2)をみると、日本では、相対的に所得の低い一人親世帯や単身世帯のグループで、社会保障制度が存在することによって貧困がむしろ進んでいます。仮設住宅の調査からも、単身世帯や女性は凄まじい貧困に置かれていることが示されています。悲しい現実です。
渡辺 若者の貧困率が高まっているという話がありましたが、これに関しては他国と比べたときにどのような状況にありますか。
佐藤 若者の貧困率は世界でもかなり高い方ですが、これはよく言われるように、雇用政策が弱いことに原因があります。日本は、積極的労働市場政策のように雇用を支援するような支出は、OECD諸国のなかでも低いグループに位置します。
そして、雇用への支援がない事によってとりわけ問題になるのが、非正規雇用が増大していて、非正規に置かれることで失業のリスクが高まっていること。実際に、就労構造基本調査によれば、被災三県における震災の仕事への影響は、非正規雇用の人の方が正規雇用の人々よりも大きいんです。仕事への影響があった人のうち、離職した人がどれだけいるかというデータを見ると、非正規の職員、従業員の場合は6割くらいが失業している。対して、正規の職員で離職した人は4割くらいですから、2割ぐらい差があるわけですね。
被災地では貧困問題が現れている
渡辺 要するに、被災地の問題は、とりわけ仙台においては貧困問題だということですよね。調査を進める中で、その認識がよりクリアになってきました。
佐藤 そうですね、被災と貧困との関係は明白です。貧困のため長期の仮設入居が余儀なくされているわけです。
渡辺 住居や職を失い、生活が不安定になっているという問題ですが、こうした現象自体は派遣切りの時にも見られたわけです。震災によって大規模に問題が現れているという違いはありますが、震災による特殊な問題ではなく、住居喪失や失業というリスクに社会がどう対応するかという問題と見るべきですね。
佐藤 そうです。仮設住宅で起きている問題は特殊な問題ではないという認識は非常に重要です。標準家族が解体して単身家族化が進み、一方で雇用が劣化していく。こうしたなかで少子高齢化が進んでいくわけですね。さきほど述べたように、高齢者の貧困率が高いというのは日本全体に見られる現象です。そうであるならば、程度の差はあれ日本に住む全員が経験している普遍的な問題だということになります。
ですから、仮設住宅に住む被災者の方々の状況を調査することによって、日本全体に共通する課題を考えることにつながります。調査の意味はそういうところにあると言えます。
さらに言えば、被災地としての仙台に着目することで、仙台という都市における貧困の問題を明らかにするという意義も調査にはあります。仙台の復興需要は減りつつあり、一方でその間被災県から人口が流入している。そうなれば都市型の貧困がより深刻になる可能性があります。東北は一つのものとして捉えられがちですが、東北の中でも明白な差異があるわけです。それぞれの関係の中で被災地を考えていく必要があるということを提起することにもなると思います。
ステレオタイプな被災者像を求めるメディア
渡辺 こうした現状であるにもかかわらず、被災地の貧困に関する世間の関心はものすごく薄いと感じます。被災地の現状やぼくたちの支援活動について、メディアの取材を受ける機会がたくさんありました。被災地は今どういう状況ですかと問われたとき、被災者の生活が不安定だという問題を説明するんです。被災者はこういう状況に置かれていますと。すると、それは震災前からある問題であって、被災の問題ではないという反応がすごく多かった。被災地の問題と貧困の問題とは切り離されてしまうんです。そこで、求められているのは、震災で家族や家を失い精神的に打撃を受け、なかなか前に進めないというステレオタイプな被災者像だったという印象があります。派遣村以降、可視化されつつあった貧困は、震災後、被災という特殊な問題の後景に退き、再び見えなくなってしまいました。しかし、被災地を語るときに抜け落ちている貧困の問題が、今すごく深刻になってきていると感じます。
佐藤 同様のことを8月の仙台市長選で感じました。仮設住宅の調査からも分かるように、医療費減免がなくなった影響はものすごく大きいんです。医療費減免制度がなくなったので通院回数を減らしている被災者の方々がいます。ところが、8月の仙台市長選では、医療費免除制度の復活を訴えた対立候補は、現職市長に12万票差で負けてしまう。どちらかの候補者が良いというわけではありませんが、医療費減免制度の復活は選挙の対立軸としてはあまり注目されてなかったのではないでしょうか。仙台市における貧困や格差の問題から人々の目がそらされているように思います。
必要な政策とは
渡辺 被災者が貧困状態での生活を強いられていることを考えれば、支援メニューが貸付金中心になっていることは問題だなと思います。震災直後に、被災者への支援メニューを見ていて驚いたのは、義捐金や震災で亡くなられた方に対する弔慰金等を除けば、ことごとく貸付金だということです。もちろん、用途は様々で、これから生活再建していくためのものであったり、子どもに対してのもの、進学のための奨学金であったりするのですが、おしなべて貸付金なんです。しかも、被災者向けと謳われてはいるものの、震災前からあった貸付金制度を寄せ集めて被災者向けと看板を付け替えているだけです。利用の要件が緩和されて、被災者は受けやすいというぐらいで、既存のものと中身は変わりません。
なぜ問題かと言うと、貸付金が有効に機能するには条件が必要だと思うのですが、そうした条件が存在していないと思うからです。というのも、貸付金というのは借金ですから、あくまで一時的に生活の穴を埋めるためのものです。だから、就職する、生活を再建するなど、返済の見通しが立つ中で初めて有効に機能するものですが、現実に多くの人は、圧倒的貧困の状況の中に置かれてしまっている。そこでいくら貸付を進めたところで、いたずらに借金を負うだけの結果にしかならず、むしろ生活がますます苦しくなる。
実際、支援で関わっている方の中に、被災直後に貸付を受けた50万円で現在も生活をやりくりしている人がいます。65歳で求職中の方ですが、年金だけでは生活できないので何とかその不足分を補っていきたいと借りたそうです。返済が始まるのは70歳ですが、70歳になれば今以上に就労は難しくなるし、健康面でのリスクも増えてきます。そこに、追い討ちをかけるように貸付金の返済が始まってしまう。貸付金は被災した人の生活再建を支援するどころか、むしろ結果的には被災者の生活再建を妨害しているのではないかとすら思います。
佐藤 被災と貧困問題を切り離そうとするから、そういう発想が出てくわけです。被災というのはあくまで一時的な問題で当面貸付をすればそのうち復帰して返せるでしょうと。だけれども、先ほどから何回も言っているように被災問題と貧困問題は密接に関連しています。リスクというのは平等に降り掛からないので、弱いところにとりわけこういう問題が発生します。被災と貧困問題を切り分けた上で、貧困から切り離されたところだけを支援しようとする。だから、貸付制度のような発想が出てくるわけです。
貧困問題は被災関係なくずっと続いている問題ですから、復興対策とか一時的なものも重要だとは思いますが、普遍主義の原理にたって、社会保障や生活保障を基礎から立て直すようなもっと基本的なことが必要なんだと思います。
渡辺 一方、被災者への政策ということでは、既存の社会保障制度の要件が緩和され、一時的に拡充しました。先に述べた医療保険や介護保険の減免措置、さらに雇用保険の期間の延長などですが、これらは被災者の生活再建に資するものであったように思います。雇用保険の失業給付金の給付日数が、被災者にたいして30日から60日の延長措置がとられ、それでも仕事がみつからない人に対して特例で60日の再延長が認められました。こうした措置は大きな効果を発揮したのではないかと思います。ぼくたちの就労支援で関わっている方の中に、雇用保険を受給中でうつを患っている方がいましたが、少し余裕を持って治療に専念することができたようです。
佐藤 さきほど、普遍的な社会保障の必要性について言いましたよね。今、政府は一生懸命景気を引き上げようとしていますが、歴史に学べば、貧困が景気動向とは無関係に進行してきている事実に注目する必要があると思います。たとえば、2002年から08年までは「いざなみ景気」と言われ、戦後最長の好景気を記録しましたが、その中で貧困率はずっと拡大し続けたんです。「雇用なき景気回復」とも「賃金上昇なき景気回復」とも言われている。アベノミクスが奏効したとしても、それが貧困の削減につながるかどうかは未知数で、慎重に考える必要があると思います。震災後、政局が不安定だったために、社会保障と税の一体改革と震災問題とは切り離されて議論されてきた経緯がありますが、改めて両者の関係を問うことがあっても良いのではと思います。
雇用創出で生活再建できるのか?
渡辺 基礎的な生活保障が必要だということに関連しますが、生活再建の文脈で雇用創出が喧伝されることには違和感があります。雇用を創出していかないといけない、やっぱり働く仕事がないと生活再建できないんだというわけです。これは被災地でもよく強調されるし、今流行のアベノミクスでも言われていることでしょう。もちろん、就職することは必要でしょうし、実際ぼくたちは就労支援事業で被災者の方の就職活動のお手伝いもしています。
ただ、ぼくたちが被災者の就労支援をする中で分かってきたことは、仕事に就くことがただちに生活再建につながるわけではないということです。二つの事例を紹介しましょう。
一つは60代の半ばの男性の就労を支援した時のことです。一緒に仕事探しをしていたのですが、これぐらいの年齢になってくると、就職がすごく厳しい。なかなか雇用の仕事に就けず、この方は宅食を配達する個人請負の仕事に就職しました。契約時には月収8万円程度と言われていましたが、実際は個人請負のため、業務で使う車両の燃料費や保険代などの経費がかかり、むしろ赤字になってしまいました。1日1食しか食べられないような生活になってしまったんです。このケースでは、結局退職することを促して、別の会社への再就職をサポートしました。
もう一つは20代前半の男性のケースです。彼は、ぼくたちが就職支援を始めた際にはダブルジョブ状態でアルバイトを二つ掛け持ちしていました。正社員を希望されていたのですが、掛け持ち状態では就職活動の時間を確保するのも難しいので、話し合ってアルバイトを一つ辞めることになりました。その後、履歴書の書き方を指導したり、職業訓練の受講を勧めたりして、なんとか運送会社の正社員として就職できたんです。ところが、その後相談があり、給料が払われず、会社が今にも倒産しそうな状況に陥っている。生活に困っているから、金融機関から借金しようと思うと言うんです。返すあてがなく借金するのはまずいよと何とか説得してということが、最近ありました。この方は1年ぐらいかけてサポートしてきたのですが、結果としては潰れそうな会社に入り大変な目に遭ってしまった。
POSSEはもともと労働相談に取り組んできた団体でもあり、就職先の労働条件についてはかなり気をつけながら支援を進めてきましたが、それでも就職先の労働環境はこれだけ悪いものだった。こうしたケースから思うのは、就職することそれ自体は、必ずしもゴールではないということです。むしろ、どういう仕事に就くのかということこそが重要です。だから、雇用さえ増やせば上手くいくという意見は、あまりにナイーブすぎるし、疑問を持ちますね。
佐藤 同感です。雇用の質を問わずに、とにかく地域経済さえ活性化すればいい、雇用さえ生まれればいいという話になりがちです。
「仙台に仕事はあふれている」は本当か?
渡辺 また、仙台には今仕事が溢れているのだから、選り好みせずにつけば生活再建できるという言説もよく耳にします。でも、そもそも本当に雇用は増えているのでしょうか?確かに、宮城県の有効求人倍率は1.25倍(2013年6月)ですが、その内実はどうでしょうか。ちなみに2011年2月だと0.51倍で、全国36位でした。だから、震災が起きる前は、宮城県は仕事探しがすごく難しい県だった。
それで、2013年6月の仙台の職種別の有効求人倍率(表1)を見てみると、職種にはかなり偏りがあります。保安は13.46倍で、建設・採掘は3.97倍、輸送・機械運転は3.48倍です。保安というのは警備の仕事ですが、建設・採掘や、輸送など、つまり復興需要の仕事がすごく増えていることがよく分かります。逆に人気のある事務職は0.3倍で、低い水準のまま推移しています。
もちろん、復興需要関連の仕事をすべて否定するわけではありませんが、全般的に見ると短期雇用や低賃金の仕事がすごく多い。たとえば、保安の仕事では、ハローワークに求人の出ているものでは、フルタイムの平均賃金が月15万円です。ここから社会保険料などを引くと、手取りで月12万円程度ですから、その仕事で食べていくのはかなり大変だろうなと思います。一見すると仙台市の求人の数自体は多いですが、生活していくに足りるものか、働き続けることが可能なのかと仕事の中身を精査したとき、果たして多いと言えるのか疑問符が付く求人状況だと思います。
そんななか、ぼくたちの就労支援では、働き続けられる仕事に就くためのサポートをしています。技能を身につけ、低賃金ではなく、なるべく長く働ける職に就く。「専門•技術職」の6月の有効求人倍率は、1.91倍なのですが、ぼくたちの支援としてはここへの就職を目指しています。そのために、職業訓練制度を積極的に活用して、利用者の方には資格を取得するようお勧めしています。
佐藤 それと、長期的にみて問題だと思うのは、復興需要ということに関して言えば実はすでにピークアウトしているのではないかということです。有効求人倍率は、2013年3月、4月を頂点としていまは減少傾向にあります。われわれの聞き取り調査からも、仕事の減少を訴える方がいることが明らかになっています。もちろん、短期的には反転することもあるとは思いますが、有効求人倍率はおそらくこの先減っていき、震災前の平均であった0.6~0.7倍ぐらいまで下がっていくことも考えられます。もっと先には、先ほど渡辺さんが紹介していた0.51とかそういう数字になることもありえます。「雇用のミスマッチ」だけを問題にしていればよいような状況は長く続かないと思います。
渡辺 そうすると、復興需要の仕事はここ1年、2年でしぼんでいくわけですよね。やはり、どんどんしぼんでいく仕事に就くことが生活再建だとは言えないですよね。でも、被災地の政策として雇用創出ということが言われてしまう。そこでは、どういう暮らしをするのか、どのような働かせ方をするのかということ、つまり生活の中身や雇用の質という点は捨象され、量的な話になってしまっていて、すごく問題だと思うんです。
このように、職に就いた後の問題が見えてきた中で、ぼくたちの就労支援では、最近就労後のサポートに力を入れています。支援関係を継続して就労後のトラブルにも対応できる、そういった支援をしっかりやっていこうと思っています。一つは、就職後の労働相談です。6月末に発足した仙台のブラック企業被害対策弁護団との連携も考えています。とはいえ現実に司法を使うに至る人は多くはありません。そうした方に対しては先ほどの60代の男性のケースのように、離職を促して再就職を支援する。もう一つは、労働法教育です。これは、職場でトラブルに遭遇した時に自ら対処できる力を身につけることを目的とした支援です。
今求められる支援とは
渡辺 では、少し話題を移して、被災地で現れている問題は、貧困問題だという認識の下でどのように被災者の方々を支援していけばいいのかということを話します。被災者の方々を支援する際によく言われるのは、「民間との協働」です。行政は、NPOや市民活動と協働して、きめ細かい支援をしていく、ということですね。実際、ぼくたちも仙台市と協働で支援を行っていますが、一方で非常に限界を感じているのも事実です。というのも、たとえば仙台市宮城野区には8か所のプレハブ仮設住宅があるのですが、そのうちの6か所の仮設住宅でPOSSEは送迎事業をやっています。すごくニーズはあって、若林区など他の仮設住宅からも運行してほしいとの要望が来ています。でも、ぼくたちの力量ではどうしてもこれ以上拡大することは難しい。すべての仮設住宅を網羅することはできないんです。
あるいは、調査結果にも表れているように、年収100万円以下など、生活に困窮している方が仮設住宅にはたくさんいます。でも、そういった人たちの生活をぼくたちが直接に肩代わりすること、毎月何万円も援助するようなことはできません。だから、たとえば雇用保険や生活保護など既存の社会保障制度を活用していくしかない。
このように、NPOが直接にできることには限界がある以上、既存の制度を活用するという方向で支援をしていくことは重要です。でも、現実にはそうなっていないことが多い。ここでも、生活保障のそもそもの制度やシステムをどう機能させるのか、あるいは改善していくのかという観点が抜け落ちてしまっています。「NPOとの恊働」というのは耳に心地よい言葉ではあるけれど、制度やシステム改善の視点を欠いたままに進めてもなかなか有効に機能しないのではないかと思います。こうした点をどのように議論の中に入れ込んでいくかは今後の課題です。
佐藤 一方で、国や自治体の政策には改善が見られません。それどころか、どんどん劣化している部分もある。最近の社会保障改革の議論も、日本の高齢者の貧困率が高いという現状を受け止めたものになってはいない。仙台の場合も、復興対策を進めると言いながら一方では財政再建を進めているので、社会福祉を拡充するどころか、これまで通り維持していくような体力や余裕はなくなりつつあります。こうした状況のなかで、たとえば、最低保障年金をあっさりと議論の対象から外し、介護保険の要支援者を本体から切り離したうえで、自治体の独自事業に移管していく施策を行えばどういう問題が生じるのは明らかなように思います。
渡辺 そうした中で、支援者の側は、どのような目的を持って支援をするのかよく考える必要がありますよね。たんに支援をしていくだけでは不充分ではないかと思うんです。
震災直後、仙台には多くのボランティア団体や支援団体が訪れていました。それらを「いい」「悪い」と一括して語ることはできないのかもしれませんが、単発的、イベント的な支援が多かったように思います。あるときやってきて支援物資を配って帰っていく、あるときポッと現れて仮設住宅でお祭りをしてイベントをして去る。こうした支援は、被災者に瞬間的に元気を与えるという点では確かに意味があります。実際ぼくたちは、仮設住宅で花見や夏祭りのイベントも開催しています。住民の方から、仮設住宅の中でふさぎ込みがちなので、外に出る機会を作ってくれて本当に嬉しいとの感想をいただくこともあります。
しかし、留意すべきは被災者の生活はイベントの後も続くということです。被災した人々は、祭りが終わった次の日も生きていかねばならず、生活を再建する必要があるわけです。このことに対し、どれほどの支援団体やボランティアが自覚的だったでしょうか。それどころか、多くの団体は無関心であったと言っても過言ではありません。そうした支援が相次ぐなかで、被災した方の日常生活をどのように支えていくのかという問題意識のもとで、ぼくたちは一貫して支援してきたつもりです。
ところが、今ではこのような単発のイベント型の支援でさえ減っています。対照的に、被災者の生活はどんどん深刻さを増しているのが現状です。こうした状況を踏まえた上で、どのような被災者支援をすべきか、今一度考え直していくことが重要です。
佐藤 確かに、自治体も体力を失いつつある中で、現状でわれわれができることと言えばきちんとニーズを把握して、それを普遍的な政策につなげていくような調査をして社会に訴えていくということぐらいなのかもしれません。とりわけ、仙台を被災地としてみる視線、被災と貧困という問題を関連させて見る視点が決定的に欠落している中で、きちんと調査をする意義はすごく大きいと思います。
渡辺 おっしゃる通りで、調査から明らかになった貧困の課題をいかにして普遍的な生活保障の制度の議論へとつなげていくかが、ぼくたち支援者に問われています。2年間にわたる支援の中で、たんに送迎をしたり勉強を教えたりするだけでは、被災者の生活課題を解決できないという限界にぶちあたりました。だからこそ、現状を打破するために、被災地仙台の実相を社会に発信し、ここから議論を立てていくことが必要です。もちろん、状況を直ちに変えうるとは思いませんが、現場で被災者の日常に密着した支援を続け、様々な生活の課題が見えきたからこそ、取り組まなければならないと感じています。
大学生×NPOの可能性
佐藤 調査員としてぼくのゼミ生も参加させていただいています。最後に、教育という観点から、この調査にどのような意義や展望があるのかお話しします。そもそも、どうしてぼくがPOSSEに声をかけたのかと言うと、大学教育がうまく言っていないといわれるなかで、若い学生たちの可能性を捨てたくないと思っているからです。
「最近の学生たちはやる気がない」なんていうのはよく聞かれるクリシェですが、それは嘘です。大学に入りたての一年生に接してみれば分かるように、みんな何か学んでやろうとして大学に入っています。だけど、そうした問題意識は一年も続きません。それは学生たちが悪いんじゃなくて、われわれの問題だと思っています。
社会の流動性が高まっていくなかで、テキスト中心、座学中心の授業だけをやっていても効果は薄い。それで試験で点数を取って単位を取得して卒業したからといって、それがなんだっていうんでしょうか。現実に学生が必要としているのは知行合一的な、行動し、実践するための知識です。社会に関わって、最終的には社会を変えていくような知識をどうやって学んでいくのか。そこで、ぼくより若い大学生や大学院生を含めた人たちが立派な活動をやっているということで、POSSEに関わらせてもらうことにしました。POSSEのメンバーは、ぼくのゼミ生と年齢も近いので得られるものも多いだろう、たくさんの刺激を受けるに違いないと考えたんです。
渡辺 今年の4月に、突然佐藤先生から「ゼミをどうするか相談したいんですけど」と電話がかかってきたんですよね(笑)。
佐藤 ええ、ゼミの始まる2日前とかそんな感じですよね。前にもらった渡辺さんの名刺を一生懸命さがして。それで電話かけたらすぐOKしてくれたんでしたよね?
渡辺 はい、その場で。やりましょうと。ずっと調査をやりたいとは考えていたんです。POSSEでも4月にボランティア募集をするのですが、なかなか人が集まらなくて、そんなときに佐藤先生から連絡があり、渡りに船という感じでした。
佐藤 実際、学生はよく勉強してくれています。POSSEでは勉強会もやっていて、日曜日に3時間ぐらい勉強するんです。今どき、日曜日に勉強している大学生がいるでしょうか(笑)。 ゼミでも当然文献を読むし、ボランティアもやる。もちろん、バイトもしています。その中で鍛えられて、学生の成長を実感しています。
渡辺 正直、ゼミと一緒にやるのはぼくたちとしても不安がありました。というのも、POSSEのボランティアは自発的に何かをやりたくて来る人たちですが、ゼミというのは、ある種制度的に集まるところです。中には、あまり気が進まないけど先生に言われてしょうがなく参加する人もいるのではと思っていました。ところが、佐藤ゼミの学生はすごく積極的で様々な支援の現場にも参加してくれている。いい意味で予想が裏切られましたね。
佐藤 先日、インゼミで他の大学の学生と議論させたのですが、考える力も喋る力も他大学の学生とは格段に違うと感じました。要するに、教育のあり方は変えられる。それをぼくの学生は実証してくれていて、うれしく思っています。だから、この仮設調査は、元気な学生と若いNPOとの共同調査という点において、大学教育のあり方そのものを問い、変えてしまうことになるのかなとも考えています。
渡辺 幸運にも、こうやって、佐藤ゼミの協力も得られながら調査を進めているところなので、これから秋にかけて調査を重ねて、まとめたものをシンポジウムやイベントの形で発表していきたいと思っています。
(2013年9月6日、仙台POSSE主催シンポジウムにて収録)
プロフィール
佐藤滋
1981年新潟県生まれ。東北学院大学経済学部准教授。横浜国立大学大学院国際社会科学研究科博士課程修了、博士(経済学)。専門は財政学。共著に『交響する社会』(ナカニシヤ出版、2011年)、『危機と再建の比較財政史』(ミネルヴァ書房、2013年)。
渡辺寛人
1988年神奈川県生まれ。NPO法人POSSE仙台支部代表。一橋大学大学院社会学研究科修士課程在籍。専門は、貧困問題、社会福祉。東日本大震災発生後の2011年5月に仙台に移り住み、以後被災者支援活動に取り組んでいる。