ソレは突然やってくる――『父と息子の大闘病日記』(他)

『父と息子の大闘病日記』(扶桑社)/神足祐太郎・神足裕司

 

ソレは突然やってくる――2011年9月。父・神足裕司がくも膜下出血で倒れた。息子である祐太郎は当時24歳で社会人2年目。転院ってどうすればいいの? 在宅介護はどうやれば? 妹の学費はどうしたら? なんにもわからないまま、病気、介護、お金、といった問題に家族は巻き込まれていく。

 

今回、紹介する『父と息子の大闘病日記』は、父のケアの過程を、息子の目線で描き、それに対し父が応答を行う形で書かれたエッセイだ。ケアする側と、ケアされる側、両方の視点で進んでいく。

 

転院してリハビリがはじまり、笑顔が少なくなっていく父の様子を気遣う息子。一方父は、「幼児と変わらない」馬鹿にされたように感じるプログラムと、「この人できないんじゃない」と思われながらやることにいら立っている。言葉で表せないだけで、患者は敏感に感じ取っているのだ。

 

また、くも膜下出血から生還し、「高次脳機能障害」になってしまったと診断を受けるのだが、「ボクは高次脳機能障害という病気になっているというが、ボクはそうではないと思う。ボクにはわかっている。けれど、言えないのだ。もう少しゆっくり話してくれればすべてが解決する。誰かボクをわかってくれ!」と父は書き綴る。

 

少し体が動かなくなったり、意思の伝達が不自由になるだけで、急激に主体性のないものとして扱われてしまう。その事実にハッとさせられると同時に、「多少考え方が変わって、多少やる気がなくなっても父は父だ。笑い方やちょっとしたしぐさがそれを教えてくれる。」と受け止める息子の姿に少し救われるような気持ちになる。

 

父が毎年つくってくれたおせち、「お尻を三回ふけ」という家訓、二十歳になった息子を行きつけの飲み屋に連れて行く父。闘病前のエピソードの一つ一つが、ケアし、ケアされる関係になっても、確かに輝き続ける。紡ぎ出される物語は、「闘病もの」の枠を超えた親子の物語として、読む人の心を打つだろう。(評者/山本菜々子)

 

 

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