五輪エンブレム問題――「パクリ」批判は正しいのか?

エンブレム問題は佐野氏のエンブレムの取り下げをもって決着し、事態は収拾に向かっている。この事件はネット上の世論が現実世界を動かした点に特徴がある。しかし、著作権侵害あるいはパクリ・盗用についてのネット上の世論をそのまま世論として受け入れることには問題がある。本稿は著作権侵害についての簡単な解説を行い、この問題点を指摘する事を目的とする。

 

 

著作権を侵害しているのか

 

著作権侵害のハードルは高い

 

まず佐野氏のエンブレムは他作品の著作権を侵害しているのだろうか。これについて、多くの著作権専門家は著作権侵害には当たらないだろうとしている。(注)法律の専門家の説明は専門外の人にはわかりにくいところがあるので、法学者ではない強みあるいは弱みを生かして、以下私なりの解説を述べてみよう。正確さには欠けるが、できるだけわかりやすい説明を試みてみる。エンブレムが著作権侵害にならない直接の理由は、どれくらい似ていれば侵害になるのかのハードルが一般の人が考えるよりも高いためである。(文末注1)

 

(注)たとえば次のような例があげられる。

(1)「疑惑の五輪エンブレムは「著作権侵害」ではない? 骨董通り法律事務所 福井健策弁護士に聞く」福井健策弁護士

(2)「五輪エンブレム問題、仮にデザイン盗用でも「知らぬ存ぜぬ」で著作権侵害にならない?」木村佳生弁護士

(3)「2020年東京オリンピック・エンブレムは著作権侵害? 専門家の見方」神戸大学大学院法学研究科・教授 島並良

(4)2020東京五輪エンブレム著作権問題に関する3人の専門家のツイート 島並良神戸大学大学院法学研究科・教授、水野祐弁護士、奥邨弘司慶應義塾大学法科大学院教授

(5)「パクリと違法のあいだ―わかりやすい著作権法とオリンピックエンブレム問題」中田裕人弁護士

なお、デザイナーによる侵害ではないという説明は次の説明が詳しい。

よくわかる、なぜ「五輪とリエージュのロゴは似てない」と考えるデザイナーが多いのか?」深津貴之

 

図1はいくつかの裁判で侵害が争点になった判決例である。事例1は子供向けの学習本の表紙に使われた博士の絵が似ているかどうかが争点になった。(注1)左が訴えた原告で、右側が訴えられた被告である。見てわかるとおり素人目には非常に似ているように思えるが、判決はシロであり、著作権侵害ではないとされている。事例2は猫のぬいぐるみのデザインが似ているかが問われたもので、これもちょっと見るだけだと似ている印象をうけるが著作権侵害とはされていない。(注2)事例3は、マンションについて説明する読本に描かれた女性(右)が、一人暮らし女性向けの生活提案本にでる女性に似ているとされた事件である。(注3)これも一見するとかなり似ているように思えるが、やはり判決で侵害とはされていない。

 

 

図1 著作権侵害訴訟の判決事例

 

事例1 博士イラスト事件

左原告、右被告

左・原告  右・被告

 

 

事例2 猫のぬいぐるみ事件

左原告、右被告

左・原告  右・被告

 

 

事例3 マンション読本事件

左原告・一人暮らし女性向けの本、右被告・マンション読本

左・原告、一人暮らし女性向けの本  右・被告、マンション読本

 

(注1)東京地裁判決平成20.7.4 平成18年(ワ)16899「博士イラスト事件」

 

(注2)大阪地判平成22.2.25 平成21年(ワ)6411「猫のぬいぐるみ事件」

 

(注3)大阪地裁平成21.3.26平成19(ワ)7877「マンション読本事件」

 

このように素人目にはかなり似ていても著作権侵害にはならない例が多々ある。むろんこれらは裁判になったくらいなのでボーダーラインであり、似た程度の類似で侵害が認められた事件もある。特に博士イラスト事件は学者の間にも異論があるようで、おそらくは限界事例である。しかし、少なくともここまでの類似性がないとボーダーライン上にも乗らないのであり、少し似ているという程度では侵害にはならない。

 

これは似ている部分があっても、それがありふれたものであれば侵害にはならないためである。判決文では似ている部分があることは認めながらも、似ている部分はありふれたものであるので、著作権侵害ではないとしている。ありふれた部分はアイデアとされ、それを元に新たに創作をくわえていくことが許される。

 

著作権法がこのような運用をされているのは、次代の創作の機会と意欲を奪わないためと考えられる。創作のためには足場が必要である。無から有を生じる人は稀であり、ほとんどは元になったものに手を加えていく。文化の発展はその連鎖の上になりたっており、この創造の連鎖を断つことがないように侵害認定は慎重になっている。(文末注2)

 

具体的に見ていこう。たとえば事例1の博士イラスト事件の例でいえば、なるほど二つの絵は似ている。角帽もカイゼル髭も頭の脇の丸い髪型の2つの塊も同じである。しかし、判決ではこれらの特徴は博士の表現としてはありふれたもので、著作権で保護すべき「表現」ではないとされた。もし、ここで侵害を認めると、角帽、カイゼル髭、丸い髪型が、原告の独占物になり、他の人は許可なく使えなくなってしまう恐れがある。それは「博士」というものをさまざまに表現したいであろう後世のクリエイターの創作活動を大きく制約する。

 

別の言い方をすると、ここで帽子・髭・頭髪の形は、博士であることを見た人に伝えるための「アイデア」に属するとされたことになる。著作権法は表現は保護するが、アイデアは保護しない。似ているのがアイデア部分なら著作権保護の対象にはならず、侵害ではないことになる。(文末注3)

 

事例2の猫のぬいぐるみ事件では、似ている部分はその形状である。細身の猫が尾をたてて背をまるめている形状はそっくりである。しかし、判決は、猫が襲いかかるときにこのような姿勢をとることはよく知られており、体の細さも通常の表現の範囲内とされ、著作権保護の対象とはしなかった。原告の創作性はやさしくのんきな印象を与える顔の部分にあるとし、被告の猫にはそのような特徴がみられないので、侵害にはあたらないとしている。

 

言い換えれば、背を丸めて尾をたてて襲いかかろうとする猫の形状はアイデアに属するのであり、表現ではないと見なしたことになる。もし、ここで猫の形状に著作権を認めると、今後は背をまるめて襲いかかる格好をした猫のぬいぐるみは原告の独占物となり、原告の許可なしには作れなくなる。裁判所はそうなることを避けたと解釈できる。

 

事例3のマンション読本の事件では、登場する女性キャラは、なで肩、細身の体、上で丸めた髪型、△○等の簡単なシルエット、足先をハの字型に開いたポーズなどはよく似ている。しかし、判決ではこれらの特徴は単純化した人物描写ではよくあるもので、著作権保護の対象ではないとされた。

 

創作性があるのは顔部分で、原告の場合は、白眼で口元が一直線、表情も硬い等、一人暮らしの女性のクールな面を描いているのに対し、被告の場合では、目が黒眼で、口元が笑っており、ほほがややピンクで柔和な印象をうけるなど、30代の結婚した子供のある女性をイメージしている。両者の創作部分は顔で、その顔が表すイメージが異なる以上、侵害にはあたらないと裁判所は判断した。(文末注4)

 

このマンション読本事件では、被告側のイラストレータが訴訟前に原告に送ったメールのなかで、無断で作品を利用して申し訳なかった旨を述べており、依拠性が明らかであった。(文末注5)それにもかかわらず裁判所は侵害を認めなかった。細身、髪型などの体型はよくあるものでアイデアに属しており、この体型部分に著作権を認めると他のクリエイターが同じ体型の人物を描けなくなる。裁判所は、そうなることを避けたと理解できる。

 

このように、似ている部分があってもそれがよくあるアイデアにとどまっていれば著作権侵害にはならない。(文末注6)似ている部分をアイデアとしておけば、他の多くのクリエイターがそれを利用でき、創造の連鎖が維持される。著作権保護の対象とするということは、その人の独占物にするということで、他者が利用できなくなる。著作権保護は作者が生きている限り続き、死後も50年あるいは70年維持されるので、実質的な保護期間は100年にもわたる。いわば法が保証する独占が100年続き、創造の連鎖が100年もの長期間断たれることになる。この制約の損失は大きい。

 

著作権の目的は模倣の禁止ではなく、文化の発展にある。ここで、文化の発展とは、多くの作品が創造され、それが多くの人に享受されることであろう。著作権保護によって創作の制約が増え、創作活動がやせ細っては意味がない。それゆえ侵害のハードルは高くなっていると考えられる。【次ページにつづく】

 

 

 

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