『マダニ』が媒介する感染症、その生態と対策とは?

2016年8月15日、北海道の山中で40代の男性がウイルスを持つマダニに噛まれ、ダニ媒介脳炎を発症して死亡した。ダニ媒介脳炎の感染確認は1993年以来2例目で、死者は今回が初めて。また、沖縄では重症熱性血小板減少症候群(SFTS)が確認され、国内の死者はこれまで48人に上っている。さまざまな感染症をもたらすマダニの生態とはどのようなものなのか。その対策について、東京慈恵会医科大学教授の嘉糠洋陸氏にお話を伺う。2016年08月17日放送TBSラジオ荻上チキ・Session-22「マダニの生態と対策」より抄録(構成/畠山美香)

 

■ 荻上チキ・Session22とは

TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。さまざまな形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセッションに参加してください。番組ホームページはこちら → http://www.tbsradio.jp/ss954/

 

 

血を栄養とするマダニ

 

荻上 今日のゲストをご紹介いたします。マダニや蚊などの行動生態学がご専門、東京慈恵会医科大学教授の嘉糠洋陸さんです。マダニというのはどのような特徴を持った生物なのでしょうか。

 

嘉糠 マダニは血しか吸いません。他の食べ物は一切取り込みません。ウシ、シカ、ウマ、タヌキといった、大抵の野生動物はマダニへの血の供給源と言っていいと思います。

 

荻上 リスナーの方から質問がきています。

 

「犬の散歩から帰ると、犬にくっついているダニはマダニとは違うのでしょうか。血を吸うとパンパンに膨らんで1センチ近くになり背中に気味が悪い模様が浮かび上がっています」

 

嘉糠 それはまさにマダニです。マダニには脚が8本あります。一番前の脚の先端にはかぎ爪があって、マダニはそれを利用して動物の毛を上手に引っかけ、身体に取り付きます。マダニが血を吸うと、1センチほどの小豆くらいの大きさになります。吸った血を栄養にして、たくさんの卵を作り出します。

 

 

マダニの生息地

 

荻上 他にもこのような質問がきております

 

「マダニは日本中にいるのでしょうか。またどんな生態をしているのでしょうか」

 

嘉糠 私は、北は北海道から南は沖縄まで、いろいろな場所にマダニを取りに行きます。野生動物がいるところには、ほぼマダニが棲息していると考えていいでしょう。

 

荻上 寒い地域、例えば北海道だと蚊やゴキブリが少ないと言われています。マダニは寒さは苦手ではないのでしょうか。

 

嘉糠 マダニは寒さに強い生き物です。日本では約20種類くらいのマダニがいますが、暖かい季節になるとどこでも現れます。

 

荻上 牧草地であるとか、都市部であるとか、生息している場所としてはどうでしょうか。

 

嘉糠 ほとんどのマダニは、通常は野生動物の血を吸って生きながらえています。つまり、山間部や藪など、動物を見かけるような土地にはまずマダニがいます。逆に、都心の公園などではなかなか野生動物がいないので、そういう場所でマダニを見つけることは困難です。

 

 

ダニとマダニの違い

 

荻上 では都市部の野生動物が少ないところのほうが、マダニの危険性は低いということですね。マダニというのはダニの一種なのでしょうか。

 

嘉糠 マダニは、家屋の中の畳や布団にいるいわゆる“ダニ”とは種類が違います。

 

荻上 ダニ対策用のスプレーはマダニとは関係ないのでしょうか。

 

嘉糠 それらのスプレーは、既に家の中に潜んでいるダニを殺すためのものです。マダニは野外で私達の身体に取り付いてくるものなので、殺虫剤での対策はなかなか難しいのです。

 

荻上 ペットを飼っている人はマダニに気をつけないといけないのですね。

 

嘉糠 散歩中にマダニがイヌの毛に絡みつき、家まで連れて帰ってきてしまうケースは多いです。特に、室内犬の場合、マダニが家屋の中に持ち込まれることになるので、注意が必要です。

 

荻上 マダニというのは日本だけではなく、海外にもいるのでしょうか。

 

嘉糠 世界中に生息しています。マダニは、「ダニ目」という分類に含まれるのですが、自然にはまだ相当な数の未同定のダニがいて、それらを含めるとその数は50万種とも100万種言われています。

 

荻上 50万種……ダニとマダニの違いはあるのでしょうか?

 

嘉糠 「ダニ」はあくまで総称です。ついひっくるめて「ダニ」と言ってしまいますが、家の中の家ダニや塵ダニなどは、英語ではマイト(Mites)と言います。マダニは、チック(Tick)です。この二種類は生物学的には別物です。

 

荻上 マイトというのはどのようなダニなのでしょうか。

 

嘉糠 アレルギーの原因になる家ダニや塵ダニ、疥癬という皮膚が痒くなる病気を引き起こすヒゼンダニ、人間の毛穴の中に棲む、とても小さなニキビダニなどが知られています。

 

荻上 顔にいるダニもいるんですね。

 

 

嘉糠氏

嘉糠氏

 

 

人間にとって有害なマダニ

 

荻上 ダニの中には人にとって有益なダニもいるのでしょうか。

 

嘉糠 家の中にいるようなダニは、生き物の死骸を構成するタンパク質などを食べて生きています。廃棄物を分解しているのです。そうしたものは、生態系の中で大事な役割を果たしているといえます。ただ、ダニが人間に直接利益をもたらすことは知られていません。

 

荻上 他にも質問がきております

 

「なぜマダニは人間にとって有害なものを媒介するのでしょうか。他のダニもマダニのような有害なダニはいるのでしょか。」

 

嘉糠 自然界では、動物とマダニの間で、吸血を介して、病原体(病気の元)が循環しています。マダニは、シカやクマなど様々な野生動物の血を吸うのですが、これらの動物に対して悪さをほとんどしません。その病原体が、マダニがヒトを咬むことで私達の体内に入ってしまうと、その病原体は突然暴れだし、人間は病気になります。しかし、これらの病原体は、野生動物の身体の中では大人しくしています。共生しながら暮らしている……と言えるでしょう。

 

荻上 人間にだけ病気をもたらすということでしょうか。

 

嘉糠 そうです。例えば、エボラ出血熱は、本来はジャングルに生息する動物の中で循環していると考えられています。それが人間に感染すると、突然致死率の高い症状を引き起こすということとよく似ています。

 

 

ダニ媒介脳炎の特徴

 

荻上 北海道でマダニ経由で病気に感染してしまい亡くなってしまった男性のニュースについてリスナーの方から質問がきております。

 

「今回北海道で男性が発症したダニ媒介脳炎というのはどういう症状なのでしょうか。」

 

嘉糠 「脳炎」という名の通り、神経症状が特徴です。最初は頭痛や発熱など、一般的な風邪の症状と似ています。しかし、重症化すると、痙攣や麻痺、精神錯乱あるいは昏睡状態を呈するようになり、最悪の場合は死に至ります。

 

荻上 感染例が少ないということは珍しいと考えて良いのでしょうか。

 

嘉糠 日本で最初の国内感染は、1993年の北海道での症例でした。今回のケースは、それ以来の2例目で、死亡したのは初めてです。数だけ見てみるとごく稀のように感じられますが、診断が付かない、医師が気付かなかった等、隠れている感染例はもっとたくさんあるのではないでしょうか。

 

荻上 何からダニを媒介して人間に感染したのか、特定はできていないのでしょうか。

 

嘉糠 1993年にこの病気の国内感染が発見された当時の調査から、ダニ媒介性脳炎ウイルスを持っている動物はネズミの仲間であろうと考えられています。ネズミとマダニの間を、ウイルスがぐるぐると行き来している。そして、ウイルスを持ったマダニが、運の悪い人を吸血することで、人間の体の中にウイルスが入り発症するのです。

 

荻上 ダニ媒介脳炎が人から人へ感染するということはないのでしょうか。

 

嘉糠 今のところないと言われています。ウイルスを持ったネズミは病気にならず、自由に歩き回っていることを考えると、そのネズミの血を吸ったマダニをがヒトに媒介するケースの方が、圧倒的に頻度が高いと思います。【次ページにつづく】

 

 

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