2014.07.31

ALSとの遭遇――『宇宙兄弟』作者とALS患者の想い

小山宙哉×岡部宏生×橋本操×川口有美子

情報 #ALS#宇宙兄弟

南波兄弟(六太・日々人)が、共に宇宙飛行士となって宇宙を目指す、大人気漫画『宇宙兄弟』(『モーニング』(講談社)で連載中)。この作品には、筋萎縮性側索硬化症(ALS)という、次第に筋肉が委縮し、いずれ全身が動かなくなる難病が登場する。『宇宙兄弟』作者の小山宙哉さんは、なぜ宇宙と関係がないように思える難病を描くことにしたのか。そしてALS患者の岡部宏生さん、橋本操さんは、『宇宙兄弟』になにを思い、なにを願うのか。母親をALSで亡くしているNPO法人ALS/MNDサポートセンター・さくら会理事の川口有美子さんと共に、ALSについて、『宇宙兄弟』について、語り合った。(構成/金子昂)

『宇宙兄弟』作者とALS患者

小山 ぼくが描いている『宇宙兄弟』という漫画には、伊東せりかといって、もともとは女医の宇宙飛行士がいます。ALSでお父さんを亡くしているせりかは、ALSを治す手掛かりを宇宙で探すために国際宇宙ステーションの「きぼう」モジュールのミッションへの参加を目指しています。

そして『宇宙兄弟』にはもうひとり、物語の途中からALSを発症した天文学者の金子シャロンというキャラクターがいます。彼女は、この漫画の主人公である南波六太・日々人兄弟に小さい頃から影響を与えてきた、非常に重要な人物です。

これから漫画を描き進めていく中で、ALSをどのように描いていくか、ぜひおふたりにお話を伺って参考にしたと思っています。どうぞよろしくお願いします。

岡部 今日は楽しみにしていました。少し時間はかかりますが自由にコミュニケーションはとれます。よろしくお願いします。

『宇宙兄弟』の名前は以前から聞いていたのですが、これまで見たことはなかったのです。今回の機会に見たいと思って周りの人に頼んだら、漫画やDVDをたくさんの人が持っていて、今更ながらその人気に驚きました。とても楽しくてスケールの大きな作品ですが、それだけでなくて人の深いところに触れている作品ですね。

私はALSの患者と宇宙といえば、呼吸器をつけているダースベイダーが思いつくのですが、『宇宙兄弟』を見てからは宇宙飛行士にも似ているように思いました。人工呼吸器なら宇宙に行っても生きていけそうですし、コミュニケーションをするには特殊な技術や装置が必要ですが、それはまるで交信みたいなものです。

橋本 昨日、夜勤の学生が宇宙兄弟を全巻持っていて、徹夜で学生からレクチャーを受けました。ちなみに小山さんと私の共通点は鳥山明先生だけでした。

小山 ああ、好きな漫画家さんが一緒ですね(笑)

橋本 『Dr.スランプ アラレちゃん』がすごく好きです。

小山 ぼくはドラゴンボール世代ですね。

橋本 孫悟空が産みたかった。

川口 あはは。ちょっとご説明しますと、橋本さんは、娘さんが幼稚園児のときにALSを発病されたんです。実は日本で初めて気管吸引や経管栄養などの医療的なことも含むすべての介護を、非医療職のヘルパーや学生に24時間365日してもらうことに成功したALS患者。ほとんど身体を動かせない、呼吸もできないのに家族に頼らず自立している人で、いまはマンションで一人暮らしをしています。そして、岡部さんも橋本さんよりずっと後から発症されたのですが、橋本さんに習ってヘルパーを使っての独居でいらっしゃいます。

『宇宙兄弟』作者の小山宙哉さん
『宇宙兄弟』作者の小山宙哉さん

誰かのお世話になるのはツラいこと

橋本 くだらない質問ですけど、どうしてお兄ちゃんまで宇宙に行かないといけないんですか?

小山 最初、六太は弟が宇宙に行くのを見送るだけにしようと思っていたんですよ。技術者にでもしようかなって。でも、六太が宇宙に行く方がワクワクするよなと思いなおしたんです。

岡部 六太っていい名前ですね。どうやって付けたのですか?

小山 ニュアンスですね。弟は格好良くて、兄は格好悪いっていうのは決めていたんです。まず弟のかっこいい名前を考えました。「ハヤト」「マサト」みたいに最後に「ト」が付くとイケメンのような気がしたんですね。それで、いままで誰も使ったことがない「日々人」が思いついたんです。

お兄ちゃんの六太の場合は、絶対にかっこよくならない響きを考えました。「六太」って絶対イケメンの名前じゃないですよね(笑)かっこつけても決まりきらない名前だなと思って。

岡部 うまくハマりましたね(笑)

橋本 一人っ子なのによく兄弟のイメージが湧きますね。

小山 想像なんですけどね。想像だけがぼくのとりえというか。ぼくは宇宙のことも知りませんし。

橋本 兄弟がいるとしたら、お兄ちゃんと弟のどっちが欲しかったですか?

小山 お兄ちゃんかなあ。

橋本 六太みたいな? 私には4人もお兄ちゃんがいるから小山さんに勝っています(笑)。

小山 あはは。

川口 橋本さんのご実家は千葉の漁師なんです。末っ子で、ひとりだけの女の子だから、めちゃくちゃ可愛がられて昔からちやほやされていたらしいです。小さい頃から要介護みたいな(笑)。

誰かにお世話されるのはツラいものだと思います。でもALSの患者さんはそれを乗り越えないと生きていけない。橋本さんは「最初から世話されるのが平気だった」って言うんですけど。

橋本 申し訳ないわね(笑)

川口 私は橋本さんが嘘を言っていると思うんですけどね。

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岡部宏生さん

「知らない」ことが壁になる

橋本 お話の途中でシャロンがALSになったのは理由があったんですか? 最初はALSの名前を出さずにいましたね。

川口 そうそう、名前がでた瞬間から、ALSは『宇宙兄弟』の重要なファクターになったと私は感じました。

小山 漫画は無責任なもので、空想の話を描いています。だから病名は出さない方向で考えていたんです。ALSという名前を出すかどうかはずっと悩んでいました。

ALSを『宇宙兄弟』に登場させたのは、あるお医者さんに「宇宙で研究するとしたらどんな病気がありますか?」とアドバイスをもらったときに紹介されたことがきっかけでした。詳しい症状を聞いて、想像して、やっぱり怖いと思いました。その怖さをぼくは想像することしかできないから、どこまで書ききれるのかわからない。でも病気に立ち向かっている人を描きたいって思ったんです。

橋本 ALSを発症している物理学者のホーキング博士がきっかけで、ALSを描いたのかと思いました。

小山 ホーキング博士のことはあとから知ったんですよ。

シャロンが発症したのは、きっとそうしたら六太は宇宙に行きたいって気持ちを今まで以上に強く持つようになる気がしたんです。そしてそれは病名を出さないと伝わらない気がした。

橋本 ALSは宇宙なみに深い病気ですよ。

小山 そうですよね。ぼくもそういうことを描きたいと思っているんです。宇宙にいる感覚に近いような気がするんです、なんとなく。

川口 「ALSが治せるようになったら、すべての病気が治せるようになる」って言われているくらい難しい病気なんです。

小山 漫画ですし、未来のことを描いているので、治せるようになりたいとは思っています。ただ現代ではまだ治せずにいるので勘違いされないようにしなくちゃいけないですし、まだ先のことはわかりませんが……。

岡部 ALSを取りあげてもらえるのはとても嬉しいです。どうしてかというと、人がコミュニケーションをとる際に壁になるのは、「知らない」ことが大きいからです。知ってもらえる機会があるのはとても大きなことなんです。

岡部さん(左)、橋本さん(右)とヘルパーの皆さん
岡部さん(左)、橋本さん(右)とヘルパーの皆さん

健常者をサポートする患者

岡部 勝手な患者の希望を言わせてもらうと、シャロンの活躍を期待しています。橋本さんや私は、呼吸器をつけていながら国内はもちろん、海外にも行って活動しています。シャロンだって天文学者として研究活動を続けることは可能だと思います。それに病気でも活躍できるんだ、ということではなく、いずれ活動ができなくなってしまっても、人間の存在そのものの意味を考えさせてくれるようなことを期待しています。

小山 シャロンは仕事ができなくなってしまうんじゃないかというイメージを持っていたので、いまのお話を聞いて、シャロンが活躍している姿は描きたいなと思いました。

岡部 ぜひ検討してください!

橋本 ほとんどのALS患者は、シャロンのような素敵な言葉を残して健常者をサポートしているんですよ。私は患者さんにシャロンの名言を伝えるようにしています。

川口 「健常者をサポートしている」(笑) 実は私たち、患者さんに励まされることがけっこうあるんです。

小山 そうなんですね。患者さんに突き動かされるというのも描きたいなあ……。

「口文字」というコミュニケーション

川口 小山さん、今日すごく緊張されていますよね。患者さんに会ったのは初めてですか?

小山 緊張していますね……お会いしたのは初めてです。

川口 ふたりとも表情が作れなくなってしまっているのでわからないと思うんですけど、とても喜んでいるんですよ。

小山 いやいや、ありがとうございます、本当に。

川口 おふたりがどうやって話をしているか気になっていると思うので、ちょっと解説しますね。ふたりは「口文字」を使って話をしています。

おふたりは、本当に微細ですけど、口で母音の形を作っています。「あ・い・う・え・お」って。その口の形を読み取ったヘルパーさんが、例えば「あ」だったら、「あかさたなはまやらわ」って今度は50音表のア行を横に読み上げていきます。そして、言いたい音がきたら瞬きで小さなサインをだす。そうやって一文字一文字ずつ音を口の形と瞬きで表示して読み取ってもらい、ヘルパーと共同で言葉を紡いでいるんです。この口文字は長い時間かけて訓練された人じゃないと読み取れないんですけどね。

宇宙兄弟 231話より
宇宙兄弟 231話より

小山 どのくらい一緒にいるとコミュニケーションってとれるようになるんですか?

岡部 毎日練習してだいたい3か月は必要ですね。不自由なくできるようになるのは1年くらいです。

小山 読み取れる人は何人くらいいるんですか?

岡部 私は6人。橋本さんはもっと一杯います。

川口 50音が書かれた透明な文字盤を使ってコミュニケーションをとることもできますし、『宇宙兄弟』の中でシャロンが使っている意思伝達装置のようなものも実際にあります。でも岡部さんと橋本さんみたいに、口文字が流行りだしているんですよ。まだ、この方法ができる人は世界でもわずかしかいないんですけど。

小山さんもヘルパーになれる!?

小山 どうして文字盤でなくて、口文字なんですか?

川口 スタンダードなのは透明文字盤。透明文字盤は、ALS介護の登竜門みたいな感じなんですよ。橋本さんは、瞼を開けるのもたいへんになってきているので、口文字を使っていてよかった。

岡部 文字盤のほうが遅いんです。口文字の方がはやく話せます。でも疲れたときは文字盤をつかいます。

川口 あと透明文字盤は、両手でかざして患者さんの正面に立たないといけないでヘルパーさんが他のことができなくなっちゃうんです。口文字なら近くで別のことをしていても手を止めないで話が聞けますよね。

小山 文字盤はどうやって使うんですか? 視線だけでわかるものですか?

岡部 やってみますか?

小山 佐渡島さん(小山さんの担当編集者)、ちょっとやってみてください。

ヘルパー (岡部さんのヘルパーさんが佐渡島さんの前に透明な文字盤をかざす)……「み」ですか?

佐渡島 そうです。すごいな。超不思議ですよ。小山さんもやってみてくださいよ。ぼくの前にかざしてみてください。

小山 うーん、「め」。

佐渡島 あれ!? わかるもんですか?

小山 文字盤を動かすと、見ている文字を追って患者の目が動くでしょ? それでわかる。

川口 小山さんも岡部さんのヘルパーになれるかもしれませんね。7人目に!

小山 あはは。

岡部さんのヘルパーさんに文字盤をかざされる小山さん
岡部さんのヘルパーさんが小山さんの前に文字盤をかざす

2029年のコミュニケーションはどうなってる?

岡部 いま透明文字盤でも口文字でもない、新しいタイプのコミュニケーションスイッチ「サイバニクス・スイッチ」が日本で開発されました。筑波大学の山海嘉之先生が発明してくれたのです。私はそのパイロット試験をやっています。

「腕を動かしたい」と考えると、脳から腕に向けて微妙な電気が走ります。体にその電気を読み取るシールを貼り、文字盤が表示されているパソコンに繋げます。パソコンに表示されている文字盤には、五十音を横に「あかさたなはまやらわ」と動くカーソルがあり、最初に子音を決めます。次に、縦に動くカーソルを止めて、一文字ずつ決めます。

小山 すごいですね。シャロンが使っているタブレット端末は、未来の話にしては古いんですね。

川口 そう。いまシャロンは指が動かせるからタブレットでも大丈夫ですけど、いつか指も動かせなくなってしまっても、これなら大丈夫でしょ。

小山 それは描けそうですね。いつか頭の中で考えただけで文字になるような発明が出てくるといいですよね。

岡部 腕から電気を読み取るのではなく、脳波をとらえるという考え方で開発しているものもあります。

川口 脳に電極を直接刺したりする方法もあるだけど、やっぱり外科手術がないほうがいいでしょう?

岡部 脳でコミュニケーションが取れるようになったらいいのですが、あと10年はかかるそうです。

小山 ああ、『宇宙兄弟』はいま2029年なので、大丈夫ですね。

川口 きっとその頃には普通に使っていますよ! いえ、もっと進歩しているかもしれない。描いちゃえ描いちゃえ。

尊厳死ではなく、呼吸器を選んだ理由

川口 シャロンはこれから人工呼吸器をつけるかどうかの意思決定を迫られると思います。女性の患者さんは、呼吸器をつけないで、俗にいう「尊厳死」を選んでしまう人が多いんですよね。でも橋本さんは呼吸器をつけることを選びました、当然のように。

小山 そうですよね。まだどうやって描けばいいのか迷っています。シャロンはどんなことを思うのか……。おふたりの経験談とか、どんなことを描いて欲しいとお思いか教えて欲しいです。ALSってみなさん同じように進行していくものですか?

川口 ほぼ誰でも同じ経過と決まっています。最初に、嚥下障害が始まって飲み物や食べ物が飲みにくくなります。言葉も不明瞭になってきます。あとは、痰がのどにくっついて不快だし、気道もつまりやすくなります。肺炎の危険も高まりますね。そうなると早い段階で胃ろうをつくって、口でご飯を食べながら、胃ろうで栄養と水分を注入するようになります。

やがて呼吸筋が麻痺して、息を吐く力が弱まります。体内に二酸化炭素が溜まってしまうので、だんだんぼーっとしてきて、頭痛も覚えるようになる。健康な人の血中酸素濃度はだいたい99%くらいなのですが、ALS患者さんの場合、だんだん数値が悪くなって、94%を切ると、かなり苦しくなってくるんですね。呼吸器が必要になるのはこのあたりです。

はじめに付けるのは非侵襲性といって体に穴をあけないでいい呼吸器を使います。鼻から挿入するものやフルフェイスのものなど種類はいろいろです。でも、いずれ嚥下困難になって痰が詰まるようになるので、気管切開が必要になる。でもこのときはまだ、ずっと呼吸器をつけているのではなくて、ときどき使うだけの人もいるし、気管切開だけして呼吸器を使わずに亡くなられる方もいるんですね。この先は、自己決定を迫られます。24時間呼吸器を装着することになったら、それ以降は外せなくなるので。

小山 なるほど……普段、呼吸器はどうやって使っているんですか?

川口 単純な機械です。最初はドクターが1分間に何回呼吸をするか、どれだけの酸素を送るかを調整してくれるんです。それは大事な設定だから、素人が勝手にいじっちゃいけないことになっています。本人ですら。でも寝るときと起きているときって呼吸の回数も深さも違います。だから、まあ、就寝前とかに自分で調整する患者さんもいるとかいないとか。例外中の例外だけど、好きにしなさいよっていうお医者さんもいるとかいないとか聞きます(笑)。

岡部 私もそういう話は聞きますね。

川口 日々人が月で事故にあったときも酸素ボンベの心配をしていましたよね。ほんと、ALSって宇宙っぽいなあって思いました。

小山 そうですよね。似ているなあ。呼吸器にも種類があるんですか?

橋本 岡部さんと私の呼吸器は違います。フランスのMonnal(モナール)という呼吸器には、ゆっくりと呼吸ができるお休みモードがあるんですよ。

岡部 私が使っている呼吸器は、軽いことと表示がわかりやすいという特徴があります。でも橋本さんの呼吸器はバッテリーが長持ちなのでとてもいいです。

小山 ああ、そういう違いがあるんですね。

川口 それぞれの機械に癖があるので、普段自分が使っていないものに突然変えるのはつらいんですよね。

橋本 私の呼吸器の機種を乗せてくれない飛行機もあります。

川口 そうそう。飛行機に合った規格の呼吸器じゃないとダメというとこも。普段使っている呼吸器を外して別機種の呼吸器に体を合わせる練習をしないと海外にいけないんです。呼吸器を止めさせる航空会社もいて。

橋本 発着時に呼吸器を停止してくださいって言われるんですよ。

小山 ええっ!

川口 息を止めていろってことですよ……(笑)。そういうときは手動のポンプ(アンビューバッグ)で空気を気管に送るんですけど。

小山 携帯電話の電源を切るのと同じなんですね。

橋本 航空無線技術委員会(RTCA)の規格で止めないといけないんです。でも誘導路の無線に引っかかる程度のもので、国交省は「止めなくてもいいんじゃないの」と言ってくれているので、気にしないで乗っています。

岡部 ちょっと前もふたりで飛行機に乗って九州にいってきました。同じ飛行機にのって。

橋本 もうひとり別の患者さんと3人で韓国にも行ったよね。呼吸器をつけた乗客が3人も乗っている飛行機になった(笑)。

川口 患者さんはビジネスクラスで移動するんですけど、このおふたりの活動にかかる費用はNPOや協会の助成金事業等で賄っています。普通の患者さんは近所さえ出歩けない。でも、お二人がこうして、あちらこちらで人間の極限というか、可能性を示すことで、世界中の患者が励まされてます。

小山 本当に活動的なんですねえ。驚いたなあ。

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飛行機に乗っている岡部さん

橋本 ちなみに呼吸器が壊れちゃったときのために、手動式の呼吸器は持ち歩いています。

小山 そういうことがあるんですか?

川口 機械は壊れるものなので。気がついたら壊れていたこともありますよ。機械の呼吸音とかがしなくなるので、ずっと一緒にいる人は「あれ!?」ってすぐに気が付きますね。

小山 どうして呼吸器をつけることを選ばれたんですか? やっぱりすごく悩まれたんじゃないかな、と思うのですが……。

橋本 楽しいからね! 死んだらそれでおしまいで、楽しいことがなくなっちゃう。生きてなきゃ楽しいことに出会えません。

小山 ぼくもそう思います。

岡部 『宇宙兄弟』にも似たような場面がありましたが、私はコミュニケーションをとれなくなってしまうことがとても怖かったんです。だからずっと呼吸器をつけること迷っていました。でも先の心配をするよりも生きようと決心しました。

それに生きたいという理由が見つかったのです。あまりに酷い症状なので、同じ病気の人の役に立ちたいと思いました。でもあとで考えると、生きたいという理由を探していただけなのかもしれません。どっちなのか、いまでもわかりません。

「選択に迷ったら楽しいほうを選ぶ!」

橋本 『宇宙兄弟』って絶望的な状況になっても希望を失わないで頑張りますよね? 小山さんも不屈の人なんですか?

小山 いつも「自分だったらどう考えるんだろう」って考えるんですね。そうすると、生きたいなって思うんです。シャロンもそうなって欲しいです。

岡部 いま尊厳死の法制化が話題になっています。ぼくは2006年にALSを発症しました。健康なときは尊厳死なんて考えたこともありませんでした。病気や障害があっても、その人の意思を尊重するのだから尊厳死の法制化は問題ないと考える人は言いますが、発症してからは、そもそも自由な意思決定をする環境が整っていないのだとわかりました。本当に意思の尊重をすると言うなら、まずそれが可能な社会環境が必要だと思います。

川口 「もう末期だから」と二人のお医者さんが決めたら、呼吸器も止めることができるような法律ができそうなんですね。

橋本 私、末期ですけどね(笑)

川口 あはは。

いろいろな議論があるんですけど、呼吸器とかヘルパーとか、ALSの患者さんは生きていくために、お金も人手もたくさん必要なんですね。岡部さんや橋本さんは、いろいろなサポートを受けることができていますが、ある患者さんのヘルパーは痰の吸引もしないし、文字盤を読み取ることすらしない、ということがある。重病人は病院や施設にいたほうがいいって言われたり。

橋本 地方の患者さんの現実は厳しいです。それを見てショックで泣いてしまう家族もいるくらいです。あまりの格差に。同じ日本なのに。なんとかしてあげたいけど、まだできていないからつらいです。いまのままだと日本は尊厳死じゃなくて尊厳殺になります。

法案には延命治療を断ることを15歳から決めて「尊厳死」カードとして携帯することを推奨してます。きっと『宇宙兄弟』って15歳くらいの少年少女も読んでいると思います。若いうちから「呼吸器や胃ろうは無益な延命治療だからすべきじゃない」って価値観を植え付けるのはいいことだとは思えない。

岡部 もうひとつ、患者になって思うのは自分の意思も変化するということです。橋本さんは毎日どうどうと生きていますけど、ぼくなんてすぐに死にたくなることもあります。だから尊厳死が法律化したら「呼吸器を外して」と言っちゃうこともあるかもしれない。あとからやっぱり生きたいと思っても、手遅れです。

小山 そうですよね。そのときの気分だってありますよね。

川口 締切に追われているときはツラいですよね。

小山 そうですね(笑)。

橋本 シャロンは能天気で、明るく描いて欲しいです。

川口 とにかくいのちを大事に、いのちを諦めないことを患者さんに日々教えてもらってます。私は呼吸器の患者さんたちと一緒にいるのが楽しくて。なんせ「選択に迷ったら楽しいほうを選ぶ!」を実践して生き残ってきた人たちですから。橋本さんはシャロンとそっくりですよね。楽天家で、人を喜ばせることが好きで、0.1%でも可能性があれば絶対に諦めないんです。

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橋本操さん

小山さんより活動的なふたり

小山 おふたりは一日をどうやって過ごしているんですか?

橋本 同じことを毎日するってないですよね。「お仕事をする」のは一緒かもしれないですけど。だから「こういう一日です」ってないんです。

川口 「いつも家にいない!」って怒られているくらい、寝たきりのまま、いろんなところに飛び回っている……寝たきりのまま飛び回っているって変ですね、なんて言えばいいんだろう(笑)今日もさっきまで厚労省にいたんですよ。

岡部 私は毎日7時に起きて、朝の補水やひげそり、洗顔をしてからご飯を胃に入れます。訪問看護師さんが来たり、リハビリや入浴をするのは、だいたい午前から昼過ぎです。午後は仕事や外出をしていることが多いですね。夜は2時くらいまでパソコンをやって、眠剤をいれて寝ます。

川口 ちなみに岡部さんって先月どのくらい外出しました?

岡部 先月は月に17日は外出しました。

小山 ああ……ぼくより多い……。

全員 あはは(笑)

川口 小山さんより活動的?(笑)

小山 ぼくは近所を散歩する程度ですね……。漫画を描いているときは5、6日くらい仕事場に完全にこもるので……昼夜逆転もしますし、最終日は徹夜です。

岡部 不健康ですね(笑)。

橋本 ご飯食べてないでしょ。

川口 岡部さんと橋本さんに心配されてる(笑)

小山 いやあ……(苦笑) でも、ご飯は食べていますよ。妻にご飯を作ってくれるんです。あと一時間半くらいは家に帰って夕食を一緒に食べています。仕事場と家を行ったり来たりですね。

橋本 「私よりも『宇宙兄弟』の方が大事なの!?」って奥さんに怒られませんか?

小山 そういう感じですね……(笑)。どんだけ宇宙兄弟でいいセリフを描こうが関係ないって言われます。セリフに説得力がないんですよ(笑)

橋本 それいいなあ(笑)。

味わうことと食べること

小山 おふたりはどんなときに楽しいって思うんですか?

岡部 楽しいことはないですね。でも嬉しいことはたくさんあります。今日みたいに小山さんとお話しできるのも嬉しいです。

小山 ありがとうございます。ぼくも嬉しいです。

橋本 仕事をするときは、犬系で選んでいます。

小山 犬系?

橋本 一緒に暮らしている犬を連れて行ってもいい仕事を選ぶようにしているんです。今日の会場はダメだったので連れてきていませんが。岡部さん、楽しいことがないなら本でも貸しましょうか?

小山 あっ、本ってどうやって読むんですか?

橋本 電子書籍です。パソコンで操作して読んでいます。

岡部 私は読んでもらっています。装置もあるけど、設定に時間がかかるんです。

川口 私の母もALSだったんですけど、その頃はパソコンも普及していなくて、患者に有用な情報は患者会に加入しない限り入ってこなかったんですよ。テクノロジーの進歩ってすごいです。昔は10年単位でいろんなものが変わっていったけど、いまは5年もしないで変わっていく。『宇宙兄弟』が活躍する未来だったら、もっと変化が早いんじゃないかな。

橋本 私はデパ地下でショッピングをするのが好きです。ストレス解消ですね。

川口 橋本さんご自身はお食事は経管栄養で鼻から胃に管で流し込んでいるんですけど、橋本さんが用意してくれたものを私たちが美味しいって食べて楽しんでいるのを見るのが好きみたいね。だから、時にはとっても高いワインを振る舞ってくれたりするんですよ。

小山 味覚はあるんですよね?

川口 味はわかるんでしょ? でも鼻で空気を吸うことができないので匂いはあまりわからないんですよね? 岡部さんは胃ろうですよね。

岡部 舌が委縮しているのでだいぶ鈍くなっていますが、味はしますので、ときどき口に入れます。でもそれは飲み込むのではなくて、味わうだけです。

小山 それはスプーンかなにかで、ですか?

岡部 そうですね。シリンジを使って液体を口の中に垂らして、あとは胃に直接入れています。

アートがひとの価値観を変えていく

小山 先ほどから何度か、プププーという音がなっていますが、これはなんのアラートですか?

橋本 気管に痰が詰まって気道圧が上がるとアラームが鳴るんです。すぐ吸引しないと苦しくなります。いまは自動で痰を吸引してくれる吸引器もありますね。

川口 きっとALSのケアはオール機械化されて、そのうち家族やヘルパーの仕事は機械のインジケーターのチェックとか、調整とかメンテナンスのほうにいくんじゃないかな。

小山 なるほど、メカニックな方向にいくのかもしれないですね。関係性もかわってくるのかな。

岡部 脳から直接意思を読み取れるようになれば、発声できない人も普通にお話できるようになりますよ。

小山 ああ、そうか。そうですよね。

岡部 だからコミュニケーションが自由にできる機械が欲しいですね。次に考えることで動かせる車椅子やベッド、家電が欲しいです。

川口 佐渡島さんともお話させていただきましたけど(地球で生きる宇宙飛行士――『宇宙兄弟』はなぜALSを描いたのか? 川口有美子×佐渡島庸平)、ALSの患者さんも宇宙飛行士も機械を付けていないと死んじゃうのは一緒ですよね。機械に対して150%の信頼がないと生きていけない。でも、呼吸器のことを「人間性を奪っている!」ってバッシングする人もいる。たぶんビジュアルが悪いのも一因かと。チューブだらけだからスパゲッティ症候群なんて言われちゃう。

小山 見た目が違うと印象も変わりますね。

川口 そうそう、むしろ「私もつけたい!」って思わせるくらいのデザインなら変なスティグマもとれるかと。

アートで医療のイメージを変えていくことができる気がします。だから小山さんも漫画の中でどんどんアイディアを出しちゃってください。きっと誰かが作ってくれますよ。いまだって人工呼吸器などの生命維持装置を埋め込み式にする話もあるくらいなんですから。

小山 それはすごいなあ! そんな発想なかったです。シャロンもそういうことに前向きに取り組めるようになるといいですね。

川口 病気に関係なく、シャロンは、50代60代の女性にとっての憧れの存在になって欲しい(笑)

橋本 ぜひやってください!

シャロンはこれからどう描かれていくのか

最後に記念撮影
最後に記念撮影

川口 そういえば岡部さんと橋本さんって、宇宙に行ってみたいですか?

岡部 ぜひ! いまでもそうとう変わった生活なので、宇宙に行っていろいろ経験してみたいです。

橋本 私は反対。宇宙はみるもの。アポロ11号で月にうさぎがいないことが分かってガッカリしたんです。

小山 あはは(笑)

岡部 じゃあ、もっと遠くに行けばいいんだよ。

橋本 ブラックホールで会いましょう。小山さんは宇宙に行きたいんですか?

小山 行きたいです。地球みたいな星に興味があるんですよ。他の星の生き物をみてみたい。

川口 そういえば『宇宙兄弟』に宇宙人はまだでてこないですね。

小山 そうですね。いまのところは(笑)

今日はおふたりにお会いできて本当によかったです。お会いする前のイメージで描いていたらツラいことばかりになってしまっていたかもしれません。おふたりが機械と一緒に生きていて宇宙飛行士にそっくりなことも、こんなにも活動的だということも、今日来ていなかったら実感できなかったと思います。シャロンを元気に描けるかもしれないと思ったら、気持ちがワクワクしてきました。

岡部 やった! こんなに素朴な人から、あんなに大きな作品がうまれるのですね。ここにも宇宙があるみたいです。これからも頑張って欲しいです。

橋本 岡部さんの素晴らしい言葉のあとですいませんが、小山さんにお会いできたことをみんなに自慢します(笑)。今日はありがとうございました。

(2014年4月30日 新宿にて)

■8月9日(土)映画「宇宙兄弟#0」ロードショー!

日本中を夢と感動で包み込んだあの国民的コミックの、まだ描かれていない《本当の始まり》。

「約束だ。俺らは二人で宇宙飛行士になる。」

幼い頃に誓った宇宙飛行士への夢 ― 兄弟揃って月に立つために、兄・南波六太と弟・日々人は、幾多の苦難を乗り越え、果てしない夢に一歩ずつ近づいていく。

2008年に雑誌モーニングで連載開始されたコミック「宇宙兄弟」。その巧みな物語構成に、私たちは興奮し、涙した。単行本は1400万部を突破し、2012年のテレビアニメ化および実写映画化を経て、全世代注目の国民的作品となった。そして2014年夏、その夢の原点が、原作者・小山宙哉オリジナル脚本によってシリーズ初のアニメーション映画となる。これは、原作でもテレビアニメでも見ることができない、宇宙兄弟第0話である。

http://wwws.warnerbros.co.jp/uchukyodai-movie/

プロフィール

岡部宏生日本ALS協会・副会長

日本ALS協会・副会長。ALS/MNDサポートセンターさくら会理事。訪問介護事業所ALサポート生成代表取締役。2006年春にALSを発症、2007年春より在宅療養開始。2009年2月に胃ろう造設、同年9月に気管切開を行い、人工呼吸器を使用。2011年2月介護事業所設立。現在、東京都内で単身在宅療養中。月に20日程度外出し、ヘルパー達と共に地方日帰り、海外連泊の出張も果たすなど、精力的に活動している。

この執筆者の記事

橋本操日本ALS協会元会長・現相談役

日本ALS協会元会長・現相談役。ALS/MNDサポートセンターさくら会理事長。1985年秋に右手握力が低下、86年6月にALSと診断される。92年、気管切開、93年1月より人工呼吸器を装着。以後、ALS患者として、世界を飛び回りながら精力的に活動中。ALS/MND国際同盟会議から2006年12月に人道賞を授与された。患者としては世界初。

この執筆者の記事

小山宙哉漫画家

1978年生まれ、京都出身。第14回MANGA OPENに持ち込んだ『じじじい』で、わたせせいぞう賞を受賞。続く第15回MANGA OPENでは『劇団JETS』で大賞を受賞した。モーニング2006年3・4合併号よりスキージャンプを描いた『ハルジャン』を集中連載し、その後モーニングにて70歳の俊足泥棒が主人公の『ジジジイ』をシリーズ連載。ともに単行本第1巻が発売中である。モーニング2008年1号より連載を開始した『宇宙兄弟』は、現在単行本23巻まで発売中。さらに、2014年8月9日(土)より公開が予定されているアニメ映画『宇宙兄弟#0』では自ら脚本を執筆した。

この執筆者の記事

川口有美子

1995年に母がALSに罹患。1996年から実家で在宅人工呼吸療法を開始し、2003年に訪問介護事業所ケアサポートモモ設立。同年、ALS患者の橋本操とNPO法人ALS/MNDサポートセンターさくら会を設立。2004年立命館大学大学院先端総合学術研究科。2005年日本ALS協会理事就任。2009年ALS/MND国際同盟会議理事就任。共編著書に「在宅人工呼吸器ポケットマニュアル」(医歯薬出版)。「人工呼吸器の人間的な利用」『現代思想』2004年11月(青土社)。単著に第41回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した「逝かない身体-ALS的日常を生きる」(医学書院)。

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