2014.08.02

マレーシア航空機撃墜事故後のロシアを海外メディア・専門家はどう見たか

平井和也 人文科学・社会科学系の翻訳者(日⇔英)

国際 #ウクライナ#マレーシア航空機

7月17日(木)にマレーシア航空機MH17便の撃墜事故という衝撃的な事態が発生して以来、ウクライナ情勢は重大な局面をむかえた。本稿では、米国、ドイツ、中国のメディアや専門家が今回の航空機撃墜を受けて情勢をどのように分析しているのかについて注目してみたい。

キッシンジャー・アソシエイツのトーマス・グラハム氏の論考

まず最初に、米国の外交専門誌「The National Interest」のサイトに7月25日に掲載されたトーマス・グラハム氏の論考に注目する。

著者であるトーマス・グラハム氏は、国際的なコンサルティグ会社であるキッシンジャー・アソシエイツのマネージング・ディレクターであり、同社でロシア問題とユーラシア問題を専門としている。同氏は、2004年から2007年まで米国大統領特別補佐官を務め、2002年から2004年まで国家安全保障会議のロシア問題担当責任者を歴任したという実績の持ち主だ。

キッシンジャー・アソシエイツ会長のヘンリー・キッシンジャー氏と言えば、言わずと知れた世界的な政治家であり、政治学者だ。米国のニクソン政権およびフォード政権で国家安全保障問題担当大統領補佐官、国務長官を務め、1973年にはノーベル平和賞も受賞しており、国際情勢に対する分析は常に世界中から注目されている。

そのキッシンジャー・アソシエイツの内部の人間が米国の対ロシア政策についてどう考えているのか、「The National Interest」に掲載された論考の要点を以下にまとめてみたい。

米国政府に必要なのは信頼に値する政策

ロシアに対する米国の激しい怒りはもう十分すぎるくらいに伝わった。今米国政府にとって本当に必要なのは政策だ。マレーシア航空機MH17便撃墜の悲劇が起こった今、ロシアに罰を与え、制裁強化でウクライナに対する攻撃の代償を大きくし、ロシアの国際的な孤立を図ろうという圧力が高まることは理解できる。

しかし、ただ単にロシアに罰を与えるというだけでは、信頼に値する政策と呼ぶには足りないものがある。米国は目標とそれを達成するための方法論、実際の行動の結果に対する自問の必要がある。

対ロシア政策として最初に考える必要があるのは制裁の問題だ。制裁は、短期的・長期的効果に関係なくプーチン大統領の国内における立場を強くし、過激な民族主義勢力を勢いづかせることにしかなっていない。制裁によって、ロシアの死活的な国益を守り、ウクライナをロシアの勢力圏内に維持しておこうとするプーチン氏の動きを止めることはできていない。

国際的な非難を浴びる中でも、ロシアはウクライナ東部の分離主義者に武器を流し続けており、現地の戦闘は激化している。もしプーチン氏が国内の圧力に屈してウクライナの国境線を越えて軍を配備した場合、米国が武力行使を排除している中で、欧米はウクライナの防衛のためにどんな準備態勢ができているだろうか? 単純に制裁をさらに強化するだけでよいのだろうか?

ウクライナの政治的・経済的な破綻とロシア依存

二つ目に、ウクライナ国内の事情を考慮する必要がある。米国としては、ウクライナの主権と領土の一体性を確保しながら、同国に欧米との協調路線をとってもらうように働きかけたいと考えている。しかし、実際、ウクライナは政治的にも経済的にも破綻している。ウクライナ国内の東西分裂、エリート層とその他の社会階層との分裂、独立以来同国を混乱させている寡頭資本家(オリガルヒ)の間の分裂がロシアの暴挙によって明らかになった。

ウクライナを国家として再建し、破綻した経済を立て直すためには、一世代の時間を要し、何十億ドルもの資金も必要となる。しかし、深刻な社会経済問題を抱えるEU諸国がウクライナ救済計画について合意する際に見せた最近の動きを考えると、欧米はとてもそんな課題を克服するための忍耐力も必要なリソースも持ち合わせていないと思われる。

また、ウクライナ経済を立て直すためにはロシアの協力が必要だ。ウクライナ経済はエネルギーをロシアに依存し、製造業はロシア市場に頼っている。ウクライナの製造業はEUの厳格な基準をまだ満たすことができるレベルにはなく、ウクライナのロシア依存はこれからも長く続くだろう。

米独関係の修復が喫緊の課題

三つ目に、米国と欧州の関係を考える必要がある。アジアに注目が集まっているが、米国にとって最も密接な関係にあるベストパートナーが欧州であるという事実に変わりはない。米国は特にドイツとの関係修復に努めるべきだ。米国とドイツの関係は、外交努力の怠慢に加えて、国家安全保障局(NSA)の情報活動についての機密をリークしたエドワード・スノーデン氏の告発によってもつれたままだ。

米国が対ロシア制裁を急ごうとする動きと欧米諸国を先導したいという姿勢を見せることによって、米国と欧州および欧州諸国間の亀裂が明らかになった。マレーシア航空機MH17便が撃墜された今も、欧州の主要国は対ロシア制裁の強化には消極的だ。それは欧州がロシアとの間で密接な経済関係を築いているからであり、欧州とロシアの経済関係は、ロシアに報復措置をとられた場合に米国が被るダメージ以上に大きな影響を受ける。欧州は米国の主導権の下で小異を捨てて大同につくという状況にはない。

制裁の問題以外でも、米国はロシアの復活に対して北大西洋条約機構(NATO)を活性化させる必要性を訴えている。NATO加盟国の中には脆弱な国もあり、そういう国に対して米国が集団防衛に関与するという確約を改めて保証することが緊急に求められている。しかし、復活するロシアが突き付けている挑戦は、ウクライナでの動きが示している通り、従来の軍事的な性格のものではなく、社会経済的なものだ。NATO同盟国は従来型戦争の対応力の増強や新たな戦力の獲得ではなく、少数派ロシア系住民に対するバルト三国の待遇や反EU勢力の台頭など、ロシアに付け入られるかもしれない国内問題に焦点を当てるべきだ。

中国との戦略的な協力強化を進めるロシア

四つ目に、中国について考える必要がある。米国がロシアを孤立させようとすることによって生じた端的な結果として、ロシアが中国との関係を強化する動きを活発化させていることが挙げられる。プーチン氏は五月に中国訪問を派手にアピールし、「包括的なパートナーシップと戦略的な協力関係を築く新しい段階(共同声明の文言)」に入ったことを宣言している。プーチン氏はこのような動きについて「中国とロシアのエネルギー同盟」結成に向けた前進を先駆けるものだという点を強調し、それはアジア太平洋地域全体のエネルギー安全保障にとって極めて重要な意味を持っていると述べている。

この時に結ばれた天然ガス供給契約によって、ロシアは中国から三十年間に四千億ドルを受け取ることが決まった。しかし、現在のロシアは交渉において強い立場にはおらず、欧米との間で抱えている問題によって、今後さらにロシアの立場は弱くなっていくだろう。中国はロシアとパートナーシップについて話し合いを行っている中でも、ロシアの隙に躊躇なく付け入ろうという姿勢を見せてくることだろう。その結果として、戦略的な脅威とならないロシアに罰を与える上で、米国にとって最大の戦略的脅威となる中国という戦略的方程式の難易度が落ちている。

世界経済システムの新たな時代を予感させるBRICS開発銀行

五つ目に、世界経済のガバナンスという問題を考える必要がある。軍事力行使のリスクを避けながら経済制裁を科すという方法は有効な手段に思える。それが実際のところどうなのかは別にして、第二次世界大戦後の世界経済システムのために大きな経済力を持ったロシアに対して制裁を科すという方法に訴えることが、長期的に見てどういう影響を及ぼすのかを考える必要がある。

国際通貨基金(IMF)と世界銀行に代わる新たな金融の仕組みを構築し、独自通貨で貿易決済を行おうという先日発表されたBRICSの決定は、新たな時代を予感させる動きだ。

米国にとって戦略的に重要なロシアの役割

六つ目に、ロシアについて考える必要があるが、この六つ目のテーマこそ戦略課題の中で最も複雑な問題だ。米国としては欧州におけるロシアの攻勢を封じ込めたいとは思っているが、中東の混乱への対応、イランの核問題の解決、米軍撤退にともなうアフガニスタンの政情不安の抑え込みといった課題に取り組む上で、ロシアは今でもパートナーでありえるという事実がある。

長期的に見て、ロシアは台頭する中国に対する有効な防御線となりえる。しかし、ロシアを敵対視し、制裁を強化すると、米国の国益増進につながる世界の均衡状態を構築・維持していく上で重要な役割を果たすロシアの国力を著しく損ねる恐れがあるのだ。

結局、米国は冷戦時代の旧ソ連の時と同じように、戦略的な目的のためにロシアにある程度まで配慮する必要がある。したがって、ただ単にロシアに対する制裁をどう強化できるかということではなく、ロシアに配慮するということの本質とそのレベルについて議論すべきだ。そのためには、米国は世界における政策の優先順位を明確化し、今でも強力ではあるものの国力の限界を素直に認め、ロシアに対する選択的妥協のメリットとデメリットを比較考量する必要がある。

以上、トーマス・グラハム氏による論考の六つの要点をまとめた。

制裁を否定するスティーブン・コーヘン教授

さて、上記の論考の中でトーマス・グラハム氏は、単なる制裁強化でロシアを苦しめようとするのは信頼に値する政策とは言えないと述べている。米国の独立系の報道番組「Democracy Now!」のインタビュー(7月18日付)の中で、ロシア研究と政治学を専門とするスティーブン・コーヘン名誉教授(ニューヨーク大学およびプリンストン大学)も、次のような制裁の意味を否定する発言をしている。

「制裁は的外れだ。制裁は明らかに経済的な痛みをともなうものであり、それは制裁を科す側の欧州にも跳ね返ってくる。欧州は以前から制裁を望んではいない。米国の大企業はオバマ大統領が制裁を発動する前に大手の新聞に制裁反対の広告を掲載した。制裁に頼るということは、プーチン大統領を非難する以外にウクライナやロシアに対する政策がないということを意味している。それは単なる気持ちの問題であって、政策ではない」

プーチン大統領の権力維持に疑問を呈するジョージ・フリードマン氏

次に、米国のインテリジェンス企業ストラトフォーの公式サイトに7月21日に掲載されたジョージ・フリードマン氏の論考に注目したい。同氏はストラトフォーの創設者兼CEOであり、同社は政治、経済、安全保障に関わる独自の情報を一流企業や米国政府、外国政府などに提供し、「影のCIA」の異名を持っている。

フリードマン氏は論考の中で、プーチン大統領は独裁者としてロシアを統治し、政敵を倒して怖気づかせ、周辺諸国に対して強い脅威を与える力強い指導者という一般的な見方があると指摘する。その上で、最近の情勢変化の中でプーチン氏にとって厳しい方向に形勢が変わってきており、この考え方を見直す必要があるとして、はたして大統領としてこのまま持ちこたえることができるだろうかという疑問を呈している。その詳しい内容を以下にまとめてみたい。

ウクライナはロシアにとって、欧米との緩衝地帯となり、欧州へのエネルギー供給路としてロシア経済の基礎を形作っている極めて重要な国だ。今年の1月1日の段階ではビクトル・ヤヌコビッチ氏がウクライナの大統領であり、一般的にロシア寄りの政治姿勢だと考えられていた。ウクライナの社会と政治の複雑さを考えると、ヤヌコビッチ政権下のウクライナが単なるロシアの傀儡だったと断言するのは適切ではないだろう。しかし、ヤヌコビッチ氏と彼の支持者の下で、ウクライナにおけるロシアの重要な国益が確保されていたということは間違っていない。

プーチン大統領就任につながったコソボ紛争と経済問題

このことはプーチン大統領にとって極めて重要な意味を持っていた。2000年にプーチン氏が当時のボリス・エリツィン氏に代わって大統領に就任した理由の一つは、コソボ紛争におけるエリツィン氏の政策にあった。当時のロシアはセルビアと同盟関係にあり、NATOのセルビア攻撃を望んでいなかった。しかし、ロシアの希望は無視された。欧米から見たら、ロシアの考えなど問題ではなかった。

その後セルビアがNATOの空爆に屈しない中で、ロシアが交渉を仲介し、米国をはじめとするNATO軍のコソボ入りと管理を認める紛争解決に関わった。この紛争解決の一環として、ロシア軍にコソボの平和維持における重要な役割が約束された。しかし、実際にはロシアがこの役割を担うことは認められず、エリツィン氏はこの屈辱に対してどうすることもできなかった。

エリツィン氏に代わってプーチン氏が大統領に就任した理由には他に壊滅的なロシア経済の状況もあった。ロシアはそれよりも以前から常に貧しい国だったものの、国際情勢の中で無視できない存在だという見方が広がっていた。だが、エリツィン政権下のロシアは一段と貧しくなり、国際情勢の中で他国から侮られる存在となっていた。後任のプーチン氏は壊滅状態の経済と国際的な威信低下の両方の問題に取り組まなければならなかった。

プーチン氏は、ソ連崩壊は二十世紀最大の地政学的な悲劇だと発言したことがあった。ただ、この発言はプーチン氏がソ連の復活を望んでいるという意味ではなく、世界におけるロシアの威信を取り戻し、ロシアの国益を守り、増進したいと考えているということだ。

プーチン氏を欧米への敵意へと向かわせたオレンジ革命のCIA工作

2004年のオレンジ革命の時にウクライナに危機的状況がやってきた。この年の大統領選挙でヤヌコビッチ氏が当選したが、選挙の不正を訴える抗議運動の中でやり直しの決選投票が行われた。その結果、ヤヌコビッチ氏は敗れ、親欧米派の政権が誕生した。当時、プーチン氏は米国中央情報局(CIA)をはじめとする欧米の情報機関がデモ工作を行っていたとして非難した。

この時にプーチン氏は、欧米がロシアを破壊しようと目論んでいるという確信を得た。プーチン氏から見れば、ロシアにとってのウクライナの重要性は自明だった。そのためプーチン氏は、CIAがデモを組織し、ロシアを危険な立場に追いやろうとしたのだと考えた。CIAがそうしようとする理由はロシアを弱体化させ破壊しようと考えているからに他ならない、というのがプーチン氏の見方だった。コソボ紛争の時に続いて、プーチン氏は欧米への疑念から欧米への敵意へと態度を公然と変えた。

ロシアは2004年から2010年にかけてオレンジ革命の結果を無効にするために動いた。ロシア軍を再建し、情報機関に重点を置き、ウクライナとの関係を立て直すために持てる全ての経済的な影響力を行使した。ロシアにとっては、たとえ自らがウクライナをコントロールできなかったとしても、同国が欧米にコントロールされることを望んでいなかった。

ロシアのグルジア侵攻の意味

2008年のロシアのグルジア侵攻は、コーカサスとの関係以上にウクライナとの関係が大きかった。当時の米国はイラクとアフガニスタンで行き詰っていた。米国にとってグルジア情勢に介入する公式の義務はなかったが、グルジアとは緊密な関係にあり、介入への暗黙の保証があった。

ロシアのグルジア侵攻には二つの狙いがあった。一つ目は、当該地域に対してロシア軍が決然として行動することができることを見せつけることであり、二つ目は特にウクライナに対して、米国の保証には意味がないことを証明することだった。2010年のウクライナ大統領選挙でヤヌコビッチ氏が返り咲きを果たしたことで、オレンジ革命の結果が逆転し、欧米の影響が限定されることになった。

ロシアとの間で対立が深まりつつあり、ロシアにおける一般市民の感情が反米に向かっていることを認識したオバマ政権は古い国家関係モデルを再構築しようと努め、2009年にヒラリー・クリントン国務長官はプーチン氏に対して「再スタート」を提起した。しかし、米国が望んでいた関係は、プーチン氏が「悪しき昔」と考えている時代のものだった。プーチン氏は当然、米国が提示した再スタートになど興味はなかった。プーチン氏は米国の出方を守りの態勢に入っていると考え、自らの優位な立場を利用しようと考えていた。

プーチン氏にとって最大の山場だったシリアの化学兵器使用

その一つが対欧州政策だった。プーチン氏は、EUのロシア産エネルギーへの依存体質を利用して、特にドイツに近づいた。

シリアが化学兵器を使用したのに対して、オバマ政権が空爆すると脅しをかけた時がプーチン氏にとって最大の山場だった。ロシアはオバマ政権の動きに対して激しく反発し、交渉による問題解決を提案した。この局面から、ロシアの決断力と有能さが目立ち始め、逆に米国の優柔不断と無能さが露呈した。その中でロシアの力が増しているというイメージが生まれ、経済が弱体化しているにもかかわらずプーチン氏の立場は強くなった。

プーチン氏の優勢を阻んだウクライナ情勢

ところが、これとは対照的に、今年に入ってからのウクライナ情勢はプーチン氏にとって惨憺たる結果をもたらしている。一月の段階ではロシアはウクライナをコントロールしていた。二月になるとヤヌコビッチ氏がウクライナを出国し、親欧米派の政府が樹立された。プーチン氏はヤヌコビッチ氏失脚後にウクライナ東部でキエフに対する民衆による反乱が起こることを予想していたが、実際にはそうはならなかった。欧米の助言を受けているウクライナ政府がその立場をしっかりと保持している。

七月の段階で、ロシアはウクライナのほんのわずかな領域しかコントロールできていない。その一つがクリミアだ。ロシアは協定によって、クリミアに圧倒的な軍事力を保持している。また、ドネツクからルガンスク、セベロドネツクに至るまでの三角地帯には、ロシアの特別作戦部隊の支援を受けていると見られる少数の親ロシア派がおり、数十の町を支配している。

プーチン氏の立場を大きく変えるマレーシア航空機撃墜事故

もしウクライナで反乱が起こっていなければ、プーチン氏の戦略は、キエフにある中央政府の自壊を待ちながら、ロシアと欧州との貿易とエネルギーを巡る緊密な関係を利用することによって米国と欧州の分離を図るというものになっていただろう。そして、この点こそマレーシア航空機MH17便撃墜事故が重要な意味を持ってくるポイントだ。

もしロシアがウクライナ東部の分離主義者たちに防空システムを提供し、システム運用訓練のための人員を送り込んでいることが事実だと判明したとしたら、航空機撃墜の責任はロシアにあると言えるだろう。そうなった場合、欧米の分断を図るロシアの力が低下することになる。そうなると、プーチン氏はこれまでの毅然として権力を行使する力のある洗練された統治者という立場から転落し、完全に間違った武器を供給することによって救いようのない反乱者に手を貸す危険で無能な指導者という立場に落ちるということだ。一方の欧米は、たとえプーチン氏との関係断絶に強く反対する国があったとしても、プーチン氏が実際どれだけ力のあるまともな指導者であるのかという問題に真剣に向き合わなければならない。

プーチン氏は歴代の国家指導者がたどった運命に考えを巡らせなければならない。1964年10月にニキータ・フルシチョフ首相(共産党第一書記)は休暇を終えると、レオニード・ブレジネフ氏に権力の座を奪われており、「無謀な陰謀」を企んだという容疑までかけられていた。フルシチョフ氏は1962年のキューバ・ミサイル危機で屈辱を味わっていた。キューバ危機の失敗に加えて、フルシチョフ氏は首相就任後の十年間で経済を上向かせることができず、その責任を問われて側近たちによって「クビを切られた」のだった。外交と経済政策の両方で大きくつまずいた結果、一見無敵の指導者も権力の座から追い落とされるという結末をむかえた。

悪化するロシア経済

ロシア経済はフルシチョフ時代やエリツィン時代と比べたら全く壊滅的なレベルとは言えない状況だが、最近になって大幅に悪化しており、予想に反する結果となっている。2008年の経済危機から回復後、ロシアは何年間も続けて国内総生産の成長率が落ちており、中央銀行の経済予測では今年はゼロ成長だとされている。現在の市場圧力を考えると、我々はロシア経済は今年中に不況に突入すると予想している。地方政府の負債が過去四年間で倍増しており、財政破綻が迫っている地域もある。さらに、鉄鋼業や採掘業では倒産の危機に直面している企業もある。

ウクライナ危機によって事態はさらに悪化している。今年上半期のロシアからの逃避資金は、2013年の総額630億ドルに対して、既に760億ドルに上っている。また、今年上半期の海外からの直接投資も2013年の同時期に比べて50%低下している。その中で、石油価格は依然として1バレル100ドルを超えたままだ。

ポストプーチン時代のロシアとは

プーチン氏はロシア政府の組織機構にソ連時代のスタイルを復活させ、政権内部の実力者グループに対して「(旧ソ連の)政治局〈政策の最高指導機関〉」という言葉を使っているほどの熱の入れようだ。この側近グループのメンバーは全員プーチン氏自身が選んだ人物であり、全員がプーチン氏に忠実だと考えたくなるかもしれないが、実際のところ、旧ソ連時代の政治局では、最も近くにいる側近こそ最も恐れられる存在だったというケースが多かった。

政治局という組織形態は、指導者が派閥間に連合グループを形成することができるように意図されている。それはプーチン氏の得意分野であり、これまであらゆることを非常に上手くこなしてきた。しかし、プーチン氏の能力に対する信頼が低下し、落ち目の指導者と密接な関係をこのまま維持した時の結末を懸念する各派閥が策略を巡らし始めた中で、物事をまとめるプーチン氏の能力も落ちてきている。経済政策と外交の両面で失敗したフルシチョフ氏と同じように、プーチン氏も側近たちによって権力の座から退けられる可能性がある。

プーチン氏が自ら立ち上げた非公式の政府グループと憲法に規定された大統領職に関する継承プロセスが存在することを考えると、継承危機がどんな展開を見せるのかは予想しにくい。民主主義の観点から言えば、セルゲイ・ショイグ国防大臣とモスクワのセルゲイ・ソビャーニン市長の両氏はプーチン氏に負けない支持を集めている。私(フリードマン氏)は、両氏に対する支持はこれからもっと高まっていくのではないかと思っている。旧ソ連流の権力闘争では、セルゲイ・イワノフ大統領府長官とニコライ・パトルシェフ安全保障会議書記も次期大統領候補として考えられる。

計算を誤り、国家運営につまずいた政治家は、最終的には生き残れないという傾向がある。プーチン氏はウクライナで誤算をし、ウクライナの瓦解を予想できず、効果的な対応もできず、ミスを取り戻そうとしてさらにつまずいている。また、最近の経済運営についても、控えめに言っても褒められたものではない。プーチン氏の側近の中には、プーチン氏よりも優れた国家運営をすることができると考えている者もおり、欧州にはプーチン氏の退陣を望んでいる要人もいる。このような状況の中で、プーチン氏は早急に形勢を逆転させなければならず、さもなければ失脚という結果になるかもしれない。

プーチン氏はまだ決して終わったわけではない。しかし、メドベージェフ大統領の下で首相を務めていた期間を含めると、プーチン氏は既に14年間も権力の座に就いている。私は現在の情勢下で、側近の心の中に密かな考えが生まれているのではないかと推測している。プーチン氏自身も、自らの身の振り方についていくつもの選択肢を見直しているはずだ。

プーチン氏を権力の座に押し上げるきっかけとなったコソボ問題、過去数年間の同氏のウクライナに対する発言を考えると、欧米を前にして立場を譲り、ウクライナの現状維持を受け入れることは難しいだろう。しかし、実際のところ、現状維持は不可能だ。現状で予測できない事態として、プーチン氏が重大な政治問題を抱えていることに気づいた時、今よりもさらに強気の姿勢を見せるかもしれないということが考えられる。プーチン氏が本当に問題を抱えているのかどうかについて確信はないが、最近のプーチン氏にとってあまりにも都合の悪い事態が多く発生しているため、私(フリードマン氏)はその可能性も考慮せざるをえないのだ。政治の危機にはよくあることだが、状況の悪化にともなって、さらに極端な選択肢も検討されている。

プーチン氏は考えられる限りにおいて最も抑圧的で好戦的なロシアの指導者だと考えている人たちは、実際にはそれは間違った認識だということを心に留めるべきだ。例えば、過去の歴史を振り返ると、レーニンは恐ろしい指導者だった。しかし、スターリンはもっとひどかった。将来、プーチン政権時代が寛容な時代だったと世界から見做される時がくるかもしれない。

ジョージ・フリードマン氏の論考の要点をまとめると、以上のようになる。

制裁の影響を懸念するドイツ誌『シュピーゲル』

ここで、視点を欧州に移してみたい。その中でも、ロシアとの経済関係が特に密接なドイツは、マレーシア航空機MH17便の撃墜事故前後から、メディアの論調が激しく揺れている様子がうかがえる。まず最初に、ドイツ誌『シュピーゲル』が7月21日付の記事で報じた内容を以下にまとめてみたい。

EUはロシアに対する効果的な制裁の発動に対して消極的な姿勢を見せてきたが、7月16日(水)にEU加盟28ヶ国の国家元首がロシアの特定の政治指導者に対する制裁というこれまでの枠を超えて、ウクライナ情勢の不安定化の原因をつくっている個々のロシア企業との取引を禁止するという内容まで踏み込んだ。欧州各国の開発銀行によるロシア企業への融資も禁止された。

米国も主要なロシア企業に対する制裁を発表し、その中には国営石油企業ロスネフチや独立系の民間天然ガス生産企業であるノヴァテク、国営天然ガス企業ガスプロム傘下の銀行ガスプロムバンク、軍需企業であるカラシニコフが含まれている。今回の制裁強化によって、これらの企業は米国の金融機関からの融資を受けることができなくなり、米国と関連のある投資家に対する中期・長期の社債を発行することも禁止された。

制裁対象となった企業にとって打撃は大きい。過去数ヶ月の間にロシア国内、国外の投資家がロシアから資金を引き揚げている中で、ロシア国内で資金を調達することが難しくなった。欧米による対ロシア制裁の前からロシア経済は停滞していた。

しかし、ウクライナ危機は既にドイツにも影響が出始めており、ドイツ産業界の東欧経済関係委員会は、ウクライナ危機はドイツの25,000人の雇用を奪う可能性があると考えている。ドイツ銀行の調査によると、大不況がロシアを襲うようなことになれば、ドイツの成長率が0.5%下がるという試算が出ている。

米国が新たな制裁を発表した翌日、モスクワのドイツ・ロシア貿易局には米国とロシアの両方と取引しているドイツ企業から懸念の声が一斉に寄せられた。ドイツ商工会議所の試算によると、海外でビジネス展開しているドイツ企業の4分の1が制裁の影響を受ける可能性があるという。

制裁企業にロスネフチが含まれていることによって、ドイツ企業も影響を受けている。ドイツの建設大手ビルフィンガーはロスネフチの施設の維持管理を行っており、シーメンスもロスネフチにタービンと発電機を提供する九千万ユーロの契約を結んでいる。モスクワの欧州企業協会代表は、「結局、ロシアと欧州の両方が損をすることになる」と語っている。

強気の論調に変わったドイツ誌『シュピーゲル』

このように、『シュピーゲル』は制裁強化の影響を強く警戒する論調を見せていたが、28日付の記事では、欧州が一致団結してロシアに対して断固たる行動をとる時がきたという強気の論調に大きく変わっているので、その内容についても以下にご紹介したい。

かつては政治家と見做されていたロシアのプーチン大統領だが、今や国際社会ののけ者であることが白日の下にさらされた。プーチン氏はマレーシア航空機MH17便撃墜に対して一部責任があり、今こそ厳しい経済制裁でプーチン氏を退陣に追い込む時だ。欧米では、マレーシア航空機撃墜に、ウクライナ東部の親ロシア派の分離主義者に対して地対空ミサイルのブークを提供したのはロシアであることはほぼ間違いないと考えられている。実際、ある分離主義者のリーダーがブークを持っていることを認めており、確たる証拠もある。

マレーシア航空機撃墜は悲劇的なミスによって引き起こされたのだろう。ミサイルを発射した兵士は民間の航空機を撃ち落すつもりなどなかった可能性が高い。しかし、今回の事故はロシアが分離主義者グループに武器を提供したことによって直接引き起こされたのだ。この事故はプーチン氏の悪行の象徴であり、欧米の政策の失敗によるものだ。撃墜された飛行機の残骸は破綻した外交そのものの哀れな姿だ。

欧米は当初軽微な制裁を科し、ロシアに対して事態の悪化を抑える政策を要求したが、プーチン氏は繰り返し紛争を激化させながら、自らに非はないことを声高に主張していた。プーチン氏はウクライナ東部の分離主義者に裏で関与していないことを繰り返し主張してきたが、このウソとプロパガンダとまやかしの連鎖が明らかになった。

プーチン氏と分離主義者のつながりを見抜くのは簡単だ。ウクライナ東部の勢力を完全に抑えるのは不可能かもしれないが、プーチン氏は彼らに武器を提供したのであり、彼らの活動を抑えることはできる。プーチン氏に対して実際に分離主義者の活動を抑えるように要求してきたが、ことごとく無視された。マレーシア航空機の撃墜事故によって298人の民間人の命が奪われた今でも、プーチン氏の口から悔恨の言葉は一言も出ていない。

欧州はもうこれ以上、これまでのような甘い対応を続けるわけにはいかない。EU加盟国による対ロシア制裁強化の合意は正しい判断だ。その中には、ロシアの銀行との取引停止と武器とエネルギー関連技術の輸出禁止措置が含まれている。

ウクライナで燃え上がる戦争の炎に油を注ぎ、クリミア併合以来欧州の平和をかけた危険な賭けをしているのは、他でもないプーチン大統領自身だ。ロシアに圧力をかけるために欧州としてあらゆる非軍事的な手段を講ずることが緊急に必要な措置であり、その狙いは事態の悪化ではなく、抑止力を働かせることにある。そのためには、信頼性のある措置が必要だ。

抑止力を発揮するためには、欧州が一致団結して行動し、各国がわがままを言わないようにすることが求められる。フランスがロシアへの軍艦納入の主張を続け、英国がロシアの寡頭資本家(オリガルヒ)から得られる利益にこだわり続ける限り、EUとしてプーチン氏に思い知らせることはできない。

影響がドイツの輸出に跳ね返ってくるにもかかわらず、ドイツ政府とドイツ産業界のリーダーが厳しい制裁を支持する姿勢を見せているのは称賛に値する。欧州は制裁の影響を吸収できるが、経済的に脆弱で、特にエネルギー分野で欧米の投資と技術に依存しているロシアにとってはそうはいかない。

制裁が直ちに期待通りの効果を発揮するという保証はない。プーチン氏は対抗措置をとってくるだろうが、最終的には制裁に屈せざるをえなくなるだろう。プーチン氏のこれまでの国家運営は、エリート層を富ませることによってその口を黙らせるという戦略だった。そのため、ビジネスマンや寡頭資本家(オリガルヒ)、リベラル派から強い圧力が加えられる事態が発生した場合、プーチン氏はそれに抵抗できなくなるだろう。また、ルーブルがさらに下落すれば、これまでプーチン氏を支持してきた国民がそのしわ寄せを被ることになる。

ドイツを含めた欧州諸国は対ロシア制裁の代償を確実に負わなければならない。しかし、プーチン氏がこのまま国際法に違反し続けた場合の方が、払わなければならない代償は比べものにならないくらい大きくなる。そうなった時、欧州の平和と安全は重大な危険にさらされることになる。

ロシアを擁護する中国メディア

本稿の最後に、中国メディアの報道についてご紹介したい。中国については、アジア太平洋地域の情勢を中心に報道を行っている雑誌『The Diplomat』の24日付の記事に注目して、その内容を以下にまとめてみたい。

中国の国営メディアは、マレーシア航空機MH17便の撃墜事故について、ロシアを強く擁護する報道を行っている。中国の国営メディアの多くは、マレーシア航空機撃墜に対する欧米の反応を強く非難する社説を掲載している。例えば、中国共産党中央委員会の機関紙『人民日報』傘下の英字新聞『グローバル・タイムズ』は社説の中で、表向きはロシアによる全面的な情報公開と、国連または国際民間航空機関(ICAO)による公正な大規模調査を求めているが、記事の大半はロシアの関与を既成事実化しようとする欧米を痛烈に批判している。

『グローバル・タイムズ』は、次のように伝えている。

「ロシアに責任を押し付けようという欧米の先走った行動には証拠も論拠もない。ロシアには航空機を撃ち落す動機がなかった。そんなことをしてもウクライナ危機における自らの政治的・道義的立場を狭めるだけだ。今回の航空機撃墜は親ロシア派にとっても政治的なメリットがない」

他の中国メディアもロシア寄りの報道を行っている。例えば、国営新華社通信は撃墜事故翌日、欧米の反応について「早まった判断だ」として、「ウクライナ東部の危機に対する欧米のこれまでの姿勢とロシアのクリミア併合に対する反応を考えると、欧米の一方的なロシア非難は当然の展開だ」と伝えている。この考え方は中国の大部分の主流メディアの社説が伝えた内容に共通している。

マレーシア航空機撃墜事故に対する中国の国営メディアの見方は、この半年間におけるウクライナ情勢の大部分に対する反応と一貫して変わっていない。中国の国営メディアは危機を慎重に分析した上で、反欧米、親ロシアの姿勢に傾いている。

【参照記事】

The National Interest: America Needs a Real Russia Policy

http://nationalinterest.org/feature/america-needs-real-russia-policy-10953

Democracy Now!: Stephen Cohen: Downed Malaysian Plane Raises Risk of War Between Russia and the West

http://www.democracynow.org/2014/7/18/stephen_cohen_downed_malaysian_plane_raises

Stratfor: Can Putin Survive?

http://www.stratfor.com/weekly/can-putin-survive#axzz38CfoyOmw

Spiegel: The Boomerang Effect: Sanctions on Russia Hit German Economy Hard

http://www.spiegel.de/international/business/german-economy-hit-by-us-eu-sanctions-on-russia-a-982075.html

Spiegel: Stopping Putin: The Time Has Come for Europe to Act

http://www.spiegel.de/international/world/spiegel-editorial-time-to-impose-tough-sanctions-on-russia-a-983210.html

The Diplomat: MH17: China Defends Russia, Criticizes the West

http://thediplomat.com/2014/07/mh17-china-defends-russia-criticizes-the-west/

サムネイル「Malaysia Airlines Boeing」Global Panorama

https://flic.kr/p/otb7tY

プロフィール

平井和也人文科学・社会科学系の翻訳者(日⇔英)

1973年生まれ。人文科学・社会科学分野の学術論文や大学やシンクタンクの専門家の論考、新聞・雑誌記事(ニュース)、政府機関の文書などを専門とする翻訳者(日⇔英)、海外ニュースライター。青山学院大学文学部英米文学科卒。2002年から2006年までサイマル・アカデミー翻訳者養成産業翻訳日英コースで行政を専攻。主な翻訳実績は、2006W杯ドイツ大会翻訳プロジェクト、法務省の翻訳プロジェクト(英国政府機関のスーダンの人権状況に関する報告書)、防衛省の翻訳プロジェクト(米国の核実験に関する報告書など)。訳書にロバート・マクマン著『冷戦史』(勁草書房)。主な関心領域:国際政治、歴史、異文化間コミュニケーション、マーケティング、動物。

ツイッター:https://twitter.com/kaz1379、メール:curiositykh@world.odn.ne.jp

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