マレーシア航空機撃墜事故後のロシアを海外メディア・専門家はどう見たか

7月17日(木)にマレーシア航空機MH17便の撃墜事故という衝撃的な事態が発生して以来、ウクライナ情勢は重大な局面をむかえた。本稿では、米国、ドイツ、中国のメディアや専門家が今回の航空機撃墜を受けて情勢をどのように分析しているのかについて注目してみたい。

 

 

キッシンジャー・アソシエイツのトーマス・グラハム氏の論考

 

まず最初に、米国の外交専門誌「The National Interest」のサイトに7月25日に掲載されたトーマス・グラハム氏の論考に注目する。

 

著者であるトーマス・グラハム氏は、国際的なコンサルティグ会社であるキッシンジャー・アソシエイツのマネージング・ディレクターであり、同社でロシア問題とユーラシア問題を専門としている。同氏は、2004年から2007年まで米国大統領特別補佐官を務め、2002年から2004年まで国家安全保障会議のロシア問題担当責任者を歴任したという実績の持ち主だ。

 

キッシンジャー・アソシエイツ会長のヘンリー・キッシンジャー氏と言えば、言わずと知れた世界的な政治家であり、政治学者だ。米国のニクソン政権およびフォード政権で国家安全保障問題担当大統領補佐官、国務長官を務め、1973年にはノーベル平和賞も受賞しており、国際情勢に対する分析は常に世界中から注目されている。

 

そのキッシンジャー・アソシエイツの内部の人間が米国の対ロシア政策についてどう考えているのか、「The National Interest」に掲載された論考の要点を以下にまとめてみたい。

 

 

米国政府に必要なのは信頼に値する政策

 

ロシアに対する米国の激しい怒りはもう十分すぎるくらいに伝わった。今米国政府にとって本当に必要なのは政策だ。マレーシア航空機MH17便撃墜の悲劇が起こった今、ロシアに罰を与え、制裁強化でウクライナに対する攻撃の代償を大きくし、ロシアの国際的な孤立を図ろうという圧力が高まることは理解できる。

 

しかし、ただ単にロシアに罰を与えるというだけでは、信頼に値する政策と呼ぶには足りないものがある。米国は目標とそれを達成するための方法論、実際の行動の結果に対する自問の必要がある。

 

対ロシア政策として最初に考える必要があるのは制裁の問題だ。制裁は、短期的・長期的効果に関係なくプーチン大統領の国内における立場を強くし、過激な民族主義勢力を勢いづかせることにしかなっていない。制裁によって、ロシアの死活的な国益を守り、ウクライナをロシアの勢力圏内に維持しておこうとするプーチン氏の動きを止めることはできていない。

 

国際的な非難を浴びる中でも、ロシアはウクライナ東部の分離主義者に武器を流し続けており、現地の戦闘は激化している。もしプーチン氏が国内の圧力に屈してウクライナの国境線を越えて軍を配備した場合、米国が武力行使を排除している中で、欧米はウクライナの防衛のためにどんな準備態勢ができているだろうか? 単純に制裁をさらに強化するだけでよいのだろうか?

 

 

ウクライナの政治的・経済的な破綻とロシア依存

 

二つ目に、ウクライナ国内の事情を考慮する必要がある。米国としては、ウクライナの主権と領土の一体性を確保しながら、同国に欧米との協調路線をとってもらうように働きかけたいと考えている。しかし、実際、ウクライナは政治的にも経済的にも破綻している。ウクライナ国内の東西分裂、エリート層とその他の社会階層との分裂、独立以来同国を混乱させている寡頭資本家(オリガルヒ)の間の分裂がロシアの暴挙によって明らかになった。

 

ウクライナを国家として再建し、破綻した経済を立て直すためには、一世代の時間を要し、何十億ドルもの資金も必要となる。しかし、深刻な社会経済問題を抱えるEU諸国がウクライナ救済計画について合意する際に見せた最近の動きを考えると、欧米はとてもそんな課題を克服するための忍耐力も必要なリソースも持ち合わせていないと思われる。

 

また、ウクライナ経済を立て直すためにはロシアの協力が必要だ。ウクライナ経済はエネルギーをロシアに依存し、製造業はロシア市場に頼っている。ウクライナの製造業はEUの厳格な基準をまだ満たすことができるレベルにはなく、ウクライナのロシア依存はこれからも長く続くだろう。

 

 

米独関係の修復が喫緊の課題

 

三つ目に、米国と欧州の関係を考える必要がある。アジアに注目が集まっているが、米国にとって最も密接な関係にあるベストパートナーが欧州であるという事実に変わりはない。米国は特にドイツとの関係修復に努めるべきだ。米国とドイツの関係は、外交努力の怠慢に加えて、国家安全保障局(NSA)の情報活動についての機密をリークしたエドワード・スノーデン氏の告発によってもつれたままだ。

 

米国が対ロシア制裁を急ごうとする動きと欧米諸国を先導したいという姿勢を見せることによって、米国と欧州および欧州諸国間の亀裂が明らかになった。マレーシア航空機MH17便が撃墜された今も、欧州の主要国は対ロシア制裁の強化には消極的だ。それは欧州がロシアとの間で密接な経済関係を築いているからであり、欧州とロシアの経済関係は、ロシアに報復措置をとられた場合に米国が被るダメージ以上に大きな影響を受ける。欧州は米国の主導権の下で小異を捨てて大同につくという状況にはない。

 

制裁の問題以外でも、米国はロシアの復活に対して北大西洋条約機構(NATO)を活性化させる必要性を訴えている。NATO加盟国の中には脆弱な国もあり、そういう国に対して米国が集団防衛に関与するという確約を改めて保証することが緊急に求められている。しかし、復活するロシアが突き付けている挑戦は、ウクライナでの動きが示している通り、従来の軍事的な性格のものではなく、社会経済的なものだ。NATO同盟国は従来型戦争の対応力の増強や新たな戦力の獲得ではなく、少数派ロシア系住民に対するバルト三国の待遇や反EU勢力の台頭など、ロシアに付け入られるかもしれない国内問題に焦点を当てるべきだ。

 

 

 

◆◆「αシノドス」購読でシノドスを応援!◆◆

1 2 3 4 5
シノドス国際社会動向研究所

vol.226+227 特集:自立的思考のために

・飯田泰之氏インタビュー「経済学の基礎で社会を読み解け!――マクロ経済の思考法」

・角間淳一郎氏インタビュー「『風俗嬢かわいそう』で終わらせない――“孤立”に歯止めをかけるセカンドキャリア支援」

・【今月のポジ出し!】吉田徹「形骸化する地方自治――『くじ引き民主主義』を導入せよ!」

・藤代裕之氏インタビュー「フェイクニュースが蔓延するメディア構造はいかにして生まれたのか」

・塚越健司 学びなおしの5冊 <統治>

・齋藤直子(絵)×岸政彦(文) 「Yeah! めっちゃ平日」第八回