米国ユダヤ社会で強まるイスラエル批判――新時代のロビイング組織

今年3月3日、イスラエルのビンヤミン・ネタニヤフ首相は米議会両院合同会議で演説し、核開発問題を軸にイラン脅威論を最大限に強調した。40分以上に及んだ演説中、議場では共和党議員らがスダンディングオベーションを繰り返した。

 

しかし、ネタニヤフ演説は本当に成功といえるのだろうか。演説予定が明らかになった今年1月下旬以降、オバマ米政府だけでなく米国ユダヤ社会内からも厳しい批判が相次いだ。

 

AIPAC(米国イスラエル公共問題委員会)を中心とする米国イスラエル・ロビーの影響力の強さは、「前例がない」とまで形容されてきた。それを担保してきたのは、イスラエル支持に関し米国ユダヤ社会が一枚岩を誇ってきたことにある。

 

だが、ネタニヤフ演説への反応が示唆するように、米国ユダヤ社会内には今、イスラエルとの関係をめぐり深い亀裂が生じつつある。新しいイスラエル・ロビー組織「Jストリート」の台頭を手掛かりに、亀裂の背景を探ってみよう。

 

 

新しいロビー組織Jストリート

 

Jストリートは2008年4月に、「プロ・イスラエル、プロ・ピース」を掲げて結成された。AIPACと同様、法的にロビー組織として登録しており、米国の対中東政策、特にイスラエルが関係する政策に関し、上下両院やホワイトハウスなどへロビー活動を行っている。

 

またマスコミへの意見表明、地方や大学キャンパスでの支持者の拡大や動員、アドボカシーなど、活動の内容や狙いはAIPACとほとんど変わらない。

 

しかし、両者の主張には大きな開きがある。イランの核開発問題に関し、AIPACは経済制裁をいっそう強化するとともに、軍事攻撃を含めイスラエルの行動の自由を保障すべきだと主張している。またパレスチナ問題でもイスラエルの入植活動を批判せず、米国はイスラエルに圧力をかけるべきでないとの立場をとっている。つまりAIPACはイスラエル政府の主張をそのままワシントンで表明しているにすぎない。

 

一方、Jストリートは、核問題の政治的な解決を目指して2013年以来行われているイランと「P5+1」(国連常任理事国とドイツ)との交渉を支持し、軍事行動に反対している。また入植活動に反対し、ガザ地区への過剰な軍事力の行使などにも批判的だ。つまりJストリートはイスラエル政府の政策や主張のほとんどに批判的で、AIPACときわめて対照的だ。

 

こうした路線をとっているJストリートの目的は何なのだろうか。Jストリートという名称は、ワシントンの通りの名前に由来している。ワシントンの東西の通りはアルファベット順にAからWまでの名前がついている。ただ、J通りだけはない。

 

Jストリートの創設者で会長のジェレミ・ベンアミによれば、米国ユダヤ社会の多数派の声はJ通りがないように、ワシントンで無視され続けてきた。多数派はあまりにも長い間、沈黙してきたため、彼らの政治的な意見はユダヤ社会全体を代表していると主張する右派の声にかき消されてきたからだ。「だから私たちはJストリートを立ち上げた」とベンアリは説明している。

 

Jストリートのホームページも、「ユダヤ的でかつ民主的な価値へのコミットメント」に基づき、イスラエルとパレスチナ独立国家が共存するという二国家解決案によるパレスチナ問題の解決を呼びかけている。さらに「親イスラエルとはイスラエル政府のすべての政策を支持することを意味しない」と宣言している。

 

米国ユダヤ社会の主流派組織や指導者の間では従来、パレスチナ問題や占領政策に関しイスラエル政府を公然と批判しないという暗黙のルールがあった。

 

イスラエル政府の政策を公然と批判することは、イスラエルの敵を利することになるという考えに基づいていた。それ故、イスラエルを批判した者は米国ユダヤ社会内で活動することが困難になり、さらにはつまはじきに遭ってきた。

 

ジョン・メアシャイマーとスティーブン・ウオルツが2006年に、共著『イスラエル・ロビーと米国の外交政策』のオリジナル論文を発表した際、米国ユダヤ社会から猛烈なバッシングに会ったことは記憶に新しい。

 

発足当初のJストリートへの風当たりもかなり激しく、「Jストリートはユダヤ社会主流派の意見を代表していない」といった批判や非難が相次いだ。だがこの7年間で、Jストリートはロビー組織としての地位を確立した。

 

もちろん、AIPACとの間には依然としてかなりの差がある。それでもイスラエル政府関係者はJストリートの存在を無視できなくなったと語っている。2013年の年次総会ではジョー・バイデン副大統領が演説し、今年の総会にはオバマ大統領の首席補佐官デニス・マクドノーが出席した。

 

 

リベラリズム重視の米国ユダヤ人

 

最近、Jストリートの存在感を特に強めているのがイランの核問題である。外交的解決を目指すオバマ政権と、外交交渉にまったく信を置かず制裁強化を求めるネタニヤフ政権との立場は完全に平行線をたどっている。

 

米議会の上下両院で多数派を握る共和党もネタニヤフの強硬姿勢を支持し、ホワイトハウスと対立している。こうした議会の動きを加速させているのが、ネタニヤフ政権の意向を代弁しているAIPACの強力なロビー活動だ。

 

Jストリートもまた、外交的解決支持の立場からロビー活動を強化している。その成果の一つとされるのが、2013年8月に131人の米議会議員がオバマに書簡を出したことだった。

 

書簡はイランで改革派と目されるハサン・ロウハニが新大統領に就任したことを機に、核問題に関する外交努力を続けるべきだとオバマに呼びかけたもので、18人の共和党議員も署名していた。ユダヤ関連の米国ニュース通信社JTAによれば、書簡の発出はJストリートによるロビー活動の成果だった。

 

筆者が2012年にワシントンでインタビューしたJストリートの政府部門担当責任者ディラン・ウィリアムズは、「Jストリートは今や、リベラルから中道までの幅広い層を包括する “ビッグ・テント”になった」と述べ、成長の理由として米国ユダヤ社会内の変化と、若者の取り込みの2点を指摘した。

 

ウィリアムズがいう米国ユダヤ社会内の変化とは、米国ユダヤ人の多数がイスラエルの右傾化に強い違和感を覚えていることを指している。米国ユダヤ人のほとんどはリベラルで、教会と国家との分離、銃規制、性的少数者の権利擁護などにも熱心だ。大統領選挙や国政選挙でも、顕著に民主党を支持している。2008年の大統領選でオバマはユダヤ票の78%をとり、再選された2012年にはやや減少したが69%の票を得ている。

 

米国ユダヤ人は全米人口の2%強という少数派だ。だからこそユダヤ人は自分たちの権利やアイデンティティを守るために、リベラルな価値の実現に努めてきたといってよい。

 

コラムニストとして活躍したレオナード・フェインは「この国でユダヤ人が幸福で公正に扱われるか否かは、リベラルで民主的な多元的主義のあり様にかかっている」と述べ、リベラリズムの重要性を強調している。

 

こうしたリベラリズム重視の米国ユダヤ人から見ると、現在のイスラエルはかなり異なっている。右傾化や偏狭なユダヤ民族主義が強まっているからだ。【次ページに続く】

 

 

 

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