ハーバード大学は「音楽」で人を育てる――アメリカのトップ大学が取り組むリベラルアーツ教育

ハーバード大生はどのような学生生活を送っているのか?

 

音楽や芸術は人間の営みから生まれ、人の感情や思考が刻み込まれたものである。だから音楽を学ぶことは人文学でもある。そのことをよく表しているのがアメリカの大学だ。ほとんどの大学に音楽学科または音楽学校があり、音楽を専門的に学ぶ学生だけでなく、幅広い学問分野に触れる1・2年次に教養科目として音楽を履修することもできる。ハーバード大学1年生ジェニファー・チャンさんの年間履修科目を見てみよう。

 

○秋学期(2013~14年)

・美学的・解釈的理解:文学的な中国を再創造する~いま、昔話を読みなおす

・外国語:日本語入門

・生命科学:生命科学入門~化学、分子生物学、セリウム

・数学:生命科学のためのモデリングと微分方程式

・音楽:ハーバード・ラドクリフ・オーケストラ

 

○春学期(2013~14年)

・ライティング:ダーウィンの年代記

・外国語:日本語入門

・生命科学:生命科学入門~遺伝学、ゲノム科学、進化論

・自然科学:化学結合、エネルギー、反応性~自然科学入門

・音楽:ハーバード・ラドクリフ・オーケストラ

 

○その他

・5団体でボランティア活動

※地域の公立中学・高校に通う子どもに毎週一回楽器をレッスンするHARMONY(Harvard and Radcliffe Musical Outreach to Neighborhood Youth)、毎週末に地域の病院を訪問して演奏する音楽療法活動MIHNUET(Music in Hospitals and Nursing Homes Using Entertainment as Therapy)ほか、医療や社会関連まで幅広い。

 

小さい頃からフルートとピアノを習い、将来は医者を目指しているジェニファーさんは、ハーバード大名門オーケストラでフルートを担当している。優秀な学生が多く集まるハーバードの中で良い成績を取るには並大抵の努力ではないが、音楽を始めとする教養科目や課外活動も幅広く行っている。それは彼女自身のライフスタイルであるとともに、大学の方針でもあるのだ。

 

「医学部大学院に進学するためには相当量の勉強が必要なので、勉強漬けの毎日のように見えるかもしれませんが、バランスの良さも大事だと思っています。アメリカの大学では勉強以外の課外活動も重視されています。大学のアドミッションが「バランスの良さ」や「多様な課外活動」を重視してくれたおかげで、高校時代に勉強以外のことにも打ち込むことができました。私は音楽に出会えてほんとうに幸運だと思います。将来は健康で、ものごとをよく知っていて、趣味や特技の多い人になりたいです。ですから身体のエクササイズ、勉強、フルート、ピアノ、歌の練習は欠かしません。それはすべて将来なりたい自分につながっています」

 

ジェニファーさんが演奏しているハーバード・ラドクリフ・オーケストラは、最大2年間単位換算できる。アメリカの大学ではこのように、演奏実技も単位となることが多い。音楽を学び演奏することが、教養として広く認められているのである。

 

 

教養としての音楽はいつから?

 

それではいつから音楽が教養科目(リベラルアーツ)として学ばれているのだろうか?

 

教養としての音楽は、古代ギリシアまで遡る。紀元前8世紀の古代ギリシア数学者ピタゴラスは、音程、つまり音と音の高低差が極めて簡潔な周波数比で成り立っていることを発見した。たとえば8度の周波数は1:2、4度は2:3という具合に。このような発見を通じて、世界には美しく調和する原理原則が存在し、それらは数で表現できると考えたのである。

 

紀元前5世紀の哲学者プラトンが創設した学園アカデメイアでは、この考えを継承し、音楽を数学の一環として教えるようになった。さらに時代を経て、教養とされる学修科目は七科目に収斂・集約されていった。言語に関する三教科(文法、修辞学、論理学)、数学に関する四教科(算術、幾何学、天文学、音楽)である。これを自由七科、すなわちリベラルアーツという。

 

ここでいう音楽とは、「調和(ハルモニア)」の理論である。古代ローマ帝国が滅亡する5世紀頃、世界観が大きく変わる混乱の最中に、音楽を含むリベラルアーツが形を成していったことは偶然ではないだろう。そしてキリスト教の広まりとともに、修道院等を通じてリベラルアーツ教育も広まっていった。それが中世の大学で教養課程となる。

 

19世紀になると音楽は数学の一環としてではなく、芸術として、また人文学として教えられるようになっていく。この流れに先鞭をつけたのはドイツで、当時啓蒙思想や科学の進歩による近代化が進み、「人間そのものや人間の活動」が学びの対象になりつつあった。調性音楽が発展しはじめたのもこの頃である。

 

J.S.バッハを研究していた音楽学者J.N.フォルケルが、18世紀後半にゲッティンゲン大学で音楽を教え始め、ベルリン大学なども追随した。そしてドイツからアメリカへ最新カリキュラムとともに音楽教育も伝承され、全米最古の大学ハーバードで音楽が教えられるようになったのである。ハーバードの音楽学科も、「人文学部の中の音楽」という位置づけで始まり、それが全米に普及して今日に至る。そしてその中から、世界的に活躍する専門家も育っている。

 

現在の音楽科目は、古代ギリシアや中世で学ばれていた内容とは異なるが、世界や人間の普遍性を学ぶというリベラルアーツの役割は変わっていない。【次ページにつづく】

 

 

 

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