イギリスのEU離脱とスコットランド――独立への茨の道

はじめに

 

UKでは6月23日にEU離脱をめぐる住民投票が行われ、離脱派が52%の票を集めて勝利した。UK北部のスコットランドでは離脱派が38%、残留派が62%と、EU残留への支持が強く、離脱を支持したイングランドとウェールズとのEUへの姿勢の違いが顕著に現れた。

 

これを受けスコットランド首相のニコラ・スタージョンは、EU支持を表明したスコットランド人の意思を尊重し、スコットランドをEU内に留めることに全力を注ぐと公言した。またEU加盟は独立国であることが条件であるため、スタージョンはスコットランド独立を問う住民投票の開催を示唆し、それに向けた法整備等の準備を始めるよう閣僚に指示した。

 

UKのEU離脱という政治的衝撃により、スコットランドのUKからの独立、すなわちUK解体が現実味を帯びてきている。

 

しかし、EU残留を目的とするスコットランドのUKからの独立は、考えられている以上に複雑かつ政治的ハードルが高く、経済的にも相当なリスクを伴う。日本語メディアではこうした点が十分に紹介されていないので、本稿では現地での報道、調査研究等を基にして簡潔に論じようと思う。

 

 

スコットランドとヨーロッパと移民―なぜスコットランドはEU残留を支持したか

 

イングランドではロンドンといくつかの都市部を除いてEU離脱派が勝った一方で、スコットランドでは32の選挙区(地方自治体)すべてでEU残留票が過半数を占めた。EU残留票は首都のエジンバラでは74%にのぼり、EU支持の強さを示した。いったいなぜスコットランドは親ヨーロッパ的なのだろうか?

 

スコットランドとヨーロッパの文化的、歴史的結びつきは深く、中世にはイングランドと対抗するためにフランスと同盟を結び、また軍事や北海・バルト海貿易を通じて数多くのスコットランド人が現在のノルウェー、ポーランドなどに居住していた。現在では経済的関係が強固で、スコットランドの海外向け輸出の約半分がEU向け、またスコットランドに存在する2000以上の外国企業の実に40%がEUの企業である(注1)。

 

(注1)http://europesworld.org/2015/07/07/scotlands-unambiguously-pro-eu-stance/#.V27d2vkrJpg

 

さらにUKとEUの関係を難しいものにした移民に関しても、UK全体の人口に対するEUからの移民の割合が5%なのに対し、スコットランドでは2.5%と低いこともあり、スコットランドで政治的緊張を引き起こすことはない(注2)。これは必ずしもスコットランド人が移民に対してイングランド人より慣用であるとか、人種差別や人種的偏見の程度が低いというわけではない(注3)。

 

(注2)http://www.migrationwatchuk.org/briefing-paper/385

 

(注3)http://www.bsa.natcen.ac.uk/media/38108/immigration-bsa31.pdf

 

一方スコットランドにおける移民の総数は比較的少ないものの、2001年から2011年にかけての移民の増加率は93%で、イングランド(61%)やウェールズ(82%)に比べてかなり高い(注4)。にも関わらず、スコットランドでEU離脱と移民制限を党是に掲げるUKIPへの支持は非常に低い。

 

(注4)http://www.migrationobservatory.ox.ac.uk/press-releases/changes-migrant-population-scotland-2001-2011

 

この背景には、スコットランドで根強い「スコットランドは他者に寛容で、包括的な社会である」という自意識がある。スコットランドに住んでいると、「この国ではよそから来た人を歓待してもてなすのが伝統なんだ。これはハイランドの伝統でもある」という話を聞くことがある。根拠のない俗信に過ぎないが、スコットランドには自分たちをそういった寛容で暖かい国民として考えたい、という願望が根強くある。

 

この願望を政治的に汲み取ったのがSNPである。自らを進歩的な中道左派政党として位置づけたいSNP(注5)は、この伝統的寛容性、包括性を政策に反映させ、スコットランドに移民は不可欠で、移民による経済的、社会的、文化的貢献を歓迎する、という政策目標を掲げた。他の中道左派政党の労働党、自由民主党、緑の党も同様のより寛容な移民政策を支持している。実際スコットランドはシリアからの難民受け入れに積極的であり、UKに到着したシリア難民の実に40%を引き受けている(注6)。

 

(注5)この点についてはhttp://synodos.jp/international/14211を参照。

 

(注6)http://www.scotlandwelcomesrefugees.scot/latest-news/2016/may-2016/scotland-has-taken-in-more-than-a-third-of-all-uks-syrian-refugees/

 

 

2015年9月にグラスゴーで行われた難民を歓迎する集会

2015年9月にグラスゴーで行われた難民を歓迎する集会

 

このようにスコットランドは政治的には親ヨーロッパ、親移民が支配的であり、EUに否定的で移民を制限することが最大の目標であるEU離脱派が支持を広げることはなかった。社会の寛容さと包括性を重視する多くのスコットランド人にとって、人種差別すれすれの発言を繰り返すUKIPのファラージ党首をリーダーの一人とする離脱派を支持することは考えられなかったのである。

 

 

SNP党首スタージョンの慎重姿勢

 

あまり日本では報道されなかったようだが、EU住民投票前の今年5月にスコットランド議会の選挙が行われた。SNPは2011年から維持していた単独過半数を達成できなかったものの、129議席中63議席を勝ち取り第一党となり、現在は少数政権を組んでいる。選挙の際にSNPは、「EU住民投票で、スコットランドが意に反してEU離脱を余儀なくされる等の重大な変化」が起こった場合、独立を目指す住民投票が開催されるべきである、と公約した。その状況がまさに生じたわけである。

 

興味深いのは、なぜSNPが独立の住民投票開催を条件なしで公約しなかったか、である。その背後にはスタージョン党首の慎重な政治姿勢がある。

 

2014年9月の住民投票後に党首に就任したスタージョンは、前任者のアレックス・サモンドと異なり、イデオロギー的にはより進歩主義的で、政策の進め方はよりコンセンサスと協調性を重視する。発言も派手なレトリックや新聞の見出しを飾りやすいフレーズではなく、常識に富んだ理性的な言葉遣いを好む。柔和な人柄も手伝ってか、サモンドよりも万人受けするタイプの政治家で、就任以来高い人気を誇っている。

 

そのスタージョンにとって、二度目の独立住民投票は最大の政治課題であり続けた。一度目の住民投票以降、敗北した独立賛成派は2015年のUK議会選挙、2016年のスコットランド議会選挙でSNPを支持し、SNPは両選挙で最大の議席数を獲得した。SNPの躍進が続く中、党是であるスコットランド独立をどうするのか、次の住民投票はいつ開催するのか、という問いが常についてまわった。

 

一方で、一度目の住民投票を「人生で一度きりのチャンス」と公言して戦ったスタージョンは、やすやすと二度目を約束するわけにはいかなかった。しかも二度目を開催して敗れた場合、スコットランド独立が今後数十年間不可能になるという危険もあった。

 

そのため、二度目の住民投票は絶対に勝てる状況下でのみ開催する必要があった。したがって開催には、有権者の大多数(6割以上)が支持するという確固たる証拠、あるいは2014年の住民投票の結果が出た状況を覆すような重大な変化、という条件が付け加えられたのである。

 

一度目の住民投票で過半数を超える有権者が独立に反対した理由のひとつに、独立スコットランドのEU加盟の不確定さという要因があった。スコットランド独立はEU残留を保証するものではなく、むしろEU離脱という大きなリスクをはらんだもの、と考えられたのである。多くの有権者がEU残留を望んで独立に反対したことを考えると、今回のEU離脱が二度目の住民投票を正当化する「重大な変化」とされたのは当然なことであった。

 

 

EU離脱のインパクト

 

6月24日未明にUKのEU離脱が明らかになって以来、インターネット上で独立反対派がこぞって賛成を表明する、という件が多く報告されている。SNPの党員数も24日のうちに1500人増加したとされ、また最新の世論調査では独立賛成が過半数を超え、中には6割に上るなど、スコットランド独立の気運が俄かに高まりつつある。

 

独立支持の増加を報じる6月26日付のSunday Post

独立支持の増加を報じる6月26日付のSunday Post

 

一方スタージョン首相は、スコットランドのEU残留票を尊重し、スコットランドがEUに残留するために全力を尽くすこと、そして「重大な変化」を受け、スコットランドのUKからの独立を問う二度目の住民投票の開催を示唆し、それに向けた準備を行うように政府と閣僚に通達した。

 

それでは今後、何が起こり、どのような影響がありうるのだろうか。以下では、UKのEU離脱、スコットランド独立の住民投票と独立、そしてスコットランドのEU加盟の複雑さをそれぞれ概観する。【次ページにつづく】

 

 

◆◆「αシノドス」購読でシノドスを応援!◆◆

1 2
シノドス国際社会動向研究所

vol.226+227 特集:自立的思考のために

・飯田泰之氏インタビュー「経済学の基礎で社会を読み解け!――マクロ経済の思考法」

・角間淳一郎氏インタビュー「『風俗嬢かわいそう』で終わらせない――“孤立”に歯止めをかけるセカンドキャリア支援」

・【今月のポジ出し!】吉田徹「形骸化する地方自治――『くじ引き民主主義』を導入せよ!」

・藤代裕之氏インタビュー「フェイクニュースが蔓延するメディア構造はいかにして生まれたのか」

・塚越健司 学びなおしの5冊 <統治>

・齋藤直子(絵)×岸政彦(文) 「Yeah! めっちゃ平日」第八回