「もしもし、ヨーロッパです」「こちらは日本です」――階級の時代の回帰に寄せて

在英20年のライターで保育士のブレイディみかこさん。ブログでの発信や、著書『アナキズム・イン・ザ・UK――壊れた英国とパンク保育士』『ザ・レフト UK左翼セレブ列伝』(いずれもPヴァイン)は、音楽好きや英国に関心がある人びとを中心に熱く支持されていましたが、欧州の政治を鋭く捉えたYahoo!ニュースの記事により、さらに多くの読者がその文章の魅力と出会うこととなりました。

 

ブレイディさんの生活に根ざした視点、英国から日本社会を問う切り口、そして、読む人の心を打つ表現は、今、ますます注目を集めています。

 

6月には『ヨーロッパ・コーリング――地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)が、8月には『THIS IS JAPAN――英国保育士が見た日本』(太田出版)が刊行されました。この新刊2冊を、著者であるブレイディさんご自身に読み解いていただきました。(岩波書店編集部)

 

 

EU離脱決定から1か月半が過ぎた8月8日、BBC2は国民投票までの離脱派・残留派双方の(ウソだらけの)PR戦、出来の悪いコメディのような政治家たちの権力闘争を総括した『Brexit—The Battle For Britain』というドキュメンタリー番組を放映した。狐と狸の馬鹿し合いのようなエリートたちのバトルを横糸にしながら、同ドキュメンタリーが縦糸として淡々と追い続けたのは、離脱に走っていく北部の労働者階級の人々のリアルな姿だった。

 

それらを対比させながら描いたドキュメンタリーのエンディングで、BBCの政治記者、ローラ・クンスバーグはこう言った。

 

「実のところ、ブレグジットとは秩序ある革命だったのです」。

 

◆ ◆ ◆

 

6月に刊行された『ヨーロッパ・コーリング』は、2014年から書き始めたYahoo!ニュース個人などの記事をまとめたものである。原稿整理のために2年前に書いた文章を久々に読んで驚いたのは、英国版こども食堂の話題から始まり、格差社会が国家にもたらすコスト、アンチホームレス建築の話へと続く拙著の冒頭部分は、まるで現在の日本のニュースを読んでいるみたいだということだった。

 

 

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2014年の英国には政治的・社会的な閉塞感と、このまま保守党独裁が未来永劫に続くのではないかという諦念が蔓延していた。保守党政権がゴリ推しする緊縮財政のため、生活保護を打ち切られて餓死した人のニュースがあったり、ゼロ時間雇用契約の話があったり、暗い話題が続くのだが、スコットランド独立投票の話題でトーンが一変する。

 

ウエストミンスターは「彼らにそんな勇気があるわけがない」と直前までタカを括っていたのだが、独立派が勝利しかねないことが判明すると、首相、野党第一党党首、元首相など政界の要人たちがパニックしてスコットランド入りし、メディアは「為政者たちは粗相をしそうなほど焦っている」と書きたてた。

 

「もしかしたら政治というものは変えられるのかもしれない」

 

という英国民の意識の小さな萌芽は、あのときに芽生えたのではなかったか。実際、EU離脱が決まったとき、「スコットランドができなかったことを俺たちがやった」とパブや路上で口にした人を何人も目にした。

 

反緊縮と市民的ナショナリズムを掲げて独立派を率いたSNP(スコットランド国民党)は、2015年の英国総選挙でも台風の目になる。女性党首ニコラ・スタージョンが一躍選挙戦のスターになり、労働党とSNPの連立の可能性もささやかれ始める。

 

思えば、このときの選挙に勝ちたい一心で「EU離脱の是非を問う国民投票を行う」と口走ったのがキャメロン前首相だった。人間というものは、ビビると墓穴を掘るものである。その効果もあってか総選挙では保守党が大勝するのだが、時を同じくしてギリシャでは債務危機が持ち上がる。英国の「ピープル」(セレーナ・トッド著『ザ・ピープル イギリス労働者階級の盛衰』(みすず書房)によれば、英国英語のPEOPLEは単なる「人々」や「民衆」ではなく、「労働者階級」を意味するという)もギリシャ国民のように緊縮に痛めつけられていた。

 

だから「ピープル」はEUが強制する緊縮財政にギリシャ国民がNOを突きつけたことに共感し、それでも執拗にギリシャに緊縮を強いるドイツ主導のEUに対して「だいたい、俺らがあいつらを選んだわけでもないのに、どうしてあいつらはああも独裁的に俺らの生活を支配しているんだ?」と憤り、「EUにデモクラシーはない」と言うようになる。

 

この流れに乗って、労働党党首選でまさかの大勝を果たしたのが、反緊縮派の泡沫候補ジェレミー・コービンだった(彼は党首候補討論で堂々とEU批判さえした)。若者や労働者たちが彼を熱く支持し、ブレア派を筆頭とする労働党議員たちはまたもやパニックに陥る。

 

一方、スペインでは、やはり反緊縮を政策の柱とするポデモスが急激に勢力を伸ばし、「左翼は『ピープル』のツールにならなければいけない」と吠える党首パブロ・イグレシアスのカリスマも相まって、結党2年にしてスペインの第3勢党に躍り出る。

 

このように2015年は、欧州で新左派と呼ばれる勢力が思わぬ躍進を見せた年だったが、忘れてはならないのは、彼らは大前提として反緊縮派であり、現在のEUの在り方と、EUが強制する緊縮という病に反旗を翻したということだ。

 

この過去2年間の経緯を知れば、英国のEU離脱投票の結果を、単なる「右傾化の現れ」と呼ぶことはあまりにも一方的だ。そしてそこに至るまでの「もう一つの流れ」が、拙著『ヨーロッパ・コーリング』には期せずして記録されているように思う。

 

さて、このような英国や欧州の国々の動きを受け、わが祖国はいったいどうなっているのだろう。【次ページにつづく】

 

「ポピュリズムはなぜややこしいのか?」

 

「日本社会は本当に右傾化しているのか?――”ネットとレイシズム”から読み解く」

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シノドス国際社会動向研究所

vol.224 特集:分断を乗り越える

・吉田徹氏インタビュー 「ポピュリズムはなぜややこしいのか?」

・【ヘイトスピーチQ&A】 明戸隆浩(解説)「ヘイトスピーチ解消法施行後の現状と課題」

・【今月のポジ出し!】 荻上チキ 「今からでも遅くない!メディアを鍛える15の提言」

・齋藤直子(絵)×岸政彦(文) 「Yeah! めっちゃ平日」第七回