2017.02.17

「トランプ現象」は理解可能である

西川賢 政治学、アメリカ政治研究

国際 #トランプ#大統領

ドナルド・トランプ新大統領が世界中の話題をさらっている。

いまだに2016年の大統領選挙の結果が受け入れられないというアメリカ人も少なくないようだ。自分たちが理想としている民主主義が生み出した大統領があのような人物であるはずがないという思いを抱く人々もいるのだろう。だが、選挙は正当なものであり、(おそらく)選挙結果も間違っていない。

就任早々、トランプ大統領が打ち出した難民の受け入れ凍結と中東・アフリカの一部諸国からの一時入国停止を命じる行政命令を非難する声が目立っている。だが、各種世論調査を見れば、比較的多数の国民がトランプ政権の施策を支持していることが分かる。

たとえば、1月末に行われたギャラップの世論調査では移民の入国禁止措置については42%、国境への壁建造については38%、難民受け入れ凍結に対しては36%が支持を表明している。政策の内容を考えれば、これは決して低い数値とはいえないだろう。

トランプ大統領は正当な手続きを経て選出されたアメリカ合衆国の大統領であり、移民の入国禁止措置、国境への壁建造、難民受け入れ凍結など、彼の極端な政策の多くを予想以上の国民が支持していることは事実である。「そんな事実は認めたくない!」といっても始まらない。

われわれが問わなくてはならないのは、「なぜトランプ候補が2016年の大統領選挙であれほどの支持を集めることに成功し、現在でも一定以上の支持を維持することに成功し続けているのか」という根本的な問題である。2016年の選挙結果についていえば、トランプ候補が当選することができたのはヒラリー・クリントン候補がラティーノ、アジア系、あるいは黒人などの「オバマ支持連合」の動員に失敗したことや、第三政党に票を食われたことなど、「敵失」によるところも大きかったであろう。だが、トランプ候補が当選後も一定の支持を集め続けていることは、ヒラリー・クリントン候補の不人気で説明できるものではない。

では、いったいなぜなのか。以下に示す政治学の文献がこの問題を解くためのヒントを与えてくれる。

共和党帰属意識によるトランプ支持?

まず、クリストファー・エイケン(プリンストン大学教授)とラリー・バーテルズ(バンダービルト大学教授)による『現実主義者のための民主主義』(原題Democracy for Realists)という文献に沿って考えてみよう。

エイケンとバーテルズは、「有権者が明確なイデオロギー的選好を有しており、それに沿って選挙を通じて政治家や政党を適切に評価し、理想的な選択を行う」とする説を「俗説」(Folk Theory)と切って捨てる。

エイケンらによれば、有権者は政治に関する情報や正確な知識など持っておらず、政治に積極的な関心も有していない。つまり、有権者は政治家の政策的業績を長期的な視野に立って正しく評価することなどはなく、政策やイデオロギーに依拠してどの政党を支持するかを合理的に決め、理性的に投票を行っているわけではない。

要するに、従来までの政治学(彼らが批判する「俗説」)が想定するような理想的有権者などは現実には存在しないのである。彼らは人種、宗教、ジェンダーなどの社会的アイデンティティや集団(政党)への帰属意識に基づいてどの政党に帰属するかを決定し、投票行動を行っているのである。また、政治家や政党の方も、有権者がどのような政策を支持しているのか、あるいは有権者がどのような政治的イデオロギーを持っているのかを考慮して政治目標を設定することはない。政治家の政治目標は、政党内部に入り込んだ利益集団や活動家の影響を受け、それらの意向に従った決定を行うにすぎない。

では、有権者はなぜ政党に帰属するのか。それは社会的な孤立や無視を避けるためである、というのがバーテルズとエイケンの説である。つまり、「政党に所属すること」は政治目標を追求するための「手段」なのではない。有権者にとって、政党という集団に帰属することはそれ自体が「目的」なのだ。彼らが政党に忠誠心を持つのは、自らが愛着を持って所属する集団を正当化し強化したいがためである。この理由ゆえに、有権者は政党への忠誠心を強化する信念、態度、価値観を持とうとする。

ここで、例えばアメリカ社会で人口構成の大幅な変化が発生したり、移民や難民が大量に流入してきたりして、白人有権者の数的優位が脅かされるような状況が現出したらどうなるだろうか。保守的な白人有権者は危機感を募らせ、彼ら・彼女らの社会的アイデンティティは刺激される。そうすると、移民対策や積極優遇措置(アファーマティブ・アクション)など人種や移民に関連する有権者の争点態度が固まっていき、それらの問題に断固たる立場で臨もうとする政治家(大抵は共和党の政治家)が大きな支持を集めるようになる。このようにして争点態度が固まっていく過程で、国防強化、福祉削減、減税など、移民や人種とは直接的には無関係な共和党が支持する争点についても付随的に有権者の支持態度が形成されていく。

有権者はこのようにして政党に帰属し、各争点を支持し、投票を行うとエイケンらは述べる。有権者が政策選好やイデオロギーを持っているように見えることもあるが、それは個々の争点に関する態度がたまたま首尾一貫した場合に、そのように見えるだけにすぎないという。

エイケンらの議論に依拠して考えるならば、トランプが支持されている理由はトランプ候補の属人的な要素によるものではなく、人種、宗教、ジェンダーなど社会的アイデンティティや集団への帰属意識に基づいて共和党に強い帰属意識を持つ有権者が積極的にトランプ候補に当選したからということになるだろう。

エイケンらの説が正しいとすると、トランプ大統領は有権者がどのような政策を支持しているのか、あるいは有権者がどのような政治的イデオロギーを持っているのかを考慮して政治目標を設定することはない。トランプ大統領の政治的決定は共和党内部に入り込んだ利益集団や活動家の影響を受けたものになると予測され、トランプ政権とこれらの集団との関係を分析することが重要になってくる。

アイデンティティによるトランプ支持?

これに対して、『憤怒の政治』(原題The Politics of Resentment)の著者であるキャサリン・クレイマー(ウィスコンシン大学マジソン校教授)は以下のような説明を展開している。

彼女によれば、トランプ候補が支持されたのは彼の政策やイデオロギーが支持されたからではない。彼を支持する人々にとって、政策やイデオロギーなどは二の次なのである。トランプ候補に熱狂する支持者が欲して止まないのは「物語」なのだ。それが真実に基づくものであれ、全くの虚構であれ、トランプ候補の支持者は自らのアイデンティティに合致し、それを補強してくれるような「物語」を与えてくれる政治家に見返りとして支持・承認を与えるのである。

クレイマーによれば、トランプ候補は自らの支持者に向けて次のようなメッセージを送ることで彼らが待望する指導者としてのイメージを作り出すことに成功したのである。

あなたたちは正しい。あなたたちは人生の努力の代価に見合ったものを正当に受け取っていない。あなたが怒るのも分かる。あなたたちは一生懸命働き、報われて当然なのに、受け取るべきものを受け取っていない。一方で、[エスタブリッシュメントの政治家やメディアのような]今この国を動かしている奴らは、[移民やマイノリティ、イスラム教徒など]受け取る資格もないような奴らに何かを与え続けている。私を当選させてくれ。そうすれば、この国を再び偉大にして見せよう。あなたの人生の代価にふさわしいものを与えよう、あなたが欲して止まない人生をあなたに与えよう(注)。

(注)Katherine Cramer, “How Rural Resentment Helps Explain the Surprising Victory of Donald Trump?The Washington Post. , accessed February 9, 2017.

クレイマーの説を採れば、トランプ候補が当選を果たしたのは、以上のようなメッセージが有権者のアイデンティティと共鳴作用を起こし、広範な層に支持を広げることに成功したからである。つまり、この説に依拠して考えた場合、トランプの持つ属人的要因が支持の理由であったと考えられる。

クレイマーの説が正しいとすると、トランプ大統領は今後も支持層に訴えかけるメッセージを発し続けようとするであろう。クレイマー説の立場に立てば、TPP永久離脱、オバマケアの早期廃止、そして難民の受け入れ凍結と中東・アフリカの一部諸国からの一時入国停止を命じる行政命令は、いずれも自らの支持層のアイデンティティに訴え、彼ら・彼女らの結束を強め、支持を強化するためにトランプ大統領が発したメタ・メッセージであると理解できる。

ただし、仮に行政命令がメッセージ性のみを優先するものだとすると、それらの行政命令が長期的にどのような政策的効果を発揮するのか、あるいは同盟国である日本を含めた世界各国にどのような影響を及ぼすのかなど、政策の実体的効果についてどの程度綿密に検討されているかは定かではなくなる。

トランプ現象は理解可能である

トランプの支持層については、選挙中から「ヒルビリー」、「ホワイト・トラッシュ」など、しばしば軽蔑的な表現で語られることが多かった。これらの呼称は、いずれも農村部の低所得白人層を指す蔑称に近いニュアンスを含む言葉である。だが、トランプ支持者はヒルビリーと呼ばれる人々に限定されるわけではないし、ヒルビリーだからトランプを支持するわけでもない。集団帰属意識が原因であれ、トランプ大統領が提供する「物語」という属人的要素が原因であれ、トランプを支持する人々には彼を支持するだけの明白な理由が存在するのだ。

では、エイケンらとクレイマー、いずれの説明が正しいのだろうか。

American Presidency Projectの選挙結果を参照すると、トランプは2012年のミット・ロムニー候補よりも一般得票で200万票以上、2008年のジョンマケイン候補と比べると300万票以上の上積みがあったことが分かる。しかし、ニューヨーク・タイムズ紙による出口調査の結果を見る限り、共和党帰属心を持つ有権者による共和党大統領候補支持の割合に特に変化があるわけではない(むしろ前回より微減)。

この結果などから、今のところ筆者はエイケンらの立場ではなく、クレイマーの説明の方が説得的なのではないかと感じている。キラ・サンボンマツは大統領/大統領候補が提起する新しい政治的レトリックやイシュー・ポジションは党を代表する見解とみられがちであり、一般有権者が政党のイメージに関するマス・オピニオンを形成するにあたって有力な手がかりを提供すると述べている(注)。このことなどをヒントに考えると、トランプが発するメッセージや争点に対する立場を手がかりに、有権者は政党のイメージについて新たなマス・オピニオンを形成しており、既存の政党支持パターンに大きな変化が生じつつあるのではないだろうか。

(注)Kira Sanbonmatsu, Democrats/Republicans and the Politics of Women’s Place (Michigan: The University of Michigan Press, 2004), p.114; Matthew Levendusky, The Partisan Sort: How Liberals Became Democrats and Conservatives Became Republicans (Chicago: The University of Chicago Press, 2009), p.16.

それでは、このような変化はなぜ、いつから、そしてどのように生じてきたのか。この問いについては、「ポピュリズム」、「マイノリティ・マジョリティ社会」、「反グローバリズム」など、すでに様々な論者による見解が乱れ飛んでいる状況であるが、この問いを実証的に精緻に明らかにする作業は今後の研究課題としたい。

いずれにせよ、トランプ現象は理解不能な現象ではない。われわれが取り組まねばならない作業は、トランプ現象を社会科学の手法を用いて理論的・実証的に明らかにしていくことではないだろうか。

*原稿をお読みくださり、貴重なコメントをくださった善教将大先生(関西学院大学法学部)に深く感謝致します。

プロフィール

西川賢政治学、アメリカ政治研究

津田塾大学学芸学部国際関係学科教授。1975年兵庫県生まれ。専門は政治学、アメリカ政治研究。1999年慶應義塾大学法学部政治学科卒業、2007年同大学院博士課程を修了、博士(法学)。フルブライト・フェローとして渡米後、日本国際問題研究所研究員、九州大学客員准教授、一橋大学客員准教授などを経て、2011年より現職。著書に、『ニューディール期民主党の変容―政党組織・集票構造・利益誘導』(慶應義塾大学出版会、2008年)、『分極化するアメリカとその起源―共和党中道路線の盛衰』(千倉書房、2015年)、『ビル・クリントン―停滞するアメリカをいかに建て直したのか』(中公新書、2016年)など。

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