ここがダメだよ米国の障害者福祉――日本で失われつつある「福祉も就労も」というグレーゾーン

「シノドス」に掲載していただいた芹沢一也さんのインタビュー「トランプ政権は貧困層や障害者に致命的な打撃を加えるのか?――日本人の知らないアメリカの”共助”を探る」を読まれた方の多くは、米国の障害者福祉が「弱者救済」だけではなく、「弱者を弱者でなくする」「をも包摂する」と、さまざまな側面から前進してきたことに驚かれたようです。それはそうでしょう。私も初めて知ったとき、大いに驚きましたから。

 

しかし米国は、障害者にとっての夢の国というわけではありません。日本の方が進んでいる部分も多数あります。そこで、先日のインタビューの補論として、米国の障害者福祉のダメなところを書いてみます。

 

 

「生存」の包括的な保障は、あるのかないのか

 

米国の障害者福祉のダメなところは結構たくさんあるのですが、最大の「ダメ」は、多様な「生存」が包括的に保障されているかどうか、かなり微妙なところです。

 

状況は、障害類型によって大きく異なります(この点は日本も同じです)。そこに州以下の地方自治も加わります。ある地域、ある障害類型、ある側面だけを見れば、日本以上に「生存」「生活」が包括的に保障されていると言える面もあります。

 

しかし、「社会として、社会のあらゆる一員に人権を保証する」と言いながらも、「社会の一員であるかどうか」の選別に熱心な人々も多いのが米国です。「生きるに値する命/値しない命」を本人ではない人々が選別し、値しないと判断したら尊厳死へ、という流れも活発です。なにしろ、生きるに値しないのであれば、社会の一員であるかどうかを考えずに命を奪うという最大の人権剥奪が、簡単に出来てしまうわけなので。

 

そこに、キリスト教にルーツを持つ「妊娠中絶は悪」という考え方もからみ、非常に複雑な様相が呈されています。胎児に障害がある場合の中絶を認めないことは、女性に対して「望まない妊娠の中絶を認めない」というタイプの人権侵害につながる可能性があります。とはいえ認めれば、回り回って障害者に対する人権侵害につながりかねないのです。

 

 

米国の障害者に対する「働ける/働けない」の線引きの強烈さ

 

「生きるに値する/値しない」にかぎらず、人間に対する「Aである/Aでない」の明確な線引きは一般的に困難です。しかし、このような二分法を米国の福祉に見かける場面は、少なくありません。「働ける/働けない」も同様です。

 

「○国の障害者は働いている、日本の障害者みたいに福祉に甘えていない」という主張は、米国に限らず、数多くの国の事例を日本に紹介する中で数多く行なわれています。

 

しかし、「障害者が働ける」を実現している背景は国や社会や時期によってさまざまです。米国が、日本に比べれば若干は就労促進的であることは確かかもしれません。ただし、米国の障害者福祉には、「就労か、福祉か」の強烈な二分法があります。

 

2016年、私が話を聞かせてもらったワシントンDCの精神障害者は、かつて働いていましたが、精神疾患を発症し、障害年金だけで生活していました。障害年金の月額は2000ドル。ワシントンDCの近郊に住み、自動車を保有しているその人の生活は、かなり大変そうでした。それでも「自動車を持つ」を含め、自分の望む自分の暮らしを、まあまあ実現できそうな水準ではありました。まったく就労出来ない障害者に対する福祉は、それなりに充実しているといえなくもありません。

 

ところが就労するとなると、数多くの壁が立ちふさがります。障害者福祉の多くは、就労”しない”ことが前提となっている(特に精神障害)ため、就労して自活できそうな収入が得られるようになると利用できないのです。もちろん、州や自治体による温度差はありますが。

 

就労すると、障害が消えたわけではないにもかかわらず「健常者並み」「健常者と同じ」を求められ、一方でパフォーマンスを発揮するための条件整備は整っていない場面も多く、間接差別・障害者の環境を改善しないことによる未必の故意的障害者差別……といったものに対し、ADA(American with Disabilities Act, 米国障害者法。1990年制定)改正などの対策はそれなりに重ねられてきてはいるものの、いまだ不十分なのが現状です。

 

 

働く障害者たちを苦しめ続ける「分断」

 

また、なんとか就労して自分を養えている障害者たちは、「自分は障害者なのか、職業人なのか」という問題に苦しむことになります。両方なんですけどね。

 

米国で始まった障害者自立生活運動でいうところの「自立」は、経済的自立に限定しても、公的給付を受けないことを意味しているわけではありません。お金の出処がどこであろうが、就労収入比率が0%であろうが、その人には「自分らしい生活」をイメージし、実現する権利があります。

 

このことは、全国自立生活センター協議会Webサイトの「自立の理念」に、具体的に分かりやすく説明されています。

 

「自立生活とは、危険を冒す権利と決定したことに責任を負える人生の主体者であることを周りの人たちが認めること。また、哀れみではなく福祉サービスの雇用者・消費者として援助を受けて生きていく権利を認めていくことです。」

 

「基本的には、施設や親の庇護の元での生活という不自由な形ではなく、ごく当たり前のことが当たり前にでき、その人が望む場所で、望むサービスを受け、普通の人生を暮らしていくことです」

 

公的給付やサービスを受けないことに限定して「自立」という用語を使う必要は、ないのです。

 

当然、そのために必要な資金を求め、得る自由があります。また、いわゆる愚行を含め、さまざまな試行錯誤をする権利があります。「その人は社会にとってどれだけ有益なのか、どれだけ稼ぎ、納税する可能性があるのか」は、全く問題になりません。そういうことを問題にしないからこそ、障害者の自立生活は、障害のない人を含め、すべての人の自立生活の根本となりえました。

 

「就労」という場面では、全く異なるものが要求されます。まず当然のこととして、パフォーマンスが問われます。より高いパフォーマンスを上げられるのが良い職業人。職業人でありつづけようとするならば、さまざまな意味で職業能力を磨き、高めなくてはなりません。

 

もちろん、就労する障害者自身が、職業の場での論理・職業人的価値観を受け入れることは、大前提です。そのことは、もちろん、本人の収入向上や就労継続のやりやすさという面で、本人にメリットをもたらします。しかし、「○○の価値を生み出すから△△の報酬を受ける資格がある」という職業の場の論理は、障害者運動・障害者自立生活運動に、強く警戒されるものでもあります。

 

いずれは一つの価値観の中に、障害者としての価値観と職業人としての価値観を無理なく包摂できる日が来るのかもしれません。でも、今のところ、世界のどこにも、そのようなものは見当たりません。米国でも、少なからぬ働く障害者たち、障害者であり職業人でもある人々が、「障害者の社会の論理」と「職業社会の論理」の間で、板挟みになっています。

 

もちろん、私が知っている米国の働く障害者たちの全員が、自分自身の「働ける」という現状が、過去の障害者たちによって獲得されてきたことを熟知しています。生まれる機会、愛情と配慮のもとに生育する機会、充分な教育を受ける機会がなければ、健常者に比べて遜色ない就労は不可能だったはずです。

 

また30代以上の障害者にとっては、「親の献身的な努力がなければ大学以上の学歴を得ることはできなかった」という経験も、まだまだ一般的です。障害者運動を含む障害者コミュニティは自分自身の基盤であり、自分はその一員として幼若のメンバーたちや障害者を含む社会の未来のために貢献する必要があるという意識も、一般的に見られます。だからこそ、障害者の社会と職業社会の間で、板挟みになって苦しむことになるのです。

 

この点は、日本でも同様で、私自身の日常的な困りごとの一つでもあります。まだ一般就労する障害者の数が少ないせいか、「障害者が就労すれば解決する」と考えている若い障害者やその家族が多いせいか、この問題は前面に現れていません。

 

では、日本は、米国よりも「まだマシ」なのでしょうか? そうかもしれません。

 

 

米国より「まだマシ」かもしれない日本の現状

 

2000年以後の日本の障害者福祉の動きを見ていると、米国に追随しているかのように見えなくもありません。それも、障害者の生きづらさを増す側面ばかり、積極的に移入されているような気がします。

 

しかし日本には、全身性障害で呼吸器・胃ろう・24時間のケアが必要な人々も、昨年7月に「津久井やまゆり園」事件の犠牲となった方々のような重度心身障害者も、一応は施設ではなく地域で生きていける基盤があります。

 

「一応は」というのは、誰でも・どの地域でも、とは行かないからです。本人または本人+家族が「生きたい」「地域で生きたい」「地域で生きて欲しい」と強く望み、実現のために最大の努力を尽くせば、「実現しつづけることができる」という感じだからです。

 

それでも日本には、数多くの全身性障害者の方々が24時間介護を受けながら、長年にわたって地域で自立生活を営んできた実績があります。2015年に刊行した共著『おしゃべりなコンピュータ 音声合成技術の現在と未来』(丸善出版)でも、障害者の生活の質を高めることに貢献している音声合成技術について紹介しています。

 

音声合成を必要としている障害者の中には、難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)の方も数多くいらっしゃいます。ALSに罹ると全身の随意筋が動かせなくなり、やがて自発呼吸も不可能になります。しかし日本は、人工呼吸器を装着して数十年間生存し、単に「死んでいない」というだけではなく、さまざまな活動を行っているALS患者さんが多数います。このような国は世界的に例外的です。

 

ちなみに、この書籍に帯文を寄せて下さった篠沢秀夫先生は、現在、ALSと闘病しておられますが、音声合成技術を用いて、以前のご自分の声で講演もされています(YouTube動画)。また、ALS患者さんをはじめとする全身性障害者に対する数多くの支援技術の必要性は、サイボーグ型ロボット「HAL」など、日本の誇る先端技術の発達の推進力の一つともなっています。

 

とはいえ制度的には、日本の障害者福祉は「福祉なしの就労か、福祉だけか」という方向に向かっているかのように見えてなりません。特に第二次安倍政権下で、その流れは顕著になっているようです。

 

知的障害者・精神障害者に対する障害年金の「適正化」=給付抑制も、「福祉なしの就労」「福祉だけ」の間に豊かに存在した「福祉も就労も」というグレーゾーンを消滅させる方向に向かうでしょう。

 

このグレーゾーンは「自分の障害と折り合いながら、活かしながら、自分や自分と同じような人たちのための就労のモデルを作る」ということにも大いに活用されてきました。有名な事例では、「浦河べてるの家」の取り組みがあります。「浦河べてるの家」の作業所は、「安心してサボれる会社」というキャッチフレーズで有名です。

 

ここでは「福祉も就労も」、生活保護も障害年金も障害者福祉もフル活用しながら「この地域ならでは」「精神障害のある自分たちならでは」の事業の数々を発見・展開する取り組みの数々が積み重ねられてきました。もちろん、グループホームやミーティングで共に支え合って、生きて暮らすことができているから、作業所などでの事業展開も行えるわけです。これらの取り組みは世界の精神医療関係者から注目されてきました。また、一部は制度化もされています(厚生労働省のピアサポーター制度化・活用など)。ただ、制度化された結果が本当に障害者自身のためになるかどうかに関しては、制度発足時より議論が多かったところです。今後、実証的検討が必要だと思われます。

 

いずれにしても、障害者自身がそんなことを考えたり試行錯誤したりすることを認めるには、日本の健常者社会は非寛容にすぎたのかもしれません。

 

しかしそれでも、まだ、米国に比べれば「糊代くらいはある」という状況が、ここかしこにあります。このままでは、その「糊代」は、完全に消滅してしまうのかもしれませんが。

 

米国の障害者福祉には、日本の障害者福祉に持ち込まないことが望ましいことがらも、数多く存在します。私が計画しているプロジェクト「トランプ政権は貧困層や障害者に致命的な打撃を加えるのか?――日本人の知らないアメリカの「共助」を探る」では、障害者福祉についても、何が持ち込むべきでない部分であり、その弊害は何であり、何が持ち込まれるべきであり、日本社会にどのように好ましい結果をもたらしうるのかを、しっかり調査したいと思います。

 

 

ご支援ください!

 

三輪佳子氏によるクラウドファンディング「トランプ政権下、米国の「コミュニティ」はどうなる? 低所得層・障害者の生存を追う」をぜひご支援ください。⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/22114

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

 

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