2017.05.01

緊迫化する米朝関係の背景で何が起こっているのか

政策研究大学院大学教授 道下徳成氏インタビュー

国際 #安全保障#北朝鮮#アメリカ#東アジア#抑止力#米朝外交#ミサイル実験

トランプ政権の強硬姿勢により緊迫化する北朝鮮情勢。アメリカからは「全ての選択肢がテーブルに載っている」「外交的解決は非常に困難」など、軍事力の行使もほのめかされている。そもそもアメリカにとって北朝鮮とはどのような存在だったのか。一触即発とも危惧される情勢の裏で行われている抑止をめぐる心理戦、情勢改善へ向けて国際社会が取るべき対応とは。政策研究大学院大学教授、道下徳成氏に伺った。(取材・構成/増田穂)

軍事的脅威に限定した関心

――建国以来、北朝鮮はアメリカを脅威と考え、強く意識した外交戦略をとってきています。対するアメリカの方は、北朝鮮をどの程度重要な国と考えてきたのでしょうか。

今も昔も、アメリカにとって北朝鮮は、その国自体が特別重要というわけではありません。特に1948年の北朝鮮建国当初、アメリカはそこまで朝鮮半島に関心がありませんでした。当時の方針としては、情勢が落ち着いたら自分たちは撤退しよう、というスタンスだったんです。

ところが1950年に朝鮮戦争が勃発してしまった。戦争が起こった以上、アメリカの国益にとって死活的とはいえないけれども放ってはおけず、再び南北対立に引きずり込まれてしまったんです。今でもアメリカでは朝鮮戦争は「無駄な戦争」だったというイメージが強く残っています。

その後も、しばらくはアメリカにとって北朝鮮は関心の対象外でした。もちろん、1968年のプエブロ号事件や1969年のEC-121撃墜事件、1976年の板門店ポプラ事件など、米朝関係が緊迫化し、アメリカが北朝鮮との関係に神経を尖らせた時期はありました。しかしこうした一時的な危機を除くとアメリカの北朝鮮への関心は非常に限定的で、韓国が侵略されたら困るから米韓同盟で北を押さえ込んでおこう、という程度のものだったんです。

したがって、米朝関係改善のために対話をしようとする姿勢もなかった。例外といえば1970年代にキッシンジャーが米朝関係改善を検討したことがあるくらいで、これも結局うまく行かず、冷戦期の北朝鮮はアメリカからほとんど無視に近い扱いを受けてきました。

――冷戦期以降、アメリカの北朝鮮に対する認識は変わったのでしょうか。

1990年代に入って、北朝鮮が本格的に核開発を始めたことにより、北朝鮮がアメリカにとって軍事的な脅威とみなされるようになりました。アメリカとしてはソ連が崩壊してやっと一息つけると思っていたところで、北朝鮮が新たな脅威として登場してきたわけです。これはまずい、ということで対話が行われるようになりました。

実際、対話には一定の成果もあり、1994年には米朝間で枠組み合意が結ばれました。北朝鮮がプルトニウム型の核兵器開発を凍結する代わりに、アメリカ、韓国、日本が重油や軽水炉を提供するというものでした。関係正常化とまではいえませんが、こうした対話を通してお互いに交流するようにはなったんです。

ところが2001年にジョージ・W・ブッシュ政権が成立すると、北朝鮮に対して強硬な姿勢をとるようになった。同時に北朝鮮も1994年の枠組み合意の精神に反して、秘密裏にウラン型の核開発を行っていたという裏切り行為が発覚し、米朝関係は悪化します。ブッシュ氏は北朝鮮に核開発をやめるよう圧力をかけましたが、意図とは反対に北朝鮮の行動はエスカレートして、2006年には核実験までやってしまいました。そこでアメリカは仕方なく妥協して再び交渉のテーブルに戻り、2007年には新たに合意に至った。

――2007年の合意ではどのような取引きが行われたのですか。

2007年の合意も、核開発の凍結と引き換えに、重油などの援助を提供するというものでした。ただ、合意では全ての核施設を「無能力化」することを条件にしていたにも関わらず、北朝鮮はうやむやにして、どうもちゃんと合意を履行しなかった。この背景には、2008年の夏に金正日が脳卒中で倒れたことで内政が混乱して、外交どころではなくなっていたこともあると思うのですが、とにかく合意がしっかり実行されず、うやむやになってしまった。そうこうしている間にオバマ政権に変わったんです。

――オバマ政権の対北朝鮮外交の特徴は何だったのでしょうか。

オバマ政権も最初は対話路線をとっていろいろと北朝鮮に働きかけていました。ところが北朝鮮が積極的に乗ってこなかった。さっきも言ったように、私の想像では金正日が倒れて、先を危惧した北朝鮮政権が後継者問題などで混乱して、外交どころではなかったのだと思います。2011年には金正日が死去し、金正恩が後継者として最高指導者となりましたが、彼も自身の権力基盤を確立することが最優先事項で、外交まで手が回らなかったのではないかと思います。結果として、オバマ政権としては、いろいろ働きかけたにも関わらず、北朝鮮からはほとんど肯定的な反応がないということになってしまった。

この時期はミサイル実験の意味合いにも変化があったと考えています。それまでは「瀬戸際外交」などと呼ばれ、「ミサイルを撃たれたくなかったら援助をよこせ」などと、しばしば外交取引を持ちかけてきていました。しかし金正恩が登場してからはそれがなくなって、一方的に撃って終わりになってしまった。これはミサイル実験の目的が外交的なものから、国内での最高指導者の権威の強化という目的へと、その比重が変化したからではないかと思っています。但し、「時間はかかるが本格的な核・ミサイル保有国になることで、アメリカに対して有利な立場に立つ」という長期的な目的もあるかも知れないので、今後も注目していく必要があります。

――合意成立直後にミサイル実験を行うという、外交的には非合理的にみえる対応もありましたね。

ええ。オバマ政権としては、少なくとも初めは結構真剣に対話しようとしていたんです。実際に2012年には二国間交渉を行い、2月29日には「閏日合意(Leap Day Agreement)」という合意に達しています。この合意は北朝鮮が核実験や長距離ミサイルの実験を行わないかわりに、アメリカは人道支援などを検討するという内容でした。ところが4月13日、北朝鮮は人工衛星の打ち上げという名目で長距離弾道ミサイル実験とおぼしき実験を行いました。アメリカとしてはようやくたどり着いた合意をあっさり裏切られ、恥をかかされたわけです。結局、「そんなんだったら相手にしてやらない」といって無視政策路線に変更した。「戦略的忍耐」というレトリックは使ってましたが、結局は無視というか、無策でしたね。

――その結果北朝鮮のさらなる軍拡を招いてしまった。

そうですね。アメリカの安全保障を全く考えずに放置してしまった、という見方はあります。オバマ政権は粘り強くないんですよ。北朝鮮は「ミサイル実験」と「衛星打ち上げロケット発射」をまったく別のものと位置づけているため、「ミサイル実験はしない」とだけ言ってきても安心してはいけないんです。確かに交渉担当者としても面目丸つぶれだし、やる気がそがれるのはよくわかりますが、そこで投げやりになって「もういい」となってしまう。オバマ政権は確かに見栄えも良くていいことを言ってましたが、根気強くエンゲージするというのが苦手な政権でしたね。

軍事的圧力は諸刃の剣

――そうした反省なども踏まえて、トランプ氏が大統領になってからアメリカの対北朝鮮外交が大きく変化しました。

それには3つの理由があると考えています。1つ目には、トランプ政権はオバマ政権との違いを売りにしているので、北朝鮮に対して無策だったオバマ政権に対して自分たちはしっかり取り組んでいるということをアピールする目的があるでしょう。

2つ目は北朝鮮の大陸間弾道ミサイル(ICBM)開発が進み、軍事的脅威がオバマ時代より高まっているという点。グアムを射程に入れるムスダンの発射実験も回を重ねていますし、軍事パレードでも、アメリカ本土を狙うためと思われる大きなミサイルの姿が確認されています。アメリカ本土を狙ったミサイル能力が限定的だったオバマ時代に比べると、危機意識自体が高まっているといえるでしょう。

そして3つ目が、中国を牽制しているという見方。確かにICBMを開発している北朝鮮は脅威です。しかしアメリカにとっては、貿易問題をはじめ、中国も大きな懸念材料です。北朝鮮への影響力を持つ国として、中国に働きかけを要求することを通じて、実際は中国への圧力を強めたいという意図もあるのではないかと思っています。

――先日のトランプ政権によるシリア空爆に関しては、「必要があれば決断する政権」であるアピールとして、国際社会、特に北朝鮮へ向けたメッセージだったという見方がありますが、実際にあの空爆はどの程度北朝鮮にプレッシャーを与えたのでしょうか。

本質的な意味での効果は無いと思っています。北朝鮮は万が一アメリカや韓国から攻撃を受けても、報復してソウルを壊滅させられるだけの軍事力を持っている。アメリカからすれば、人口も多くて経済的にも韓国の中枢である都市を人質にとられている状態です。そう簡単には自分から攻撃できません。

実際アメリカは1994年に予防攻撃で北朝鮮の核施設を破壊する計画も立てたんですよ。しかし最終的には万が一戦争になったときの被害が甚大すぎるとやめることになった。当時北朝鮮は核兵器をもっていなかったのに攻撃を躊躇しているんです。北朝鮮が使える核を持った現在、リスクは当時以上です。現実的に考えてまず攻撃できません。

北朝鮮はそういうことがわかっているから、アメリカからの攻撃はまずないと思ってる。過去にもブッシュ政権が強硬姿勢を取ったけれど、結局何も出来ずに終わりました。オバマ時代は先ほど述べた通りです。「できるもんならやってみろ」「今回も前と同じで結局なにもできないだろ」と思っていると思います。

――というと、トランプ氏の一連の強硬姿勢には北朝鮮の動きを牽制する効果はないということでしょうか。

金正恩が全くアメリカからのプレッシャーを感じていないということではありません。一応心配しているように伺えるところもあって、例えばここ数週間、公に出てくる回数が減っている。あまり公に出過ぎると、露出が増える分、暗殺される可能性も高くなりますからね。90年代の主要軍事施設を狙った攻撃作戦から変わって、最近は国家や敵対グループの指導部を狙った掃討作戦が行われるようになっています。ビン・ラディンの暗殺がいい例です。斬首作戦とよばれるこうした作戦も、金正恩はまずありえないとは思っていると思います。しかし万が一に備えて安全策をとっているのでしょう。

やっぱり人間、嫌じゃないですか、いつ自分のところにミサイルが飛んで来るかわからないというのは。99%ないとは思っていても、1%が気になるものです。しかもトランプ氏がちょっとクレイジーっぽいですから、「もしかしたら」という意識はあると思います。場合によっては金正恩の側近もターゲットになるかもしれない。みんな精神的にも疲弊しますし、長期間そうした心理状態にさらされていたら、気持ち的に参っても来る。このままの状況が続くなら現状をどうにかしなければ、という動きが出てくるかもしれない。そういう揺さぶりというか、心理戦をしている状況だと思います。

――さまざまな戦略で心理的な圧力をかけながら、様子を見ている状況というわけですね。

そうです。特に金正恩がトップになってから、アメリカは現在のように軍事的に脅しをかけるような作戦を取ったことはなかったんです。金正恩としてもこうした軍事的脅威にさらされるのは初めての経験です。このプレッシャーの中で彼がどう対応するのか、アメリカとしても反応を見ているところがあると思います。北朝鮮も国家として、ここまで威嚇されれば、万一に備えて軍の準備体制を整えたり、ある程度の対応をとらざるを得ない。これは北朝鮮がアメリカや日本に対しても行っていることなのですが、圧力をかけて相手の反応を見る、威力偵察のような側面もあると思います。

――そのためにアメリカは原子力空母まで動かしましたが、あれはかなり強い圧力だったのでしょうか。

確かに強いメッセージにはなりますが、結局そこで攻撃するわけにはいかないので、あくまで様子見ですね。心理戦は難しいところがあるんです。空母まで派遣して、今はあたかもアメリカがプレッシャーをかけているように見えますよね。でも、これで例えば空母を目の前にして核実験をやられたらどうなりますか、という話なんです。

実験されて、結局アメリカが何もできなかったら、「強制外交とか言って圧力をかけているけれど、実際には何も出来ない国だ」ということになり、強制外交の効果がむしろ低下するんですよ。で、さっき言ったように、アメリカから攻撃することは相当のリスクを伴うからまずできない。だからこういう心理戦は局面一つ一つを見てもあまり意味がなく、流れとして捉えないとどちらに有利になるかということはわからないんです。

むやみに圧力を加えて結局何も出来ないということが積み重なっていくと、脅しの信頼性(クレディビリティ)がどんどん下がっていく。北朝鮮はその辺をよく理解していて、脅されているときにわざと一発ボカンとやったりするんですよ。それで反撃が出来ずに「ほーら何にもできないじゃん」となって、結局アメリカが対話のために歩み寄らなければならなくなる。北朝鮮としてはそれを狙っているところもあるので、こうやって騒がれるのは必ずしも悪いことではないんです。

――やりようによってはチャンスになると。

そうです。逆利用して逆転できるチャンスにもなりかねない。軍事的な脅しというのはそう単純なものではなくて、よく考えてやらないとマイナスになることもあるんですよ。

――今の状態ではやはりアメリカは攻撃できないですか。

出来ないと思いますよ。核実験をやられたからといって攻撃したら、今度は韓国がやられますからね。仮にアメリカが北朝鮮を攻撃して、その結果韓国がやられて壊滅状態に追い込まれるとします。韓国人からすれば、それはアメリカが自国の安全保障のために韓国を犠牲にしたと思いますから、ものすごい反米感情になるでしょう。特に今は選挙も近いし、ここで反米感情が高まって反米的な大統領が選ばれるという展開は避けたい。逆に適度に北との緊張関係を煽って、米韓同盟の重要性を強調しておいた方が、韓国の選挙でより親米的な候補に票が動くのではないかという目論見があるかもしれない。

――北朝鮮というカードを使って、中国だけでなく韓国へも影響力を及ぼそうとしていると。

そういう側面もあると思っています。

日本への攻撃、全面戦争になったら

――お話を聞いているとまず起こらないとは思うのですが、仮にアメリカと北朝鮮が衝突した際には、日本への影響も懸念されますね。

そうですね。ただ、日本がやられるのは全面戦争になったときだけだと思っています。仮にアメリカが北朝鮮に限定的な攻撃をしたとします。恐らくソウルはやられますが、日本へは攻撃してこないでしょう。というのも、北朝鮮としても、アメリカと全面戦争になったらまずいということはわかっているんです。ですから、やられたのと同等、もしくはそれより少し大きいくらいの反撃に留めておいて、戦争にはならないけど、全体としては自分が少し有利な立場にいる、くらいの状況を作るのが理想です。日本への攻撃はその範疇を越えてしまいます。

日本人はよく誤解していますが、北朝鮮にとっての最大の脅威は韓国なんです。韓国だけが、北朝鮮を飲み込み統一する、北朝鮮を消滅させる潜在能力を持っている。それ以外の国は北朝鮮にとっては関係ないわけです。アメリカもミサイルの問題があるから関与していますが、北朝鮮という国自体に興味はない。本当の意味で北朝鮮に興味があるのは韓国だけ。韓国こそが脅威なんです。

北朝鮮はその事実をしっかりと理解していますから、もし軍事衝突が起こったら、韓国との競争の中で不利にならない状況を作り出すことを重視します。あり得るのは、反撃として韓国に相当のダメージを与え、「アメリカのせいで韓国が犠牲になった」というストーリーにして、米韓関係を悪化させることです。韓国は国際経済の一部ですから、攻撃を受けると投資や貿易を行う際の検討材料となるカントリーリスクが上がって経済的な打撃も受けることになる。「もうやめてくれ!」という状況になって、以後、北朝鮮には手を出してこない。北朝鮮が描いているのは恐らくこうしたシナリオでしょう。これが最も北朝鮮にとって合理的です。

しかしもちろん、実際に武力衝突が起こってしまうと、合理性は後回しになってしまうこともあります。今出した例だと、やられた韓国がいきり立ってしまって、多少の犠牲を払っても武力統一してやるぞ、という流れになるかもしれません。そうしたら全面戦争になり、日本も巻き込まれる。

日本は在日米軍基地を提供していますし、今は部分的にとはいえ集団的自衛権も行使できます。北朝鮮と米韓が戦争になったら、存立危機事態を認定して米軍や、場合によっては韓国軍の行動を支援できる状況にあります。当然北朝鮮からは、「米韓を支援して北朝鮮の攻撃対象になる」か「中立を守り攻撃を免れる」かを迫られるでしょう。

理論上は、そこで中立の立場をとって米韓を支援しない、という選択肢もありますが、そうすると「日本は自国の安全のために米韓を犠牲にした」ということになります。これはかなり米韓の犠牲を増やすことになりますし、日米同盟が崩壊するリスクも出てきます。

そう考えると現実的に衝突がおこれば米韓を支援しないというわけにはいかないでしょう。結果として、日本にもある程度の被害が予想されます。

対話戦略を練れる専門家が必要

――トランプ政権は北朝鮮を最重要課題のうちの一つとしているそうですが、米朝当局間の対話は途絶えたままです。北朝鮮もアメリカとの関係正常化を望んでいるだろうといわれていますが、こうした状況で両国が歩みよるにはどうしたらいいのでしょうか。

やれることはいくらでもあります。当局間の直接の連絡が途絶えているとは言え、北朝鮮の国連代表もちゃんとニューヨークにいますし、つながろうと思えばいつでもつながれる。もちろん条件次第とはいえ、北朝鮮としてはアメリカが対話のために歩み寄ってくれるのは歓迎でしょうから、お互いに扉が全く閉じているわけではありません。米朝間の関係改善を考える上で問題なのは、そうしたつながりの少なさよりも、特にアメリカの政権中枢に北朝鮮の専門家がいないことなんです。

対話といっても、会って話せばいいという訳ではありません。対話や交渉をするとなったら、具体的な政策論、つまり何と何を取引きするのか、戦略を決めていかなければならない。お互いに何がゆずれて何がゆずれないのか、取引きに蓋然性があるのか、理解している人物が必要なんです。

特にミサイルや核が絡んでくる話は技術的な内容が入ってくるので、そうした知識にも精通したプロフェッショナルが必要になります。アメリカが核兵器開発の凍結を求めれば、当然北朝鮮は核の平和利用や宇宙開発での協力などを求めてくると考えられる。技術協力を進めれば相手の手の内もわかるので、ある程度はアメリカ側の利益にもなります。そうした時に、どこまでの、どういった協力であれば、「核・ミサイル技術の進歩にはつながりにくいが相手の情報は得られる」という状況を作れるのか、戦略を練れる人物がいないと、対話をしても結局実りのないものになってしまう。もちろん専門家が全くいないわけではないのですが、トランプ氏の周辺にいないんです。交渉となったらそちらのほうが心配です。

――双方向的な対話自体は可能だけれども、そのための準備体制が整っていないわけですね。そうした中で、今の国際社会の北朝鮮への対応は圧力一辺倒になってしまって、どんどん北朝鮮を追い詰めている気がするのですが、追い込まれた北朝鮮がある種自暴自棄のようになる心配はないのでしょうか。

そこはそんなに心配していないです。もちろん金正恩という新しいリーダーになって、外圧への反応を読みきれない部分はあるのですが、これまで北朝鮮は相当の圧力をかけられても冷静に合理的な対応をしてきています。一見非合理的に見えるような激しい対応をしていても、それはちゃんと計算された対応なんです。崖っぷちにはいくけど決して崖からは落ちないようにやってきている。

北朝鮮はそうした対応能力は非常に高いんです。日本人以上だと思います。よく日本で北朝鮮がやけになることを心配する声が聞かれますが、それは日本人自身にそういう傾向があるからなんですよ。日本は島国で孤立主義的な傾向が強いですから、緊張した接近戦での間合いの取り方が上手くない。変に我慢して我慢してどこかでプツンとキレてしまう。自分がやけになってしまう傾向が強いから、相手もそうだと思うのでしょう。

でも実際のところ北朝鮮はとても粘り強いんです。大国に囲まれた半島国家・分断国家で歴史的にも苦境を乗り越えてきていますし、国際社会でも常に揉まれながらやってきている国ですから、危機に陥ったときの対応能力は日本とは比べ物になりません。むしろ今心配なのはアメリカの方です。大統領がああいう人ですから、普通の計算では非合理と思われることをやってしまう可能性がある。とはいえ、安全保障政策に関しては彼の周囲のブレーンは、マティスやマクマスターなど、しっかりとした人たちがついていますから、そんなに大きな、取り返しのつかないようなミスは起こらないと考えています。

――北朝鮮の行動を抑制するために、各国や国際社会がすべき対応とはどういったものなのでしょうか。

いろんな人がいろんな見解を述べていますが、正直なところ、何が1番適切で効果があるのかはわからないと思います。なのでこれはあくまで私の意見ですが、北朝鮮への対応は制裁・防衛・対話3つの柱が上手くバランスを取れれば、そこそこの結果になるのではないかと思っています。まず制裁。これは今でもかけていますね。さらにトランプ大統領が中国に制裁の徹底を求めて圧力をかけています。これで中国がもう少し本気になれば、かなりプラスになるでしょう。

次が防衛力の整備です。これに関しても基本的には心配していません。日本は1兆円もかけてミサイル防衛を導入していますし、技術もあります。さらに今回の件で国民保護も周知されました。ミサイルが飛んでくるような有事の際には、Jアラートシステムが作動し、警報が流れ、携帯にも緊急速報メールが配信される、その際は強固な建物内などに避難する、ということを、より多くの人が知るようになりました。

これは非常に重要なことだと思います。ミサイル防衛は国民が直接関与しなくても、装置さえ配備すれば機能しますが、国民保護は国民ひとりひとりがシステムを理解し、行動しないと機能しません。現在の緊迫した北朝鮮情勢はもちろん歓迎されるものではありませんが、今回のような危機がきっかけで、非常時の危機管理に対する意識が高まったのは不幸中の幸いだと思ってます。

というわけで、防衛面もそこまで心配していない。問題は3つ目の対話による北朝鮮への政治的、社会的、経済的な関与です。もちろんこれまでも対話はしてきたのですが、その内容は核開発の凍結と引き換えに重油をあげるといった、単純な取引きでした。しかし必要なのは、より長期的に、北朝鮮が合意履行にインセンティブを持つような取引きです。言い換えれば、より北朝鮮の経済社会、とくに人民生活を持続可能な状態で成長させられるような援助が必要なのです。

イメージとしてはミャンマーがモデルです。ミャンマーも軍事政権が強硬姿勢を示していましたが日本も含め長期的な支援をして粘り強く関与することで現在の結果にたどり着いている。北朝鮮でも同じ結果になるとは言い切れませんが、ひとつの選択肢としてそうした関与の仕方があるのではないかと思っています。

そしてそうした持続可能な成長を促すような支援の枠組みを作り上げるとなると、先ほど申し上げた通り、専門家が必要になる。どういう援助をすれば、核やミサイル開発の促進にはつながらず、一方で北朝鮮という国の将来がより豊かなものになるのか、核開発のプロだけでなく、人道支援や産業構造、街づくりなど、さまざまな分野の専門家が集まって具体的で実現性のあるプランを練り上げなければなりません。そうでないと、せっかく対話しても、またいきなり核開発の凍結と引き換えに重油をあげて、結局、援助が途切れたら北朝鮮に裏切られて終わり、ということになりかねません。

――せっかく話し合いに時間を費やしても無駄になってしまうということですね。

時間だけではありません。日米韓は1994年、2007年双方の合意で相当の資金を北朝鮮につぎ込んでいます。1994年の合意では25億ドル、2007年の合意では4億ドルです。これだけの資金を上手く使えば、国家建設において相当の成果が期待できたはずなんです。

もちろん、金正恩がこうした取引きに乗ってくるのかは見極めなければなりませんが、可能性はあると思う。金正恩政権になってから、北朝鮮は並進路線という方針を採っていて、核大国となることと同時に、経済大国になることを目指すと発言しているんです。実際経済政策もかなり自由化を進めています。彼の政治手腕で開発独裁を進めるつもりなら、経済発展につながるようなディールには乗ってくる可能性があると考えています。

もちろん合意が結ばれるのはスタートラインで、そこから金正恩が合意内容をしっかり履行するのか、履行する政治力や行政能力があるのかといったことは見極めなければなりません。核の放棄も今すぐにというのは無理でしょうから、まずは開発の凍結。そしてそれを実行してもらう。そうやって段階的に様子を見ていく。さっきも言ったように効果があるか確証はありません。しかしそこまではやれるし、やってみるべきだと思っています。

――忍耐強い関与ができるかがカギになりそうですね。道下先生、お忙しいところありがとうございました!

道下氏
道下氏

プロフィール

道下徳成安全保障・戦略研究

1965年生まれ。政策研究大学院大学(GRIPS)教授。筑波大学国際関係学類卒。ジョンズ・ホプキンス大学(SAIS)修士および博士(国際関係論)。専門は日本の防衛・外交政策、朝鮮半島の安全保障。防衛省防衛研究所主任研究官、内閣官房副長官補付・参事官補佐などを経て現職。著書に『北朝鮮 瀬戸際外交の歴史、1966~2012年』(ミネルヴァ書房、国際安全保障学会最優秀出版奨励賞受賞)等がある。

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